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神ヒト血鬼~たった一人の最後の人間《レスタト》~  作者: HibinaJestzona(火雛じぇすとーな)
第1章『最後の人間』
10/12

第8話『確かめるための手榴弾』

当ページの

文字数(空白・改行含まない):5132字

行数:130

400字詰め原稿用紙:約13枚

 

 

「後ろッ!!」


 革靴の底が、まるで劇場の床を打つように軽妙な音を鳴らして、レクィスの白い姿を中空へ送り出した。

 修道服の娘が叫んだ直後か、はたまた同時か。

 三階床の崖際に座っていたはずの貴族レクィスは、背後から振り下ろされる二筋の太刀筋をギリギリ(かわ)して跳躍し、勢いそのままに身を旋回させた。

 空中で前転しながら、レクィスは己の天地が逆さになったタイミングで、襲撃者を視界に捉える。


 登頂から膝下までをすっぽり覆う、黒いローブの人影だった。


 左右の手に一振りずつ、全く同じ形状の両刃の大剣を握り、寸前までレクィスの座っていた場所へ太刀筋を空振りさせていた。

 手袋も靴も黒。黒ずくめ。表面に砂が付着していることも踏まえて、レクィスとはとことん対照的な中背のシルエット。浴びた月明りを全て呑み込み、半ば以上に闇と一体化している。

 顔の辺りを覗きたかったが、位置が悪い。かろうじて布の隙間から血色の良い頬が見えたことで、どうやら仮面は着けていないらしいというだけの見当を付けた。

 もっと観察すべき装備や特徴が有ったかも知れないが、咄嗟の観察眼で、レクィスに見て取れた情報はそこまでだった。二振りの剣以外に武器らしき輪郭も見当たらない。

(成程、本当に気配がしないな)

 金の瞳で、上下逆さの襲撃者を「見上げ」ながら。

 浮遊感の中、レクィスは一見すると愚かな所作に着手した。

 右手の指で左の手袋を――そして小さく開いた口内の牙で右の手袋を、脱ぎにかかる。

 空中前転の勢いゆえに、視界も体勢も自転せざるをえない。襲撃者の姿が視界の上へ上へと過ぎ去って、間もなく見失うという寸前にとった動作がそれだった。

(さあ隙だらけだ。追撃に来るか? 来ないか?)

 来ない。襲撃者は二本の両刃剣を振り下ろしきった体勢のまま、微動だにせず――

 黒衣(こくえ)の隙間から噴き出てくる無音の煙に呑み込まれた。

 煙幕。銀を含む可能性が高い。

(から)め手を好む、つくづく噂通りだな!)

 両の白手袋を脱ぎはせず、牙と爪で引き裂いた。

 露わになった艶やかな両手には、指先の一部に載るだけの、ごく普通の爪が並んでいたが。

 手袋だった布が赤く発火し、その小火炎に撫でられた後には、爪の形状が変化していた。もはや薄く小さな平爪(ひらづめ)ではない。鳥獣の鉤爪(かぎづめ)とも違う。骨が表皮と一体化して外骨格と化したような、鎧めいた輪郭が鋭角を成す。木石材を切削するための彫刻工具を彷彿とさせた。

「ふッ!」

 一薙(ひとな)ぎに。煙幕奥から飛んできたメス状のナイフを片手だけの五爪で弾き、レクィスは天地逆さのまま、空中に“着地”した。

 そこは視覚的・光学的には何も無い虚空のはずだが、白スーツの貴族は両の靴と片膝、そして空いた片手で、確かに平面の足場と安定を得ていた。摩擦の強い窓硝子のような感触。同じような平板状の不可視物体をレクィスは計七枚保有し、うち四枚を建造物内で浮遊させている。

 正体を隠しながら常用すべく、レクィスはこれらを仮に『鏡』と称していた。


 レクィス宛てではない銃声が鳴った。


 修道服を着た娘の鼻先で、『鏡』のひとつが二発の銃弾を食い止める。

「ひゃわっ!?」銃撃も『鏡』の存在も想定外だったようで、娘が体を強張らせた。

 強張らせて――強張らせるだけで。なんのアクションもリアクションも起こさない。逃げもしないし瓦礫に隠れもしない。逃げ場を探しすらしないのか、こいつは。

(やはり(こいつ)も狙うか。お見通しだよ)

 銃声は尚も続いた。見えない障害物をまさぐるように、拳銃弾と思しき衝撃が『鏡』に三発四発と打ち付けられ、火花を散らす。銃弾の銀毒で押し切るつもりだろうか?

 ただでさえ煙幕は拡散してゆく。

 発砲の銃火が、内から弾に貫かれる煙幕の穴を照らし出す。

(射手の位置まで丸分かりだ!)

 手空(てす)きの『鏡』をけしかけるべくレクィスは狙ったが、ふと煙幕の内から階下へと、何かが放り落とされた。空弾倉を捨てただけかと見紛(みまご)う、(そぞ)ろな軌跡だったが。

 それは建物二階の床にぶつかってから転がり、廃材の隙間をうまいこと抜け(おお)せて、眼鏡娘の靴にこつんと当たって停止した。

「――へ?」娘が足元を見下ろした。見下ろすだけで、離れようともしない。

 落下物は拳大(こぶしだい)。角張った平面が組み合わさって、出来損ないの楕円球を成していた。金属質であり、表面にレバーのようなフックのような部品が付いている。

(手榴弾? 浮遊する『鏡』の真下を(くぐ)らせただと!?)

 火花の動きを見て、「足元ぎりぎりならば障害物が無い」と判断したのか。そのための銃連射だったのか?

 今更気付いても遅い。

 娘と落下物が近すぎる――どころか触れている。

 二者を分断しようにも、『鏡』を突っ込ませるための隙間さえ無い。咄嗟に伸ばせるだけの影で壁を作っても、手榴弾の内容次第では突破されかねない。

 舌打ちしながらレクィスは足場を蹴った。ほぼ真下へ急行する。

『鏡』を操るための、新たな軌跡を思い描きながら。娘へと手を伸ばす。

(なんで自力で逃げないんだ、お前は!)

 落下物が起爆した。

 内部に充填されていた釘状の榴散物(クラスター)が開封され、光熱衝撃波と共に反射乱舞して、触れる全てを焼きながら轢殺(れきさつ)せんと暴れ出したが――

 実際には二枚の『鏡』に挟まれたことで、それ以外の方向へと破壊力が指向した。

 大砲同然の火力が、娘を抱いたレクィスから見て右方左方に「噴射」される。大昔にジェットキとかいう大型飛行機械が存在したらしいが、それを実現する燃焼エネルギーが丁度こんな具合だったかも知れない。


 廃建築の壁の二箇所が、熱衝撃波の通り道となって消し飛んだ。


 それでも猛威の全てが屋外へ放出された訳ではなく、逃げ場を探す(あるいは作ろうとする)灼熱の乱気流が廃材を起こし、軽い物から巻き上げて滅茶苦茶に加速させた。ただの気流が、まるで液体のように硬い。打ち寄せる熱波に『鏡』のコントロールがフラつく。銀釘が溶熱して、いまや廃材・砂塵・熱気流と一緒くたに混ざって駆け巡っていたせいだ。

 敵に突進させるはずだった『鏡』を呼び戻して、防御に徹しながらレクィスは歯噛みした。

(ふざけるな、なんだこの威力は……純血種が、相討ちを狙うとでもいうのか!)


 榴散物を含む光熱波は当然、建物二階だけに留まらない。

 吹き抜け同然の天井穴を経て、襲撃者の居る三階まで噴き上がった。


 だが黒衣の襲撃者は、ほんの数歩を横移動してからボロボロの床に両刃剣を突き立てると、昇ってきた奔流を更なる上階への裂け目に誘導してしまった、らしい。

 二階から三階へ及んだ上昇流をそのまま放置しても、そう都合良くは運ぶまい。レクィスが不可視の壁をどう布陣するかによって、剣を突き立てるべき位置も角度も違ったはずだ。

(身を隠すためではなかった……僕の『鏡』を探し易くするための煙幕だったということか。わざと拡散を促すために銃を連射して、実際に手榴弾を通す道も見付けて、僅かな間に――)

 否、それだけでもない、とレクィスは直観した。

 あの一連の手管(てくだ)には、他にも意図があったはずだ。

 果たして衝撃の去った後。爆心地を挟んでいた二枚のうち、レクィスから遠い位置にあった『鏡』が浮遊を失ってズズン……、と倒れた。

 もはや廃材の山など無い。砂塵もろとも焼尽したか、あるいは熱に溶けて廃建築の内壁に一体化したかだ。ボロボロに風化していたコンクリート壁が、いまや亀裂を埋めて、継ぎ目の無い煉瓦のような質感に変化していた。さもなくば階が崩落していただろう。


 あちこちで残り火が踊り、熱い微風を誘って室内じゅうに火の粉を満たす。


 そんな被爆地にあっても、己の姿は一切汚れていないとレクィスは確信していたが。

 白スーツの腕に抱かれながら、眼鏡娘は目を閉じて気絶していた。『鏡』と念動力で可能な限り守護した結果、彼女にも焦熱や飛散物の被害は無い。髪や服には依然、砂が載っている。

(今の手榴弾は、現代の文明技術で作られたものではあるまい……)

 銀製の榴散物を形状変化させながら、戦場を満たして蹂躙(じゆうりん)する高焼夷性榴散弾。創成期以前に製造した物が一万年経っても使えるとは驚嘆の極みだが、言い換えれば補充の利かない貴重品だろう。それを使った以上、娘を殺す優先順位も相当に高かったということだ。

(『鏡』を別の位置にして、爆発を階下に押し留めれば。さっき奴に突撃できた……だろうな)

 もはや戦場には銀がくまなく混在し、火の粉が『鏡』の位置を浮き彫りにしている。

 火の粉は一分と()つまい。だが『鏡』の位置と形状はこれで看破されたのではないか?

 そうなる前に肉迫するチャンスが有った。だが自分はそうしなかった。

 つまりあの瞬間、レクィスには選択肢が与えられていたということだ。

(要するに奴は、『僕が(こいつ)を見殺しにするかどうか』を確かめた……)

 黒ずくめの人影が動いた。両刃剣の陰から側面へ。柄に手を這わせて歩み出る。

(それがどうした!)

 今即応できる『鏡』は三枚。

 娘を捨てて、その真上に一枚を配備しつつ、表面にレクィスは着地した。

「あ、あれ――きゃふっ!?」

 娘が意識を取り戻すなり地面に激突。悲鳴が聞こえたが、そんなことには配慮しない。

 左右の鎧爪を強く意識した。より鋭利に強靱に。あの両刃大剣がどれだけの強度と銀毒を備えていようと打ち勝って、そのまま黒装束の中身を貫いてみせる。

 黒ずくめが両刃剣を抜き、投擲(とうてき)した。

 ただしレクィスに対してではない。斜め上方へだ。レクィスには見通せない四階フロアの彼方へと、剣はクルクルと旋回して飛び去った。

 もう一振りの両刃剣を握る黒ずくめ。

 後々の準備でもしているつもりか。

「小賢しい!」

 レクィスが怒号を上げ、指を鳴らした。『鏡』の一枚がレクィスのイメージ通りに突風を起こし、好き放題に泳いでいた火の粉を上昇気流で吹き飛ばす。

 そして残る一枚の『鏡』が二階天井――つまり三階床を突き破って襲撃者の後方に現れた。三階フロアに残っていた廃材を根こそぎ(さら)いながら、床を削りながら。ブルドーザーよろしく黒ずくめを背後から追い立てる!

 足場を奪われるままに、黒い人影は床を蹴った。

 目前の床の大穴へ身を投げ出した、と言った方が正しいか。

 レクィスの狙い通りに、火の粉と上昇気流の真っ只中へ。

 ただし間一髪、引き抜くのではなく床を切り裂くことで、黒ずくめは手に両刃剣を確保していたが――

(それこそ望むところだ。貰い受けるぞ!)

 襲撃者めがけて、強く『鏡』を蹴った。両手の爪は火の粉よりも暗く深く赤熱し、レクィスの上昇を追う計一〇線の残光を闇に描く。

 対する襲撃者も、まんまと気流に捕まるだけではなかった。両刃の大剣の角度を変えて、敢えて風を最大限に浴びることで上昇してから――あまつさえ、上下から挟み撃つつもりで停止していたレクィスの『鏡』を蹴って軌道を変えた。

 何処までも小癪(こしやく)な妙手を見せ付けてくれる。

 だが刃を交えんとする寸前の集中を、些末な感情で乱すレクィスではなかった。

 一瞬を狙い澄ます。

 仄かな赤光、貴族の魔爪。狙うは黒ずくめの襲撃者。対空に舞って斬り上げる。

 月影を吸う、暗い銀の大剣。狙うは白ずくめの貴族。重力に乗って振り下ろす。

 がぎんっ。

 金属の重く()ち合う音が(こだま)した。


  ◆


 数秒の、あるいは十数秒の気絶から意識を取り戻した少女ヤサヤは、二者の攻防を倒れたままで目の当たりにした。

 といっても、両者の駆け引きの殆どを理解できないままでだが。

 視覚で捉えるよりもまず差し迫って意識したのは、十二月一日の夜から片時も忘れたことのない悪竜(ドラゴン)の気配だった。しかしそれは翼を広げてヤサヤから離れ、上昇していく。

 向かう先には、黒いローブで頭頂までをすっぽり覆った人影が舞っていた。

 落下し始めるはずが、宙を蹴るようにして黒ずくめは軌道を変えた。逆手から順手に剣を持ち替えたように見えたのは、出現時に振るっていた二本の剣の片方だろう。

 対し、重力を反転させたように舞い上がる金髪の貴族は、完全な空手だった。しかし、その美しい五指には貴族の爪が生えている。純粋な硬さと切れ味において、わざわざ金属の刃物なんて用意する必要が無いほどの、生来の武器だ。赤い残像が宙に走る。

 刃の噛み合う音がした。蚊帳の外から見上げるヤサヤに、音速の相克を見極める(すべ)はない。


 ただ、黒ずくめの手にあった両刃の大剣が、弾かれて明後日に飛び。

 貴族の右腕が、スーツの白い袖もろとも縦に切り裂かれたという結果だけは、克明に見て取れた。


――#8『確かめるための手榴弾』終

 爪は両刃の大剣を確かに弾き飛ばしたのに、切り裂かれたのはレクィス(こちら)の右腕だった。

 自分は今、空中で何をされたのか。奴は何をしたのか? 自分は何を見逃したのか?

 上昇軌道を失い、自由落下へ移る寸前の浮遊感の中で――

 焼け付くように、右肘の裂け目に食い込んだ「異物」を見出して、レクィスは理解した。

 先の一瞬、襲撃者が振り下ろしたのは、幅広い両刃の大剣であったはずだ。

 だがレクィスの右腕を縦に裂いたものは、白く煌めく一本のナイフだった。

 把柄部にコーティングやカバーが無く、切っ先から柄尻までの総身が白銀色を放っている。一見メスかと思ったのはそのせいだろうが、輪郭は細くないし扁平でもない。実践的な刀剣として鍛造されている。


――次回、第9話『ノーブレス・オブリージュ』

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