7 キレイゴト
ACT ARME第7話です。
今回の話は、レックの過去編ということで、シリアス成分が多分に含まれています。
お読みの際はご注意ください。
あ、でもグロ成分はないのでそこまで注意する必要はないかも(笑)
XX月XX日 PM 01:36
数時間前に量販店で強盗事件が発生。通報を受け、駆けつけた治安部隊が店舗を取り囲む。
これに対し犯行グループは人質を取り、篭城した。そして出された要求は、奪った金と品を詰め込めるだけの大きさを持った逃走用のトラックを用意すること。この要求に従わない場合は、人質を容赦なく射殺するという非情な通知が告げられた。
現場はまさに、戦々恐々の修羅場と化していた。
「はぁい♪店を占拠なんてやってる強盗団の皆さま。大人しく投降するか、ボコられてから投降するか。今ならどちらか選べるよキャンペーン実施中でぇす。もちろんオススメは、前者の方ね。」
そうルインが言葉を発した時には、9割方強盗団は殲滅されていた。
「な、何なんだよあいつら。たった数人で俺たちを・・・。」
全身を武装している男が怯える。中にはルインのオススメに従って両手を挙げて店を出る者もいた。
だが、そんな状況でも諦めの悪いものはいるもの。だが・・・
「ふ、ふざけるな!周りを囲んで袋に―――― ウガッ。」
残念ながら最後まで言い切ることなく、頭を撃ち抜かれ倒れた。
・・・もう一度言おう。現場はまさに、(強盗団にとって)戦々恐々の修羅場と化していた・・・。
「任務完了!一から十まで余すことなく完璧に遂行できたね!」
シャキーン!と満足げに話すルイン。
「いや、確かに人質も全員無事で成功とは言えるけど、強盗犯の方は全然無事じゃないよね。さっき少し見た限りじゃ顔の原型なくしていた人もいたし・・・。」
ルイン専属のツッコミ役がすっかり板についたレックが、やっぱりツッこむ。
「そんなことをされてしまうような行為に手を染めたあいつらが悪いっ!」
こっちは全くこれっぽっちも一切の反省もないようだ。言っていることは間違っていないような気もしないでもないが、すんなりと受け入れられるようなものでもない。
「行動を起こした以上は必ずリスクが伴う。それを一切顧みない者の末路は、決まって呆気ないものだ。」
ルインの命を狙い、敗れ、その際に一切の抵抗なく死を受け入れようとしていたフォートが言う。
「いやまあ、それはそうかもしれないけど。というか、フォートも一切躊躇せずに強盗犯の頭とか撃っていたよね。」
「あれは暴徒鎮圧用のゴム弾だ。撃ちどころを誤らない限り、死に至らしめることはない。」
さらりと言う。それに便乗し、ルインがさらに調子に乗る。
「そそ。だから何も問題ない。万事うまくいってめでたしめでたしだよ。いや~、善行をしたあとは気持ちがいいねぇ。」
「何が万事うまくいってめでたしめでたし、だ。ほとんどの強盗団を見る影もない状態にして。少しは加減というもんを知れ。」
浮かれてるルインに、後ろからヒネギム係長が割って入った。
「強盗犯よりも人質の命優先といったのは、係長さんの方でしょうに。それにあいつらを見る影もない状態にしたのは、グロウだよ。僕はあいつらの顎を砕くか、腕の筋を断ったぐらいだし。」
「それでも十二分過ぎると、僕は思うんですけどね。まあ、ヒネギム係長も、ルインさんに委託を決断した段階で予測はしていたのでしょう?」
さらに後ろから、ツェリライが口を挟む。
「まぁな。」
それに対し、係長は軽くため息をついた。
「そう安安とため息を付かないでください。幸せが遠のいてしまいますよ?
これといった計画もなく、ただ店舗に押し入り金品の要求。それなりの人数がいるにもかかわらず、店舗内にいた来客を取り逃がし治安部隊に通報され、苦肉の策で人質を取り籠城。武装もそれを構える姿も実に中途半端。
そのような連中が人質を効果的に使う方法など知るはずもなく、ちょっとした刺激ですぐに人質を手にかける危険性が高かった。ならば僕たちにこの件を委託し、少数精鋭の奇襲で一気に事を終わらせる。確かにギャンブル性は高いですが、決して愚策ではありませんよ。結果的にはうまくいったわけですしね。」
「結果的には、な。また治安病院からクレームが飛んでくるぞ。これは。」
結果が良くても、そのあとを考えなければならない係長の苦労は続く。
「日々のお勤め、お疲れ様です。」
ツェリライは最敬礼をした。
「そう言われると、少し気が軽くなるというものだな。しかし、お前たちは一体なんなんだ?委託した以上、荒っぽいことになることは予測していたが、委託してから七分弱でカタがつくとは予測していなかったぞ。」
呆れと感心の両方が混じった眼差しで見られ、ツェリライは肩をすくめる。
「いつの間にか専門者が揃ってしまいましたからね。
まず僕がQBUを用いて店舗内の様子を把握。そしてハルカさんが店舗内では見えない位置から強力な煙玉を投擲で挿入。犯行グループが混乱したところを、フォートさんが人質をとっている者を優先に狙撃。その間に、ルインさん、グロウさん、カウルさんの三名が特攻を図り目標の殲滅。残りの方たちで人質となった方の保護と脱出を手伝う。
こんなところでしょうか。念のため、想定外の事態が発生した場合のプランも構築していましたが、完全に無用でしたね。」
「スペシャリスト、なあ。あの小さな白コートの男がまさにそのようだが、あれは一体何者だ?」
訝しげな目をする係長。
「まあ、一言で言えばレックさんに続くルインさんの新たな犠牲者といったところでしょうか。」
「・・・件の一切それらしい面影すらなかった削除屋と、何か関わりがあるのか?」
「そのことについては、ルインさん本人にお尋ねください。」
係長の鋭い視線を、ツェリライはひらりとかわし、そのまま立ち去った。
「全く。本当にお前たちは難儀な集団だな。異常なまでに銃の扱いに長けた怪しげな男に、この当たりでは見ることのない出で立ちをした青年と少女。そして・・・」
係長は懐から紙を取り出し、中身を読む。そしてルインたちと話しているレックに目をやった。
「国に故郷を捨てられた家なし子、か。」
その言葉には、これから真に苦労するのは自分ではない。あの優しげな目をした少年であることを憂う思いがあった。
数日後、係長はルインの家を訪れた。
「あれ?どしたの係長さん?もしかして、この前の事件の成功報酬でも持ってきてくれたの?いやぁ、悪いねえ。わざわざ僕ん家まで来てもらっちゃって。」
と、申し訳なさそうに話しながらも図々しく差し出されたルインの手を、割と強めにはたき飛ばす。
「先日の件の報酬は確かに振り込んでおいたはずだ。二重に報酬を要求するとは不届き千万。今日は別件だ。」
「別件?」
赤く腫れ上がった手をフーフー冷ましながら、ルインが問う。
「ああ。新しい仕事の委託だ。」
「へぇ。もう新しい依頼が来たのね。まあ、立ち話もなんだし、玄関口で駄弁れる内容でもなさそうだから、ささ奥に上がって。」
その言葉に、重みが含まれていることを感じたルインは、係長を家の中へと連れ込む。
レックが差し出したコーヒーを飲み一息ついたところで、話を切り出した。
「さて、お前はもう感づいているようだが、今回の委託は絶対に多言無用だ。」
「理由は聞かないほうがいいのかな?」
「いや、その必要はない。 今回お前たちに委託する内容は、テロ組織の壊滅だ。手段・相手の生死は問わない。」
「テロ組織・・・?」
この穏健な町には似合わない物騒な言葉が、室内を圧迫する。それに耐えかねたのか、ルインよりもレックが先に質問した。
「テロ組織って、一体何が目的でそんなことを・・・」
だが係長はその質問には答えず、その他の内容を話しだした。
「テロ組織が拠点に置いている場所は、ソンカン地区の廃工場。確認されている構成員は、二人だ。」
「二人?またそれはえらく少ないね。そんな組織と言えるかすら怪しい人数なら、治安部隊が一挙に押しかければ事足りるんじゃない?それをしないということは、できない理由が?」
その質問に、係長はしばし沈黙する。
「・・・奴らは、『プロメテウス』を所持している。」
「プロメテウス・・・ ってえええええ!!!?あのプロメテウス!?」
プロメテウス。人類に火を与えたとされる神の名を冠したそれは、焼土殲滅戦専用爆弾である。本来ならそれは、国が保有している軍のみ保有しており、またそれが使用されることはよほどのことがない限り起こりえない。
ボーリングの球ほどの大きさのそれは、起爆させると半径50キロにわたって爆炎を広げ、一瞬のうちに何一つ生命を残さない焼け野原へと変化させる。
「そう、そのプロメテウスだ。」
「どうやってそんな物騒なものを手に入れたんだか・・・。でも治安部隊が下手に動けない理由はわかった。
プロメテウスは、知ってる人は知っている超ド級の破壊兵器だ。治安部隊みたいな大きな組織が動くとなると、どうしても乗り込む前に相手に察知される。その時にプロメテウスの名前を出せば、思いっきり爆風の射程範囲内のこの町はほぼ間違いなく集団パニックが起こる。
さらに入手ルートは不明だけど、もしそれが国から盗まれていたとなると、話は国の責任問題まで発展する。そうなると当然国の統制が乱れ、国力が落ちる。そうなったら自分たちが主導権を握り、もしかするといるかもしれないお仲間引き連れて国を制圧、なんてこともできないことはないか。うん、確かにうかつに動けないね。
で?そんな大逸れたことをやらかそうとしているテロ組織の目的は?さっきレックが質問したのを華麗にスルーしたけど、あれ見る限り目的は判明しているんでしょ?」
係長は少し冷めたコーヒーをすすり、目を閉じた。
再び、あたりが沈黙で満たされる。
「奴らは、『国力低下抑止及び国家繁栄基本法』により、国から故郷を見捨てられた生き残りだ。」
『国力低下抑止及び国家繁栄基本法』という言葉が係長の口から出たその時、ガタン!と激しい音と共に椅子が倒れた。
その音を生み出した主は、机に両手をつき、そこに浮かべている表情こそ無表情だったが、その青ざめた顔からは全く平静を装えていないことは誰の目にも明らかだった。
「・・・レック。気分悪いなら席外しててもいいよ。」
ルインがコーヒーを飲みつつ、レックに退席を促す。
「いや、でも。きちんと最後まで聞かないと・・・」
と、レックはそのまま席にとどまり続けようとしたが、
「今のその状態じゃあろくに話なんて聞けないって。僕だって話を聞くぐらいはひとりでできるもん。という訳で、休んでおいで。」
と、ルインが最後まで押し切った。
「今の反応を見る限り、レックもそのテロリストと同じ過去を持っているっぽいね。係長さんが話すのをためらったのも、それが理由?」
レック退席後、ルインがボソッと問う。
「ああ、そうだ。入手したテロリストの顔写真から素性を追ったところ、あの少年の素性も割れてしまった。」
「テロリストの素性探ってたらレックの素性まで割れてしまいましたということか。それはつまり、そういうことなのかな?」
ルインの質問を、係長は沈黙することで返答に代えた。
「やれやれ、レックは係長さんと似て色々と気にするタイプだからなあ。最悪、ものすごく救われない泥沼エンドになる可能性もあるわけか。」
ルインはゆっくりと時間をかけて空気を吸い込み、そしてため息としてゆっくり吐き出した。
「『国力低下抑止及び国家繁栄基本法』ねぇ。国が定めたノルマである税を納めなかった町や村は、国からの交付金及びその他援助をすべて打ち切り、さらには他の町との関わりも一切断ち切られる。いわゆる切り捨て御免にする法律か。改めて口にするとびっくりするほど即物的だよね。」
「このラトリアは、他の国と比べて面積が小さい。国の基盤を磐石にするには、安定した収入が必要だ。国の安定は、そのまま国民の生活にも跳ね返る。それを考えればやむを得ないと言わざるを得ないのかもしれないが・・・。」
係長が苦々しげに呟く。
基本、この国に存在するほぼ全ての町村は、国からの交付金と、町の間での物品交換、いわゆる貿易によって成り立っている。故にそれが打ち切られた町村に待ち受けるのは崩壊しかない。取り残された住民は、明日の衣食住にさえ困り果てることとなる。
もちろん新しい住居を求め移住する者もいるが、この国では身分証明のため、移住の際は元いた町を明らかにしなければならない。そして国に捨てられた町の出であることが知られるとそこに待つのは、他の住民から情け容赦なく向けられる差別の目線。それに耐えられず自殺を図る者も少なくない。
それでも、移住するだけの金を持っている者はまだ幸福なのかもしれない。荒廃した町に取り残された住民の大半は、そんな金など持っておらず、スラムと化した故郷で何もできず、朽ちていく選択しか許されなくなるのだから。
「実際この法律の餌食になった例を見ると、やりきれない思いが満たされるね。このテロの目的は、故郷を捨てた国に対する復讐か・・・。結果がどう転ぼうと、すっきりしそうにないね。」
「気が進まないのなら、無理強いはしない。この委託を受けるか否かは、お前の意思で決めてくれ。」
先程からため息をつきっぱなしのルインに、係長が助け舟を差し出す。
「いやぁ、せっかくこうしてわざわざ来て依頼してくれたわけだし、いつも係長さんには迷惑かけっぱなしだから、引き受けさせてもらうよ。レックについては、きっとなんとかなるよ。」
「そうか、引き受けてくれて感謝する。あと、俺に迷惑をかけているという自覚があるのなら、もう少し自重という言葉を学べ。」
「それは無理な相談だね。僕もそうだし、僕以外にも脳内辞書から自重なんて言葉がすっぽ抜けてるのがいるし。」
「ふん。否定できないところが悔しいな。それでは、今回の件は確かに委託した。よろしく頼む。」
「はいよ。確かに承りました。それじゃ、お疲れさんと。」
係長が退出後、ルインは冷め切ったコーヒーを飲み干し、携帯を取り出した。
「というわけで、今回は非常~にヘヴィなお仕事を依頼されました。」
数分後、ルイン宅にそろった一同が話を聞くと、場の空気は重くなった。特にアコとハルカの両名は
「この国には、そんな法があるんですね・・・。」
「何よそれ。それってつまり自業自得じゃない。」
と消沈&ご立腹のようだ。
「一応表向きは国と民の生活の保全のため、ということになっていますけどね。現に数十年前のラトリアは、そうしなければならないほど困窮していたことも事実です。」
「だが現在では産業も発展し、以前ほど財政が追い詰められているわけではない。故に貧困にあえぐ町を棄てる必要性もほぼ皆無だ。」
「じゃあ何で無くさないのよ!」
と、さらにヒートアップするアコに、ルインが冷や水を浴びせかけるように続けた。
「法律の改変っていうのは、簡単なことじゃないからね。一つ法律を変えようとすると、それに関連するほかの法律も改変しなきゃなくなる。それにはびっくりするほどの時間が必要とされる。
そんな重い腰を上げるくらいなら、理由もくそもへったくりもなしに、国民にこの法律は必要だと刷り込んだほうが手っ取り早い。
時代は変わっても法は変わらず。古き良き国の悪弊だね。」
「何よ、それ・・・」
アコが言葉を失う。
「要はてめぇらの怠慢で起きたヘマの始末を、俺たちにやらせようって腹だろ?冗談じゃねえ。てめぇらのケツは自分で拭きやがれ。この際だ、いっそ薄汚ねえ政府は滅んじまえよ。その方がせいせいすらぁ。」
グロウが吐き捨てる。
「まあ、依頼してきた係長さんに罪はないからね。この法律の存在を仕方がないって言ってた時は、くさやを無理やり口に突っ込まれてたような顔してたし。それに、ほったらかしにしたら薄汚いどころか人の住めないほど汚くなるだろうしね。」
「すぐに出立するのか?」
「うん、準備ができ次第行こうかな。あ、あと今回は強制参加じゃないから、アコちゃんはハルカちゃんは留守番しててもいいよ。」
と、珍しくルインが譲歩したが、
「いや、あたしも行くわ。」
「私も行かせてください。少しでも、テロリストの方たちの思いを和らげてあげられたら・・・。」
と、双方行く気のようだ。
「そっか。じゃ、七人で行こうか。」
「七人?そういえばレックは?」
と、物凄く今さらだが、アコがレックの安否を問う。
「ああ、レックは今体調不良で・・・と。」
ルインが皆まで言う前に、レックが上階から降りてきた。
「ん?レック。気分はもう大丈夫なの?」
「うん、だいぶ良くなったよ。」
そいう言う割には、確かに顔色は先ほどよりは良くなっているが、お世辞にも良好とは言い難い。だが、そんなことはお構いなしにレックは降りてきた。
「気を遣わせてごめんね。でも、ボクは行かなければいけないんだ。」
優れない顔色の中でも、しっかりとした意志が垣間見える。
「そっか。ま、無理しない程度にね。じゃ、いつも通り八人で行こうか。」
そして、八人全員で家を発った。
出発してからしばらく経つと、賑やかな喧騒と人気のある建物群が唐突になくなり、さらに歩いていくと代わりに見えてきたのは、賑やかという言葉とはまるで無縁な静寂と、人気どころか人が住むことすらできないてあろう朽ちた建物群だった。
空は真に晴天のはずなのだが、どことなく灰色がかっているように見える。
「キブの近くに、こんなところがあったなんて・・・」
ハルカが少し怯えるようにつぶやく。
「地図ではこの場所は抹消されてるからね。便宜上ソンカン地区なんて名称はついてるけど、ラトリアという国にこの場所は無いことにされてるんだよ。」
「因みに、この地もかつてはキブと同じような町でした。が、例の法律により切り捨てられ、約二十年経過した今ではこの有様です。」
「・・・ここに住んでいた人達は、どうなったの?」
「基本的に捨てられた町の住人に与えられる選択肢は二つ。そのまま町にとどまり死を迎えるか、周囲からの差別を覚悟で持ちうる財産を使い他の町へ移住するか。どちらにせよ、茨と形容するには易しすぎる未来が待ち受けているでしょう。」
レックが不調の原因を薄々感じとっているツェリライが、レックのことを気にかけながら話す。
「・・・例外的に、あて無き放浪旅に出るという選択肢もあるだろう。だが、それを選ぶには相応の技術と経験が必要だ。簡単な話ではない。」
同じくレックの不調の原因を感じ取っているフォートが言葉を続ける。
事情を知っているルインには、その言葉に含まれた意味に気づいたが、当事者であるレックは何も反応を示さなかった。この様子を見ると、レックは自分のことを話すつもりはないようだ。
ルインは、係長の口からレックの過去を少しだけ知っているが故に、これから先に起こるかもしれない未来に若干不安を抱く。
レックに伝えるべきなのか・・・。だが、精神が不安定な今事実を伝えたら、間違いなくレックは激しく動揺するだろう。いや、だろうを付ける必要はない。間違いなく激しく動揺する。
それだけならまだ問題ないが、その動揺が予想だにしない行動を引き起こし、そのまま一番迎えて欲しくないバッドエンドへまっしぐらになってしまっては目も当てられない。
とりあえずレックには、アコのフォローとかをしてもらって、直接相手と闘り合うのは自分を含めたいつもの前衛組でいいだろうと、そう踏んでいた。
「・・・止まれ。」
不意にフォートが一行を止めた。
やや傾きかけた陽を背に、瓦礫の上に立っている影が見えた。逆光で顔はよくわからない。手には、影の身長と同じくらい柄の槍を手にしている。
「お前らが侵入者か。こんな瓦礫しかないところになんのようだ?」
相手を威圧するような刺々しい声。全員すぐに構えたが、レックだけは困惑した表情を浮かべた。
だがそれには誰も気づかず、ルインが返答した。
「いや何ね。ここで今なんだか非常に派手で面白可笑しそうなことをやらかしそうな輩が出没しているって話聞いてね。お小遣いもらうかわりにお使いに来たんだよ。相手は槍使いって事は聞いてるからおそらく確定だけど、念のため降りてきてもらっていいかな。そこだと逆光でよく見えないんだよね。」
そう頼むと、意外なことに相手は律儀に瓦礫の上から飛び降りてきてくれた。
「うん、間違いないね。こいつがテロリストの一人だ。」
係長から渡されたモンタージュ写真と見比べたルインが太鼓判を押した。
剣山のように逆だった髪にきつい印象を与えるツリ目という容姿は、その筋の者だと言われても納得できる。心なしか、身体の周囲が冷ややかな空気も漂っている気がする。左手首には、青いリストバンドを身につけていた。
「お前らクズの犬か。オレたちを殺りに来たのが目的か。」
ルインたちの素性を察したとたん、相手は殺気を剥き出しにして得物をこちらに向けてきた。
「おっとっと。ちょいたんま。あんたの言ってることは半分ぐらいしかあってないよ。確かに僕らはあんたたちを止めてくるよう言われたけど、何も殺せとは言われてないから。」
「信用すると思っているのか?」
ルインの説得は無意味のようだ。相手はさらに殺気を強める。
一足触発の緊迫した空気が流れる。
「ハン・・・ス?」
膠着した状況を破ったのは、先程まで一言も喋らなかったレックの一言だった。
振り返ると、そこには棒立ちで立ちすくみ、目を見開いているレックがいた。
相手もレックの姿を認め、驚いたように目を大きくした。
「おまえは・・・」
「やっぱり、ハンスなんだね・・・。 っ!!」
突然レックは武器を手にし、相手に飛びかかっていった。
そのあまりにもらしくないレックの行動に、全員虚をつかれた。
「ちょ!?レック!?いきなり得体の知れない相手に飛びかかるのはアホのすることだよ!?いや、どう見ても知り合いっぽいけどさ!!」
と、まさかのルインがレックに対してツッコミを入れるという、前代未聞の事態まで起こった。
だが、そんなとてつもなく極々稀なルインのツッコミも、完全に冷静さを失っているレックの耳には届かない。
「ハンス!!君はっ!君は何をやっているんだよ!!」
激しくぶつかり合いながら激しい怒声を上げるレック。ハンスと呼ばれた相手も負けじと怒号で返してきた。
「それはこっちのセリフだ!この腑抜けヘタレが!!」
「君は、自分が何やろうとしているのかわかっているのか!!」
「お前こそわかってんのか!!クズ相手に復讐もできずにヘタレやがって!挙げ句の果てにはそのクズの犬になりやがったか!プライドも意地も何もかも捨てやがって!!お前のいい子ぶりっ子には吐き気がするんだよ!」
「違う!ボクはそんなつもりは一切ない!!ボクは・・・ボクは!これ以上理不尽に辛い目に遭う人たちを見たくないだけだ!!!」
「それがいい子ぶりっ子だって言ってんだろうがああああ!!!」
互いに叫び合いながら激しい応酬を繰り広げる。戦闘そのものは他者の介入などとてもできないほど苛烈なものだったが、口喧嘩の方はまるで、意見が食い違って言い争いをしている小学生のようだった。
こんなに落ち着きをなくし、感情の赴くまま暴れるレックなど、今まで誰ひとり見たことがない。全員呆気にとられて固まってしまった。
「ちょ、ちょっと。何がどうなってるの?なんでレックはあんな・・・。」
固まった状態のまま、混乱中のアコが疑問を口にする。
「どうやら、こちらの予想が当たってしまったようですね。嫌な予想ほど的中率が高いというのは、悩ましいものです。」
「予想?」
「ええ、恐らくレックさんは・・・」
そのまま続けようとしたツェリライの口を、ルインが塞ぐ。
「ストップ、ツェル。その先の話はレックも交えて話さないと。他人の過去を無闇やたらに暴露するのはいい趣味じゃないよ。」
窘められたツェリライは素直に口をつぐんだ。
「そうですね。失言でした。 ・・・ですがルインさん。あなた確かアコさんの過去を、レックさんに話したような記憶があるのですが?」
だが、相手の痛いところを突くことは忘れない。
「さて、どっちの勝利で決着がつくかな。どちらにせよ僕らは首を突っ込めそうにないから、レックが勝つことを祈るばかりだね。」
ツェリライのジト目から、カメレオンの舌の如き速さで顔をそらしたルインは、戦況を分析する。
結論をいえば、レックの方が優位に立っていた。ハンスの攻撃が自分にダメージを与える前に先に自分の攻撃を加えている。戦闘時間が増えるほど、その様子が顕著に現れてきた。
「ハァッ!!」
「ガはっ!」
腰を入れたレックの一撃が、ハンスの腹を突いた。
そのまま地面に倒れ込んだハンスを見下ろしたまま、レックは肩で息をする。
「レックさん・・・。」
ハルカがか細い声を漏らす。それで我に返ったのか、荒い呼吸をゆっくり時間をかけて落ち着けたあと、レックはようやくこちらを振り返った。
「ごめん、みんな。勝手をしてしまって。」
一言謝り、立ちすくんでいる仲間たちのところへ戻ろうとする。
その時だった。
「・・・甘いんだよ。」
その声を聞いたレックが再び振り返るより早く、倒れたままのハンスの一閃が、レックの背中を掠めた。
「うっ・・!」
しかし、不意打ちはレックの背中を掠めただけ。傷はついたが、さほど大きなものではなかった。
だが・・・
「氷結爪。」
その時、ビキィッ!!と音がするほど激しく、一瞬のうちにレックの傷が凍りついた。
「ッッ!! ガァアああアァあァああぁァ!!!」
その激痛に、レックは絶叫し、その場に倒れこんだ。
「レック!!」
仲間が駆け寄る。
「こいつ、水のアトリビューター。氷使いか!」
それに答えるように、立ち上がったハンスは槍の先に青白い冷気を纏わせた。
「お前はいつもそうだ。だからオレに勝てないんだよ。」
そう吐き捨てたあと、そのままハンスは立ち去ろうとする。
「逃がすか!」
逃走を阻止すべく、カウルがハンスに跳びかかる。
それに対しハンスは地面に槍を突き刺した。するとそこから、ハンスの体を完全に隠すほど大きな氷柱が立ち上がった。
カウルの拳は、そのまま氷柱を砕いた。だが、その向こうにハンスの姿はない。
「! 下か!」
カウルが気づいたときにはハンスは槍を構え、カウルへ向けて放っっていた。
「ッ! うォおおおおお!」
間一髪、そのまま跳躍してハンスを飛び越した。
その隙にハンスは瓦礫を飛び越え、その向こう側に姿を消そうとした。
だが、その空中にいる隙を狙い、フォートが発砲した。だが、フォートが発砲するよりも早くそれに気づいたハンスは、自分の前で槍を一回転させ、氷の膜を作り出した。銃弾は氷の膜を破壊したが、ハンス自身までは届かなかった。
傾いた陽の光を受けてきらめく氷の破片を残しながら、ハンスはそのまま姿を消した。
「レックさん!しっかりしてください!」
すぐさまハルカがレックの背中に凍りついた氷を溶かす。
「あ、あたしも手伝う!」
アコも加勢し、手当を行った。
数分後、傷の氷は完全に溶け、傷も大体癒えた。それまで苦しそうに喘いでいたレックも、落ち着きを取り戻したようだ。
それを確認した一同は、これからどうするかを決めることにした。
「こっちの動きが漏れた以上は、あいつらはすぐにでも動くと考えて間違いねぇ。このままアジトに攻め入って潰す。」
「そうですね。相手はプロメテウスという兵器一つで、物理と情報、二つの爆撃スイッチを手にしているようなものです。一刻も早く対処しなければ、取り返しのつかない事態を招いてしまう可能性が高いでしょう。」
皆の意見は、概ね突撃するということで一致した。
「うん、それが一番リスクが少ないかな。レックが回復し次第、一気に行こうか。」
「いや、すぐに行こう。ボクなら大丈夫だから。」
ルインの言葉を遮るように、レックが立ち上がった。
「何言ってんの。グロウじゃあるまいし、怪我してすぐにホイホイ動けるようなゴツイ体してないでしょうが。」
ルインがそう言って止めるも、なおレックはなお今すぐ向かおうと強情に突っぱねる。
「レック。」
今度は少し凄みを帯びて睨みつけた。レックはまるでメデューサに睨まれたかの如く固まり、そのまま俯いて大人しく座った。
「ごめん。」
「別に謝る必要なんてないよ。レックがさっきかららしくないことばっかやってる理由もわかってるし。むしろ、どちらかといえばそれを先に伝えなかった僕の判断ミスのせいでこんなことになったわけだしさ。」
「判断ミス?」
一部から上がった疑問の声に、ルインは一瞬座り込んでいるレックを気にかけたが、それでも全員に打ち明けた。
「さっきのハンスとかいう男とレックは、生まれ故郷が同じなんだよ。」
「それって・・・」
「レックも、例の法律によって故郷を捨てられた難民の一人だということ。係長さんは、さっきの男の素性を探っているうちに、偶然レックの素性も知ってしまったらしい。僕は、それをレックに伝えたら余計な動揺を与えると思って話さなかった。故郷が同じといえど、顔を知らなければ赤の他人同士だからね。」
肩をすくめ、そっけなく告白する。
「ところがその同じ故郷を持つ者は、数年ぶりの再会でもすぐに気がつくほどの関係だった、か。臭いものに蓋をしようとしたら、思わぬヤブヘビだったな。」
軽くなじるようなカウルの発言。アコもそれに続く。
「それって、もしあいつとレックが知り合いじゃなかったら、そのまま倒しちゃってたかもしれないってことでしょ?ちょっとひどくない?昔一緒の町に住んでいた人なんだよ!?」
徐々に熱くなり、声が大きくなっていくアコを、先程から座り込んでいただけのレックが抑えた。
「いいんだよ、アコ。」
「でも!」
「だから、いいんだって。ルインは、ボクの事を考えてそういう風な判断をしてくれたんだよね?ありがとう。」
と、本来ならば一番怒るべき人物に礼を言われ、ルインも戸惑う。
そんなルインをよそに、今度はレックが語りだした。
「ボクのせいでこんなことになってしまったのに、これ以上だんまりすることは卑怯だよね。
前に、アコやツェリライが『もう少し遠慮せずに暮らしたらどうだ』というようなことを言ってくれたよね。それを言われた時、嬉しかったよ。でも、多分ボクは、あいつのことがずっと気になっていたから、無意識のうちにみんなと壁を作ってしまっていたんだと思う。
あいつは、ハンスは、幼馴染みの親友なんだ。」
そしてゆっくり語りだした。自分の身に、かつて何があったのかを。自分が、ここにいるみんなと出会うまでの話を。
レックは、ラトリアでも隅のほうに位置する「シンプリティ」という町で生まれた。
他の町に比べ、シンプリティはあまり物や建物がなく、よく言えば自然豊かで目に優しい、悪く言えば何もない質素な町だった。
そんな町でレックは、幼馴染みの親友であるハンスとともに育った。
血気盛んで、相手がなんであろうとお構いなしに立ち向かっていく向こう見ずなハンスと、基本的に引っ込み思案でお人好し、ハンスが無茶な提案をした時には決まって「やめたほうがいいよぅ」と、小さな声で止めに入るレック。
一見真反対の性格で、どちらかといえば気が合いそうにない二人だったが、成長するにつれて町の中では行った場所などない、近所だけでなく離れた場所に住む住人にも顔を知られるぐらいのやんちゃボーイズになっていた。
朝、陽が差し込むと同時に跳ね起き、そのまま外に飛び出ようとしたところを母親に止められ、とりあえず朝ごはんを食べさせられる。そして作ってもらったお弁当を持ち出し今度こそ外に出る。
あとは日が暮れるまであちこちを冒険してまわる。それを繰り返す日々だった。
時々、裏山の森の奥に入りすぎて迷ってしまい、夜になっても家に帰れず、途方に暮れていたところを町が総出で捜索し、発見されたなんて事もあった。(勿論、そのあとで両親からこっぴどく叱られた)
家が近くだったので、互いの家に泊まり合うこともよくあった。
そして大きくなった二人は、武の才能が芽生えてきた。
年がら年中外を駆けずり回ってきた賜物なのだろう。他の子供達と比べ、レックとハンスは運動神経が良かったのだ。
そんな二人を見た親たちは、武術の稽古を二人に勧めてみた。
すると二人は二つ返事でやると、意気込み満々だった。やはり、強いものに憧れるというのは男の子宿命なのだろう。
稽古を始めた二人は、みるみるうちにその才能を開花させていった。相手が年上であろうと体が大きかろうと果敢に挑み、勝ちを収めることもあった。
めきめきと実力をつけていく二人に、ある日師範がこんな質問をしてみた。
「なぜ二人はそんなにして力を身に付けようとするのか」と。
すると二人は、さも当然のように息ぴったりでこう答えた。
「もちろん、強くなって弱い人たちを守り、助けたいからだ」と。
まるで打ち合わせをしたかのような異口同音に、思わず師範も吹き出し、お前たちならそれができると太鼓判を押した。
そんな、ある日のことだった。
突如閑静な町がにわかに騒がしくなった。裏山から、体長が2メートルに及ぼうかというほど巨大な獣が下りてきたのだ。獣は飢えていたのか、店先の商品を食い荒らし、それを見てあわてて逃げる人たちに興奮し、そこらにあるものをやたらめったらに体当たりで破壊して回った。幸いにも、まだ大きな人的被害は出ていない。しかし、それが出てしまうのも時間の問題だった。
それを知った二人は、親の目が離れたすきに家から抜け出し、合流した。
そう、自分たちの力を人を守るために使う。それを今から実行しようとしていたのだ。
裏道を回り、人づてに聞いた獣の居場所へと向かう。そして獣を見つけた二人は、想像よりも大きいその姿に尻込みした。
実際に敵の姿を目の当たりにした二人は「いくらなんでも相手が悪いよ。戦わないほうがいいと思う。」と、レックはそこからさらに引け腰になったが、しかしハンスは「何言ってるんだ。ここで戦えなかったらあの時の言葉が嘘になるだろうが。」と一蹴。立ち向かおうとする気力を無くさなかった。
それを聞いたレックは、それでもまだ怯え越しではあったが、ハンスの言う通りかもしれないと、覚悟を決めた。
二人は暴走する獣に、果敢に挑んでいった。だが、如何せん力も、体躯の差も、速さも、ありとあらゆる面で負けている二人がいくら束になってかかろうとも、所詮敵うはずがなかった。
挑んでからすぐに劣勢に陥った二人は、流石にまずいと逃げようとしたが、最初に飛びかかった一撃目で下手に刺激してしまい、さらに興奮した獣の前から逃げることができなかった。
「うわぁあああ!」
獣がレックに向かって全速力で迫ってくる。レックは悲鳴を上げながら防御するしかなかった。
「レック!」
そんな親友のピンチに、ハンスは一切躊躇せず、渾身の力を込めて獣の顔に一撃を与えた。
すると意外なことに、獣はうめき声をあげ、その場に倒れこんだのだ。どうやらハンスの放った一撃が、獣の急所にうまく当たったようだ。だが、この一撃が獣を怒らせた。
すぐに起き上がった獣は、自分に痛い一撃を与えてくれたハンスを力任せに突き飛ばす。飛ばされたハンスは凄い勢いで宙を飛び、そのまま壁にたたきつけられ、動かなくなった。
「ハンス!」
レックが呼びかけるが、親友はそのまま動かない。
どうしよう、どうしようどうしようどうしよう!?今眼前に広がる光景に、レックは動揺して動けなくなる。
だがその時、獣は自分を痛い目にあわせた憎き敵にとどめを刺そうと、ハンスに向かって全速力で突っ込んでいくのを見た。
このままじゃ、このままじゃハンスが!
その思いがレックの中に潜んでいた怯えを吹き飛ばした。
「うわあぁあああああああ!!!ハンスううううううううう!!!」
我武者羅に親友の名を叫び、獣の前に立ちはだかった。
その圧倒的威圧感にも決して負けず、レックは自身の得物を、全身全霊を込めて叩き込んだ。
「う・・・ん。」
気絶していたハンスが目を覚ます。
まだぼやけている視界に、レックの後ろ姿が見える。その向こうには、倒れて動かなくなった獣の姿が。
ハッとして目を見開く、はっきりした視界に映っていたのは、やはり倒れ、動かなくなった獣。その眉間には、真っ黒に焼き焦げた跡がある。
その手前に立っているレックが手にしている棍の先端に、赤い炎が灯っていた。
「レック。お前・・・」
呟くように親友の名を呼ぶと、後ろ姿がゆっくりとこちらを振り向いた。
「ハンス、無事だったんだね。よかった・・・」
レックは心の底から安堵した。と、同時に気が抜け、炎が消えると同時にばったりと倒れこんだ。
「おい、レック!?しっかりしろ!」
ハンスがいくら呼びかけても返事が返ってくることはなかったが、その顔はとても嬉しそうだった。
その後、二人は病院に運ばれ、獣を倒したことを少し讃えられ、あまりにも無謀といわざるを得ない無茶をしたことをこれでもかというほど叱られた。
二人の体が回復した後、レックはもう少し精密な検査を受けることにした。
その結果、レックはアトリビューターの素質があること、そしてあの時灯った炎は、窮地に陥った極限の状況で突発的にその力が具現したことが判明した。
この報せは瞬く間に町中を飛び回り、結構大きな話題になった。というのも、ここシンプリティでアトリビューターが誕生したのは、レックが初めてだったからである。
さらに驚きの情報が出回った。レックがアトリビューターであることを知ったハンスが、負けん気に駆られ半ば強引に検査をお願いしたところ、なんとハンスまでもが適正ありという検査結果が出たのだ。
その結果にハンスは一生に二度はないほどの喜びの声をあげ、かくして二人は、その資質を開花させるべく、今までより一層稽古に励んだ。
やがてハンスが水使いに目覚め、冷気を操れるようになり、レックも安定して意識的に炎を灯せるようになった。
いつしか二人は、町の中ではもはや誰も敵うことなどできないほど強くなっていた。
ある日、レックはハンスに呼び出され、裏山近くの原っぱに来ていた。
レックが到着した時には、すでにハンスが待っていた。
「どうしたのさ?急に改まって呼び出したりして。」
レックが近寄りそんな質問をしたが、ハンスは依然黙ったまま、まっすぐ横を向いていた。
「ハンス・・・?」
もう一度呼びかけてみる。今度は返事が返ってきた。
「なあレック。オレと勝負しないか?」
突然そう切り出され、ポカンとするレック。
「いきなりどうしたのさ?そもそも、勝負ならいつも稽古でやっているじゃないか。」
現状二人と実力のつりあうものがいないため、専ら勝負稽古のときは、二人で勝負することがほとんどなのだ。
だが、ハンスは首を左右に振った。
「あれは、試合としての勝負だろ。オレが言っているのは、正真正銘、本当の真剣勝負だ。」
その目は、まさに真剣そのものだった。
「ハンス・・・?」
「オレは、いつかこの町をでるつもりだ。」
「え!?ど、どうして?」
突然の告白に驚くレック。だが、ハンスは落ち着いたまま真剣に話を続ける。
「前に、師範からなぜ力をつけようとするのかと聞かれて、オレもお前も人を守りたいからと言ったよな。お前がそれをどのくらいの意味で言ったのかは知らないが、オレはこの国に生きるすべての人を守れるほど強くなりたい。」
「それって、つまり国王になりたいってこと?」
「そこまではわからねえよ。でも、今のままじゃだめだということはわかる。外に出て、もっと世界を知って、その上で強くならないと、そんなのは夢の話になる。だから、今は外に出るための力を身につけないといけない。オレにその力をつけさせることができるのは、この町ではレック、お前だけだ。」
ハンスはそこまでは静かに、しかしはっきりと語った後、改めてレックに向き直り、武器を構えた。
「だからオレと戦え。レック。」
親友の、心からの決意を聞いたレックは、しばらく呆けたように立ちすくんでいた。だが、ゆっくり目を瞑りゆっくり息を吸い込むと、本当に感心したようにつぶやいた。
「ハンスは本当に凄いなあ。そんな大きな夢を持っていただなんて。ボクなんて、人を守ると言ったらお父さんやお母さんや、ハンスとか、そういった身近な人しか思い浮かばなかったのに。
わかったよ。ハンスがそれを望むなら、ボクも全力で戦う。」
そして互いに武器を構える。
「ああ、容赦なんていらない。全力で、それこそ殺す気で来い。」
「いや、さすがにそこまでは無理なんだけど・・・。」
ハンスの言葉に、レックが引け腰になる。
「いや、真に受けるなよ。それぐらいの気合で来いってことだよ。」
自分の言葉を真正面から真に受けた親友を前に、呆れ顔を浮かべる。なんだか、緊張していたのが馬鹿らしくなってしまった。
ゆっくりと深呼吸し、全身に気合いを込めた。
「いくぞ!」
レックとハンスの実力は伯仲している。そんな二人が正真正銘の本気で闘えば、一進一退ぎりぎりのせめぎ合いになる。
緋と蒼が幾重にも折り重なり入り乱れ、ぶつかりあった後、蒸気となり白く消えた。
二人は激しくぶつかり合い、弾き飛ばされたあと、互いに全力を込めて一撃を放った。
「紅蓮鉤爪!!」
「碧氷穿牙!!」
一瞬だけあたり一面が真っ白になる。蒸気が晴れたあと立っていたのは、レックだった。
「ボクの、勝ちだね。」
レックは、倒れているハンスにヨタつきながら近づいた。
「隙有り。」
倒れていたハンスが、唐突に地面に槍を突き立てた。
「氷結爪」
足元が凍りつき、バランスを崩したレックに、ハンスが逃さず飛びかかり、上にのしかかった。
「オレの勝ちだな。」
レックの眼前に槍を突きつけたハンスが、勝利宣言した。
「ちょっと、ずるいじゃないか。」
解放されたレックが文句を言うが、ハンスは負けじと言い返した。
「何甘いこと言ってるんだよ。勝負においては、相手が完全に戦闘不能になるのを確認するまで決して油断をするな。これが師範の教えだっただろ。まだやられたと言っていないオレに勝ったつもりになって油断したお前が悪い。」
悪そうな顔でにやりと笑うハンスを見て、レックも言い返す気をなくす。
「わかったよ。勝ったと決まったわけじゃないのに油断したボクの負けです。」
「うむ。素直でよろしい。」
「似てないよ。その師範のものまね。」
沈む夕日の中、二人は互いに笑い合い、肩を貸し合いながら帰路へとついた。
・・・なぜだろう。いつもゆったりと寝転がれるベッドのはずなのに、今日はやけに狭く感じる。それに、いつもより少し固い気がする。
・・・なんだ?遠くから声が聞こえる。うるさいなあ、今寝てるのに、きっと朝はまだだ。だからもっとゆっくり寝かせて・・・。
「おい!起きろレック!!」
「うひゃあぁ!?」
耳元の怒号に、飛び起きるレック。だが、唐突にたたき起こされ、視界もまだはっきりしない中、あたりがまだ暗いことだけを確認し、再び眠りにつこうとする。
「おいバカ!また寝ようとするな!」
頭をはたかれた・・・。
渋々ぼやけた視界をなんとかはっきりさせようとする。次第に、目の前に見慣れた顔が浮かび上がってきた。
「は・・・・んす?」
なんでハンスがボクの部屋に?はっきりしない頭で考えるが、そんな状態では何も考えられない。
まだ寝ぼけ眼のレックにいい加減しびれを切らしたハンスは、レックの肩を持ち大きく揺さぶった。
「いい加減目を覚まさないかぁ!」
前後に激しく揺さぶられる肩。その上についている首は、反動でより大きく揺さぶられる。
「わわわわわ!?わ、わかった!起きた、起きたから!」
あまりに強いその刺激に、却ってまた眠ってしまいそうなレックが、必死にハンスをなだめた。
両手がはなされ、ようやく落ち着いたところでレックも異変に気づいた。
寝る前まで自分は部屋の中にいたはずだ。なのに、今いる場所は見知らぬ森の中。そしてベッドではなくて寝袋の中で寝ている。
横を見ると寝袋がもう一つあるので、ハンスも同じ状態だったのだろう。頭元には膨らんだリュックが二つ。中を覗いてみると、携帯食料や着替え、固形燃料といったいかにもキャンプをしますといったアイテムが詰め込まれていた。
「これって、一体どういうことなのさ・・・?」
レックが呆然とつぶやく。
「わからねぇよ・・・。」
ハンスもまた、呆然としていた。
とりあえず、ここがどこなのかもわからない以上下手に動くことはできない。二人は夜が明けるのを待った。
そして夜が明け、もしかするとここは町の裏山の森なんじゃないかという二人の淡い期待は、無残にも打ち砕かれた。
やはり、ここがどこなのかは皆目見当もつかない。自分たちの町のことなら知らない場所なんて何一つない二人にとって、それはここが生まれてから一度も来たことがない場所であるという非情な証明となった。
「ここ、一体、どこ・・・」
レックは、やはり呆然とつぶやくことしかできなかった。ハンスも同じように呆然としていたが、突然立ち上がり大声を上げた。
「よし!家に帰るぞ!!」
突然の咆哮にレックは驚く。
「わわ!?突然大声なんかあげたら耳が・・・。」
「これで目が覚めただろ?だったらすぐに準備して家に帰るぞ。」
ハンスの断言に、レックは困惑する。
「でも、ここがどこなのかだってわかっていないんだし、そもそも、なんでボクらがこんなところにいるのかだって・・・。」
と、レックの弱気な発言を
「何へこたれてんだよ。オレたちは町で知らない奴はいない最強コンビだぞ?家ぐらいすぐに帰り着けるに決まってるさ。それに、家に着けばなんでオレたちがこんなところにいるのかもわかるはずだ。そうだろ?わかったらとっとと立て。行くぞ!」
ハンスは強引な鼓舞で一蹴した。
それでもレックはしばらくぽかんとしていたが、顔に笑みを作ると力強く立ち上がった。
「うん、そうだね。ボクらならきっと家に帰れる。
行こう!」
かくして二人は、見知らぬ森から家路に付くための旅を始めた。
旅路は、始めは大して苦でも無かった。リュックの中に詰め込まれていた食料は、できる限り節約して食べたことで二週間は持ったし、その二週間が経つ前に町にたどり着くことができた。
だが、町に入ることは自由だが、そこで宿に泊まることはできない。金の持ち合わせがないわけではない。むしろ二人が今までに持ったことがないほどの金が財布の中に入っていた。
これだけの金があれば、安いところなら一ヶ月は全く残金を気にせず泊まることができる。
問題は、泊まる際に身分証明が必要なこと。この国の住民なら老若男女関係なく身分証を持っている。当然、レックとハンスも所持していたはずなのだが、今はどこを探してもないのである。
故に二人は橋の下など、雨風をしのげる場所をその都度探す野宿生活を送ることとなった。幸いにも、やんちゃ時代に野宿の経験はしていたので特に問題なかった。
ただ、問題はほかにもあった。町の場所が分からないのである。町の治安支所(こちらの世界でいう交番)に町の位置を尋ねても、返ってくる回答は「わからない」だけであった。
もともと、シンプリティは大きい町ではない。それゆえに遠く離れた町などでは存在をほとんど知られてないことも珍しくないのだ。
しかし、町の住人がシンプリティの所在を知らないということは、ここがそれだけ遠く離れた町であるということを認識させられることになる。
そのため二人は、記憶の中に残っている大まかな故郷の位置と、もらった国の略地図を頼りに目指すことになった。
いくつもの町を通り抜け、野を歩き森の中を歩き、突然の豪雨にずぶ濡れになりながら雨宿りの場所を探し、獣や野党に襲われれば協力して撃退し、夜は二人身を寄せ合いながら眠りに就いた。
ある日の夜。その日は曇っていて、いつもより一層真っ暗な日だった。
眠っていたレックは、突如後頭部に激痛が走った感覚にとらわれた。まるで、頭を誰かに殴られたかのようだ。
激痛に喘ぎながらもなんとか目を開くと、はっきりしない視界のなかに誰かが数人いることに気付いた。よく見るとそいつらは、自分たちの荷物を手にしている。
こいつらまさか!そう思い立ち上がろうと動いた瞬間、鳩尾にきつい一発を食らった。
「ぁ・・・・・・ぅ・・・。」
普通だったらこんなやつらになんて決して負けたりはしない。しかし、寝込みを襲われ完全に不意を突かれている今、抵抗する術がない。今の鳩尾の一発で意識がもうろうとし、武器を手にすることさえできなかった。
どんどん暗くなっていく視界の隅で、ハンスも自分と同じように倒れているのが見えた。
翌朝、目が覚めたら、そこには燻ったたき火と武器以外、荷物も、財布も、何一つ残っていなかった。
あまりにも、あっけなさすぎた。
「ちくしょう・・・。」
地面にこぶしをつき、奥歯をくいしばるハンス。レックは、ただうなだれていることしかできなかった。
「ちくしょうっ!!!」
今度は、先ほどよりも大声が響いた。その勢いのままハンスは立ちあがり、どこかへと向かおうとした。
「ちょっと、どこ行くのさハンス?」
レックが弱々しい声で質問すると、刺々しい答えが返ってきた。
「聞くまでもないだろ。やられたからやり返しに行くだけだ。」
そのまま歩いていこうとするハンスを、レックは慌ててひきとめた。
「ちょ、ちょっと!無理だってその怪我じゃ!それに、あの野党がどこにいるかだってわからないじゃないか!」
「じゃあお前はいいのかよ!このままやられっぱなしで!あんな奴らに対して何一つやり返せないままで!納得できるのかよ!」
ハンスが激昂する。その親友の怒りに、レックは真っ向から向き合った。
「それはボクだって悔しいし、納得できないよ!でも、復讐したからって、それでいい結末が迎えられるわけじゃない!家に帰られるわけでもないんだ! ・・・だからハンス。やめようよ。やられたらやり返したって、それでいいわけないよ・・・。」
レックの必死の訴えは、途中で声が掠れてしまった。しかし、それでも声は届いた。
ハンスは俯き歯を食いしばる。
「あーーーーーーーーーー!!!ちくしょうっっ!!!!」
そして一つ咆哮をあげると、
「レック!家に帰るぞ!何がなんでも!!絶対にオレ達は家に帰りつく!!!いいな!!」
と、荒々しい口調で一方的にまくしたて、そのまま背を向けてすたすたと歩き始めた。昨日やられた傷などまるで最初から存在しないかのように。
「うん!」
その姿にレックも応え、彼もまた力強く歩きだした。
それからの日々は、その過酷さを増した。
金がなくなってしまったため、町についても食料を買うことができなくなった。
だから二人は、時に襲い掛かってくる野党を返り討ちにしてはその身を剥いで金と食糧を手に入れた。それでも足りない時は野に咲く植物を食べて飢えをしのいだ。
野党の身ぐるみを剥ぐことに関しては、レックはとても難色を示した。いくら生きるためとはいえ、他人から物を奪うということは強盗と同じ、自分たちに襲いかかってきた野党と何ら変わりはないのだ。
その胸の内をハンスに話すと、呆れた声で返された。
「お前なあ。さすがにその考えはどうかと思うぞ。そんな綺麗事だけで生き抜くことなんてできないだろうが。」
「でも・・・」
なおも思い悩むレックの肩を、ハンスはがっちりつかんで大きく揺さぶった。
「しっかりしろ!オレたちは、家に帰るんだろうが!そんなことで目的を見失うな!」
「わ、わわわわかったよ!わかったからやめてぇ!」
レックは悲鳴を上げて懇願する。
「ぅう・・・気分悪い。」
ようやく解放されたレックは即座に突っ伏す。そんなレックをハンスは腰に手を当て見下ろしていた。
「お前のお人好しぶりは嫌というほど知ってはいたが、まさか野党にまで気にかけるとは思わなかったぞ。」
そう言いながら、ため息をつく。
「だってさ、ボクらを襲ってきたあの野党たちも、もしかするとボクらみたいになにか仕方の無い事情があるのかもしれないじゃないか。そう思ったらなんだか、申し訳なくって。」
「いい加減にしろ。今度はゲロ吐くまで肩揺さぶるぞ。野党共にどんな理由があれ、人襲ってものかっぱらってる時点で普通に犯罪だ。そんな奴らに一々情けかける奴なんているか?そもそも、オレらは襲ってきた奴らだけを返り討ちにして身ぐるみ剥いでるんだろうが。気に止む必要性なんて毛一本分もないぞ。」
「うん、そうだよね。そうなん・・・だよね。」
それでもレックは記憶に蘇るのだ。各々武器を手に持ち襲いかかってくる野党。それを返り討ちにし、逆に身ぐるみをはぐ自分達。勿論、生半可なダメージでは反撃を喰らう恐れもあるため、やるからにはかなり痛めつけなければならない。
その時に野党共が浮かべる苦悶の表情。歯が削れて無くならんばかかりに歯ぎしりをした野党もいた。そういった光景を何度も目の当たりにするうちに浮かんできた悩み。
もちろん、頭の中ではハンスの言うことが最もであることは分かっている。わかって・・・いるのだが・・・。
それでも・・・どうしても。
「今あの人たちはボク達に対してどういった感情を抱いているんだろうかと思って。多分、あの時ボクたちから全部奪っていった野党たちと同じような気持ちになっていたんだろうなと思うと。」
頭で理解することはできても、感情が納得してくれない。
そんなレックを見て、ハンスはもう一度大きなため息をついた。
「だったら、それこそ一刻でも早く家に帰れるよう努めるべきだろ?家に帰れれば、そんな思いもする必要がなくなる。いいか、家に帰れば全部終わるんだよ。」
ハンスの繰り返しの叱咤に、レックもようやく迷いを振り切った。
「うん、わかった。ごめんね。悩んでばっかりで足引っ張ってしまって。」
レックの謝罪にも、ハンスは別段気にする様子はなかった。
「お前の悩みグセは今に始まったことじゃないだろ。行くぞ。」
「うん!」
そうして、二人は様々な困難や葛藤と戦いながらそれでもなお歩みを止めず進み続けた。
いつしか二人にとって、家に帰るということは目標ではなく、二人を支え動かす原動力となっていた。
それから何日たったかわからなくなった頃、二人はある町に辿りついた。
その街には二人とも見おぼえがあった。小さいころ、親に連れられて遊びに行った町。そこまで大きな町ではないが、シンプリティで育った二人にとっては大都市にも見えた町だ。
「・・・・ハンス!」
「レック!」
これでやっと家に帰りつくことができる・・・!
「ぃいやったああああああああ!!!」
二人は喜びを爆発させ、抱き合いながら喜んだ。
しかし数分後、それまでの努力とその歓喜がすべて無に帰すことを、二人ままだ知らなかった。
「・・・オイ。どういうことだよ、それ。」
ハンスの声が震える。
「嘘・・・ですよね?」
レックもまた、震えた声で聞き返した。
だが、現実は非情だった。治安支所の係員は、静かに、しかしきっぱりと言い切った。
「いや、残念だがシンプリティはもう存在しない。あの町は4ヶ月ほど前に『国力低下抑止及び国家繁栄基本法』により、国から破棄された。今どうなっているかはわからないが、少なくともまともな生活は送っている者はいない。今は、そのほとんどが野党の根城になっているはずだ。」
あまりにも素っ気なく放たれた言葉の前に二人は、まるで死刑宣告を受けた被告のような面持ちで沈黙することしかできなかった。
「・・・教えてくれ。」
ハンスが、絞り出すように声を出した。
「シンプリティの詳しい場所を教えてくれ!」
そのまま思いが吹き出し、バン!!と机の上に乗っているものが倒れそうなほど強く叩くと、係員に詰め寄った。
その必死な様子に、係員は訝しげな様子を見せる。
「君はなんでそんな終わった街にこだわろうとするんだい?なにか事情が?」
「うるせぇ!!いいから教えろ!!!」
勢いそのまま、胸ぐらを締め上げるハンスを、そこでようやく我に返ったレックが慌てて引き止める。
「ちょ、ちょっとハンス落ち着いて!すみません!」
ハンスを羽交い絞めにしてなんとか動きを止めているレックを見て、係員はそれから何も言及せず、シンプリティが存在していた場所の詳しい道のりを教えてくれた。
それを聞くや否や礼も何もなくハンスは飛び出していった。レックも、係員に一礼したあと慌ててあとを追った。
教えられた場所までは、徒歩で行くには結構時間のかかる場所であり、ましてや全力疾走で走りきれる距離ではなかった。しかし、二人共脇目もふらず、一度の休憩も挟むこともなく、ただ一目散に走り抜けていった。
どうか、どうか、先ほど聞かされた話が何かの間違いで、町に戻ればいつも通りの故郷があり、歩き慣れた道を帰ればそこに自分の家があって、その中では両親が夕飯を作って待ってくれている。そんな極ありふれた光景が待っていますように。お願い、お願いだから・・・。
二人は願い、祈った。心の奥底深くから。
しかし、それでも現実は容赦なく二人を打ちのめした。
見覚えのある町への入口。塀の向こうに見える町並み。一見するとあの頃のまま、何も変わっていないように見える。
だが、いつも必ず横に立っているはずの、どうせこんな辺鄙な場所に不審者なんて来ないだろうと愚痴っていた見張り役がいない。入口を仕切っている門は、半開きの状態だ。
二人は息を切らしつつ町の中に入った。その目に映ったのは、外観だけはあまり変わりばえのない、しかし、一斉の人気が消えてなくなっていた寂れた町並みだった。
その光景をしばし呆然と眺め続けた二人は、再び走り出した。見慣れた、しかし懐かしい道を全力で走りぬけ、互いの家の中に飛び込んでいった。
本来なら、中に入れば「おかえり」と自分を暖かく迎え入れてくれる両親が待つ家に。
だがそこに待っていたのは、何一つ聞こえてこない静寂と虚無だった。家の中は荒らされ、ほとんどものは残っていない。思い出が残っていた椅子も机も、全部なくなっていた。
レックはたまらず外に飛び出した。ハンスも外に飛び出した。そのまま二人は何一つの打ち合わせもせずに町中を走り回った。
小さい時にはよくキャンディをもらっていた駄菓子屋。探検でよく世話になっていたあの裏山の森。二人が日々切磋琢磨し研鑽を積んだ稽古場。町に入り込んだ獣と一死一生を賭けた死闘を繰り広げた街道。二人が、見知らぬ森に置いていかれる前日に決闘をした原っぱ。
どこを探しても人一人いなかった。
陽もほとんど落ちかけ、昼前からさんざん走り回り精も根も尽き果てた二人は、フラフラとおぼつかない足取りでレックの家の中へと入った。
もしかすると今度こそ両親が中にいるかもしれないという、有り得もしない希望妄想は、やはり裏切られた。
ついに二人はその場にへたり込み、レックは無言で大粒の涙を流し、ハンスもまた、泣きながら床に何度も何度も拳を突いた。
二人は、深い深い悲しみに暮れ続けた。その決して抜け出せそうにないほど深い悲しみから先に抜け出したのは、ハンスだった。
「ちくしょう・・・。ちくしょうっ・・・!!」
血で拳と床が赤く染まるほど床を殴り続けたハンスは、おもむろに立ち上がり、そのまま部屋を出ようとする。
「どこ、 っ行くの・・・さ?」
レックが嗚咽をあげながらも聞く。
「・・・どこに? んなの決まってんだろ。復讐しに行くんだよ。この町を潰した、この国にな。」
そう答えるハンスの声は、憎しみでどす黒く染まっていた。
「そん・・・なの・・・。」
レックの声は言葉にならない。しかし、それでもハンスには伝わったようだ。レックに背を向けていたハンスが、こちらを振り返った。
その目は、さながら猛禽類のように鋭くとがり、視線のみでこちらを刺し貫くかのようだった。
「お前、この期に及んでまだ『人を傷つけるのはよくない』なんてぬかすつもりじゃないだろうな。」
レックは答えない。その様子を見たハンスはレックに近づき、思い切り殴り飛ばした。
「お前いい加減にしろ!!オレたちの家が!故郷が!何一つ悪いことはしていないのに一方的につぶされたんだぞ!!ただ貧乏だったというだけで!!納得できるかよそんなの!!」
レックは殴り飛ばされた状態のまま、電池切れの玩具のように何一つ反応を返さない。
「・・・もういい。お前のその腐れそうなほど甘ったるい奇麗事に付き合うのはもうたくさんだ。」
そう吐き捨て、再び背を向け部屋を出ようとする。その背後にわずかだが物音がした。
レックが、自分の棍を杖にして立ち上がろうとしているのだ。悲しみに暮れ、殴り飛ばされ、心身ともに尽き果てそうになっても、いま目の前で自分から離れていくハンスを、決して救われることがない、過去の言葉とは遠くかけ離れた場所へと行ってしまう親友を止めるために。
やっとのことで起き上がり、武器を構えたレックを見て、ハンスも応対した。
「お前がその気ならオレも容赦はしない。今度は正真正銘、本気の殺す気でやってやるよ。」
そう言い、武器を構えると一切の間を置かずにハンスは襲いかかってきた。
レックもすかさず応戦した。だが、すべてを消耗しきっているレックと、消耗した分を憎しみで埋め、力を出しているハンス。
勝負は始まりと同時に決着がついた。
レックは前身を凍りつかせ、息が出来ぬ程の激痛を抱え、声もなく倒れた。
ハンスは、そんなレックを冷ややかに見下ろし、小さく吐き捨てた。
「この腑抜けヘタレが。」
そのあとは一言も発さず、扉の向こうへと姿を消した。
それから日が沈み、夜が明けるまでレックは倒れ続けていた。眠っていたわけでも、泣いていたわけでもない。ただ焦点の定まらない目で、凍った体から感じる痛みを抱きつつ寝そべっていた。
そして再び日が昇り、頂点に達しそうになったころ、レックは立ち上がり音もなく家を出た。
それから5年。あて無き放浪旅を続けていたレックは自分の大切なリストバンドを紛失したことに気づき、なんとしてでも見つけたいと藁にもすがる思いでAROへと足を運んだのだった。
長い長い過去話だった。話し始めた時にはうっすらと赤らんでいた空は、すっかり暗闇に包まれている。
話を終えたレックは、あとに続ける言葉が見つからず、ただ黙りこくっていた。ほかの面々もなんて声をかければいいのか分からず、一様に黙っていた。
「ねぇ、一つ質問していいかな?」
ようやくルインが口を開いた。
「レックはさっきそのハンスとであった時、割と躊躇せずにかかっていったよね?あとそのあとも、自分の怪我も省みずに強引にでもハンスたちのところへ行こうとした。
今の話を聞く限り、レックとハンスは切っても切れないほど強い縁で結ばれた仲なんだよね?僕らがこのままテロリストのところへ向かえば、最悪ハンス諸共殺すことになるかもしれないんだけど、そのことはわかってる?
レックは今この現状にどうすればいいか分からないで悩んで、結果自我を押し殺そうとしてない?その選択、後で後悔しない?」
ルインが一つ一つ投げかけるように問いかける。
「・・・・ったら、どうすればいいのさ。」
レックの体が震え、そこから震えた声が漏れ出た。
「だったらどうすればいいのさ!?ボクだって嫌だよ!ハンスは、唯一無二の親友だったんだ!でも、本当は戦いたくなんてないけど・・・ でも!!そうしないとキブを危険に晒してしまうんだよ!?ボク一人の事情でそんなこと・・・」
一つ声が漏れると、そこから無理やり押し込んでいた感情が一気に奔流した。
そのまま怒鳴るようにまくし立て続けようとしたレックを、グロウが強引に口で遮った。
「るっせえなさっきから。要するにてめぇは、てめぇが勝手に作った選べねぇ選択と選びたくねぇ選択の板挟みに呻いて喚いてるだけじゃねぇか。みっともねぇ。」
流石のレックも、このグロウの全く空気を読むつもりがない暴言にはキレた。
無言でグロウの目の前まで迫ると、そのままためらいなく拳でグロウの顔面にフックを打った。
鈍い音が辺りに響く。二人を除き、全員が固唾を呑む。
殴られたグロウは、少しの無言の後ゆっくりと立ち上がり、そのまま立ち尽くしているレックに腹パンを食らわせた。
「がっ・・・っは・・。」
目を大きく見開き、うめき声をあげながら倒れたレックに、グロウは一言言い放った。
「拳に腰が入ってねぇ。そんなんじゃ歯にヒビも入らねぇよ。殴るからには相手のアゴ砕くぐらいの強さで殴りやがれ。」
「そん・・・なの、できるわけ・・・。」
ないと続けようとしたレックを、グロウは足で踏みつける。
「だからあいつに腑抜けヘタレとか言われてんだろうが。ダチを止められなかった事引きずって、右も左も選べねぇで惰性で流されやがって。『どうしようもなかった』『仕方がなかった』なんざ言い訳にすらならねぇんだよ。踏ん切りつかねぇで狼狽えてる暇あったら、腹の一つでもくくれや。」
そのまま足でレックをぐりぐりと弄びながら、グロウは一方的にレックに言い続ける。
アコがたまらずグロウに食ってかかった。
「あんたねぇ!人の気持ちってものを少しは考えなさいよ!大切だった親友と戦う覚悟なんて、そうそうできるはずないでしょ!」
だがグロウは全く意に返さず、平然と返した。
「あぁ?甘ぇ事抜かしてんじゃねぇよ。てめぇの事情一つで町吹き飛ばす気か?」
「!」
アコがなにか言い返そうとするが、しかし何も言い返すことが思い浮かばず、黙って俯いた。
「はいはい、そこまで。それ以上はただの仲間割れに発展するよ?グロウは言いすぎ。アコちゃんも落ち着いて。」
とりあえずルインが仲裁に入った。
「どうせてめぇも俺と似たようなこと言うつもりなんだろ?」
「いや、確かにそうだけど。だからって肉体言語に突っ走るのはどうかと思うよ?もうちょっと手段を選ばない?」
「知るか、めんどくせぇ。」
グロウは、ルインの忠告にもケッとどうでもよさげにそっぽを向いた。
どうやら今日は自分が色々苦労しなければならない日らしい。それに気づいたルインはやれやれとため息をつき、今日ぐらいは仕方がないと諦めた。
とりあえずグロウの腹パンで気絶してしまったレックを、往復ビンタで文字通り叩き起こす。
頬を真っ赤に膨れ上がらせたレックが目を覚ましたところで、ようやく話を再開させる。
「さてレック。レックが今抱えている苦悩は、解決方法があるんだよね。」
その言葉に、それまで腫れる頬を抑えていたレックは身を乗り出した。
「か、解決方法って!?」
「至極簡単な方法だよ。相手は二人、目的はその二人を撃破し、戦術級兵器を回収すること。手段と相手の生死は問わない。これが今回の任務内容だったよね?」
ルインの確認にレックは頷く。
「早い話が、プロメテウスって危険物をとっとと奪えばいい話なわけ。さっきまでは敵兵数こそわかっていたけど、戦闘力まではわかっていなかったから、万が一の安全も兼ねて一塊になって動くという予定だったんだけど、二人のうち一人のことがわかったのなら話が早い。
こっちも二手に分かれて片方はあのハンスを斃す。んでその間にもう片方が即効でおそらくプロメテウスを所持している方を叩く。これが今の作戦。ここまでもOK?」
レックもつられてOKだと言いそうになったが、少しそこで質問する。
「ハンスじゃなくてもう一人がプロメテウスを所持してるって、なんで言えるのさ?」
「まあ心理的に考えて、こっちも向こうも一番重要な鍵となっている物だからねぇ。片方出張ったらもう片方が保管しとくでしょ。
というわけで、二点同時強襲で一気に片付けるのがいいわけ。あとは、レックが一番恐れていること、親友であるハンスを死なせなければいい。はい、おしまい。」
そのあまりにも簡単なことです?みたいに言い切ったルインを、しばし放心状態でレックは眺める。そのまま同意しそうになったが、しかし同時にもう一つの懸念事項が浮かんだ。
「で、でもさ。そんなにうまくいくかな?一人の死者も出さずに、計画だけを打ち砕くなんてことは。」
するとルインは肩をすくめる。
「それは保証しかねないね。必ずうまくいく保証なんてないし。この選択を取った場合、最悪僕らがテロリストを止められず、プロメテウスBOMBで壊滅ENDという、最悪最凶の結末が訪れる可能性だってある。
なんか責任放棄するようで気分良くないけど、どっちを選ぶかはレックが選んで。一番の当事者なんだから。」
「え・・・?」
唐突に投げかけられた重大な選択。我を取るか、他を取るか。
「ボクが・・・?」
声が震える。
自分がハンスのことよりも町を救うことを優先すれば、ルインが挙げた最悪の結末が避けられる可能性は高い。しかし、その選択は即ち、ハンスが・・・。
気絶だけさせて連れ帰る? 愚策だ。そんなことをすれば、あのハンスはもう二度とこちらの言葉に耳を貸さなくなる。
ハンスを死なせずに事を終えるには、説得する必要がある。そして、それができるとするなら、おそらく自分だけだ。
でも、もしそれが失敗したら・・・・。
刹那の閃光の後、瞬間的に膨大した爆風が町を一瞬のうちに焼き尽くす光景が脳裏に再生され、背筋が凍る。
自分に、それができるのか?下手したら自分だけじゃなくて、ここにいる皆、いや、町の住人全員の命を消滅させることになるのに。
怖い。恐い。体の震えが大きくなる。
冷汗が吹き出る。それと反比例してのどが渇く。選択は決まっている。だが、それを選ぶ勇気が出ない。
「腑抜けヘタレは一生そこで悩んでろ。行くぞ。」
おもむろにグロウが立ちあがり、立ち竦んだまま固まったレックを放ったまま出発しようとした。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!まだレックが悩んでるじゃない!」
「そうですよ。もう少し・・・」
女子二人組はレックの方に肩入れしているようだ。だが、グロウは聞く耳を持たない。
「これ以上こいつの決断待ってる暇なんざないんだよ。忘れたのか?俺達の存在が向こうに知れてる以上、ちんたらやってる暇ねぇんだよ。」
確かに、一同がハンスと遭遇してからここまで大きな時間が経った。これ以上の足止めは危険だ。
「でも・・・そんなのってないじゃない。故郷を滅茶苦茶にされて、一番の親友と戦えなんて。しかも失敗したら町が滅ぶかもしれないのよ!?」
アコはなお食い下がろうとするが、グロウはそれを無下に撥ね退ける。
「だからどうした。このまま選らばねぇで案山子になってりゃぜんぶ終わんのか?選びてぇもん選べる度胸もねぇヘタレは、こういった殺り合いじゃ真っ先に殺されるのが落ちだ。俺はそんな足手まといに付き合ってやるほど退屈してねぇんだよ。」
酷い言い様であるが、グロウはさらに続ける。
「そもそも、『人を守るために戦う』と言ったてめぇが、今迷ってる段階でアウトなんだよ。所詮てめぇは、てめぇのその信念は、その程度だってことだ。たかがミス一つで揺らいじまうほど脆い。綺麗事と蔑まされて当然だ。」
これ以上は何も語らず、グロウはレックに背を向けて歩き出した。周りも見えない力に引っ張られるかのようにグロウに続こうとした。
「もし・・・」
ここまで言われっぱなしだったレックが、ようやく口を開く。
「もしグロウが、今ボクと同じ状態に立っていたとしたら、グロウだったらどうする?」
「あぁ?知るかそんなもん。仮定の話につきあうつもりはねぇ。俺は、俺が納得いかねぇ理不尽をぶち壊すだけだ。」
「どんな状況でも?その結果何が起こっても?」
「聞くまでもねぇだろ。」
面倒くさそうに答えるグロウを見て、ようやく理解した。この男は、本当に何があっても自分の信念を曲げるつもりは微塵もないのだと。そして、ハンスもきっとそれと同じくらいの覚悟を決めているのだろうと。
それに対して、自分は失敗を、結果を、責任を恐れた。恐れて怯えて、あの頃から何も変わらず蹲っていた。そんな状態で、ハンスと応対しようとしていた。
そんな調子で、誰かを何かを変えることはできないと、今はっきりと思い知った。
だったらどうする?今決して失いたくないものが二つある。失くさないための方法は、ある。
なら・・・・それなら・・・・・・・。
「・・・行く。」
それは、空耳かと間違うほど小さな声だった。
「ボクも行くよ。ハンスを止めに。絶対に死なせることなく。仮に失敗しても、 いや、失敗しない。失敗なんてさせない!絶対に!!!!」
か細かった声は、どんどん大きくなり、やがて絞り出すような絶叫へと変わった。
「皆はもう一人とプロメテウスをお願い。ハンスはボクが説得する。行こう!!」
「ここだね。連中がアジトにしてる廃ビルは。」
地図を確認したルインは、敵の本拠地を見上げた。そのまま侵入しようとしたルインを、フォートが止めた。
「待て。入口にトラップが仕掛けられている。 これは、孔探知センサーだな。」
「そのようですね。このセンサーに引っかかると、相手に侵入が察知され、尚且つ何かしらのトラップが発動するでしょう。」
メガネの左レンズを緑色に光らせ、ツェリライも確認した。
「時にフォートさん。あなた、裸眼ですよね?なぜそれでトラップを見つけることができるんですか?」
「修練を積めば、この程度のトラップは見切れる。」
呆れ口調のツェリライの質問にも、なんてことないようにフォートは答える。
前々から分かっていたことだが、フォートの常識とこちらの常識は割とずれてることが多いので(朝昼晩少量の水と塩だけで日常生活を送ったりする)、気にするだけ無駄なのだ。
「さて、入口にトラップが仕掛けられている以上、真正面から入るわけにはいきませんね。」
「え?そのトラップ破壊すればいいんじゃないの?」
その至極単純バカなアコの提案に、めんどくさいが答える。
「ええ、たしかにトラップを破壊すれば引っかかることはありませんね。それと同時に、センサーが破壊されたことが相手に知られるため、僕たちの存在を自分からばらすことになりますが。
侵入するなら、二階からがいいのではないでしょうか。」
「了解した。先行する。」
と話が決まるや否や、フォートは左腕を振り上げた。
すると袖口から先端に重りのようなものがついたワイヤーが飛び出し、廃ビルの二階窓の上あたりに突き刺さった。
そのままワイヤーが縮み、するすると登っていき、あっという間に二階の窓に侵入した。
「フォートのコートの中って、どうなってんの?」
まるで四次元ポケットのようなコートにつっこんだのは、ルインだけではない。
フォートが中に入って少しした後、窓から顔を出した。
「二階は特にトラップは仕掛けられていない。入ってこい。」
フォートに促され、各自二階の窓まで上がり(上がれない者はフォートがワイヤーで引っ張り上げた)、全員中に侵入した。
「そこまでだ。」
部屋の奥の暗がりから声が聞こえる。やがて、穴のあいた天井から降り注ぐ月の光に照らされて、ハンスが姿を現した。
「お前らみたいな駄犬に、この計画の邪魔なんかさせるか。お前ら全員、ここで殺す。」
そして槍を構えた。
そんな殺る気満々なハンスにも、ルインは一切動じない。
「やれやれ、殺気立ってらっしゃることで。でもお生憎さま、僕らが依頼されてるのは例の爆弾の処理だから、お前と真正面からやりあう必要はない。 というわけで。」
ルインは懐から煙玉を取り出し、それを無造作に放り投げる。
すさまじい量の煙が放出され、完全に視界がふさがれた。
「逃がすか!」
ハンスはまったく自由の利かない視界の中、しゃむに突っ込み槍を振るう。
その槍を何かが受け止める感触がした。そのまま力任せに押し切ろうと思ったが、相手も一歩も引かずに膠着した。
その状態のまま、やがて煙が晴れ、ハンスの攻撃を受け止めたレックの姿があらわになった。
「どけ!」
「どかないよ。」
「どけぇ!!」
「いくらハンスがそう言ってもどかない。どくわけにはいかないんだ。」
レックは高ぶりそうになる感情を必死に抑え、冷静にハンスと応対する。
「お前はそうやって、自分の憎しみをだまし続けて、周りによく思われそうないい子ぶりっこをかぶり続けるつもりかよ。そこまでお前は奇麗事におぼれた偽善者になり下がりたいのか!」
ハンスは力任せにレックを弾き飛ばす。密着していた二人の距離が離れる。
「いや、そんなんじゃないよ。ボクだってあの日のことは今でも悪夢を見る。この国に対して怒りを抱いたことだって一度や二度じゃない。いっそのこと、あの時ハンスと一緒に行けばよかったのかもしれないって、何度も考えたよ。
でも、やっぱりそうじゃない。ハンスが憎むこの国には、ボクたちが知っているような理不尽な仕打ちを知らないで、幸せに暮らしている人だっているんだ。それを自分の怒りのために壊そうとしているなら、ボクは看過することはできない。
たとえ、それがボクの唯一無二の親友だったとしても。」
その瞳には、あの日には宿っていなかった光が宿っていた。レックは、その一挙一動に心を込めるかのように、丁寧に武器を構えなおした。
「ハンス。ボクと戦おう。 お互いに殺す気で。」
あの時はただ勢い付きすぎて物騒な言い方になっただけだと思っていたこの言葉。
今なら分かる。あの時ハンスがこの言葉を言った意味が。ハンスがそれだけの覚悟を持っているのであれば、自分も相応の覚悟を決めなければならないということも。
そんなレックの決意を見たハンスは、少しだけレックに対する認識を改め、集中力を高めた。
「お前は、そんな綺麗事のために命をかける気なのか。・・・ならオレも全力で、殺す気でやる。
行くぞ!!!」
直後、二つの影は激しく交錯した。
「レックさん、大丈夫でしょうか?」
ハルカがレックの身を案じる。
「まあ、精神面では大丈夫じゃないかな。完全に迷いをふっ切ってるように見えたし。あとは、その思いがハンスに届くことを祈るのみだね。」
レックを除いた一同は、煙に乗じて逃げ出し、階段までやってきた。上に上がる階段は崩落しているので、行くとするなら下だ。
下に降り、入口が見える方向とは逆に進んでいく。
奥までたどり着くと、明かりがついた。
「世は荒廃し、その残骸から出でしエゴに塗り固められた基盤の上に、人は惰眠を貪る。余はその根を破壊し世を変えんとする革命家、ナポレヌフ為り。」
何やら突然中二病臭いセリフが飛び出し、一人の男が姿を現した。
「御大層な前口上どうも。で、いきなりで悪いんだけど、お前の後ろにあるそれがプロメテウスで間違いないかな?」
ルインはナポレヌフと名乗る男の後ろにある、ガラス張りのケースの中にある、ボウリング球ほどの大きさのものを指さす。
「いかにも。主らはこれが狙いか。残念だが、これを渡すわけにはいかん。これこそが余の悲願を叶える要となる鍵なのだ。」
「まあ、気持ちは分からなくもないけど。その悲願とやらを達成されたら僕らが明日から住む場所無くなるんだよね。というわけで、力ずくでも奪わさせてもらうよ。」
「やってみるがいい。 決して叶わぬことだがな。」
そう言い放った直後、背後にある装置から大量の重火器が出現し、一斉射撃を始めた。
「炎舞乱!!」
「凍狂槍撃!!」
互いの乱撃が入り乱れる。ぶつかりあった炎と冷気は、今度は混じり合って蒸気とはならず、互いに打ち消しあい、そのまま消えていく。
意地と意地のぶつかり合い。弾かれたのは、レックだった。
すぐさま体勢を立て直し、棍の先端に込めた炎を打ち出す。
「焔弾!」
ハンスも槍の先端に氷の刃を生み出し、飛ばしてくる。
「氷針!」
激突した刃と弾丸は、刃が勝った。
「ぐわっ!」
氷針を受けたレックは、仰向けに飛ばされ、床に叩きつけられた。
「ふん、やっぱりな。お前は所詮その程度だ。」
ハンスがとどめを刺さんと歩み寄る。だが、ハンスがレックの元にたどり着く前に、レックは棍を手が掛かりにして立ちあがった。
「・・・ハンス、あの頃よりずいぶん強くなったね。今のボクじゃ太刀打ちできそうにないよ。」
「それがオレとお前の差だってことだよ。お前は生ぬるい綺麗事の中で善人面してのうのうと過ごした。オレはあの日からずっとこの国に対して怒りを抱いて生きてきた。これがその結果だ。」
暗くよどんだ眼。ああ、確かにあのころと比べてハンスは随分と変わった。
変わった・・・。 でも。
「ハンスは確かに強くなった。でも、その強さは本当にハンスが望んだものなの?その強さで、本当に人は守れるの?憎しみに駆られて、国を破壊して、そこに人がいなくなったら、ハンスは、これからどう生きていくつもりなのさ?」
ハンスの表情が、憎々しげに歪む。
「本当にお前は、綺麗事を吐き続けるんだな。 ・・・本当に、ムカつくやつだ!」
ハンスが槍を振り上げ、そのまま力任せに振り下ろす。
レックは、負けじと受け止めた。
「例え誰に蔑まされても、ボクはボクが決めた綺麗事を貫き続けるよ。」
「そこまでお前が、恨みを潰してまで貫こうとするのは何故だ!」
ハンスの問いかけに、レックは決然と返した。
「ボクがそうしたいと、そう心から思えることだから。そして、
奇麗事が奇麗なのは、それが理想だからだ!」
今度はレックが力で押し切り、ハンスを弾き飛ばした。
「ボクは本気だよ。ボクは、自分の綺麗事を貫くために、全力で君を倒す!」
もう迷わない。そう腹を括ったレックに、へこたれる暇なんてない。今目の前の親友が凶行に手を染めないように。そして、かつて何一つ臆面もなく言い切ったあの時の決意を、もう一度思い出して欲しいから。
「ボクは、絶対に負けない!」
レックは吼える。
そんなレックの姿を前に、ハンスは自分の勘違いを訂正する。
あの頃から変わっていない。それは確かに間違いない。だが、それでも大きく変わっていた。
昔は自分の言うことに、怖気付きながらもついて来ていたレックが、今こうして自分の目の前に立ちはだかっている。憎しみと恨みの前に自分が捨てた思いを、なお抱きつつ。
多分コイツは、無意識のうちにそうなっているのだろう。自分の性根の部分は決して変わらず、傍から見れば愚直とも言えるほど頑固に貫き通す。
それが、ハンスには妬ましかった。あの日以来、歪み続けてきた自分と違い、レックは今なお変わっていない。自分の都合のいい部分だけを変化させることができた、自分が放棄したことを今なお続けようとしているその姿が、
心底、妬ましかった。
「レェェェェェェェェェェェェェェェェェック!!!!」
「ハァァァァァァァァァァァァァァァァァンス!!!!」
気づけば、互いの名を全力で叫んでいた。
各々の武器にありったけの炎を、冷気を込める。
「紅蓮鉤爪!!!!!」
「碧氷穿牙!!!!!」
思い込めた二つの刃が、幾年の時を経て、再び交錯した。
「わわわわわわわわっ!!?」
無数にばらまかれる弾丸を前に、ルインたちは攻めあぐねていた。
防御や回避に専念すればいいのならそこまで難易度の高い話ではない。だがしかし、それではいけない。今やらなければならないことは、敵の背後に鎮座している兵器の奪取なのだ。
いつまでも足踏みしている場合ではない。最悪、目の前のテロリストがトチ狂って起爆スイッチを押す可能性だってあるのだ。
「哀れな愚民よ。踊れ、惑え。その果てに屍へと姿を変えろ!」
今や自らも巨大な重火器を持ち出し乱射しているナポレヌフは、気分が高揚しているのか声高に叫んでいる。
このまま興奮状態が続くと、本当に最悪なことが起こってしまいそうで怖い。先ほどまでの言動、この男の過去、そして今の後先考えなしの乱射撃。おそらく、この男はとうにまともな精神は捨て去っていると見ていい。
余の悲願のために、死すら厭わん!とかなんとか叫んで、起爆させられたりしたらたまったもんじゃない。
一同はアコが作り出した岩壁に避難している。時折カウルが飛び出し接近を図るが、敵の元まで届かない。
「くそが、あのトリガーハッピー野郎が。」
「これだけの弾幕を張られると、近づくこともままならない。」
「私の力で弾丸を吹き飛ばすことはできますが、やはり永続的となると厳しいです。役にたてなくてすみません。」
ハルカが謝るが、これをなんとかできる方がどちらかというとおかしい気がするレベルである。
「どうすんの?このままじゃジリ貧よ!あたしだってずっと持つわけじゃないんだからね!」
岩壁を生成しては削られ、また補強したものをさらに崩されと、無限ループを続けているアコが文句を言う。
「・・・今だ。」
それまで沈黙を保っていたフォートが一言つぶやくと、そのまま弾幕の中に飛び出していった。
「ちょ!?フォート!?あんた何やってんの!!?」
一同が驚く最中、フォートはさらに驚くことをしてみせた。
進んでいる。この弾幕の中を。スピードは早くないが、飛んでくる弾丸すべてを見切り、回避しながら距離を詰めている。
「うそだろ・・・?」
「人の常識では測れない、並外れた集中力と動体視力ですね。」
「それで済ませられるレベルなんでしょうか・・・?」
その様子に唖然とする一同を後ろにフォートは、まるで風に舞う木の葉の方に緩やかな動きで距離を詰め、そして射程内に入った瞬間、一瞬でナポレヌフが持っている重火器、そして各射撃装置の動力部を打ち抜いた。
そして、ルインたちのところに戻るために振り向いたその瞬間、すべての重火器がブレイクダウンした。
回避・射撃の技術。そして今のタイミング。すべてを総合して述べられる感想は、
「すげぇ・・・」
これしかなかった。
紅と碧が刹那のうちに互いを突き抜け、そのまま静寂が訪れた。
実際は、ほんの数秒しか経っていないだろう。しかし、もしこの二人の対決を見ているものがいるとすれば、その者は、それが何分にも感じられただろう。それだけの重さが、先ほどの一撃にはあったのだ。
その数分にも感じる数秒後、両者は前のめりに倒れた。
だが、倒れ方は違った。ハンスは膝をついているが、レックはうつ伏せに倒れている。
まだ決着はついていない。どちらか片方が負けを認めない限り、決着がついたとは言えない。
そして、まだ二人共、負けを認めてはいない。
ハンスが武器を杖替わりにして立ち上がる。レックも何とかして起き上がろうと努力した。だが、やはりハンスの方が早い。
ハンスはレックのそばまで寄り、大きく振りかぶり、今残っているありったけの体力で振り下ろした。
レックは片膝を付いた状態のまま受け止める。だが、ただでさえ不自然な体制な上に、体力が危険域に突入している。それでもなんとかこらえようと必死に押し返す。
「どうしたレック!?それで終いか!!?」
徐々に槍の穂先がレックの顔に近づいてくる。
「っっっ!!ぅっぉおおおおおおおお!!!」
負けられないという思いがレックの体に力を与える。そのままハンスを押し飛ばした。
もう体力はほとんどない。だが、まだ気力はある。この戦いだけは負けられないと。是が非でもハンスをここから連れ出したいという思いから成す気力は残っている。
レックは、その気力すべてを使い、武器に孔を込めた。
棍に点った小さな炎は、みるみるうちにその大きさを増していき、一定の大きさまで燃え上がると、炎の周囲が熱によって歪んで見えた。そのせいか、レックの棍に灯る炎が青く燃えているように見えた。
いや違う。それは錯覚ではない。本当に青い炎が猛っている。
「お前、 それは・・・」
「炎っていうのは、温度が増すと、青く燃えるんだ・・・!」
驚くハンスをよそに、レックは青い炎が猛る棍をひと振りし、ゆっくりと突きの構えを取った。
「これがボクの全身全霊だぁ!!!」
悲鳴を上げる体を押さえつけ、レックは一直線にハンスに突っ込んでいった。
「蒼魂龍棍!!」
ハンスではなくレックから放たれた青い一閃は、レックではなくハンスを貫いた。
「・・・今度はもう、やられたフリなんかじゃないよね?」
またうつ伏せに倒れこんだレックは、背後の、いや足元にいるハンスに問いかけた。
「・・・・・・ああ。」
聞かれたハンスはこう答えるので精一杯だった。ハンスもまた、起き上がる力を失い、仰向けに倒れていた。
「・・・ハンス。」
「なんだ?」
「ボクと一緒に来てくれないかな?」
「・・・嫌だと言ったらどうするつもりだ?」
「そんなこと言わせないよ。だってボクが勝ったんだから。強引に引きずってでも連れて行く。」
「・・・お前も言うようになったな。」
「ハハ。まあ、無理も道理もまとめて足蹴にするような仲間が、近くにいるせいかな。」
「お前と一緒にいた、あいつらか。」
「うん。本当に滅茶苦茶なんだよね。勘違いで治安部隊に喧嘩売ってしまうし、人質を取った強盗に対して奇襲で特攻をかますし。」
「・・・なんだそれ?」
「ハハハ。本当に何なんだろうね。 でも、それは自分の信念があって、それを真っ直ぐ貫いている結果なんだよね。ボクは、そんなみんなに背中を押されたからハンスに勝てたんだ。」
「随分信頼しているんだな。」
「まぁ、信頼というよりは、憧れに近いのかもしれないけどね。だから、ハンスも一緒に来ようよ。」
「本当にそれができるのか?未遂とは言え、仮にもオレは国際級犯罪者だぞ?」
「未遂なら大丈夫。ルインが何とかしてくれる気がする。ルインは治安部隊の結構偉い人とコネがあるし。いざとなったらツェリライが情報操作してくれるだろうから。」
「・・・なあ、それは結構ヤバイ違法行為なんじゃないのか?」
ハンスが思わず、自分の立場を忘れてつっこんだ。
「う~ん・・・。いやまあそうなんだけどね。既に一人そういう例があるからなぁ。だからきっと大丈夫だよ。」
「そう・・・・・か。」
やはりそう簡単にこれまで積もり積もった思いと、そのために踏みにじってきたものに対する罪悪感が残っているのか、ハンスは煮え切らない返事を返す。
レックは、やっとのことでうつ伏せから仰向けに寝返り、話を続けた。
「わかっているよ。ハンスがはっきり頷けない気持ちも。でも、きっとこのままじゃその気持ちはなくならないよ。一時の感情は時間が経てば薄れるって言うけど、きっとハンスのその気持ちは薄くならない。
だってハンスは、根は真面目なんだから。だから、その気持ちをなくすためじゃなくて、その気持ちを乗り越えて塗り替えようよ。」
「また都合のいい綺麗事だな。本当にそれができると、お前自身はそう思っているのか?」
「勿論だよ。だってボクらは、町で知らない人はいない最強コンビなんだから。でしょう?その証拠に、ハンスはそのリストバンドを今もまだ付けたままじゃないか。」
ハンスの呆れ声の質問に、レックは見えなくてもお構いなしのニカッとした笑顔で答えた。
「これは、ボクはハンスのお母さんに、ハンスはボクのお母さんに作ってもらった、世界に二つしかないものだから。ボクとハンスが最強コンビだという証だから。それをまだつけてるってことは、ハンスもまだそういう風に思っているってことだろ?」
地味に嫌なところを突かれてしまった。レックの言うとおり、このリストバンドは町内の戦技大会でレックとハンスがタッグ戦で優勝した際に記念として作ってもらったものだ。
あれから全てを捨てて歪んできたと思ったが、どうやら自分もまだまだ甘ちゃんだったらしい。
ハンスは何とも言えないため息をついた。
「はぁ。ま、負けた以上文句は言えないか。わかった。ただ、下にいるもう一人をどうにかしないと・・・」
その時、床が、廃ビル全体が激しく揺れだした。
それは、フォートが相手を撃破した後のことである。
ブレイクダウンした銃器類は、爆発して飛散した。その爆発でプロメテウスに誘爆してしまうのではないかという心配は、杞憂で済んだ。
ルインは、持っていた重火器が爆発したため吹き飛ばされたナポレヌフのそばに行く。その時
「ク・・・クハハハハハハハハ!!」
そう発狂したかと思うや否や、自らが来ている服を引きちぎった。
そこには、体一面にダイナマイトが巻きつけられてあった。
「!!」
「余の手より生み出し破世の種よ。まとめて、全てを吹き飛ばせ!消しつくされ!!」
「やばっ・・・!」
間に合わない。一瞬でそう判断したルインは、咄嗟に思いきり後ろに飛びのいた。
それとほぼ同じタイミングで、ナポレヌフの体が爆発した。
「うわっ だぁあ!!」
辛うじて爆風に飲まれることを防いだルインだったが、同時に今の爆発で建物自体に火が燃え移ったことで、誘爆する危険が大きくなった。というか、今のままだと確実にそうなってしまう。
「やばいぞこれは。」
「は、早く何とかして火を消さないと・・・!」
ハルカの風では力不足だ。却って炎を大きくしかねない。
「あたしがなんとか! 水霊 ヴェファイシュテンリーギン!」
アコの呼びかけに、室内であるにもかかわらず大粒の雨が降り注いだ。
「この雨はみんなの怪我とかも治せるから、とりあえず浴びといて。カウルとかは何発か当たっちゃったんでしょ?」
「ああ。ありがとうな。だが、火を消すだけなら別に回復効果を持たせる必要はなかったんじゃないのか?俺たちの怪我はそこまで大したことはないんだから。」
感謝しながらもカウルが質問すると、アコは黙ってある方向を指差した。
その先をたどると、既に人としての原型をなくしたナポレヌフの遺骸があった。
「あのまま消し炭にしといたままにするのは、かわいそうじゃない。」
俯き、そっぽを向きながら呟くアコ。その目には、降り注いでいる雨とは違うものが溜まっていた。
「優しい奴だな。俺たちは今さっきまでコイツに殺されかけていたんだぞ?」
少し意地悪げにカウルが質問する。
「それでもなの!この人に昔何があったかはわからないけど、それでも、元からこんな風じゃなかったんでしょ?今を楽しく過ごしてるあたしがこんなこと言ったってこの人は嬉しくともなんともないだろうけど、 やっぱり・・・可愛そうだよ。」
その純粋な想いに、カウルは眩さを感じると同時に少し寂しくなった。
いつからだろう。自分が人を殺すことを躊躇わなくなったのは。そしてなくした感情をハルカの中に見出して埋め合わせるようになったのは。
そこまで遠い昔の話ではないが、とても懐かしく感じる。
っと、今は感傷に浸っている場合ではない。今はあのケースの中に入っている危険物を回収し、レックの帰りを待たなければならない。
プロメテウスの方はツェリライ達がどうにかするだろう。自分は恐らくぼろぼろになっているだろうレックのもとに迎えに行くことにした。
アコに一声かけ、その場をあとにしようと背を向けたその瞬間、再び激しい振動と爆音が轟いた。
「なんだ!どうした!」
そうカウルが叫んだ瞬間、再び爆音が響く。爆発しているのは、どうやら建物の壁からのようだ。
「これはまずいです!!」
ツェリライが警鐘を鳴らす。
「この建物一体に時限式の爆弾が埋め込まれています!恐らく、先ほどの自爆スイッチと連動していたのでしょう!すぐに退避する必要があります!」
「いや、といってもこれどうにかしないと!もっとやばいことになるじゃん!?」
アコが慌てる。その通り、このままでは今はまだケースの中にあるプロメテウスに火が回る。いや、相手は壁の中に爆弾を仕込むほどの狂人だ。周辺装置の爆破=プロメテウスの起爆となっていても何ら不思議はない。
早急に手を打たなければならない状況。だが、火の手が回る方が早い。今のアコのコントロールでは、これだけの火を消すことはできない。
「!!! みなさん!危ない!!」
荒れ狂う炎の中、僅かな気流の変化を感じたハルカが異変を察知し、上を見上げると同時に叫んだ。
そのほんの数秒後、天井が崩落してきた。
「ハンス!大丈夫!?」
突然の激しい揺れに二人が飛び起きた直後、壁が天井が崩落してきた。
その一瞬、ハンスに突き飛ばされたおかげで大した怪我をしなかったレックが、瓦礫の向こうに姿を消したハンスを探した。
「ハンス!!!」
ようやく姿を見つけた親友は、多くの瓦礫の下敷きとなっていた。
レックは駆け寄り、すぐさま瓦礫をどかし始めた。幸い、そこまで大きな瓦礫はない。何とかどかしきれるはずだ。
爆音も振動も一切気にせず、レックは一心不乱に瓦礫をどかし続ける。
「ハンス!しっかり!あと少しだから!」
レックはおそらく気絶しているハンスに必死に呼びかけながらも、腕を動かす。
そしてようやくあと一つ、この瓦礫をどかせばハンスを救出できるところまで来た。
だが、そのあと一つが今のレックにとっては大きく、重かった。
押しても引いてもびくともしない。棍をつっかけて、てこの要領でどかそうとしてもだめだった。
「動けぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええ!!」
体の芯から声を出し、力を振り絞る。それで、ようやくほんの少しだけ動きを見せた。
だが、それ以上が無理だった。
それでもなお諦めないレックに、声が聞こえた。
「もういい、レック。お前は下に行け。」
「何言ってるんだよ!そんなこと、するわけないじゃないか!」
「このままだとプロメテウスが起爆するだろうが。そうなったら、オレを助けたところで意味なくなるだろ。」
「下は心配しなくて大丈夫だから。絶対に、皆が何とかしてくれているはずだから。だから、諦めちゃだめだ!」
レックは、自分自身に鼓舞するようにハンスを励ます。
刻一刻と時間が過ぎる。焦りばかりがつのる。動いてくれという思いは時間とともに大きくなるが、振り絞れる力は小さくなる。
力を振り絞りすぎたせいで酸欠状態になり、へたり込んでしまった。性も根も尽き果てた今の自分の体。火事により酸欠状態となった今のこの場。これをどかすには、状況が悪すぎる。
なら、自分一人がだめなら、仲間を呼んでくればいい。
「ハンス。少しだけ待っていて。今すぐ仲間を呼んで、助けるから!」
そして背を向けようとしたとき、ハンスが何か呟いているのが見えた。
「ハンス、どうした!?」
声が小さくてはっきり聞こえない。ハンスの体力も限界だ。何を言っているかを聞いたら、すぐに行かないと。
「・・・お前は、お前のその綺麗事におぼれてから死ね。」
「ハン・・・ス?」
何そんな遺言のようなことを言おうとしているのだと、そう言おうとしたその時、レックが立っている床が崩れ落ちた。
「ハンッ・・・!」
体が後ろに傾いていく中、レックはハンスに手を伸ばした。
その手は、ほんの僅かに指先が触れ、離れた。
「ハンスウウウウウウウウウウウゥゥゥゥ・・・・!!」
レックそのまま、真っ逆さまに落下した。
遠くから声が聞こえる。耳をすませると、その声はどうやら自分を呼び掛けているようだ。
その呼びかけに答えようと声を上げようとするが、その声が出ない。いや、それ以前に体が動かない。前も真っ暗だ。
自分を呼び掛ける声はいまだ聞こえる。レックはもう一度、力を込めて答えようとした。
それでようやく視界が開けた。そこに映っていたのは七人の仲間たち。どうやら外にいるようだ。
「あ、レック。ようやく目を覚ました。」
「う・・・ん。」
レックが目を覚ましたことを確認したルインに、何か答えようとするレックだったが、おぼろげな返事しか返せなかった。
「無理はしないでください。あなたの体はかなり憔悴しています。寝た状態のままで構いませんよ。」
そうツェリライは言ってくれたが、今どういう状況なのかを知りたいレックは起き上がろうとする。が、無理だった。
「だから、無理はだめだってば。おとなしく寝転がってて。」
そう宥められても、落ち着かない。
その様子を察したルインは、ぽつりと伝えた。
「プロメテウスの起爆は、阻止できなかった。」
「え・・・?」
想像しなかった言葉に、レックは固まる。
「あのプロメテウスは、どうやら下にいた男が自分で作ったものらしい。」
「プロメテウスの構造は、知っている方は知っています。ですが、その製法は国家機密です。個人が製作できるようなものではありません。」
「その結果、プロメテウスは爆発するには爆発したが、その威力は廃ビル一つを焼き尽くす程度のものでしかなかった。」
「そう・・・なんだ。」
ハンスはこのことを知っていたのだろうか。レックは考えたが、すぐにやめた。真相がどちらであろうと、自分が空しい思いをすることは目に見えている。
誰も、何も聞いてこない。レックとハンスの決着がどうなったか、ハンスはどうなったのかを。
でも、だからこそレックは話した。自分のわがままに一切のためらいなく従ってくれた仲間に。
「ハンスは、あの中に残っているよ。天井が崩れて・・・助けようとしたけど、駄目だった。」
「そっか。」
レックも、他の皆も、後に続ける言葉が見つからず、そのまま沈黙が続いた。
「一つ、お願いしていいかな?」
「何?」
「ボクを起こしてほしいんだ。自分の力だととてもできない。」
「わかった。」
ルインに抱えられ、ゆっくりと上半身だけを持ち上げる。そこには、赤く燃えて揺らめいている一本の火柱があった。
レックは何も言わず、ただそれをじっと眺め続ける。
「後悔してんのか?」
この声は、グロウだ。レックは前を見つめたまま答える。
「いいや。ボクは全力を出した。グロウにだって胸張って言えるほどに。
だから、後悔なんてしてないよ。」
レックの中には不思議と後悔という感情は湧いてこなかった。生来の親友と全力でぶつかりあって、本音をぶつけ合って、最後にほんの少しだが笑いあって。その記憶は、決して後悔するものなんかではないことは、レック自身が一番よくわかっていた。
だから、後悔なんてするわけない。その思いに、一片の嘘偽りはない。
けど、だけど・・・
「ボクはハンスを、助けたかったなぁ・・・。」
その未練だけは残った。
レックはそのまま、ゆらゆらと立ち上る火柱を眺め続けた。一切微動だにせず、じっと見続けた。
ほかの仲間も、何も言わず、待ち続けた。
そのあと駆けつけた治安部隊と救急隊によって火は沈下され、重傷、いや重体のレックはすぐさま病院へと運ばれ、ほかの面々も各自治療を受けた。
報酬は、プロメテウスの確保ができなかったため、依頼遂行とは言えないからもらえないというルインと、街の危機を救ったという意味では何一つ問題ないから受け取れというヒネギム係長との水掛け論が繰り広げられ、当初の報酬の半額を受け取るということで落ち着いた。
それから一週間が経った。
ルインはいつものように本格焙煎式のコーヒーを味わっていると、階段から誰かが降りてくる音が聞こえた。
「おはよう、レック。傷の方はもう大丈夫なの?」
「うん、まだ少し体が痛むけど、概ね良くなったよ。」
その言葉通り、まだ少し歩き方に違和感がある。だが両者とも気にせず、レックはルインの向かい側に座る。
「・・・コーヒー。ボクももらっていいかな?」
「ん?ほい。どうぞ。」
そういうとルインは、まだ中身が入っているコーヒーメーカーをずいっと差し出した。
「あ、カップに注ぐのは自分でやらないといけないんだ。」
「今はまだ飲んでるからね。飲み終わるまでは席を立たない。これが僕のポリシー。」
キリッとした表情で誇らしげに語るルインは放っておいて、レックはカップを取りに行く。
「にしても珍しいね。レックがコーヒー飲むなんて。てか、これ飲むのは初めてじゃないっけ?」
「ん?まあね。いつもルインが美味しそうに飲むから、ボクもなんか興味湧いてね。」
少し照れくさそうに話しながらカップにコーヒーを注ぐレックに、ルインがボソッとつっこむ。
「本当は、だいぶ前から飲んでみたかったんじゃないの?でも僕が買ったやつだから、飲むのをためらってたんじゃない?」
コーヒーを注ぎ終え、口元までカップを運んだ手が止まる。
「どうして、そういうふうに思ったのさ?」
「その発言は、僕の質問にYESと答えたと見てあってるかな。まあ単純な話、僕がこれ飲んでる時に、たまにレックからの視線を感じていた。だとすると、レックがホモでもない限りは、コーヒーにこれを飲みたかったんじゃないかなって思っただけ。」
なにか反論は?と言わんばかりに目線を投げかけたルインに、レックは大人しく降参した。
「やれやれ、思っていたよりもボクは観察されていたんだね。」
「まあ、相手を口責めでいたぶるためには人間観察は必須項目だからね~。自然と身につくよ。」
あまり自慢にならないことを自慢気に話されても反応に困る。
「それで?傷以外の方はどうなの?」
こういう質問を躊躇なくできるのは、見習うべきかどうかは別として、一つの大きな特徴なのだろう。
「 ・・・そうだね。」
レックはゆっくりとカップを机に置いた。
「あの時言った言葉に、嘘偽りはないよ。それは間違いなく本当だよ。でも、すっきりしているかどうかと言われたら、それには頷けないかな。」
「ま、そうだろうね。さすがのグロウも、あの時ばかりは自重してたし。」
「でも、だからといってこのままへこんでいるつもりはないよ。最後に、ハンスに言われたんだ。」
「何て?」
「『お前は、お前のその綺麗事におぼれてから死ね』だって。」
「そっか。で?レックはその言葉に従うの?」
「従うというか。最後にハンスがボクに託してくれたものだから。これから先大切にしていこうって思ってる。
きっとこの言葉は、ボクとハンスの、二人の夢だから。」
レックは、そっと腕のリストバンドに手を添えた。
どうも、月一投稿を目標にしているにもかかわらず、2ヶ月もあけた作者です。
さらに、文章書いてるあいだにあとがきで何を書くか忘れてしまいまうという体たらくです。
さて、本当に何を書こうと思ってたんだか・・・。
というわけで(?)、今回はレックエピソードでした。
この話は前々からずっと書きたいと思っていた話で、今回書くにあたって非常に楽しみでした。
だからでしょうか。こんなに話長くなったのは。
特に回想話。本編の半分近くを占めることになるとはまったくもって予想してませんでした・・・。
さらにレックとハンスの決闘のことばかり考えていたため、その間ルインたちをどうするか考えていないということに途中で気づき、さらには二話で出てきたリストバンドの話を入れることを書き終わったあとに気づき、慌てて入れ込むという始末でした。
・・・やっぱり、書く前にきちんとストーリーを練るべきですよねぇ。
レックは、八人の中では一番悩むことが多いキャラなので、この先も多難が待ち受けていることと思います。頑張って欲しいものです。
最も、その運命を握っているのは他でもない自分ですが。
レックの細かい設定などは、メインキャラのエピソードが終わってからまとめて書こうかと思ってます。
上記の通り計画性が皆無なので、途中で若干設定が変わってしまいそうですし。
あ、あと一話のあとがき以降書くのを忘れていましたが、感想やアドバイスといったコメントはいつでも歓迎しております。
ただ、「つまらない」とか「面白くない」といったダイレクトなものは思いっきり凹むのでなるべくオブラートにお願いします(笑)。
それでは、次の話は頑張って一ヶ月後に投稿できるよう善処いたします。
それではまたm( __ __ )m