↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕と異種族な君の青春日誌<前編>  作者: 有坂まの
一年生編
25/142

第25話 確信

 文化祭が無事終わり、その日の夜はとても疲れているはずなのに、

 リーフェルトの目はベッドについても冴えていた。





 ―――後夜祭のあの一瞬が、頭に焼き付いて離れない。


 手が離れた瞬間見せた、歩花の心細そうな弱い瞳。



 わざわざ女子の制服を着てパートナーに誘ってくれたことも兼ねて、

 自惚れていいものかと、帰ってからリーフェルトはそればかり考えていた。




『言うんなら早く言えよ、“好きだ”って。

 ……自分が弱いとか、気になってんのお前だけだろうし。

 腕っぷしの強さとか、あいつはそういうの気にしねえから』




 陽人のあの言葉は、彼女の気持ちを知っていたから……?

 本当は両想いなのだから早く告白してしまえと。そういうことだったのだろうか。




(……どうしよう!)




 もしそういうことなら、死にそうなくらいに嬉しいけれど。




『……も、もういい。……なんかもう、恥ずかしい―――』




 自分を誘った時の彼女のちょっぴり泣きだしそうな声を思い出し、

 後悔と罪悪感に浸ってベッドに潜る。



 紳士が女性に恥をかかせてしまった。


 いちいち、押しの弱い自分が嫌になる。

 ダンスくらい男子の自分から誘えば良かった―――なんて情けない。




(たとえ両想いでも、これで冷められてたりして……)




 血の気が引き、青ざめる。


 彼女がどれだけ懐が深くても、男らしくなければ当然男として見てもらえないし、

 愛想だってすぐに尽かされてしまうだろう。



 折角、彼女も自分を気にしてくれているかもしれないのに。




(早く告白したほうがいいのかな……)




 いや、でも。まだ彼女が自分を好きだというのは、明らかじゃない。

 『友達と踊るのは嫌か』と、歩花は言っていたし。ダンスに誘ってくれたのも、友達として―――なのかもしれない。



 確かめてみたいけれど。怖いような、楽しみなような。




 もし。もし確信できたなら、どうしよう。

 告白は勿論したいが、それはただの告白じゃない。

 結婚を前提にした真剣なお付き合いをするのだから、やはり普通では駄目だろう。

 デートをして、ロマンチックな場所で、最後に彼女に告白をして。


 肉体的な強さを気にしないという彼女に、単純に甘えてしまうわけにもいかないから、

 もっと男らしくなって強くなってみせると、同時に約束もして。




(……デートの内容は、しっかり考えなきゃな)




 よくよく考えれば、彼女が何が好きなのかよくわからないし。

 花束を渡したり一緒に映画を観たり、食事をしたりしたいけれど、

 バラなどはやはりありきたりで嫌がられるかもしれないし、

 映画も恋愛映画が一番盛り上がるように思えるが、そもそもそれを彼女が好きじゃなかったら観ても仕方がない。



 食事の内容などもそうだ。

 素敵なフレンチは格好はいいが、歩花が嫌いだったら意味がないではないか。




(そういうのは少しずつ、陽人君に聞いていこう……)




 こういう時、彼女の幼馴染である陽人が一番頼りになる。

 プランは色々相談してから、じっくり考えていいだろう。




 心の中であれこれ考えていると、大体整理がついて落ち着いてくるのか。

 文化祭の疲れの方が押し始めて、瞼が段々重くなる。



 微睡みに身を委ね、

 リーフェルトはそのまま、深い眠りの中へ落ちていった。



















 日曜日。


 暇を持て余すあまり、以前買った書物を土曜日にすべて読み終えてしまい、

 リーフェルトは駅近くの大きな本屋まで足を運ぶ。



 幼い頃から本が好きな彼にとって、

 本が沢山ある場所は、ただそこに立っているというだけで心安らぐ場所だ。


 気になったタイトルに手を伸ばし、本を開く。

 その行為を何度も飽きることなく繰り返し、リーフェルトは数冊小説を片腕に抱えると、

 レジに向かい、購入した。



 このまま家に帰るか。

 それともどうせ帰っても本を読むくらいしか暇潰しが無いので、適当な店に寄って、色々見てから帰るか。

 ぼんやり考えながら本屋を出ようと出口に近づくと、

 ふと―――日本ではとても珍しい色が目の端に映り込み、何気なくそちらに目をやる。




 柔らかで見事な曲線を描く、プラチナブロンド。

 そして西洋人形を大人びさせたような造形美。


 見間違えるはずもないその少女に、リーフェルトは眉をひそめた。

 あのダンピールたちの、妹の方。星野尾美央だった。




「……」




 何も言わず、自分の横を通り過ぎていく美央。


 里央のときのように自分を無視したのかと、不快な思いで肩越しに彼女を見やったが、

 なにか様子がおかしいような気がして、思わず足を止める。



 ……何やら、足取りが怪しい。ような気がする。

 歩き方が、ふらふらとどこか不安定だ。




「……?」




 怪訝な気持ちで遠巻きから見守っていると、彼女は参考書のコーナーへと入っていく。


 心配する義理はないと自分に言い聞かせ、帰ってやろうかという考えが過ぎったが。

 結局リーフェルトは、美央の後を追ってしまう。



 本棚に肩を凭れて、休憩しているような細い背中。

 気分でも悪いのだろうか。



 足音を殺して、美央に近づいてみる。


 近づけば近づくほどにわかる、その体格。

 ……年頃の女子にしては、あまりに細すぎるような。


 私服のスカートから生えた脚を見れば、小夜以上に骨ばっている。それも、病的なほどに。




「……あの」




 話しかけてみれば、すぐにしゃんと姿勢を正して、彼女はこちらを振り返った。

 その動作はとても凛としたものであったが。

 こちらを見たその顔を近距離で見て、リーフェルトはゾッとした。


 肉付きのあまりない青白い顔と、目の下の隈の酷さに。

 まるで動く屍に出会ったような気分だ。



 聖アイテールの文化祭でも、そうだっただろうか。思い出せない。

 確か彼女は受付係で座った状態だったから、よくわからなかったのかもしれない。




「……―――」




 美央は何か言いたげに自分に唇を開きかけたが。

 言葉が出る前に、突如糸が切れた人形のように、滑らかな床へと崩れ落ちていく。


 咄嗟に彼女の身体を支えると、嘘のような軽さにリーフェルトは目を見張る。



 自分が手にかけようとした敵に支えられても、抵抗する気力さえもとうにないらしい。


 美央は両脚を不自然に折り込み座り、

 床に散らばるプラチナブロンドをそのままに、ぐったりと意識を手放していた。




 突然のことに、どうすればいいのかとようやくリーフェルトが考え始めた頃、

 我に返れば、それをたまたま目撃していたらしい少年が、自分の傍で既に救急車に掛け合っていた。



 リーフェルトは美央を床に横たわらせ、暫し思案した後。

 自分のスマホを取り出し、歩花に電話をかける。



 美央のことは気に食わないが、

 歩花はきっと、美央のことを心配するのだろう。

 


 電話に出た歩花は驚きつつも、今すぐ搬送先の病院へ行きたいと、焦ったように彼女は言った。

 ならばとリーフェルトは電話を切った後、美央を運ぶ救急車に同乗して、

 白い病室で眠る美央を見守りながら、病室で歩花の到着を待った。











 症状は、疲労とストレス。

 ゆっくり休めば問題はないと、医者は言っていた。


 病室に入るなり、大事にならなかったことに胸を撫で下ろして、

 歩花はリーフェルトを感慨深げに見つめる。




「君、ずっと付いていてくれたんだな」

「まあ……」

「複雑だったろうに。すまない。ありがとう」

「……別に、僕が救急車呼んだわけじゃないけど」

「それでも僕に連絡をくれた上に、彼女を見ていてくれたんだ。それだけでも―――」




 そこで歩花の科白を遮り、病室のスライド式の扉が静かに開く。


 現れたのは、美央の兄、里央だった。



 里央はリーフェルトや歩花に目をやることなく、まず真っ先に、妹が眠る寝台に近づく。


 そして、まるで死人のように長い睫毛を伏せている彼女を窺い、その表情を曇らせると、

 華奢で大きな手を血の気のない頬に伸ばし、そっと、愛おしげに美央を撫でた。




 悲哀と、慈愛の瞳。


 ゴールデンウィーク前、冷たい眼光を宿して自分を殺そうとしたこの男が、

 そういう目をしているのは初めて見る。


 なんとも変な感じだとリーフェルトは素直な感想を抱くが、無論、わざわざそれを言葉として出すことはない。




「帰ろう」

「……起きるの、待ってなくていいの?」

「ああ。大事ではなかったことだし、身内同士の方が彼女も安心できるだろう」




 歩花が病室を後にしようとするのを見て、

 自分もその背中にくっつき、出て行こうとした時。




「待て」




 里央の声が耳に入り。

 歩花とリーフェルトは一度歩を止め、彼を見やった。




「……美央にずっとついていてくれたこと。礼を言う」




 一応足を止めはしたが、どうせ話すのは歩花に対してだけだろうと思っていたリーフェルトは、

 里央から出てきたまさかの科白に耳を疑ってしまう。


 そのため、つい眉を寄せて、変な顔を作ってしまった。




「……別に、君たちのためじゃない。

 歩花さんが悲しむから、ついてただけだよ」

「……? “歩花さん”??」




 首を捻り、自分を見つめ返してくる里央の不思議そうな反応に、

 「あれ」と目を瞬かせるリーフェルト。


 そんな彼らの傍らで、歩花は話題を逸らす様にさりげなく




「とりあえず、命に別状はないようで良かった。

 大事にするよう、星野尾さんに伝えておいてくれ」

「……ああ。二階堂もありがとう」




 歩花と二人で病室から出て、扉を閉めた。




「話してないんだね。君のこと」

「……ペラペラと自分を語る趣味はない。

 だから君も、あまり僕の本名を他言するんじゃない」

「ごめん。てっきり話してると思ってたから」

「彼は同業者で、ある意味好敵手のようなものだからな。

 特別親しいというわけじゃないさ」

「……そう」




 病院の廊下を歩きつつ、リーフェルトは歩花の死角で、

 里央に対し、「勝った」と、ひっそり微かな笑みを浮かべた。












 病院を出た後。歩花は「それにしても」と口を開き、




「女性が悲しむからなどと、さらりとよくもまあ、恥ずかしげもなく言えたものだ」

「……えっ??」

「君、ひょっとして案外軟派者か?」

「そんな、違うよ」



 前を向いたまま眼鏡を押し上げてニヤニヤとしている隣の彼女に、

 リーフェルトは心外だと言わんばかりに首を振った。



「じゃあ、外国人だからか?」

「それはただの偏見だよ。辰弥君だから言ったの」

「やっぱり軟派者だな」

「……じゃあ君は、何とも思ってない人とダンスを踊れるの?」

「っ……君と一緒にするな。僕は軟派者じゃない」

「……」

「……あっ―――」



 ムッと軽く苛立った衝動からか、つい、口を衝いて出てきた自分の言葉に、

 後で後悔するような小さな声が歩花から上がったのを、リーフェルトは聞き逃さなかった。



 これで自分の中の小さな期待の芽は、確信へと開花した。


 リーフェルトは頬を喜びに紅潮させ、明らかに幸せそうに「そっか」と相槌を打った。



「……何が! 違う、そうじゃない」

「……何が?」

「―――」

「うん?」

「……」

「……」



 暫し―――沈黙。


 お互いの足音だけが帰路に響く中。

 ドキドキと、うるさいくらいの自分の鼓動の苦しさに唾を呑みこむ。



 彼女も、今こういう気持ちなのだろうか。




 落ち着かない。でも、全然嫌な気分じゃない。


 相手が辰弥の姿なのが少し残念ではあるけれど、今は仕方がないとして。

 近いうちにきちんとした場所で、きちんと彼女に言えば問題はないだろう。




「……ねえ。プロポーズってさ。いつがいい?」

「……は? そんなもの、君が勝手に決めればいいだ―――はああっ??」

「本当? じゃあ、ちゃんと考えとくよ!」



 ずっと前向いていた歩花が驚きに立ち止まり目を見張った先には、

 輝かんばかりの、喜色満面といったリーフェルトが自分をまっすぐ見据えていて。


 一方引き攣った顔で歩花は、信じられない表情でリーフェルトに、



「待て。……待て、君。今、何て言った……!?」




 と焦りで上擦った声を出す。




「ちゃんとプラン練って、喜んでもらえるように頑張るよ!」

「待っ……! 落ち着け! ちょっと、人の話を聞いてくれ!

 何のプラン? 何をいつがいいって言って、君」

「?? 勝手に決めて良いんだよね? プロポーズの日付け」

「待て。待て。待ってくれ。そもそも、付き合ってもいないのに―――」

「? 違うの? 僕のこと好きじゃないの??」

「そういうわけじゃ……っ、ちょっと。ここ外だぞ!? 公衆の面前でそんな話をするもんじゃない……っていうか、僕! 今、男子……」

「だから日を改めるよ。それならいいでしょ?」




 歩花の口からまた、呆気にとられた「はああああ……!??」という声が漏れる。



 幸い陽が暮れているせいか人通りは少なく、比較的小声でのやり取りだったので他人から怪しまれることはなかったが、

 この時、誰よりもリーフェルトの正気を怪しんでいたのは、他でもない二階堂歩花本人だった。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。