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ACT ARME  作者: 平内丈
10/10

謎謎謎謎

随分とおそくなりましたが10話目投稿です。

覚えてくれている人いるかな・・・

突然だが、ルインは今真っ暗闇の中にいた。

前後上下左右どこを見回してももれなく真っ暗。見えるのは自分の体だけ。

そんな状態だから自分が今立っているのか浮いているのかもわからない。でも髪や服にふわふわとした感じはしないから浮いてはいないのかもしれない。

向かってくる敵もなく、迎えに来る仲間もいない。ただただ一人空間に漂っていた。

普通ならこのあたりで人は恐怖を感じ始めるだろう。

だが、ルインは特に何も感じずに為すがままの状態だった。

だが、そんな均衡が突如崩れた。

ルインの体中の細胞という細胞が一斉に恐怖し逆立つのを感じたのだ。

敵?の姿は見えない。そもそも敵が来たくらいでルインは恐怖しない。

今自分に迫っているのはそれとは全然違う恐怖。腕を縛られた状態で黒板を引っ掻いた時になる音を延々と聞かされるような、誰もが根を上げる、しかしそれでも許されないような恐怖だ。

今度は遠くから光が見える。しかし、今までいた暗闇の中から解放される喜びはない。

その光を見ると、今度は頭が猛烈に痛くなるのだ。

解けない結び目を無理やりにでも解こうとしたとき、もし紐に痛覚があれば感じるであろうほどの痛みだ。

来るなと思えば思うほどどんどん近づいてくる。

そしてその光が眼前いっぱいに広がり、ルインの体をを包み込んだその時!!


ルインは目を覚ますのである。

「また夢か・・・」

の一言を残して。



時は数時間ほど進んで朝と昼の中間ぐらいの時間、つまりだいたい午前10時頃の話である。

今日も特に何もすることがないアコと、窓辺の椅子に座り読書にふけっているツェリライと、買い出し中にて不在のレックと、珍しく何か考え込んでいるルインがいた。

どのくらい深く考え込んでいるかというと、いつもは視線を向けられるとすぐに反応を返すのに、今はアコがルインをガン見しても全く気づかないほどだ。

そのいつもと違う様子のルインを前に、アコはまるで珍種の動物を発見したかのように恐る恐る近づいて・・・

両腕を上にあげ、手をプラプラさせながらヘロヘロと動き回るという珍妙な動きをし始めた。

しかしルインは全く気を向けない。

「うーん、すごい集中力ね・・・」

仕方がないのでアコは注がれたまま口が付けられていないコーヒーに手を伸ばした。

するとルインはその手をぺしりと叩き落とした。若干力がこもっていた気もする。

ルインはそのままカップを手に取り、若干ぬるくなったコーヒーを一口飲み、小さく溜め息をついた。

そんな様子のルインを見て、アコは床に落ちている物がゴミなのか虫なのか判別つかずに困ったときにしそうな表情を浮かべる。

「・・・本当に大丈夫?」

「ガチ心配はやめて。なんかヘコみそうになるから。」

ルイン自身今の自分に困惑しているので、とりあえず強がっておいた。

「しかし、本当に珍しいですね。あなたがそんなに深く考え事をするとは。」

本からは全く目を離さないまま、ツェリライが会話をつなぐ。

「う~ん、そうなんだよねぇ。自分でも僕らしくないとは思うよ。たかが他人に投げかけられた意味深な台詞一つに振り回されるなんて。」

そう言うとルインは思い切り背もたれに寄りかかり、椅子に深く沈み込んだ。本当はコーヒーのおかわりをしようかと思ったが、今は面倒くさいのでやめた。

「そこまで来ると珍しいを通り越して不気味ですね。大丈夫ですか?」

「だから、ガチ心配はやめてくれと。別にどーってことないと思うよ。多分。」

返される言葉も、いつものような投げやりさ加減、もとい自信がない。

「『悪意により生み出された種が植えられ、やがてそれは芽を出し実を成す。それが再び地に落ち、如何なる花を咲かせるか、見届けさせてもらうぞ・・・』でしたっけ。あの言い方から察するに、もしかするとあの人はルインさんの過去に関わっていたのでは?」

そう尋ねるも、ルインはゆっくりとかぶりを振る。

「うんにゃ、全く記憶にございません。最も、それ以外の記憶もないから、本当に会ったことがないかは知らないけどね。」

そう、今自分たちの手元にある情報は全くと言っていいほどない。さらに言うなら、言葉の真意を考える必要性もはっきり言ってない。自分に関係ないことであればそれまでだし、関係あることであればいずれその時が訪れてから対処すればいいだけの話。

そうそのはず。そのはずなのだが・・・

後は野となれ山となれ。

ルインお気に入りの慣用句も、なぜか今は機能しない。確かに何か歯に詰まっているのに、どうやっても取り除けないむず痒さを感じる。

「あ゛―――っ!もう寝るっ!」

ガタリと大きな音を立てながら椅子から立ち上がり、起床後数時間で再び就寝しようとするルインの元に、レックが帰ってきた。

「ルイン、ごめん。今すぐ安静にできる場所と水とタオルを用意して!」

そういうレックの姿は、買い物袋の他に一人の人間を抱えていた。



というわけで、本来はルインが寝ようと思っていたベッドの上にレックが抱えてきた人間を寝かせることになった。

大分ぐったりと衰弱していたが、少し寝かせて水を口に含ませたら落ち着いたようだ。呼吸も安定している。

連れてきたレックによると、買い物からの帰り道、曲がり角で出会い頭にぶつかり、そのままバッタリと倒れて動かなくなってしまったそうだ。

レックは今の衝突でどこか悪いところを打ってしまったのではと慌てて様態を調べてたところ、呼吸も脈も至って普通であり、怪我も見当たらなかったため、救急隊員を呼ぶよりも家に連れて帰ったほうが早いと思い、今に至るとのことだ。

今ベッドに横たわっているその人は、ルイン達とおそらく同年代なのだろう。

服装も髪型も特にこれといった特徴はなく、いわゆるモブAといった感じの出てたちである。

しかしなぜだろう、この少年からは不思議な違和感が溢れている。

なんというかその・・・あまり日常でこういった感覚に陥ることがないため上手い喩えが見つからないが、とにかく何か「ズレて」いるような気がするのだ。

そんな妙な違和感をまとった少年の違和感さを象徴するものが、先程までは背中につけていた、鉄パイプである。

持ち物をパッと見た感じ、この少年も放浪者であると推測されるが、何が起こるかわからない道中、放浪者にとって武器の携帯は必須事項である。

もしこの鉄パイプがその武器の代わりだとするならば、それは無鉄砲の阿呆のすることである。

しかし、他に武器らしいものも見当たらない。というか、荷物自体が少ない。というかない。本当に身に付けているもの以外は食料の入ったバックも何もないのだ。

とにかく4人は少年が目を覚ますまで待つことにした。


やがて少年の目がゆっくりと開かれ、一の字からL字型にガバリと跳ね起きた。

額に乗せられていた濡れタオルが前に飛んで落ちたのにも気づかない様子できょろきょろとあたりを見回し、その目がルイン達をとらえた。

とりあえずレックが声をかけてみることにした。

「大丈夫?少し脱水症状の気があったけど、とりあえずこれを飲んで落ち着いて。」

しかし少年は酸欠状態の鯉のごとく口をパクパクと開け閉めする。どうやら返す言葉を探しているようだ。

「す、   すいませんでしたぁーーーっ!」

結局その口から出た言葉はその一言だけであり、少年は脱兎のごとく外へと飛び出していった。

少しの時間だけ騒がしくなり、また静かになった室内に取り残された四人。

「変わった人ね・・・。」

アコの率直な感想のみがその時発せられた唯一の音だった。

しばらく四人ともそのまま固まっていたが、やがてルインが一番乗りで立ち上がり、軽く身支度を始めた。

「まさかルイン・・・追いかけるつもり?」

レックが尋ねるとルインはさも当然のようにYESと答える。

レックは個人のプライバシーに関わるのはどーたらこーたらと反対したが、ルインはその意見を封殺した。

「だってあのキョドリ方とかさ、明らかに何か不自然過ぎたじゃん?なんか隠してるみたいで。何かよからぬことを企んでいる一員とかかもよ?」

目を覚ましたらいきなり見知らぬベッドに寝かされていたら誰でも慌てそうなものだが、放浪者がポピュラーなイーセではこういったケースはそこまで珍しくない。

大抵は自分の持ち物が盗まれていないか確認した後、お礼を言って辞去するものである。

レックはなおも食い下がる。

「でもそうじゃなかったらどうするのさ?」

「レックも感じたでしょ?あの人から醸し出されてたなんか違う感じする感。あの正体は突き止めた方がいい気がするんだよね。って自分の勘がささやいてるんだよ。」

これ以上こちらが何言ってもレックは揺らぎそうにない。

諦めと呆れを交えたため息を吐きだし、最後に質問する。

「本音は?」

「暇つぶし。もっと言うなら胸の中のもやもや発散運動がしたいから。」

それを聞いてレックはもう一度、今度はさっきよりも深いため息をついた。

「ほらほら、ぼさっとしてないでさっさと行くよ。結局さっきの人水飲まなかったからまた倒れるかもよ?」

ルインに言われて思い出した。そう言えばすぐに飛び出していったせいで水を飲ませるのを忘れていた。

床に頬り投げられている水の入った容器を手に持ち、レックたちも先ほどの少年の後を追った。


まだそこまで遠くに入っていないだろうというルインの予測通り、ツェリライのQBUで探索したらすぐに見つかった。

陰からこっそり様子をうかがうと、どうやら少年は誰かを探しているようだ。手を口に当て、必死に誰かの名前を呼び掛けている。

周囲の好奇の目にさらされても気にも留めていない。

「ふーむ、どうやら家出の挙動不審は探し相手のことが気にかかって仕方がなかったからなのかな?レック・・・ ってあら?」

ルインが後ろに振り向くと、そこにいたはずのレックがいない。

どこ行ったのかと再び前を向き直った時、レックはすでに少年と話をしていた。

いつの間にあそこまで移動したのかと呆れ驚きつつも、もう隠れる必要はなくなったため表に出て話が終わるのを待つことに。

しばらくして話が終わった二人がこちらにやってきて事情を話すことになった。

名はジュン。放浪者をやっていて、ゴマという相棒と共に旅をしていたが、昨日から行方不明となり、さらには荷物までもが無くなり、飲まず食わず寝ずでずっと探し続けていたとのことだ。

一通り事情を聞いたルインは早速切り込む。

「なるほど、それは大変だったね。もしよかったら僕らも手伝おうか?そのゴマって人探し。」

唐突な話にジュンはあわてて手を振った。

「い、いえ。お気持ちは嬉しいですけど大丈夫です。そんなご迷惑を・・・」

ルインはそんな遠慮する際に言う定型文をぶった切る。

「別に迷惑じゃないよ。僕こういうのやってるし。」

そういうとルインは、いつの間に拵えたのかわからない名刺をジュンに差し出す。

「ね?君みたいに困っている人を助けるのが僕の仕事だからさ。遠慮なんてしないでOKだよ。」

「で、でも料金が・・・」

「ああ、いいよ今回はタダでも。」

「え!?いやそんなこと・・・」

「気にしなくていいよ。僕は人助けが好きなんだから。ほら、よく聞くじゃん。『お金で買えない価値がある』ってやつさ。」

じりじりとルインに追い詰められていくジュン。それにしても何が「僕は人助けが好きなんだから」だ。白々しいにもほどがある。

レックはルインがジュンを追いかける前に言っていたことを暴露して助け船を出そうかと少し考えたがすぐにやめた。

一つは、そんなことをすればルインから何言われる&されるかわかったものではないから。

もう一つは・・・

「何が『僕は人助けが好きなんだから』よ。ジュンを追っかける前は面白そうだからとか言ってたくせに。」

自分が言わずとも代わりに口出すアコがいたから。

対するルインの反応はかなりわざとらしいくしゃみでかき消すという、なんとも爺むさいものだった。

「それで、お金とかは気にしなくていいから。よかったら手伝うよ。実際問題、君ひとりじゃ何かあった時に大変なんじゃない?」

そう言ってルインはジュンが身につけている鉄パイプを指差した。

「え!?ああ、いや、その・・・。俺所持金がほとんどないもので・・・」

「いや、放浪者である以上まともな武器の携帯は必須だよ?それこそ食料よりも優先順位が上になるくらいに。」

さっきまでルイン押されっぱなしだったので、余計な追い討ちはしないでおこうと思っていたレックだったが、元放浪者ということもあり、思わず口を挟んでしまった。

「・・・・・」

案の定ジュンは言葉に詰まり黙り込んでしまった。レックは自分の軽率な言葉で会話を途切れさせてしまったと顔をしかめる。

「・・・おそらく、戦闘行為その他荒事は、そのゴマという方が一任していた。違いますか?」

ツェリライがジュンの答えやすいようにYES or NOの二択で答えられる質問を出してくれた。

「そ、そうなんです。」

こういう時は素直にツェリライの頭の回転に感心する。今の質問はジュンが回答しやすいだけではなく、ルインが話を続けやすくなったからだ。

「でも今はその相棒はいないわけで。だからもしよかったら手伝うよ?ね?」

ルインもツェリライのように二択で答えられる質問を投げかける。だがその質問の仕方は、明らかに「YES」か「はい」の二択しか用意されていなかった。


因みに、ジュンが選んだのは「はい」だった。


改めてパートナーのゴマが行方不明になった際の状況を聞いてみる。

ジュンとゴマは一昨日、いつものように野宿をし眠りについた。そこまではこれまでと何一つ変わらない日常だった。

しかしジュンが目を覚ました時、隣で眠りに就いていたはずのゴマがいなかったのだ。

とくに荒らされた形跡などなく、ジュン自身も全く目を覚まさなかったため誰かと争ったわけではなさそうである。

すぐにジュンはあちこち探し回ったが見つからない。そうこうしているうちに日付が変わり、このキブまで流れついたという。

キブに限らず、このラトリアという国において町に入るためには関署で検問を受けなければならないが、それを忘れて危うく不法侵入しかけてしまうほどジュンは動揺していたという。


・・・さて

とどのつまりはゴマ失踪後の行先は全く持って皆目見当つかないということが分かってしまった。

とりあえず一行はゴマが行方不明になった現場を訪れた。

たどり着いたのは見晴らしのいい野原。近くにはキブではないもあるので野宿する場所としては悪くない。

5人は地面を這いずり回るように色々と調べてみたが、やはり何か手がかりは見つからなかった。

と、ツェリライが諦めたように提案を出した。

「仕方ありません。非常に手間がかかりますが、ゴマさんの足跡を探索して行方を探りましょう。」

「いやいやいや、そんなこと出来るんなら最初からやりゃいいじゃん!」

ツェリライの言葉に即座にツッコミが入ったが、ツェリライもすぐに返す。

「人の話はきちんと聞くべきです。僕は確かに非常に手間がかかるといいました。」

「手間がかかるって、具体的にはどのくらい?」

「距離によって大きく変わりますが、長くて一日以上は費やすことも視野に入れておくべきかと。」

「なんですと!?」

一日って、一日って!元々は自分の胸の中のもやもやがムシャクシャするから始めた人探しだったのに、かなり面倒くさそうなことになりそうである。

露骨に嫌そうな顔をするルインを放っておいて、ツェリライはゴマのことについていくつか尋ねる。

「知っている範囲でいいのでお答えください。ゴマさんの足のサイズ、またはゴマさんの体重はどのくらいでしょうか?」

普通に足跡を探索してもまず足跡自体が見つからない。

そこでツェリライは対象の足のサイズ(欲を言えば靴型も)と体重から対象の足跡を見つけ出し、それを辿っていくという何とも地味~な方法で探そうとしているのだ。

つまり最低条件として対象の情報が無ければ動きようがない。

そしてジュンの答えは、返ってこなかった。それも、知らないから答えられないというよりは、答えること自体を躊躇っているように見えた。

やはりルインの勘通り、ジュンは何かを隠しているようだ。

「あんたねえ、さっきから黙りこくってたって何も解決しないわよ。あんた、仲間助けたくないの?」

しびれを切らしたアコがルインより先に口をはさんだ。しかもその言葉のニュアンスから察するに、アコの中ではゴマは誘拐されたことになっているらしい。

「いいじゃない秘密の一つや二つ知られたって。あんたにとってその秘密と仲間とどっちが大切なのよ?」

アコがそう詰め寄るとジュンはいよいよ追いつめられてジリジリになっていた。

「ゴマは、何としても見つけたいです。」

「じゃあ躊躇うことなんてないじゃない。」

一つ一つ言葉を考えながら話をするジュンと、自分の思いのままに言いたいことをはっきり言うアコはきれいに対照的で、見ていて面白い。

「それが・・・」

「え?」

「それがゴマの身に危険が及ぶ秘密だったとしてもですか?」

この言葉に、アコは少しだけ考えたが、それでもやはりジュンに比べて早く返事を返した。

「ええ、あたしなら話すわ。だって今話さないとどうしようもないんだもん。」

先のことよりも今を優先させる。アコらしい答えである。

「とりあえず君の話したことが君たちにとって不利益をもたらすものであっても、それを使って君を強請ったりはしないよ。情報をどこかに売る趣味もないしね。だからその辺は安心していいよ。」

アコの説得とルインの言葉でジュンも決心がついたらしい。

一同はゴマについての情報を聞いた。すると、意外なことに揃いも揃って皆一様に困惑の表情を浮かべてしまった。

「それ、本当に本当のことを言ってる?」

ジュンはその言葉に真剣な顔をして大きく頷く。その顔はとても嘘をついているようには見えない。

「失礼ですが、そのゴマという方は何者なのでしょうか?」

こちらの質問にはジュンも困った顔をして首を左右に振った。

「それがわからないんです。ゴマ自身に聞いても自分のことはわからないと。」

まあ確かに、自分自身の生い立ちを知りつくしている者など、そうそういるものではないし、かくいうルインも、自分の過去の記憶がないのだから人のことを言えたものではない。

情報そのものは困惑するものだったが、これでゴマ捜索の道が一気に開けた。

ただ情報が聞けたからというだけではない。その情報があまりにも特異的であり、探索が容易だったからだ。

「あ、そうだ。ほかのみんなにも連絡とっておこっと。」

ルインが携帯を弄る間にも一行はどんどん足跡をたどっていく。この調子だと一日どころか一時間とかからなさそうだ。

そして、ついに足跡の行く先を探り当てた。

そこは、一言でいえば地面にぽっかりと空いた穴。

バス等大型の機械が入るには小さいが、人が入るには十分すぎる大きさのものであった。

イーセにとって洞窟はそこまでありふれたものではないが、だからといって珍しいものでもない。だから洞窟を発見したところで大した問題ではないのだが。

「この洞窟は、何者かの手によって作られた人工物のようですね。」

ツェリライが洞窟の壁を触りながら言う。なるほど確かにこの洞窟の壁は、明らかに自然物ではないもので補強されているように見える。

結構強めに叩いてみても、土一つこぼれないのだからなかなかの強度である。

洞窟からは特に何も聞こえないが、その奥から静かに唸るような「オォォォォ・・・」といった感じの効果音で表せそうな気配を醸し出している。中に何かが潜んでいるのかもしれない。

「さて、行こうか。」

ルインが洞窟の中へと踏み出す。しかし、まだ他の面子が到着していない。

そのことを指摘すると

「ああ、なんか今回は分派行動をしたほうがいいと思うんだ。きっと、おそらく、めいびー。」

と、なんとも適当な返事が返ってきた。はっきりいってついて行くのは非常に不安である。

こいつ、絶対待つのが面倒くさいから適当なこと言っているだけだよな。このまま素直にしたがったらロクなことが起こらない気がする。

そこでアコは閃いた。分派行動の人数分けを言わなかったということは一対八と分かれても問題ないということである。

ここは一つルインに生贄、もとい先行隊(一人でも隊と言えるのかは謎だが)として送り出してしまおう。我ながらナイスなアイデアである。

「ふふふ、おぬしも悪よのぉ。」「いえいえ、貴方様こそ。」というお決まりのやり取りを脳内再生しながらそのことを残りの四人に伝えようとした時だった。

突然激しい崩落音とともにルインが立っていた地面が崩れ落ちた。

それもアコたちが立っていた場所まで含めて。

「うそぉおおおおおおおおお!!?」

空を飛ぶ術など持っているはずもない5人は、そのまま重力にひっぱられ真っ逆さまに暗闇の中へと落ちて行った。


「どういうことだよおい。誰もいねぇじゃねえか?」

ルインの連絡を受け取って伝えられた場所にやってきたグロウは、そこで待っているはずのルインたちがいないことに戸惑う。

携帯をかけてみたが、うんともすんとも返ってこない。通信気も使ってみたがこちらもつながらない。

一応辺りを少し探してみたが、探しても見つかるのはぽっかりと空いた洞窟の入り口だけ。他には「何も変わったところはなかった。」

ここで連絡が来るのを待つか?

そんなまさか。我が辞書に待つという文字はない。

かくして一歩踏み出したグロウは、崩れ落ちる地面と共に闇の中に消えるという、ルイン達と全く同じルートをたどることとなった。


さらにそこから数刻後、残りの面子であるハルカ、カウル、フォートが現場に到着した。

そしてしばらく待っても誰も来ず、携帯も通信機もつながらないため、自分たちも中に入るというところまでは同じルートを辿っていた。

しかし、三人が足を踏み入れようとした時、ハルカが制止させた。

「待ってください!何かここ、空気の流れがおかしいです。」

そう言ってハルカは慎重に辺りを調べ始めた。

そして空気の流れがおかしい理由は、地面からわずかだが風が昇ってきているからということが判明した。

普通、地面から風が立ち上ってくるなど起こらない。起こらないはずのことが起こっているということは、それが起きるだけの理由があるからだ。

「下がっていろ。」

と、徐にフォートが懐を探り、手榴弾を取り出した。

そしてピンを抜き、ハルカが怪しいとにらんだ地面に放り投げた。

ボンッという軽い音とともに手榴弾が爆発する。思ったよりも爆発が小さかったのは中の火薬を少なめにしてあったからか。

だが、そんなことは二人とも全く気にならなかった。

なぜなら、その小さな爆発によって生み出された穴が、誰がどう見ても爆発の規模に見合わないほど大きかったからだ。

「なんだこれは!?」

「落とし穴、でしょうか?」

「そのようだな。恐らく他の者達からの連絡が途絶している理由もこれだろう。」

確かに、この穴は相当深そうだ。試しにハルカが穴に石を投げ入れ、音を感じてみると、ハルカが感知できるぎりぎりの距離まで石は落ちたようである。

三人は穴の淵を渡り、落ちることなく洞窟の中へと踏み出した。


さて、こちらは大人しくハルカの到着を待っていれば避けられたはずの事態を招いたルインを含む五人である。

「う~~ぅ・・・」

地面に落下し、しばしの間気絶していたルインが目を覚ます。顔をあげ、あたりを見回すとすべてが闇で目を瞑っているのかどうかも分からなくなるくらいだ。

不意に、あの悪夢のことが脳裏をよぎる。それを大きく頭を振って振りはらい、仲間の無事を確認する。

名前を呼び掛けると、ツェリライとアコは返事が返ってきた。

しかしレックとジュンの返事が返ってこない。

「レック~?ジュン~?どこ~?」

アコが火をつけて明かりを灯す。まずは足元から・・・!!?

「きゃああああああ!?」

アコの悲鳴がこだまする。洞窟内だけあって声が響き渡り、ぐわーんと銅鑼を鳴らした後の余韻のような音まで鳴り響いた。

反射的に耳をふさいだ二人がアコに駆け寄ると、アコは震える手で自分の足元を指差した。

そこにあったのは、首から先がなくなり、力なく投げ出されたレックの体があった。そしてアコはそれを自分の足で踏んでいた。

結局のところはすぐに救出されたので問題はなかったわけだが。

「死ぬかと思った。」

首から上が地面の中に埋まっていた状態から救出され、今まで聞いたことがないほどか細い声で率直な一言を言ったレックであった。

しかし、ほのぼの(?)としていられるのもここまでだった。

よっこらせと体を起こしたレックが少し離れた場所で倒れているのを発見したからだ。

三人はすぐさま駆け寄り、アコは孔を使い傷の治癒を、ツェリライはジュンの容体を調べる。

「これはひどい。すぐに治療しなければ・・・」

ジュンの様態を調べたツェリライは驚く。ジュンの体は複数骨折しており、全身ぼろぼろだったのだ。

思ったよりもジュンの怪我が深刻なことに一同は驚きを隠せずにいた。

「ただ地下に落下しただけでそれだけの怪我をしたってこと?」

もしかすると落下している途中で何者かによる攻撃を受けた?

しかし、ツェリライがくまなく様態を調べてみても、人為的に傷つけられた傷は見当たらなかった。

とりあえず原因解明は後だ。今は一刻も早く戻って病院へ連れて行かなければ。

「・・・俺は、大丈夫なので、早く、ゴマ、の、所に、行きましょう・・・。」

と、息も絶え絶えにジュンが言葉を絞り出す。

「何言ってんの。この怪我じゃ歩くこともままならないでしょうが。」

アコがそういさめるもジュンは苦しい声のまま一歩も引こうとしない。

段々行く・行かないの押し問答になってきたところでルインが割って入った。

「いい?ジュン。この洞窟のどこかに君が探しているゴマはいる。ツェリライが足跡追ったんだから間違いないと思う。」

「そうです。だから・・・」

ルインはジュンに喋らせないまま話を続ける。

「でもそれっておかしくない?もし君やアコちゃんが懸念しているみたいに、誘拐されたんだとしたら、足跡なんて残るはずないよね?」

「!!」

確かにそうである。足跡を辿ってここまで来たということは、ゴマは足跡を残してきた。そして近くに他の足跡は見当たらなかった。つまり「自分の足でここまで来ていた」ということになる。

念のためジュンにゴマがこういう場所に来る理由を尋ねてみたが、案の定知らないとのことだった。

「ゴマがどうしてこんなところに自分から来たのかはわからない。でも自分から来ている以上は自分からここに来るだけの理由があったってことになるよね?」

「・・・・ゴマはどうしてそんな。」

「そこは考えてもわからないから仕方がない。重要なのは、今ゴマに危険が及んでいるかどうか。

  わざわざ自分にとって危険そうだと思う場所に自分から行くかな?」

「それは・・・」

ここはゴマにとっては危険な場所ではない。つまり、こここそが自分たちが探していた場所・・・?

「行きます。」

「え?」

「俺はこのまま進みます。進んでゴマを迎えに行きます。」

ジュンを思いとどまらせるために行ったはずの提案が、さらにジュンを行く気にさせてしまったようだ。

予想外の返答にルインもさすがに言葉が返せなかった。

「・・・今言ったように、ゴマは危険な状態じゃない可能性が高い。むしろ、自分の方が助けられないといけない状況だと分かってる?」

声を静かに昂ぶらせるジュンに冷や水を浴びせるようにルインは言う。しかし、ジュンの心に灯った炎はそれでは消えるそぶりすら見せなかった。

「行きます。俺たちはこれまでも危険な目にあってきました。それを二人で乗り越えてきたんです。だから今度も絶対に乗り越えて見せます。」

声が震えているのは痛さのせいではなく、気が高揚しているからだろう。初めは途切れがちだった言葉も、いつの間にかよどみなく口から出ている。

「このままダメって言っても折れてない部分使ってはいずりながら進みそうな勢いだね。じゃあ仕方ない。結構な苦行になるだろうけど、前に進むよ。いいね?」

「はい!お願いします!」

ジュンは油汗でびっしょりの顔で飛び切り嬉しそうな顔を浮かべた。

「ま、とりあえずは歩けるくらいには回復しとかないとね。」


というわけで十数分後、派手に動き回るのは無理だが、普通に移動するには問題ない程度には回復した。

ルインはそれをみてそのまま全回復させればいいんじゃないかと暢気に構えていたが、ツェリライ曰くあまり極端な治癒回復はしないほうがいいそうだ。

これ以上余計な被害を生み出さないためにも一行はゆっくりと、しかし確実に一歩一歩歩みを進めていった。

しかし、足跡を追っていた先程までとは違っていて、ゴマがどこにいるのか皆目見当がつかない。とりあえず進んでいる先にゴマがいることを信じるしかなかった。

せめて、何のトラブルも起こらず何かしらの手掛かりが手に入ればうれしいのだが・・・

だがなんと無常なるかな、現実はそうもいかないものである。

明かりを灯したレックを先頭に、ジュン、アコ、ツェリライ、ルインと続いていた。

暗闇の中進む一行。こういう時は大体殿を務めているものが突然姿を消すのがパターンである。

しかし違った。突然「うきゃっ!?」と小さな悲鳴と同時に、ツェリライの前を歩いていたアコの姿が忽然と消えたのだ。

それから残りの四人は、消えたアコを必死に探した。

しかし、必死の捜索実らず、その後アコの姿を見たものはだれもいなかった・・・



なんてことはなく、すぐに助けを呼ぶ声が聞こえたため探す間もなく見つかったのだが。

声を頼りに近づいてみると、アコの体はなにやら固い樹脂のようなものに覆われて壁にへばりついていた。感触からしてこの洞窟の壁に使われているものと同じもののようだ。

「どう?アコちゃん。動けない?」

分かりきった質問をしてみると

「指一本動かせないわよ!いいから早く助けなさい!」

と案の定わかりきった答えが返ってきた。

自分でもなんとか脱出しようとしているのか、先ほどからうんうん唸って力んでいるが、全くの無駄な抵抗のようである。

息を止めて思い切り力を込めているせいか、頬が上気してはぁはぁと息づいている。その様子はどことなく艶めかしさが・・・いや何でもない。

とりあえずこのまま眺め・・・失礼、早く救出してあげた方がいいだろう。

しかし、アコの救出は地味に難題である。

この樹脂のようなものはかなり固い。固いだけではなく靱性にも優れているため頑丈なのである。

ルインが本気で刀を振るえば切れないこともないが、そんなことしたら間違いなくアコごと斬ってしまう。樹脂だけ器用に切るなどという芸当はできないから仕方がない。

何より・・・

「全員散開!」

ルインの鋭い一言でアコを除いた4人が一斉に散らばる。その四人がさっきまでいたところに例の樹脂が命中した。

「やれやれ、やっとアコちゃんに不埒な真似をさせている輩のお出まし・・・!?」

人の言葉を止めることはよくあるルインだが、自分から口を噤むことはほとんどない。そのほとんどない状態になってしまったのはルイン曰くアコに不埒な真似をさせた下手人が、想像だにしないものだったからだ。

その姿は、今までかつて誰一人として見たものはいないだろうが、その姿を説明するのは至極簡単だった。

ルイン達の目の前に現れたもの、それは、体長3mにもなろうかという巨大なカタツムリであった。


「だぁーーー!ちくしょううざってぇ!!俺はてめぇみたいなやつが一等嫌いなんだよ!!!」

所変わってこちらはグロウ。あの時ルイン達と同じように落とし穴にはまったグロウは、ルイン達とは違う場所に落ちていた。

そしてロクな明かりもないまま手当たり次第に進んでいくと背後からまばゆい光に照らされ、誰か来たのかと振り返った先にいたのは、光輝く針で覆われた、巨大というには若干誤りがあるがそれでも十分に大きいと思えるハリネズミだった。

普通ハリネズミと言えば身に危険を感じた時に体を丸める。そして基本的に自分から何かを攻撃することはない動物である。

だがこいつは自分から近づいてきてバリバリ攻撃を仕掛けてくる。しかもその方法が丸まって体当たりとかではなく、体中の針をガトリン銃のように乱射してくるのだ。

おまけにこの針は帯電しているため、文字通りバリバリ攻撃を仕掛けてくるのだ。

パワーに自信はあれど、スピードに関しては全くと言っていいほど自信のないグロウにとってこの手の相手は非常に苦手とする。

近づこうにも相手の猛攻に押されてしまうし、攻撃の合間を狙おうにも体の針が無くなったらすぐに後ろに飛びずさって体から針を生やすのだ。攻撃する暇がない。

明かりなど一つもない洞窟で、電流をまとった針がグロウに向けて乱射されているその様は、まるでハリネズミがグロウへ向けてビームを打ち付けているかのようだ。

しかし、それであれば普通この場合の絵面は敵役ハリネズミが、主人公ないしそれに類するグロウを追い込みビームでなぶり殺しする、というものになるはずである。

しかし、実際はそう言った感想は全く抱けない。

どちらかというと、主人公ハリネズミ敵役グロウに向けて必殺技を放っているにもかかわらず、その効果はいまひとつで苦戦しているように見える。

そう、グロウはすでに百を越えようかという針山地獄を受けながらも、体のあちこちから焦げ臭い匂いを立ち上らせるだけで、まるで倒れるそぶりを見せないのだ。

とはいえ、こちらから攻撃を仕掛けられない以上、ジリ貧ではある。だが、その程度のことであっけなく敗北を喫するようなグロウではない。

「地割!」

グロウが地面に突きたてたハンマーから亀裂がまっすぐ電気ハリネズミに伸びる。

とはいえ見て避けられるスピードなのであっさりかわされる。

だがグロウは懲りずに何度も地割を繰り返し続けた。

電気ハリネズミはそれをすべて跳んで回避する。

ここだけを見ればグロウの悪あがきに見えるだろう。しかし実際は違った。

電気ハリネズミが着地した瞬間、その地面が崩れ落ちたのだ。自分の体を支える地面がなくなればその体は重力に引かれて落ちるのみ。

なすすべもなく電気ハリネズミは暗闇の中へと消えていった。

「へっ、ざまぁ味噌漬けだ。てめぇみたいなコスイやりかた相手なんざ慣れてんだよ。」

グロウは自分の体の堅さと力に頼り切るだけの脳筋ではない。

相手によってしっかりと闘い方を考えるしたたかさを持っているのだ。

しかしそのしたたかさは、ここが洞窟で己が立っている場所もまた崩れ落ちやすくなっていることまでは気づかなかった。

というわけでグロウ、本日二度目の落下オチである。


再びところ変わって今度はフォート・カウル・ハルカの落とし穴に引っかからなかった三人グループ。

持っていたライトを手にカウルを先頭に三人は進んでいた。

進むべき方向はわからなかったが、よく観察すると分かれ道にたどり着くたびに下り坂になっている道がある。

他が穴に落ちたことを考えると自分たちも下に向かうのがいいというわけで、ほかに落とし穴が無いかハルカが警戒しつつ着実に進んでいた。

「待ってください・・・!」

洞窟の落とし穴に最初に気付いたハルカが、再び二人にストップをかけた。

「なんだ?また落とし穴か?」

カウルがそう聞くもハルカは首を横に振る。その表情は、いまだ緊張したままだ。

「地面の下から、何かが・・・来ます!」

ハルカが背中に背負っている「桜鼓」を構える。続いてフォートも銃を構えた。

「そのようだな。下から何かが迫ってきている。」

そう言われた数秒後にカウルも気がついた。何かがこちらへ向かって下からものすごい勢いで迫ってくる音が聞こえる。

「くるぞ!」

そして地面から噴出するように姿を現したのは、額にはすらりと鋭く伸びた一本角と、そのたてがみを炎のように優雅にたなびかせた大きな馬だった。

その姿の神々しさは、まるで神が遣わす神獣であるといっても誰も疑わないほどだ。

その大きな馬は神獣であるかのような高く響いた声で一鳴きすると、神獣の気品さなどまるで感じさせないほど猛り狂いながらこちらに突進してきた。

まあ、神獣であるかのようというのはこちらが勝手に抱いたイメージなのだから、それを押し付けるのはエゴというものか。

などとのんきに、どうでもいいことを考えている暇はない。

あの突進のスピードと迫力は、食らったらただでは済まないということを如実に示している。

あわてて回避する三人。スピードこそ速いが動きは直線的なため、回避自体はそう難しくはない。

だが、その馬が走り去った跡は、まるで某車型タイムマシンがタイムスリップした直後のように、地面に対して炎の帯がまっすぐ立ち登っていた。

そういえば先程からやたらと熱を感じていたが、あの炎のように揺らめくたてがみ、まさか本当の炎!?

ますますあの馬に当たってはならない理由が増えてしまった。いや、それだけではない。

あんな危なっかしいもの相手に、いったいどうやって攻撃を加えろと?

カウルが突進後の隙にとびかかり拳を叩き込もうとするが、至近距離に近づくだけで猛烈な熱風が体に噴きかかってしまい、とてもじゃないが攻撃できたものではない。

フォートが発砲し、ハルカがクナイを投げる。しかし、ダメージが入った様子はない。いや、というよりは、あたる直前で熱によって溶かされている?

改めてこいつをどう退けるかが分からなくなってしまった。

三人が攻めあぐねていると、馬が前足を高く上げ、天高く上を向いた。

また突進が来ると身構えた三人だったが、繰り出してきた攻撃は違うものだった。

ズシンと高く上げた体を地面につけると同時に、ごうと唸る火球を吐き出してきたのだ。しかも連続で。

近づくだけで火傷しそうになるほど熱い炎が、弾幕と化し襲い掛かってくる。

「うわうわうわうわうわ!勘弁してくれ!」

吐きだされる火球を縦横無尽に飛び回りながらよけるカウル。

一応射撃技はあるにはあるが若干溜めを必要とするため、うかつに撃とうとするとまるこげにされてしまう恐れがある。

遠近共にダメなカウルがとる行動は、あえて大げさなアクションで飛び回り、敵の錯乱をすること。ぱっと見無駄な動きに見えるが、きちんと考えての行動だ。

しかし、いくら相手の注意をそらせても、こちらに決定打が無ければ意味がない。見るからに炎属性である相手に対して有効なのは水もしくは氷だが、八人のうちそれが使えるのはアコのみ。

だが、そのアコは今この場にはいない。加えて言うなら行動不能なうといった状態なのでやはり頼れない。

今この場にいない戦力を当てにしていても仕方がない。今この場にいる三人の中で一番効果が見られるのは、風を操ることができるハルカである。

水ほどではないが風は炎に対してやや有効のようだ。実際、ハルカの起こした風で炎馬はダメージを受けたようなそぶりを見せた。

だが、相手も自分の弱点を突く相手をみすみす見逃すような間抜けではない。陽動を行っているカウルを無視して、ハルカを重点的に狙うようになった。

「やっぱそうくるか・・・!」

カウル・フォートの攻撃は無効、ハルカの攻撃もダメージはあっても決定打にはならない。

となればやむをえまい。

「撤退!奥に逃げるぞ!」

カウルの一声で三人は一度一斉に散り、各自バラバラに動きながら、しかし同じ方向に逃げ始めた。


場面は戻って再びルイングループ。こちらはこちらで苦戦していた。

まず見た目がえぐい。体長3mを越すカタツムリなど、よほどの物好きでもない限り見たくない。ナメクジ系の生き物が苦手という人にとっては一発で気絶させられそうである。

そしてこいつ、打撃・斬撃攻撃が完全無効なのである。

そして今闘っている面子でそれ以外の攻撃ができるのはレックのみ。しかし、炎属性の攻撃の効果はいまいちのようだ。

色々試してみれば何かしら弱点がつかめそうなものだが、その色々な攻撃ができる唯一のアコが絶賛行動不能中なのだ。

そしてこちらは逃げようにもその動けないアコと怪我をしているジュンがいるためそれもできない。

敵のインパクトに圧倒されて、なんだかその場のノリがギャグのようになっているが、よくよく考えてみると結構ピンチである。

とりあえず試せるだけ試してみよう。

「レック!アイツの隙を何とか作って!」

ルインの無理難題の直球攻撃。

「はい!?こっちの攻撃が効かないのにどうやってやるのさ!?」

「知らん!なんとかして!一瞬でいいから!」

レックの反論が通じないのは百も承知。このあたりになるとレックも反論している段階で諦めの境地に入っている。

「あぁもう!焔連弾(フレイバルカン)!」

完全にやけくそで炎弾を乱射する。わかりきったことではあるが効果はいまいち、というか効いていない。

だがカタツムリの関心を、先程までちくちく攻撃を繰り返していたルインからレックに変えることは出来たようだ。

すぐさまレックは脱兎のごとく逃げる。そのすぐ後ろを粘液玉が追従する。

これでどうやらルインの要求した隙を作ることができたようだ。

ルインは居合いの構えを取り、深く腰を落とす。あれは破断閃のかまえか。

いや、破断閃にしては腰を深く落とし過ぎている。呼吸のためも大きい。

「剛・破断閃!!」

気合一閃。破断閃よりも溜めが大きい分、威力が増した鋭く深い一撃がカタツムリの頭に直撃する。

だが効果はイマイチのようだ。現実は非情である。

「だろうと思ったよこん畜生!」

せっかくの新技がかませ犬と同格になってしまった悲しみと、にっちもさっちもいかなくなった現状に対する苛立ちが入り混じって大声でぼやく。

と、その時だった。突然頭上から大きな音が響いたかと思うと、大小入り混じった瓦礫の雨と、グロウと、なんか黄色く光り輝く物体が降ってきた。

降ってきた瓦礫の雨はカタツムリにもルインたちにも平等に降ってきたが、グロウと光り輝く物体はカタツムリのど真ん中に命中した。

そして命中したその瞬間、激しい音とともに線香花火のような火花はじけ飛ぶ爆発が起こった。

そして絶叫、は口が無いので上がらなかったが、口がついていればおそらく上がっていたであろう絶叫を上げつつ、身悶えるように体を激しく揺らしながらやがて動かなくなった。

「・・・・・」

あまりに唐突で時間にして5秒程度で終わってしまったため、その場にいる全員、状況が理解できずに立ちすくむしかなかった。

「だーっちくしょう。ひどい目にあったぜ。」

動かなくなったカタツムリから野太い声が聞こえ、やがて一つの影が姿を現した。

どずんと音を立て地面に着地した影の正体はグロウだった。

「どしたのグロウ?あんな所から落ちて・・・ どしたのその体!?」

ルインの質問が途中で変わったのは、レックがつけた明かりによって照らし出されたグロウの姿が、真っ黒焦げだったからである。心なしか、焦げ臭いに酔いも漂わせている。

まっくろくろすけなグロウは、一言も発さずに自分がさっきまでいた場所を指さした。

一同がその場所を見ると、真っ黒に焼け焦げたカタツムリの体と、バチバチと痛そうな音を立てながらピクリとも動かないナマモノが転がっていた。

「・・・どういうこと?」

残念ながら今の状況だけではこれまでの経緯は伝わらなかったようだ。グロウは、面倒くさいが手短に話すことにした。



「なるほど、電気ハリネズミねぇ・・・この洞窟は不可思議生物の魔窟かなんかなの?」

先ほどまではその不可思議生物の相手をするのにてんやわんやしていたため考える暇はなかったが、改めて考えると不思議すぎる話である。

この生物たちは一体何なのだろう。ツェリライもこのような生物は知らないとのこと。ツェリライは自身の知識と知能に誇りを持っているだけあってそのレベルは高い。そのツェリライが知らないということは本当に正体不明生物である。

まあその疑問は後で考えることにしよう。とりあえずは・・・

「アコちゃんどうしようか?」

忘れかけていたが、アコはまだ壁にへばりついたままだ。

あのカタツムリは全身を例の粘液で覆っていたため、ルイン達の攻撃が効かなかった。

しかし、電撃を食らってやられたということは、あの粘液は電気には弱いということだ。

8人の中で電気が扱えるのはこの場にいないカウルと動けないアコのみ。

「一応聞いとくけど、アコちゃんそれにピンポイントで雷とか落として自力で脱出できない?」

「できるわけないでしょ。」

まあ当然か。

となると、カウルと合流するのを待つしかない。が、そのカウルがどこにいるかがわからない。中に入る前に連絡はしたから、ここにきてはいると思うのだが・・・。

とりあえずQBUによる探索とツェリライ特製通信機が再び通じるようになるまで、安静にすることにした。



「む、9時の方向に生体反応発見です。僕の通信機の電波も同時に受信したため、カウルさんたちで間違いないでしょう。」

しばらくの時間が経過した後、ツェリライからの吉報が届いた。

が、同時に厄介事の知らせも届いた。

「背後から巨大な熱量を感知。これまでの流れから察するに、カウルさんたちも何『物』かに襲われているとみていいでしょう。」

一難去ってまた一難。新手のお出ましである。

「とりあえずカウルさん達をこちらに誘導します。ルインとレックさんは迎撃準備を。」

「わかった。」

「あいあいさ~。」

二人は襲撃に備えるため構える。敵が出てきたその無防備な一瞬で技をたたきこみ倒す。それが一番の理想である。

やがて、複数の人がこちらに向かって走ってくる音と、明らかに人よりもはるかに重い何かが地震のように洞窟内を揺らしながらもう突進してくる音が聞こえてきた。

「距離100m・・・    50  20 10 5,4,3,2,1 今です!」

ツェリライのカウントと同時にカウルたちが音の先の暗がりから飛び出してきた。同時にその後ろからでっかい馬が躍り出た。

「剛・破断閃!!」

紅蓮鉤爪(レッドニードル)!!」

開幕一番の強襲。二人が放った技は、しっかりと馬の体に命中した。

「こいつもおまけだ!電球!!」

合掌するように両手を激しくぶつけあわせ、一気に孔を込め作り上げた電撃の弾をぶつける。フォートも振り向きざま発砲した。

一斉攻撃を食らった馬は、激しく嘶きながらそびえ立つように前足を上げ、そして倒れた。

「やったか!?」

その台詞はフラグというものである。

案の定一切時を待つことなく、馬は元気よく立ちあがり突進してきた。

「ああそうですか一見シンプルだけど地味に猛練習した僕の新技は出落ち要因の咬ませ技ですかどちくしょう!」

何やら大声で嘆き悲しんでいるが知ったことではない。カウルはこの状況を打開するための切り札を探す。

「アコはどこだ!?アイツの氷技ならあれをどうにかできるだろ!」

カウルの叫びに答えたレックが指をさす。その方向には未だ壁にへばりついたままのアコの姿があった。

「・・・なんであんなことになってんだ?」

「さっきまで闘っていたヤツが粘着力の高い弾を撃ちだしてくるヤツでね。」

「助け出す方法は?」

「多分電気に弱かったから、カウルならどうにか・・・うぉあ!?」

会話していたら不意打ちを食らった。聞きたい情報は聞けたので善は急げとばかりに行動に移す。

カウルは右手に電撃を纏わせると、一直線にアコに向かって突っ込んでいった。

「っえ゛!?いやちょまっ っうぇ!?」

いきなりこちらに向かって仲間が攻撃を仕掛けようとしてきたらそりゃだれだって慌てるだろうが、も少しかわいらしい声で慌ててほしいものである。


思わず目を瞑ったアコが恐る恐る目を開くと、ようやくあの粘液から解放された自分の体をしっかり抱きとめているカウルの姿があった。

「あ、ありが・・・」

本当は「とう」まで言いたかったのだが

「アコ!アイツに何でもいいから氷技ぶつけてくれ!」

「・・・・・」

一瞬だけ、一瞬だけ囚われていた自分を助けてくれたという乙女チックかつロマンチックな感慨に浸っていたがはじけて消えた。

「・・・展開(アスバム)

不機嫌でも(不必要な)呪文を言うのは忘れない。

結局、アコが放った氷の矢の雨を降り注がれただけで、炎の馬はあっさり倒された。

「いや、助かった。ありがとうな。」

やっと一息つけてほっとしながらアコにお礼を言ったら

「はいはいどういたしまして。」

心なしか冷たい反応が返ってきた。何か悪い事でもしただろうか?


何がともあれ、これで全員が集結して敵も倒された。

ジュンはすぐにでも探索再開したいと願い出たが、今動き回ったせいで傷が開いてしまったことと、襲ってきたとはいえ、元々ここに住んでいたものを斃してしまったことに責任を感じたハルカが、きちんと弔ってあげたいという意思を尊重し、また少し休息を取ることにした。


30分ほど後、ジュンの体も軽く動き回れるくらいには回復した。

「おーい、ハルカちゃん。そろそろ行くよー。」

ルインが先ほど自分たちが斃した謎生物たちに両手を合わせているハルカに声をかける。驚いたことにこの休憩時間の間、ハルカはずっと両手を合わせ祈り続けていたのだ。

罪なきものを斃してしまった後悔はわかるが、ここまでとなるとやはり凄いものである。ルインはハルカと初めて出会った時の堂に入った構えとは裏腹に、怯えるような表情を浮かべていたことを思い出す。

その優しさが長所となるのか短所となるのかは、ルインにはわからないが、でもその精神は少しうらやましくもあった。

戦っているときにの自分には自分でも驚くほど慈悲が無い。決着がつけば気が落ち着くが、それまでは相手が誰であろうと問答無用で戦闘を愉しんでいるように思える。

フォートと戦った時がいい例だ。戦いは好んでしないと言いつつも、結局は自分もバーサーカーなのかもしれない。

まあ十人十色千差万別、蓼食う虫も好き好き。常軌を逸しなければ戦いを好むのも悪くないだろうと考えることにする。


一行は慎重に足取りを進める。いつどこから何の襲撃を受けるか分かったものではない。石橋は叩きすぎて損はないだろう。

が、結局それは徒労に終わり、一行は特に何も出会うことなく吹き抜けのホールのような行き止まりに突き当たった。

「何か来る。」

「何か来ます。」

フォートとハルカの声が重なり、その言葉を追うようにレックが火をともした棍であたりを探る。

そして見つけたのは小さな影。とてとてとこちらに歩いてきた。

「あらかわいぃ~。」

その姿が見えると同時にアコが語尾にハートマークを付けた猫なで声を発する。見るとハルカもアコほどはっきりと表れてはいないが、明らかに表情が和んでいる。

まあ実際かわいいから仕方がない。身長50センチくらいの黒いクマのぬいぐるみが二本足で立っていたら誰だってかわいいと思うだろう。

「うんかわいい。確かにかわいいね~。けど」

ルインはふらふらとクマ吸い寄せられていくアコの襟首をつかんで引き戻す。

アコが発したカエルが喉を絞められた時にこぼしそうな声と、ルインの頭にたんこぶがこさえられたところで、アコがルインに怒る。

「何すんのよ。」

「何すんのよじゃないでしょうが。これまでの流れからしてあのちっこいクマも何らかの能力もって襲い掛かってくると思わないの?」

「思わない。」

まさかの即答。

「・・・なぜに?」

その問いに、アコは親指を立てつつ100点満点の解答をよこした。

「かわいいは正義!!」

「どやかましいわ。」


「  オナカスイタ・・・」

アコとルインが漫才を繰り広げていた時、かすかにつぶやく声が聞こえた。

聞き間違いかと思い、少し黙って耳を澄ましてみる。

「オナカスイタ」

いや、聞き間違いではない。はっきりと聞こえた。今このクマが確かにオナカスイタと呟いた。

て、ちょっと待て。喋った・・・だと?

「え?おなかすいたの?ちょっと待って。」

このクマが喋ったことにも何の違和感も覚えないまま、アコがポーチの中身を漁る。

「はいこれ。どーぞ。」

差し出したのはお昼のおやつ用のクッキー。掌に乗せて差し出そうとしたところをルインが、今度は言葉で制止する。

「あい待ったアコちゃん。」

「なによぅ。エサあげちゃダメっていうの?」

アコが頬を膨らませる。

「いや、あげるのは構わないけど、手であげるんじゃなくて、そこに置いてからあげて。」

珍しくまじめな口調で頼むルインに、アコは素直に従った。

クッキーをクマから少し離した地面に置いて、二人はそばから離れて様子を見る。

クマはじっとクッキーを見つめていた。

気のせいだろうか。一瞬クッキーを挟んで向こう側にいるクマの姿が揺らめいて見えた気がする。

「!??」

何が起こったのかがよくわからない。そこに置いてあったはずのクッキーが忽然と消えたのだ。

催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなものでは断じてない。

もしそうであるなら、フォートの眼が決してその瞬間を逃すはずがないのだから。

流石にこれは不気味である。このクマは、何か得体のしれない力がある。

「オナカスイタ。モットチョウダイ。」

再びクマとの間に揺らぎが見えた。

「全員後ろにッ!!」

洞窟内に響く鋭い声。その声にはじかれるように全員後ろに下がった。

「きゃ!?」

ハルカの悲鳴。見るとハルカの肩にクマがしがみついている。

「いつの間に!?」

ハルカはすぐさま振りほどこうとする。しかしそれができない。このクマ、見た目に反して掴む力が異常なまでに強い。振りほどけないどころか、その力で肩の骨が折れそうになるほどだ。

フォートがいち早く発砲する。銃弾を受けたクマは、本物のクマのぬいぐるみが投げ飛ばされたかと思うほど、あっけなく飛ばされていった。

ぽてりと落ちたその体。立ち上がるというには完全に重力を無視した、まるで頭から糸で引っ張られるかのように起き上がり、ゆらりとこっちを向いた。

思わず一歩後ずさる。だが・・・

足から上は一切微動だにしないまま、足だけを高速で動かしこちらに一直線に向かってきた。光源を用意しなければ真っ暗な洞窟。そこにかわいい顔をして無表情のまま突っ込んでくる小さいクマ。もはやホラーである。

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

流石に悲鳴が上がる。その悲鳴を突っ切って、拳に電撃を纏わせたカウルが突撃する。

互いが一直線に突っ込む二つの影。だが、片方の影は二つが一つに交わる前に消えた。

しかし、消えた影の行先を知り、それに対応できるスピードがある以上、何ら問題はない。

「そこだッ!螢光討!!」

後ろを振り返りざまの一撃。まともに食らったクマは、再び大きく向こう側へと吹っ飛ばされた。

それを見ていたルイン達から歓声があがったが、カウルはその違和感に困惑していた。

今、確かに拳を叩き込んだはず。なのに、この感触は・・・

ぽてりと落ちたその体。立ち上がるというには完全に重力を無視した、まるで頭から糸で引っ張られるかのように起き上がり、ゆらりとこっちを向いた。

デジャヴ。先ほどと寸分違わぬ映像。違ったのはそれを見たルイン達の冷や汗である。

フォートの銃弾に続き、カウルの拳の一撃にも全くの無傷?そんなばかな。

攻撃を受けた際のクマに防御している様子はない。だが、何らかの方法で攻撃を防いでいると考えるしかない。

炎精(アグニ) エクスプロージオ!」

アコがクマのゼロ距離で爆発を起こす。爆炎に飲み込まれたクマは、しかし全く意に返さずそのままの姿で立っていた。

「うっそでしょ!?」

クマがアコの方を見る。

「・・・げっ」と口に出すよりも早くクマが突進してきた。

一定の距離まで近づいてきた瞬間、また姿が消えた。

だが、さすがに三度目となるともう慌てない。アコの後ろにその姿が現れた瞬間、ルインが一太刀の元に斬り伏せた。

が、やはり相手は無傷のまま平然と起き上がってきた。追撃しようにも、相手の得体が知れない以上、下手に突っ込むのは危険である。

ただ相手の行動パターンは完全にワンパターンであるため、対処は楽である。

最も、いくら対処できたとしても、倒せなければ意味が無いのだが・・・。

対処法が見つからないまま、同じ光景が何回か繰り返される。そろそろ打開策を編み出さねばならないと思った矢先、吹っ飛ばされたクマがピクリとも動かなくなった。

もしかするとハッタリかもしれない。が、先程まで全く同じ行動を繰り返していたクマがそんな策を講じてくるかと言えば微妙だが。

しばらく様子を見たが、やはり動かなかった。と、ここでジュンが思いついた。

「もしかして、お腹が空き過ぎて動けなくなったとか・・・?」

「・・・あぁ。」

大いにあり得る。そもそも最初の一言がオナカスイタだったのだ。戦い慣れている者たちからすればアホらしいが、相手が相手なだけに十分考えられる。というか、もうそれしか考えられない。

「それで、これからどうすればいいんだろう?」

言われて気が付いた。ここは行き止まり、先ほどまでのように行き当たりばったりに進めばいいというわけにはいかない。

「おそらく、ここが目的地のようです。」

自分の周囲を探索して、ゴマの足跡を発見したツェリライが声を上げる。こういう時には本当便利な奴である。

しかし、無事行き先が分かったのはいいが、どうすればいいかまではわからない。

「ゴマの足跡はどこまで続いていますか?」

レックの後ろについていたジュンが尋ねる。

ツェリライは、一瞬何か言いたそうな表情をしたが思い直し、足跡を辿る。足跡はどん詰まりの空間をまっすぐ進んでいる。そしてあるところまで進んだ後、足跡はぱったりとなくなっていた。

そしてその無くなった先にあったものは・・・

「ゴマさんの足跡が途絶えた先にはあのクマのようなものの足跡があります。」

ゴマが最後に立っていた場所のすぐ先にあのクマの足跡がある。それが意味することとは・・・

「まさか・・・」

「必ずしもそうだと決まったわけではありません。しかし、最悪の事態は想定しておくべきでしょう。」

突然言い渡された酷な宣言。ジュンはショックを隠し切れない。

「だ、大丈夫だよ、きっと。そのゴマって人だって簡単にやられてしまうような人じゃないんだろう?きっとどこかに逃げている可能性もあるって。」

レックがあまり信憑性のない励ましをする。しかし、それでも少し気はまぎれた。

「まあ真実がどうであれ、これを起こして聞いてみるしかないね。とりあえず何か縛るものとかない?」

「あ、じゃああたしがやるわ。」

アコが杖を出す。

木精(ククノチ) ヴァインパイチェ」

倒れたクマの両脇から蔓が現れ、その先端を体に巻きつけて持ち上げた。

代表して言い出しっぺのルインがクマに近づく。

「おい、ここになんか変な足形をした人とか来なかった?まさかと思うけど、食べちゃいましたとか言わないよね?どうなの?」

刀の柄尻で突っつきながら質問する。

「・・・タベル?」

しばらく突っついていたら、ようやくその一言だけ返ってきた。

「いやタベル?じゃなくてね。ここになんか人が・・・」

「タベル」

「いやだからね・・・」

「タベル。タベルタベルタベルタベルタベルタベルタベルタベル」

「!?」

元々異常だったクマがさらに異常な状態になったことを本能で察したルインが距離を取る。

ルインが離れたと同時に、アコが巻きつけていた蔓がすっぽりと抜け落ちるように消滅した。

ぽてりと落ちたその体。立ち上がるというには完全に重力を無視した、まるで頭から糸で引っ張られるかのように起き上がり、ゆらりとこっちを向いた。

その光景自体は先程までと全く同じ。しかしなぜだろう。九人のうち誰一人として、全くデジャヴを感じることはなかった。

レックが灯している炎からの光も一切届かぬほどの闇。しかし、その闇に覆われているはずのクマの姿ははっきりと見て取れた。

「モット・・・・チョウダイ」

闇が大きくなる。

「まさか・・・」

ツェリライが震えた声を漏らすが、誰も反応しない。クマの姿が闇に消える。

「まさか・・・そんな・・・この力は・・・!」

闇が一瞬収縮し、一気に膨張。その中から闇の中に姿を消したクマが現れた。

だが、その見かけは完全にクマのそれではない。いや、確かにクマの耳はあるにはあるが、そこ以外の部分はクマどころかこの世のどこをさがそうと同じような姿の生物は二つと見て取れない異形だった。

下半身からヘドロのように抜け出したいびつな形の胴体。その胴体から生える二対の針のような腕?足?と、肩辺りから伸びるハサミのような腕。そんな上半身を前かがみに倒し、まるでサソリのような体制でこちらを向いているのだ。

一言でその姿を言い表すならば、気持ち悪い。二言で言い表すならば、すごく気持ち悪い。

「ななななななななななななな!?」

「おいなんだアリャ!?」

一同慌てている中で、驚きながらも冷静でいるツェリライとフォートがあれについて考察する。

「やはりあの気配は・・・。」

「フォートさんも察していましたか。となるといよいよ間違いなさそうですね。」

「お前のデータにはあの生物について何か知ることはないのか?」

「いえ、僕が集めたデータベースにも僕自身の知見にも、あんな化け物はありません。ただ確実に言えることは・・・」

「想像以上に厄介な手合い。」

『あの化け物は闇の力を扱えるということ。』


そこから先は、圧倒的だった。

ルイン一行、残存戦力ほぼ0。その力の前に、全くなすすべがなかった。

まず最前線で立ち向かっていったカウル・グロウ・ルインが撃沈。

スピード・パワーと防御力・なんでかよくわからないけど負け知らずという力を持った、八人の中でもオールラウンドに戦闘できる三人が倒された。

続いてフォートとレックが立ちはだかったが、二人は白兵戦や乱闘には強いが、こういった規格外の相手には圧倒的不利になる。やはりその力が敵うことはなかった。

残るはハルカ・アコ・ツェリライ、そして戦闘能力のないジュンのみ。

抗ったところで、結果は明白である。

そのことを理解しているのか否か、アコは爆破攻撃(エクスプロージオ)を乱発する。しかし、一向に効く気配がない。

「なんっで、効かないのよ!」

今残っているメンバーで有効打を与えられそうなのはアコだけだ。アコ自身もそれがわかっている。だからこそここで何としてもコイツを止めなければならない。

だが怪物は動きを止めるどころか、ひるむことすらなくずんずんこちらに迫ってくる。

見かねたツェリライが指示を出す。

「みなさん!ここはひとまず撤退です!」

しかしアコは従わない。

「何言ってんのよ!ルイン達放っておいて逃げる気!?」

「全滅すれば、それこそ目も当てられない!いったん下がって体制を整えるべきです!」

「そんなことしなくても、こいつをあたしが倒せばいい話でしょ!」

「それができないから退くと言っているんでしょうが!」

「なめないでよ!こんなやつ、すぐに倒すんだから!」

完全にムキになっている。だから背後の怪物が鋏を振り上げていることに気付かない。

「アコさん!危ない!」

アコと怪物の間に、桜鼓を構えたハルカが割って入る。攻撃は受け止めた。しかしその衝撃まで受けきることは叶わず、ハルカは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

「ハルカっ!」

ハルカは倒れたまま動かない。こうなってしまっては是非もない。ツェリライはアコの腕をつかむ。

だが、そこから引っ張ってもアコは動かなかった。

「・・・いい加減にしなさいよ。」

その声に、ツェリライは思わずつかんだ腕を放す。

喜怒哀楽の表現が激しいアコでも、ここまで怒りを露わにすることはそうない。

自分の大切なものたちが不条理に傷つけられる怒り、そしてそれを目の当たりにして何もできない自分に対する怒りと悲しみ。

ふざけるな。もういやだ。もう二度とあんな目にあってたまるか。

アコの激しく昂ぶる感情は、アコの奥底に眠る潜在能力を引き出す。


ツェリライとジュンが目を見張る。

「! これは・・・!」

「アコさんの体が、光っている?」

そう、光源だったレックがおらず、アコの技によって発生していた光もない今。真っ暗闇の空間にぼんやりと、しかしはっきりとアコの姿が光り輝いていた。

「あんたなんかに、仲間を奪われてたまるかーーーー!!!」

アコの体を覆っていた光は一つに集約され、轟音と共に怪物をまっすぐに貫いた。

時間にすればほんの数秒。しかし、その光景を見ていたものにとっては一生モノのインパクトを残した。



静まり返った洞窟内。光線の眩しさに目を覆っていたツェリライとジュンが目をやると、そこには胴体に風穴があいた怪物と、その手前に力なくペタン娘座りしているアコ、そしておそらく先ほどの余波で穴が開いた天井から外の光が差し込んでいた。

「アコさん。大丈夫ですか?」

ツェリライ歩み寄り、手を差し伸べる。

「え?ああ、あたしなら全然平気。それよりもみんなを助けないと。」

アコは立ち上がり杖を構えるが、ツェリライが止める。

「アコさんも無理しないでください。先ほどの一撃で、孔を消費しているでしょう?」

「さっきの一撃って、あの眩しくなったあれ?なんだったの?」

まさかの自覚なしである。それだけ必死だったのだから仕方ないか。

「光の孔術。アコさんは、光属性にも目覚めたんですよ。」

「それって・・・」

「はい。アコさんは本格的に全属性使い(オールビューター)として目覚めつつあります。闇の力に目覚めるのも、時間の問題ですね。」

「それってあたし、やばいんじゃない?なんか変な奴らとか政府につかまったりとか・・・!」

オールビューターと聞いて、アコは依然ハルカに聞いた話を思い出し戦慄する。

だが、ツェリライは意外にも落ち着いていた。

「確かに、そのリスクについては否定できませんが、そこまで問題視する必要はないんじゃないですか?」

「え?」

「何があっても守ると、そう約束してくれた人がいるんでしょう?」

「あ・・・」

アコは倒れているルインを見る。

「そっか。そうだったね。なら大丈夫か。」

普通ならただの気休め。だが、なぜか説得力がある。だが・・・

「その発言者は呑気におねんねしてるけどね。だらしないわねぇ。」

そして改めて杖を構えた。

そして再びツェリライが止める。

「いや、ですから。あなたも初めて光の孔術を使って消耗しているのですから休んでいてください。手当てなら僕がやります。」

しかしアコは首を横に振る。

「いいわよ別に。この人数一人一人やってたら大変でしょ。まだゴマも見つかってないんだから、ちゃっちゃと終わらせましょ。それに、あたしなら大丈夫だから。」

確かに、言われてみれば強がって体の不調を隠しているようには見えない。ごく自然体で話している。

感情が高ぶっていたとはいえ、光の力を使って平然と立っていられるとは。アコの潜在能力には驚かされるばかりである。

水霊(ヴァルナ) ヴェファイシュテンリーギン」

傷を癒し、力を取り戻させる雨が降る。


「いや、助かったよ。ありがとうね。」

「どういたしまして。でも次からはしっかりしてよね。」

アコの叱責に、ルインは申し訳なさそうに頭をかく。

「いや~。針で刺されるだけかと思ったら、まさかそのまま体力吸収(ライフドレイン)されるとは思わなかったよ。一本取られたね。」

はたから見ている分には気付かなかったが、どうやらルイン達は根こそぎ体力を奪われていたらしい。たしかに、それならグロウまでもが倒れていたのも納得できる。

と、呑気に話ができていたのもこれまでだった。一行のすぐそばで人ひとり分ほどの大きさのがれきが落ちてくる。

続けてまた一つ、また一つ。その間隔はどんどん短くなっていく。

やがて、これまでに何度も聞いてきた地鳴りが聞こえてきた。

これは・・・

「ま た 崩 落 か !!これで何度目だよ!?」

文句を言っても仕方がない。完全天然の洞窟ではないとはいえ、地下から地上まで穴を貫通させてしまえば、洞窟全体が脆くなっても仕方がないというものである。

ともあれ、ここから逃げ出さなければならない。幸い、脱出口はすでに確保されている。

その時だった。

「まずい!ハルカ!ジュン!避けろ!」

カウルが叫ぶ。その先には互いに体を預けあいながら歩いていた二人の上に、ひときわ大きな岩塊が落下していた。

今のコンディションでは、誰一人として間に合わない。ハルカは負傷している。二人の上に岩塊が・・・

「っうおおおおおぉぉぉぉぉ!!」

ジュンが吠える。もっていた鉄パイプを思いっきり振りかぶり、岩塊にぶつけた。その様子は、砕くことができるという自信があったというよりは、ただがむしゃらに振り回しただけのように見えた。

しかし、ジュンの攻撃と岩塊が衝突した時、岩塊は派手な音とともに砕け散った。

直後崩れ落ちるジュンを、あわててハルカが受け止める。

「ジュンでかした!だが無茶しすぎだ!」

カウルが駆け寄りハルカに代わってジュンをおぶさる。

「きついかもしれないが、しっかりつかまってくれよ!」

そういうと、カウルは一足飛びで地上まで通じている穴へと飛び出していった。


「・・・とりあえず全員無事?ちゃんといる?」

洞窟から命からがら抜け出し、ようやく一息つけたところで全員が無事であることを確かめる。幸い、誰一人かけることはなかった。

しかし・・・

「ゴマ・・・。」

ジュンが傷の手当てを受けながら深くうなだれる。

そう、ルイン達は当初の目的を果たすことは出来ていない。それどころか、最悪の事態を想定しなければならない状況なのだ。

「ジュン・・・。」

レックが何か言葉をかけようとした時だった。

「全員構えろ。」

突如警鐘を鳴らすフォート。全員すぐさま武器を構える。

「下から来るぞ。気をつけろ。」

下からということはつまり、まだあの洞窟には何かがいたということ。追ってくる理由はわからないが、来る以上迎え撃つしかない。

全員に緊張が走る。

やがて地中から何かが地面を掘ってこちらに向かってくる音が聞こえてきた。それもすごいスピードだ。

「ぶっはーーーーー!!」

少年のような高い声で大声で叫びながら、地面から何かが飛び出してきた。

その何かが地面に着地しようとした瞬間を狙ってルインが飛び出した。

「剛・破d」

「ゴマ!!」

斬りかかろうとした瞬間、自分の技にかぶせるように探していた者の名を呼ぶ声が響いた。

結果、完全に体制を崩したルインは非常にダサい感じに前のめりに倒れこむことになった。


それからしばらくは、再会した二人の微笑ましい会話、などは展開されず、ジュンが悪戯をした子供を叱りつけるように怒っていた。

それに対しゴマはでもでもを繰り返し続け、最終的には俯いてごめんと呟いて終わった。傍から見れば親子喧嘩である。

しかし、八人が気になったことは、そんなことではなくゴマの見た目である。

事前に話を聞いていたルイン・レック・アコ・ツェリライも、初めて見るその姿に興味津々であり、全く話を聞かされておらず、当然普通の人だと思い込んでいたグロウ・カウル・ハルカ・フォートからしてみればまさに吃驚仰天である。

それは身長50センチくらいの生き物だった。見た目は青から水色といった感じで、両手には三本の長い爪、後ろに長く垂れ下がった耳のようなもの、大きく反りあがった尻尾という、洞窟の中で遭遇した生物と同じく、これまで全く目にしたことのない姿だった。


「あの~、もしもし?そろそろいいかな?」

親子喧嘩が白熱しているところをルインが割って入る。

「とりあえず自己紹介と、どうしていなくなったのか理由を教えて?」


「オイラはゴマ。ジュンと一緒に旅してるんだよ。」

「うん、それはジュンからも聞いた。で、君はいったい何者?」

この質問には首を傾げた後、

「オイラはオイラだよ。」

と返ってきただけだった。別段隠している風にも見えない。

それでは次の質問。

「ジュンの話を聞いてると、夜に突然いなくなったみたいなんだけど、なんか理由あるの?」

「それはね・・・」

どうやらゴマは、夜寝ているときにふと目を覚ますと、自分たちの荷物が今まさに何者かに盗まれているところを発見し、すぐさまジュンを起こそうとしたが起きず、荷物を盗んだ影がそのまま逃げだしたので追いかけて言った結果、あの洞窟に迷い込んでいたのだという。

そして洞窟が崩れそうになるのを察知し、全力で穴を掘り地上まで上がってきたそうだ。

おそらく荷物を盗んだ影というのは洞窟にすんでいた謎の生物だろう。

とりあえず放浪者の割にはあまりにも軽装だったジュンに対する疑問は解けた。だが

「しかし、なんでまた盗んだ奴はお前たちの荷物を盗んだんだ?」

荷物を盗まれたという地点から洞窟の入り口までは近いというわけではない。他にも放浪者が多くいる中、なぜジュンたちの荷物だけが盗まれたのかは謎である。

「でも、大丈夫でしたか?中にいた生き物たちに襲われたりはしなかったんですか?」

ハルカがゴマの身を心配するが、ゴマは顔を左右に振り振りしながら否定する。

「ううん、オイラ洞窟に住んでるやつらと何度かあったけど何もしてこなかったよ?」

その返答にジュンが何かを思い出したようだ。ゴマにひっそり耳打ちする。

「それでゴマ、何か洞窟の中に帰るための方法についての手掛かりとかはなかったか?」

「ううん。何もなかった。」

「そうか・・・」

ジュンは少し肩を落とす。

「お前たちは故郷へ帰るための方法を探すために旅をしているのか?」

二人のひそひそ話がばっちり聞こえていたフォートが、珍しく自分から口を開いた。

「え!?あ、えーっとその・・・」

ひそひそ話が聞かれたことに驚いたのか、はたまた質問に答えられないのか、ジュンがしどろもどろになる。

だが、それ以上は聞く必要はなかった。

「うん。オイラたち、地球に変えるための方法を探しているんだ。」

なぜなら、ジュンがこれ以上何か言う前にペラリと話してしまうゴマがいたからである。

「ゴマ!」

ジュンが慌てて口を抑えにかかるが時すでに遅し。すでにそのワードは全員の耳に入っていた。

「チキュウ?」

皆初めて聞く言葉である。少なくともイーセにはそんな国も町も存在しないはずである。

この中で知っているただ一人。いや、二人(?)か。

「ジュン君?説明プリーズ。」

やはりか、知らないワードが飛び出してきて、それをみすみす聞き逃すような人たちではないことを、ジュンこの短い時間で学んでいた。

こうなってはもうごまかしようもない。ジュンは観念したようにすべての事情を話した。

自分たち二人はこのイーセとは違う地球という星からやってきたということ。原因は全く不明だが、ある時突然家から飛び出したゴマを追いかけたと思ったらいつの間にかこのイーセにやってきていたこと。

自分たちの旅の目的は地球に帰る方法を見つけること。因みにゴマは地球でも存在しない謎の生物であるということ。洗いざらい全て話した。

「へぇ~。地球ねぇ。」

「イーセ以外の別世界が存在するだなんて、初めて知りました。」

「僕も初耳ですね。」

「なんだか今日のツェルは知らないことばかりね。」

「僕とて全知全能というわけではありませんから。」

初めて聞く世界の話に向こうでワイワイ盛り上がっている中、レックは一人ジュンの身を心配する。

「ジュンはこれからまた旅をするのかい?」

「はい。そのつもりです。」

「それだったら装備はもっとしっかりしたものにしないと。特に武器が鉄パイプじゃいくらなんでも心もとないよ。ゴマというパートナーがいるにしても、最低限の自衛手段は確保しておかないと旅の道中では何が起こるか分からないんだから。とにかくまずはその怪我をどうにかしないと、今立っているだけでやっとの状態なんだから。あと怪我の応急処置の仕方についても知っておいた方がいいね。あとは・・・」

かつて放浪者であり、その危険性を知っている身としてはジュンが心配なのはわかる。が、心配事が多過ぎである。

お母さんかお前は。見かねたルインが割って入る。

「まぁまぁまぁ。レックの言うことももっともだし、まあとりあえず今日はうちに泊まらない?無駄にでかいから部屋はいくらでもあるよ。」

その提案をジュンは一度は断ろうとしたが、口まで出かかったその言葉を飲み込み、ありがたくその提案に甘えることにした。

どちらかと言えば、提案に甘えたというよりは、「ルインの誘いを断っても無駄」ということをこの短時間で学んだだけかもしれないが。

「お、それだったら孔の扱い方を指南してやれるな。さっきの岩砕きを見た限り、まだまだ孔の扱いが未熟だった。もっと無駄のないやり方を伝授してやるよ。」

向こうのダべリングの輪に入っていたかと思いきや、実はこっちの話も聞いていたカウルが話に加わる。

しかし、ジュンは驚いた。

「え?俺は孔なんて使えないから扱い方なんて教わっても・・・。」

慌てて両手を振りながら断るジュンに、今度はこちらが驚いた。

「は?いやいやそんなことはないだろう。さっき岩が崩れ落ちた時、お前は確かに孔を使って岩を砕き、ハルカを守っただろう?」

「え・・・」

ジュンの思考が停止する。あの時は無我夢中で良く覚えていなかったが、確かに腕力だけで岩を砕くことなんてできない。そもそも、応急処置をしてもらっているとはいえ、満身創痍の状態でこうして立っていられるというのも、本来地球人ならありえない話だ。

そう、『地球人』ならあり得ないのだ。


呆然と立ち尽くすジュン。この地球と変わらないようで地球と違うところだらけの世界に飛ばされ、艱難辛苦四苦八苦の繰り返しにもまれていたから考える余地もなかった。

この世界はいったい何なのだ?そしてこの世界に飛ばされた自分は何者なのだ?

地球には両親がいる。家がある。だけど、自分は、自分には。


「はーいそこっ。周りを置いてけぼりにして自分の世界に浸らない!」

背中を思い切りはたかれ、思考の渦から叩きだされてしまった。乗り物酔いをしたような感覚にとらわれながらも後ろを振り返ると、背中をたたいた張本人がいた。

「何を考えてたのかは知らないけど、君の目的は何も変わらないんだったら、今深く考えることないじゃん。暇になった時にでも考えればいいよそんなの。」

暇な時でも自分の抜け落ちている過去なぞ微塵も思いを巡らせないやつが言うと、説得力があるのかないのかわからなくなる。

だが、それでもジュンの心は少し晴れた。そうだ、自分たちの目的は何も変わってはいない。

「お前たちに心配されなくったって、ジュンにはオイラがいるから大丈夫だもん!」

今までジュンの足元にぴったりついていたジュンが威勢よく飛び跳ねる。

「おお、頼もしい頼もしい。ま、先ずはその怪我治してからだね。というわけでみんな、僕とレックはジュンを病院に連れて行くから、後は各自解散ね~。」

今回もドタバタした割にはゆるい終わり方である。



皆さんおはこんばんにちは。そしてお久しぶりです。

・・・久しぶりってレベルじゃない!前話投稿から10か月もたっとるやんけ!

わりと真面目に投稿感覚について考えないとなと思う今日この頃です。最も、今就職とかいう考えたくもないリアルに直面しているので難しいのですが・・・。

弱音はいてないでとりあえずいつもの補足的書き込みです。興味のない方は見ないでも問題ないです。

今回また新たなメインキャラ、ジュンとゴマが登場しました。これでメインキャラは10人と大所帯になりましたが、この二人は厳密にはメインキャラではなく、話のキーマン(というと少し語弊があるかも)なので、常にルイン達と行動を共にしたりはしません。

二人の目的は地球に帰ることなので、そのための情報集めとして、しばらくしたらまた二人で旅に出ていきます。

そんな二人の旅路は番外編、というよりは別シリーズとして書いていこうかなと思います。

ただでさえ更新滞っているのに大丈夫なのかと自分でも心配ですが、まあこちらの方は話数も圧倒的に少なくなる予定なので、きっと大丈夫。なはず。

一人の人間と一人(匹?)の謎生物が出合い、そこから二人でてんやわんやしながら互いの友情を深めて強くなっていくというストーリー(デジ○ンとかガッシ○ベルとか)が好きなので、そういうキャラクターを登場させたいと思ったことと、この話にこの現実世界をからめたいと思って考えたキャラクターです。

ジュンは若干ネガティブ思考で、極力争い事やいさかいといったトラブルは避けようとする性格です。

全体的に諦め早く、「世の中は大体こんなもの」と、定款を抱いている部分があります。

こう書くと、非常に根暗な少年というイメージがわきますが、パートナーのゴマや自分の両親など、大切だと思える存在のためには相手がなんであろうと決して引かない強さを持っています。

武道の達人である祖父の元で修行を積んでいるため、同年代の少年たちと比べると高いポテンシャルを持っています。

ただそれが原因で前述のネガティブ思考な性格になってしまったともいえるのですが・・・。

そのあたりはまた書きます。

一方ゴマは、その出自は一切謎に包まれた生物で、今回の話では披露しませんでしたが、体の色々な部分を武器に変化させて闘うというこれまた奇妙奇天烈な戦闘スタイルをとっています。

また本人自身も並はずれたポテンシャルを持ち、今回のように地下深くに生き埋めにされても上に掘り進んであっという間に地上に飛び出せてしまうほどの力があります。

非常に楽観的、というよりは子供っぽい性格をしており、「ジュンの身に何が起こっても自分がいるから大丈夫」と自信満々に言ってしまう自信家です。

短絡的で喧嘩っ早いところがあり、「立ち向かってきた奴はみんな倒す」というスタンスなため、考え方が正反対なジュンとはしばしば衝突します。

小生意気なところはありますが、自分の相棒であるジュンのことはとても慕っており、ジュンがどんなピンチに陥ろうとも決してあきらめずに守り抜こうとします。

この二人はイーセ各地を巡らせて、行く先々で色々と事件に巻き込まれていくというような話になると思います。

というわけで、次の話は二人が地球で出会い、そしてイーセにやってきてルイン達のところに流れ着くまでの話を書こうと思います。

後は、地球人であるジュンの視点からイーセの世界観をしっかり説明したいと考えています。

10話も進めといて今更世界観の説明という計画性のなさが浮き彫りになっていますがご了承ください。

それでは、「俺の部屋に現れた卵が突然孵った(仮)」でお会いしましょう。

次の投稿はいつになるかな・・・。


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