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僕と異種族な君の青春日誌<前編>  作者: 有坂まの
一年生編
3/142

第3話 食事

 笹永陽人との出会いから十日が経った。



『よう! おはよ』

「……おはよう」



 朝。インターホンの画面に映る顔は、そろそろ目に馴染みつつある。

 別に一緒に登校してくれなどと頼んだわけではないのだが。



 マンションから出るなり日傘を広げ歩いてきたリーフェルトに対し、

 下で彼を待っていた陽人が「いつも時間ぴったりだな」と感心したように言った。



「……君もね」



 決まった時間になると一分遅れることなくインターホンを鳴らしてくるあたり、陽人は案外きっちりとしているらしい。


 まあ、自分が何か不穏なことをしでかさないか、監視目的だと考えるなら普通に納得できることだが。




 学校への道のりを共にしながらの、他愛ない会話の合間。

 陽人は何か思い出したように顔を上げ、リーフェルトに問いかける。



「お前ってさ。携帯とかスマホとか買わねえの?」

「? けいたい? すまほ??」

「遠くにいても文章送ったり、電話とかできる道具。……こういうやつ」



 制服のブレザーのポケットを探り、リーフェルトに掌サイズの薄い機器を掲げてみせる陽人。


 リーフェルトは彼の手の中のそれをまじまじと見つめ、暫し目を瞬かせた。



「それ一つで? 手紙も会話もできるの?」

「そ」

「……へえ」

「他にも色々使えるけど、使いすぎには注意だな。値段が馬鹿にならないから。

 まあ父親が王様なら、お前にとって大した額じゃねえだろうけど」

「ちょっと見せてもらっていい?」

「おう。ちょっと待ってな。ロック外すから」

「ロック?」

「パスワード。個人情報持ち歩いてるようなもんだから、悪用されないように大体みんなかけてる―――ほら、外した」

「ありがとう」



 渡され、受け取ったその四角い画面の中を早速覗いてみることにする。


 まず一番に自分の目に入ったのは、陽人、小夜、辰弥の三人の顔だった。



「……これ、何?」

「ん?」

「映像? 君と木塚さんと二階堂君の……」

「ああ、写真。それ裏返したら、後ろにカメラのレンズあるだろ?

 それで写真撮って、気にいった写真をそうやって待ち受けにできんだよ」

「最近だよね、これ。高校の制服だし―――」

「入学式の朝に撮ったやつだからな」

「ふうん」



 その写真の中から、自分に微笑みかけてくるクラスメートたちの顔。



 何気なくそれを眺めていると、リーフェルトはふと気付く。


 今までクールなイメージしか頭になかった辰弥が、

 陽人や小夜ほどに明るいものではないものの、唇の端を上げて柔らかな表情をしていることに。




(……二階堂君もこうやって笑うんだな―――)




 意外なあまり、リーフェルトはついつい、そんな失礼なことを考えてしまった。




「……手紙は? どうやって送るの」

「ん。ちょっと貸してみ」




 陽人は返された自分の機器の画面を、慣れた手つきで少しの間操作し、

 すぐにリーフェルトに画面の中が見えるよう、身体を寄せる。



「一番上の暗号みたいなローマ字は、送る相手のアドレスな。

 これが件名。ここに本文を書いて、送信ってところ押したら相手に届く」



 ―――以下。

 陽人が簡単に作り、自分に見せてきた件名と本文が、これだ。




 件名:辰弥へ

 本文:なんでもいいからできるだけ早くこれに返信しろ。

     陽人




「……無茶振りだなあ」

「いいよ、気心知れてるし。で……送信。これで終わり」

「そんなに簡単に?」

「おう。こうやって文章のやり取りをして、言い忘れたことを送ったり、普通に友達と会話を楽しむっていう。便利だろ?」

「そうだね。特に人間は飛べるようにできていないから、良い工夫だと思う」

「……! はは! そうだな」




 一拍意表を突かれたような顔をしてから笑った陽人の隣で、真剣にリーフェルトは顎に手を添え考え始める。


 ……確かに。素性を隠し人間界で生活していくなら、これは購入した方がいいかもしれない。


 一応ヴァンパイアには変身能力も備わっているのでわざわざ素性を晒してまで飛ぶ必要はないが、

 やはり誰かに用がある度外に出るのは面倒だ。




「こういう道具ってどこで売ってるの?」

「うーん。じゃあ放課後、案内してやるよ。

 お前人間界のこととかまだよくわからないだろ?

 この先三年間住むつもりなら、早いうちから覚えてったほうが―――おっ」




 そこまで言って陽人は、ぱっと手元の機器に再び目を戻す。




「返事来た」

「もう? 早いね」

「あいつも小夜と登校してるところだろうしな……っと」




 早速辰弥から送られてきた手紙を確認しようと、その道具を陽人は操作する。


 リーフェルトも、一体あの無茶振りからどんな返事が来たのだろうと興味をそそられるまま、

 身を乗り出して画面を覗き込んだ。





 件名:ヘタレ

 本文:相変わらず男の趣味が悪いのでお前なんとかしろ。

     辰弥





「……」

「……?」




 一体何の話なのかがいまいち掴めず、リーフェルトは首を捻るばかりだ。

 しかし一方、陽人は何も言わず、何も見なかったことにするように、無言でポケットに機器をしまいこんだ。




「? 誰の話?」

「さ……さあ……」

「ひょっとして、木塚さん??」

「……えっ!? あ、いや、それは……どうだろな―――ハハ」




 男の趣味―――ということは、きっと辰弥が指しているのは女子だろう。

 そして辰弥が親しくしている女子といえば、彼女しか今のところ思い浮かばないが。




(―――へえ)




 更には、『お前なんとかしろ』という、あの文。


 小夜に下心で近づく男には容赦しないという辰弥の性格を考えれば、なんとも意外な科白だと思う。

 それだけ辰弥が陽人を信用しているのだろうということが窺えた。




(でも、待てよ。わざわざ『お前がなんとかしろ』なんて笹永君に言うってことは……)





「……笹永君。君、木塚さんのことが好きなの?」





 なんとなくピンときて、ストレートに真顔で尋ねてみる。



 すると陽人は一瞬目を丸くしたかと思えば、急にぎくしゃくと忙しく瞳を泳がせだし。




「―――!! き、聞くなよ……」

「……成る程」




 なんともわかりやすい反応に、ついつい口許が綻んでしまった。






 先程の写真の中の、穏やかで落ち着いた辰弥の笑顔といい、きっと彼らは心を許し合っているのだろう。



 そう思うとリーフェルトはなんだか少しだけ、彼らの関係を羨ましく感じた。










 ―――放課後。



 教室で荷物を纏め終えたリーフェルトがふと顔を上げれば、

 陽人が鞄を小脇に、いつの間にか傍に立っていた。



「もう行けそうか?」

「え?」

「スマホの下見」

「……ああ」



 登校している時に確かそんな約束をしたなと思い出し、苦笑する。


 本当に行くとは思ってもいなかったので、すっかり忘れていたのだ。

 監視をする口実をこうも実行してくれるとは、相当自分は彼に警戒されているらしい。



「二人も一緒だけど、いいよな?」

「うん」



 陽人の後ろには辰弥と小夜の姿もあり、リーフェルトは笑って頷き、内心安堵した。


 正直退魔師である陽人と二人だけというよりは、素性を知らない者たちが傍にいたほうが落ち着ける。



「私もそろそろスマホ変えたいなーって思ってて」

「そう。じゃあ、ついでに色々教えてもらおうかな」

「うんっ、任せて」



 嗚呼―――ふんわりといった表現が似合う、小夜の綿菓子のような声の響きが耳に心地良く響く。


 鼻腔をくすぐる甘い匂いも相まって、監視されている状態を忘れさせてくれる彼女に、リーフェルトの頬は自然と緩んでしまう。




 陽人とは敵同士ではあるものの、

 彼が小夜に好意を抱く気持ちは、人間ではない自分でもわかる。


 だって彼女は、こんなに可愛らしいんだもの―――。





「……おい」





 しかしそこで突如リーフェルトの和みきった胸に、ドスの聞いた暗雲が一瞬で立ち込める。




「少し距離が、近すぎるんじゃないかな? ガーシェル君―――」




 背後から肩に置かれる、辰弥の手。


 彼の唇から発せられる科白は、まるで子供に言い聞かせるように優しく、ゆっくりした口調だったが、

 その手はリーフェルトの中でゴロゴロという威嚇音を立てながら暗雲の中で微かな光を纏い、

 『いつでもお前を始末してやる』という言外の威圧を放っている。


 人生初めて触れる本気の殺気をその五つの指先から感じ取り、思わず肝をひやりと凍らせるリーフェルト。




「やめろ辰弥」

「……チッ」

「わざわざ雰囲気悪くすんなよ……早く行こうぜ」




 かろうじてリーフェルトの耳で拾える―――しかし、小夜には聞こえないレベルまでボリュームを落とされた陽人の制止の声。




(くそっ……笹永君グッジョブ。助かった……!!)





 肩から辰弥の手が離れていく感覚に、リーフェルトは汗をかいたまま長い息を吐いた。












 色んな色の車が行き来し、様々な店が立ち並ぶ街通りを四人で歩く。



 何をするのか見当もつかない店を指差し、

 好奇心の赴くままにリーフェルトが何度、何を尋ねても、陽人たちは丁寧にわかりやすく教えてくれる。



 人間界のことを何も知らないということを知っている陽人。

 それを知らなくても、帰国子女だということを考慮して嫌な顔一つしない小夜と辰弥。


 小夜に近づきすぎなければ、辰弥も決して悪い奴ではないのだろう。




 一番の目的であったスマホの下見も、三人がかりで難しい言葉をなるべく使わず、リーフェルトにわかるように根気よく説明してくれたおかげで無事に済んだ。


 大まかな知識を付けたうえで、やはり衝動的に選ぶのではなく慎重に選んで購入したいという考えに落ち着けば、

 長く使用していくものだからその方がいいと、陽人たちも同意してくれた。



「ごめん。あんなに時間をかけてしまったのに決められなくて」

「気にすんな」

「そうだよ。だってガーシェル君、日本に来たばかりでわからないことだらけでしょう?」



 店の自動扉をくぐり、申し訳ない気持ちで謝ったリーフェルトに、それでも陽人と小夜は何一つ気にしていない様子で笑顔を見せる。



 ……まさか人間にここまで優しくされるとは思わなかった。


 しかも一人は、自分の正体を知っているのに。

 たとえ監視が一番の目的であっても、なんと有難いことだろうとリーフェルトはこの時、素直に感動していた。



 みんなと並んで歩き出しながら、心の底から、「ありがとう」とリーフェルトが三人に礼を述べれば、

 小夜はふるふると首を横に振った。




「私がもしガーシェル君の国に行ったら、同じことになるかもしれないし。

 やっぱりスマホって買うの失敗したらすごく後悔して―――あっ、ねえ、ちょっとお腹空かない?

 帰る前にみんなで寄って食べない?」




 まだ少ししか動いていない足を止めて小夜がみんなを振り返り、ぴっと車道の向こう側を指で指し示す。


 その先にある真っ赤な看板に、無知なリーフェルトは一人首を捻ったが。

 小夜はそんな彼の反応に気付かないまま



「あれってイギリスにもあるんでしょう? だったらガーシェル君も食べられるよねっ」

「……えっ? あー……」

「仕方ないな」



 眼鏡の中心を中指で押し上げ肩を竦める辰弥に、「やったぁ」と声を上げて喜ぶ小夜。


 何もわかっていないリーフェルトを連れながら、人間三人は店の中へと揃って足を踏み入れていく。



「……笹永君」



 話の流れから、これから何かを一緒に食べるというのはわかった。


 しかしそれが一体何なのか、陽人にこっそり聞いてみたところ―――



「ハンバーガー」

「?? は、はんばーがー??」

「美味いの勧めてやるからそれ注文しろ。種類色々あるし、全部説明したって一度じゃ覚えられないだろ」

「う……うん……??」



 疑問符を頭の上に飛ばしながら、

 ただ、流されることしかできない自分。





 ……人間界に馴染むには、まだまだ時間がかかりそうだ。











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