第9話『ノーブレス・オブリージュ』
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◆
アーキテクトの手記 No.395「純血種の戦闘スペック」
純血種計画に参画している各派閥は、それぞれ違う役割を、違う存在意義を純血種に期待している。
純血種に要求するスペックや条件もそれに応じて異なるので、我々はその全てを満たす必要があった訳だが――それが出来なければ純血種計画の意味が無い訳だが――
実際に全条件を擦り合わせると、およそ実現性の怪しい画餅のような像に収束してしまう。
すなわち……
第一。戦術次第で、不特定少数の吸血鬼を「夜に独力で」斬殺しうること。
第二。戦略次第で、人類亡き後のコフィン・シティ文明全体を滅ぼしうること。
第三。あくまでも可能性であり、確実な吸血鬼文明の消滅を保証しないこと。
第四。吸血鬼文明にとって、リスク相応に価値を持つ血であること。
第五。あくまでも人間であること。
最後の条件はつまり、純粋血統に仕上げるための遺伝子処理や薬物処理は許されるが、人間生来の不可能を可能せしめるサイボーグ化・ミュータント化処理は許されないという意味だ。
それで第一・第二条件を満たせるのか?
という疑問は有って当然だろう。
純血種は、吸血鬼の幻術や精神支配を無効化できる。完全に隠れることも出来る。
だが吸血鬼は、単純な身体能力で人間を凌駕している。物理法則を様々に改変する。
一般的な吸血鬼が一夜で人間数百を屠った例は幾らでもあるのだ。
人類亡き後の吸血鬼たちが、現代よりは弱体化するとしてもだ――文明を営むほど多数の吸血鬼を相手に、たったひとりで「戦争」をやってのける「人間」など絵空事ではないか?
ブレインイーターの飼い主どもは、可能だと豪語した。
魔王も先の五条件を追認した。
それでも確証は無い。
確証の無いまま計画は動き出した。
実際に純血種の戦闘能力サンプルが出来上がるのは、計画合意が得られてから早くとも五年後と言われていた。実際には八年かかった。
純血種に「吸血鬼文明の殲滅」を期待する人間側の好戦派閥は、純血種の戦闘能力の実証ぬきには決して納得しないし、いつでも計画からの離脱があり得ると宣言してきた。
もし彼らが本当に動けば、他派からも付和雷同する者が現れるだろう。コフィン・シティ群の建造は既に始まっており、今更足並みの乱れようものなら、我々は組織的に崩壊してしまう。
好戦派閥はそれを承知の上で、純血種のスペックを限界まで上げるべく様々な揺さぶりをかけ続けてきた。常に我々の最大のリスクだったと言っていい。
それでも。前提の不確かなまま現状まで計画に加わっていたこと自体が、彼らに言わせれば甚大な譲歩だったのだ。
そんな彼らが要求し続けていた、戦闘能力サンプル――つまり純血種のプロトタイプ。
その第一号がようやく明日、お披露目となる。
薬物とナノマシンの投与により体内から体質を調整し尽くした結果、病気にも精神疾患にも罹りづらくなっているが、骨格も筋肉も神経もただの健常人の域を出ない、人間の戦闘員。脳に多くの戦闘理論をインプットしたところで、所詮は対人戦すら未経験の新兵。
それをDカテゴリの吸血鬼が、三体がかりで襲撃する。
吸血鬼たちが勝利すれば、サンプルが食い殺されるだけでは済まない。純血種のスペック像から見直すことになるし、それはそのまま参画者たちの結束を白紙に戻すリスクとなる。
明日だ。
生身の人間新兵が、標準的な吸血鬼三体を撃退できなければ、全てが終わる。
◆
爪は両刃の大剣を確かに弾き飛ばしたのに、切り裂かれたのはレクィスの右腕だった。
自分は今、空中で何をされたのか。奴は何をしたのか? 自分は何を見逃したのか?
上昇軌道を失い、自由落下へ移る寸前の浮遊感の中で――
焼け付くように、右肘の裂け目に食い込んだ「異物」を見出して、レクィスは理解した。
先の一瞬、襲撃者が振り下ろしたのは、幅広い両刃の大剣であったはずだ。
だがレクィスの右腕を縦に裂いたものは、白く煌めく一本のナイフだった。
把柄部にコーティングやカバーが無く、切っ先から柄尻までの総身が白銀色を放っている。一見メスかと思ったのはそのせいだろうが、輪郭は細くないし扁平でもない。実践的な刀剣として鍛造されている。
そう、白銀色だ。
加えて、発火を通り越してそのまま爆散しそうな接触部位の赤熱。
腕を潰される程度の経験はレクィスにとって初めてでもなんでもない。様々な材質の刃を使って、自ら切り落としたこともある。その経験から判断できた。これは純銀の刃にやられた傷だ。市井のヴァンパイアなら、たちまち肩まで屍灰になっていただろう。
純銀のナイフ。
そんな物は、襲撃者の黒衣の内にどれだけ隠されていても全く不思議ではない。
(おおっぴらに振った剣はフェイクか……最初から僕に弾かせるつもりで!)
さもありなん、裂かれた右手が憶えている。
打ち払ったあの太刀筋は、あまりにも軽すぎた。
突如現れた黒装束・黒外套の純血種(でなければ一体なんだというのだ)は、大剣で「斬りかかってこなかった」のだ。振り下ろすでも投げるでもなく、おそらくただ「手放した」。
手の挙動から付かず離れずを維持する、絶妙なコントロールのもとで手放したのだ。
そうとも気付かず、レクィスはフェイクに正面から挑み掛かり、右手の爪で打ち払った。
そして、いつの間にか持ち替えられていた真打ちの凶器に、手筈通り切り捌かれた訳だ。
中指と薬指の付け根から分け入って、肘関節まで一直線に。
『いいかレクィス。純血種を侮るな。人体は無力だ。しかし人類を侮るな』
レクィスの脳内で、彼を純血種狩りに唆した男の声が甦る。
『純血種は一人の人間だ。人間は「式」を使えねえ。空も飛べねえ、壁を歩けねえ、素手じゃ鉄板すら砕けねえし、逆に骨が粉々になって、しかも再生しねえ。階段から突き落とされて頭を打っただけで死ぬ。嘘じゃねえぞ、本当にそれでくたばるんだ。平民以下さ』
落下が始まる。
自分は不可視の『鏡』を蹴って真上へ跳躍したはずだ。だが黒ずくめの大剣を弾き飛ばして、その手にナイフの斬撃を受けた結果、上昇の勢いは死んでしまった。
おそらく、斬撃の威力だけではない。他の慣性も受けたのだ。
つまり純血種が、レクィスの視界から退避するために、レクィスの腕を事実上の踏み台にしたのではないか――何処かの方角へ加速するために、自身の全体重と慣性を負荷していったのではないか?
レクィスの右肘には、純銀の刃が残されている。
もはや誰も握り締めていないナイフだが、まるで楔のように深く固定されている。
(ふっ……滅びた生き物の分際で!)
『鏡』に着地したレクィスは、純血種の動きを目で追った。あるいは追おうとした。
硬直した右腕に目を奪われていた時間は、ほんの秒未満のはずだが――
果たして金の双眸が捉えたものは、死角へ消えていく直前の黒い残像だけだった。
あまりにも一瞬すぎて、錯覚かと疑うほどに儚い影。
それが、レクィスの爪に弾かれて、あらぬ方向へ踊ったはずの大剣に重なり、諸共に天井の穴を越えて建物四階へと姿を消した……はずだ。
(あれが、平民以下の生き物の動きだって?)
『そうさ。そんなチャチい生き物が、俺たちヴァンパイアの天敵だったのさ』
記憶の底から声が囁く。独房の格子ごしに延々続いた、男の声が甦る。
『奴らの強みはなんだったと思う? 俺たちの弱点、太陽や銀か? それとも数か? そんなもんが人類の全てなら、純血種がこの時代、たった一人で甦ってなんになる? お天道様の光は棺桶の街にゃ届かねえんだぜ? しかもテメエ自身は銀だろうと鉛弾だろうと、一発喰らえばお陀仏ときたもんだ。あ? 鉛だよ鉛。今だって銃弾に使ってるだろうが。昔は銀なんて混ぜずに、全部ただの鉛だったんだよ。テメエの城にだって飾ってあるだろ骨董品が』
右の肘から灰粒が零れる。屍灰だ。ヴァンパイアの肉体が「死んだ」際の成れの果てだ。
中指と薬指の間からばっくり裂けた腕の断面は、一面の灰色と化していた。腕を成す骨肉のうち、銀刃に触れた接触面だけが変じたらしい。
銀が通り過ぎたことで、手首周辺の屍灰化は止まっている。断面の屍灰を抉れば、無事な骨肉が覗くはずだ。屍灰を除去して繋げれば、辛うじて随意に動くようにもなるだろう。
例外は、屍灰が絶えず溢れてくる肘周辺。銀刃の食い込んだ赤熱箇所だ。
そこでは現在進行形で、レクィスの骨肉が銀に触れて死んで流れてを繰り返していた。新たな屍灰が次々に湧いてズザザザ……と落ち続ける。
そのうち銀毒が全身に伝わって、「接触箇所だけの」屍灰化では済まなくなる。
(平時なら、左手で迷わずナイフを引き抜くだろうがな――)
銀剥き出しの把柄部を掴めば、今度は左の手指と掌が銀毒で灼けるだろう。右腕の修復も瞬時にとはいくまい。つまり一時的に、右も左も使えない状態となる。
(なら、二の腕あたりで切り落とすか?)
そうすれば左だけは無事で済むが。
吸血鬼貴族の腕一本は、およそ平民数十人の生命から成る。棺外世界に棄ててよい規模ではないし、器官ひとつをまるごと再生させるには相当の集中が要る。
かといって、隻腕であの黒ずくめを追うことが良策とも思わない。
(だから奴は撤退したのか? 僕にこの場で腕の再生を試みさせて、隙が最大になったところをまた奇襲する気か?)
そうでもなければ、レクィスに傷を負わせた直後に敢えて去るなど、道理に合わない。
体勢を立て直す猶予を、敵に与える。次手の選択権を、敵に与える。
これが道理に合うとすれば、どんな場合だ?
決まっている。
敵の選択肢すべてを掌握している場合だ。自分が敵に、選択肢を与えている場合だ。
◆
金属同士の搗ち合う、がぎんという音。
その残響に隠れるように息を潜めた、肉を裂くざくりという音。
果たして一瞬のうちに、どんな応酬があったのか?
私が目で追える速さではなかった。ただ、黒い人影に弾かれるようにして落下を始めた白い貴族が、空中の見えない足場に着地した時の横顔だけはハッキリ見えた。
信じられないモノを見た、と言わんばかりの驚愕の表情ではあった。
しかし。人格に異常を来しながらも、首都の裏界隈を四年間渡ってきた成果として、私ヤサヤは知っている。この世には予想外の危険や異常事態を「望む人」と「望まない人」が居る。白スーツの彼は間違いなく前者だ。
驚愕を予め期して、無自覚に欲していた人の眼光だった。
初めて遭った夜、彼がゲートトンネルで警官隊を殺し終えた後に見せた笑顔を思い出す。
穏やかで気軽げで、なのにギラギラと私を観察していた、凄絶な笑顔をだ。
今はあの時の逆。表情は不満げで、なのに眼が爛々と輝いていた。
喜んでいるのだ――無意識かもしれないが、一杯食わされたことを歓喜している。
腕を縦裂されたというのに。
透明な浮遊足場に着地した彼は、その視線で天井の穴を見上げた。
あの黒ずくめの人影は、いつの間にか見当たらない。
私にとっては「気付けば居なくなっていた」という感じだけれど、察するに上の階へと姿を消したんだろう。ただ見ていただけの私が見逃した情報を、この白スーツの青年はちゃんと捉えていたわけだ。腕を切り裂かれながら。
私はてっきり、彼がまっしぐらに追い掛けていくと思ったけれど――
手から肘までバックリ裂けていようと、右肘から灰がズザザザと溢れていようと、構わず行くと思ったけれど――
素人考えに反して、彼は数秒経ってもそのままだった。
ただのポーカーフェイスかもしれないが、腕のことを焦っている風にも見えない。
「わっ? きゃあ!?」
見上げてばかり居たせいだ。私は何かに躓いた。
こけた。燃え残った火種がパチパチと鳴るだけの空間に、がらがっしゃんという明らかに余計な騒音を立てた私に――自分の怪我さえ殆ど無視していた白スーツ氏が、ぴくりと反応した。
私を見下ろすのではなく、不可視物体から私のすぐ前へ飛び降りる。
相変わらずの、軽やかな靴音が反響した。
白いスーツの後ろ姿は、今夜さんざん見てきた通りのまっさらな記事だ。姿勢も綺麗な直立不動。でも右腕だけは違う。スーツの袖も、その内の骨肉も裂けて、今も白銀の刃物に食い付かれたままだ。
傷口に高純度の銀が密接している限り、いかに貴族といえど、傷口は赤熱しながらの灰化を免れない。断面は屍灰に覆われ、右手指はマネキンのようにぴくりとも動かなかった。
「けほっ……すいません、でも追い掛け――ないんですか?」
爆炎から守ってもらった(ような記憶が微かにある)手前、第一声では彼の怪我を気遣うべきかと思ったものの、私はそれを却下した。
なんとなく。仮に私が「腕から灰が出てるけど大丈夫?」と言ったところで、(わかりきったことを何故わざわざ言うんだ)とか思われて、黙殺される気がしたからだ。
しかし。
どっちにしろ黙殺はされた。
それ以前に、どうやら彼が降りてきたのは、私と会話するためではなかったらしい(そりゃそうだ)。では何故降りてきたのかというと――
悪竜が翼を広げた。
周囲で静止していたであろう不可視物体たちが動き出す。そのうちひとつは私と白スーツ氏のすぐ傍の床に突っ伏していたようで、それが振動を始めて浮き上がる気配は私にもはっきりと知覚できた。周囲の空気と煙が大きく動く。
白スーツ氏の足元で、ザワザワと影が立ち昇った。
このフロアは、爆弾の灼熱波がぐちゃぐちゃに暴れ回ったせいで様相が変化していた。屋外へ通ずる横穴が増えているのはいいとして、新しく焼き上がった煉瓦質の壁のあちこちから銀の気配がする。爆弾の中に含まれていた銀粒子が、元の建材と一体化したんだろう。
四方八方に、銀毒がまんべんなく塗り込まれた部屋ということだ。
なのに白スーツ氏の靴底からは、力強く影が溢れる。立体空間に這い出て宙を泳ぎだす。
私が怯んで、一歩二歩を後ずさろうとした瞬間。
「貫け!」
白スーツ氏が吼えた。不可視物体たちが“撃ち出された”。
もし、火煙の動きを精密に目で追うことが私に可能であったなら、四つの不可視物体がそれぞれ違う方向へと射出されたことがわかっただろう。真横ではなく、斜め上を目指して発射されたことも。
そして衝撃と共に、四つの砲弾が廃建築を内側からぶち抜いていった。つまり建物の穴を四つ増やした訳だ――いや四つどころではないか。
なにせ結構な仰角で斜め上に飛んでいき、めいめい建物の壁を内から外に貫いたのだ。私の見える範囲でも、途中にあった床やら天井やらが破砕された。
地鳴りと共に落ちてくる砂塵と残骸。
「きゃあああっ!? なに、な――?」
「忘れるな、小娘。北東のコフィン・シティだ」
「へっ?」
錆びた鉄柱らしき物の落下を影の触手で払いつつ、白スーツ氏が呟いた。
まともに声が届く状況ではないはずなのに、やはりこの男は物理的に色々おかしい。
「ここから先は安全を保証しない。街には自力で戻ることを考えろ」
諭すように言い付ける声を、私は一語一句危なげなく聞き取った。
最後、突風を起こして飛び去る寸前の「許せよ」という一言さえも。
「……えっ?」
許せよ。
そう言い残して、彼は「砲弾」の軌跡のひとつをなぞるように跳躍して、斜め上へと飛び去った。ように思う。
後には私だけが。彼が建物を出たかどうかも判断できず、ただ見失って、見上げたまま呆気にとられるだけの私が残された。
「……………………え? わひゃっ!? ちょ、ちょっと――」
とにかく落下物から逃げて、ぼろぼろの天井が残っている場所へ退避する私。
「何が……なんなの? なんなの? どういうこと?」
状況がわからない。何が起きたのかわからない。言われたことも理解できない。
とにかく彼は居なくなった。このフロアには私しか居なくなった。悪竜の気配は、遙か上から感じられる。
――パン! パンパン、パン!
その「遙か上」から乾いた音が届いた。銃声だ。多分それほど強力な銃ではないだろう。
「…………戦ってる?」
そうか。そりゃそうだ。白スーツの彼は上へ行った。なんのためかと言えば、そりゃ当然、黒ずくめの襲撃者を追ったに決まっている。
私は取り残されたのだろう。
ならば「許せ」というのは――どういう意味? 私の護衛をやめたということ?
しかし彼が私を守る筋合いなんて、もはや無いはずだ。彼は私を、殺人鬼(あるいは純血種)に遭遇するまでの間だけ護衛する契約だったのだから。他ならぬ彼が拘っていた契約だ。
そう、拘っていた。
だからもし筋合いが有れば、彼は不利益やリスクを負ってでも私を守っただろう。
さっき手榴弾のとんでもない爆発から、守ってくれたように。
(じゃああれは、もう筋合いが無くなって、私を守るのをやめるから――私を見捨てるから、それを許せ、悪く思うな、ってこと?)
見捨てる。
理屈の上では、わからなくもない。彼の負った腕の傷を考えれば。
私を守りながら右腕の傷をなんとかしようとするよりも、私をここに捨て置いて、他の何処かへ移動して(このフロアの壁には銀が溶け込んでいる訳だし)、自分の身だけ守ればいい条件下で傷の治癒なりなんなり考えた方が合理的だ。
黒ずくめがそれを妨害せず、ひょっとしたら先に私を殺しに来るかも知れないし。
そうか。
仮にそうなれば、彼は私を捨て駒にする形で、治癒のための時間を確保できるのか。
(見捨てるどころか、駒や餌として利用するつもりなら、筋合いが無くても詫びの言葉くらい残す……そういうこと? だから許せって言ったの?)
多分、そういうことなのだろうと、私の中で辻褄が合う。
でも、それだけではないはずだと、私の中で記憶が拒む。
爆発音が鳴り響いた。
遙か上、崩れかけた廃建築の上階の何処かで、戦いが起きている。
事実私は、蚊帳の外に置かれている。
彼の想定通りだろうか? それとも期待外れだろうか?
――#9『ノーブレス・オブリージュ』終
◆次回◆
(これで純血種が娘の始末を優先するなら、止めはしない。利用させてもらう)
『鏡』のひとつを追うように跳躍して、レクィスは廃建築の外に出た。
砂塵だらけの、建物の側壁に着地する。
建物の外は毎夜と変わらず、砂塵だらけの渇いた冷気が吹いていた。建物の中からは焦げた焼土の匂いと、忌まわしい銀の匂いと、あの眼鏡娘の微かな血統の匂いがする。
(しかしな。小娘の陰に隠れる筋合いも無い!)
建物の側壁に広がった己の影から、レクィスは触手を使って一挺の銃を取り出した。
三八口径、六連装の回転式拳銃。平民警察や貴族領騎士団が使うものと規格は同じだが、格段に古めかしい拵えで、小さな傷もついている。あの男が言うところの「骨董品」だ。
それを左手で持ち、銀刃が食い込んだままの右肘へと銃口を押し当てる。
(なるほど鉛弾か。しかし飾るだけじゃないぞ、ブレイン――ブレインイーターよ!)
躊躇せず連射した。
――パン! パンパン、パン!
――次回、第10話『骨と肉を紡ぐ華』




