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サンタは撃墜されました

作者: 長野晃輝


 航空自衛隊が創設されて以来、その日は要注意であると言われている。それが十二月二四日だ。


 ある将校はこう語る。

『十二月二四日は航空自衛隊にとって眠れぬ夜だ』


 また、ある空港の管制官はこう語る。

『十二月二四日は自衛隊によって飛行禁止令がよく出されるんですよ。おかげでこっちはクレーム処理に……』


 果たして十二月二四日。日本の空では一体何が起こっているのだろうか……。



 十二月二四日。今年もその夜がやってきた。

 時刻は二十二時を過ぎたところか。

 首都圏に近い某航空自衛隊自衛隊の基地では忙しなく作業を続けていた。

『レーダーに異常はありません』

『千葉上空を哨戒中のイーグルⅠから連絡。未だ「ヤツ」が現れる様子はなしとのことです』

『各基地から入電。現在のところ異常なしということです』


 その様子を指令室からじっと見ていたのは先の防衛大臣の辞任から、任命された新しい防衛大臣だった。


「これほどの警戒が必要なものなのですか?」

「ええ。『ヤツ』はまさに神出鬼没。これまで自衛隊が総力を挙げても、『ヤツ』の侵入を防ぐことはできなかった。今年こそはと皆も意気込んでいるのです」


 答えたのは例の元防衛大臣。八年間もの長い間、その職を全うした男だ。彼は体調面での理由で辞任したが、日本の防衛を新しい大臣へ任せるために、こうして新大臣を現場に連れてきているのだ。

 そう話している間にも、下の管制室では慌ただしく管制官が連絡を繰り返す。


「しかし、こうして現実を見てもまだ信じられませんよ。まさか毎年十二月二四日に日本の領空が侵されていたとは」

「ははは。それはそうでしょう。もし外へ漏れたなら航空自衛隊の面目丸つぶれですからね」


 元大臣は照れ臭そうに笑った。

 しかし、だからこそ今夜、彼らは躍起になっているのだ。


「『ヤツ』……、コードネーム『ナイトメア』はずっと昔から日本の空を侵していたのです。被害をもたらさないからと言って、放って置くこともできません」

「その通りですな」

 新たな防衛大臣の言葉に、元大臣は力強く頷いた。


 二人がそう話す間に、管制室に動きがあった。


『ガルーダⅠより緊急連絡。太平洋の日本領海付近に〈ナイトメア〉らしき飛行物体を確認とのことです!』


 管制室に緊張が走り、皆が息を呑む。

 だが、それは一瞬のことだ。彼らはすぐに付近の巡回中のパイロットを現場へ向かわせるように連絡を取る。

 さらに近場の航空自衛隊基地からも応援を要求する。

 管制室は慌ただしさを取り戻していた。


「やはり今年も来たか!」

 元大臣は忌々しそうで、尚且つどこか弾むような口調でそう言った。

 レーダーの様子が映されたモニターを、老人は食い入るように見た。


「落ち着いてください。お体に障ります」

 元大臣の付き人がそっと老人へ言った。

「そうは言うな。私が熱くなれるのは奴の事だけなのだ。今宵だけでよい。私の好きにさせてくれ」

 困ったように付き人は眉を顰めた。

「ですが……」


「一つお聞きしてもよろしいですか?」

 元防衛大臣に向かって新大臣は尋ねた。

「どうしました?」

「日本の自衛隊は専守防衛を掲げています。攻撃されなければ我々も攻撃できません。それで、どうやって『ナイトメア』を仕留めるのですか」

 

 止めても無駄だと思った新大臣はそう尋ねることで、別の方向で彼の熱を発散させようと考えたのだ。


「よく聞いてくれました。奴は攻撃を滅多にしないが、一度だけ明確な攻撃を仕掛けたことがあるのです」

「ほう……」


『ナイトメア』は日本の空を神出鬼没に駆け巡る謎の飛行物体としか聞いていなかった新大臣は、老人の話に引き込まれていった。

「それは四十年前の今日でした。当時飛行機乗りだった私の最後のフライトです。『ナイトメア』出現の連絡を受けた私はすぐに現場まで向かいました。

 そして、この目で見える距離まで近づいたのです」


 老人は過去を懐かしむように目を細めた。


「奴は暗闇の中でしたから、はっきりと姿を見たわけではないのですが、戦闘機にしては妙に小さかったです。

 その時、一瞬で奴は加速し、そして私の視界から消えました。

 ですが次の瞬間には、私の機体の翼が破損していたのです」


「それが、奴からの攻撃だと?」

「ええ。何とか基地までは保たせられたので、たいした騒ぎになることはありませんでした。しかし、奇妙な事にその機体の破損は銃撃などによるものではなかった。まるで金属の刃で切断したような破損だったのです」


「成程。……つまり奴を視認できるまでに近づけば攻撃を受けるということですか」

「ええ。しかし、奴は我々の持つどの戦闘機よりも速い。私が近づけたのも偶然の要素が多い」

「今回もまわり込もうとしているようですね」


 モニターの中の『UNKNOWN』の表示を追うガルーダⅠの機影と、それに正面から向かうイーグルの文字が書かれた機体が三機あった。


「今度こそ……」

 元大臣の言葉は今日本の空を守る者たち全てと共通した願いだった。



 ガルーダⅠは焦っていた。

(とても追いつけない……)

 ぐんぐんと『ナイトメア』との距離は広がっていく。

(あまり離れすぎると作戦に支障が出る)

 指令室が出した作戦は挟み撃ちというごく単純な作戦だった。


 だが、あまりこった作戦を取ると、『ナイトメア』はレーダーなどの計器から姿を消してしまう。そして、まるで瞬間移動でもしたように、別の場所を飛んでいるのだ。

 しかし、追ってくるのが一機だけなら、『ナイトメア』はそんな不可解な現象を起こすことはない。悠々と、実力差を見せつけるように、追っ手を振り切るのだ。


 だが、今回はそれが仇になる。

 今までの経験から、航空自衛隊は『ナイトメア』のある弱点を知っていた。


 それは奴に索敵能力が極端に欠けていることだ。

 もしも、奴に索敵能力が備わっていたならば、こうしてガルーダⅠが追う事すら叶わなかっただろう。

 だからこそ、挟み撃ちが有効であるのだ。


 だが、この作戦にはいくつもの難点がある。

 先ず『ナイトメア』を発見する際に、近くに戦闘機がなければならないこと。神出鬼没な奴を追い詰めるためにはこれがまず必要だ。


 さらに挟み込むタイミングを合わせなければならない。もし、追う戦闘機が振り切られれば、『ナイトメア』は戦闘機では不可能な速度で旋回を行い、逃げ去ってしまうのだ。


 もう一つ。攻撃が可能になったとしても、そこが街ならば撃墜するわけにはいかない。

様々な条件があり、それが整ったことが一度もない。


 しかし、今回はその条件が揃いつつある。


 この調子を保てれば、そうガルーダⅠは気を引き締める。

 イーグル小隊と『ナイトメア』がぶつかるとき、計算上では、ギリギリだが海の上だ。


 これは『ナイトメア』を落とすまたとないチャンスだった。

 決して逃すわけにはいかない。

 ガルーダⅠのパイロットは体にかかる強力なGに耐えながら、機体性能の限界値まで速度を上げた。


 イーグルⅠは『ナイトメア』に攻撃される役目を負っていた。

 彼は『ナイトメア』への攻撃作戦に四年連続で参加しており、去年はあと少しで奴を追い詰めるところまで行ったのだが、追跡役とのタイミングが合わず、逃げられてしまったのだ。

 彼はこの日のために不時着、脱出の訓練を重ねていた。


 彼に『ナイトメア』への恐怖心が無いわけではない。しかし、それ以上に『ナイトメア』への攻撃を行うことを可能にするためのこの任務を誇りに思っていた。


 必ず、今日、ここで『ナイトメア』を日本の空を二度と侵せないようにするのだ。


 レーダーがようやく『ナイトメア』を捉えた。

 傍に控えるように飛んでいたイーグルⅡ、イーグルⅢがそれぞれ左右に離れて行った。

 そして、少し速度を落としてイーグルⅠよりも後ろに下がる。

 先行したイーグルⅠは『ナイトメア』に攻撃されるために、さらに速度を上げた。


 管制室の面々にも緊張が走る。

 みな一言も話すこともなく、レーダーの様子が映されたモニターを固唾を呑んで見守っていた。

 レーダーの上では点滅する点が五つある。

 黄色の点が前方の青い三つの点に向かって進んでいて、黄色の背後には青い点がその動きを追う。

 そして、青い点と黄色の点が重なる。


 誰もが呼吸を忘れたように、管制室には何の物音もしなくなった。

 そして、重なった青い点が消えた。

 それは撃墜されたことを意味する。


 ガルーダⅠは、片翼を失い、ぐるぐる回りながら落ちるイーグルⅠの姿がはっきりと視認できた。

 それと共に、『ナイトメア』の姿が見えた。

「これで、墜ちろ!」

 それは誘導式のミサイルだった。


 ほとんどすれ違うようにミサイルを打ち込んだ。

 爆風が一歩遅れてガルーダⅠを襲った。

 ガルーダⅠはそれによって機体の姿勢を崩してしまった。


『ガルーダⅠ!! 脱出するんだ!』

 その無線が聞こえた瞬間、脱出装置を起動し、ガルーダⅠは宙へ投げ出された。


 それを見届けたイーグルⅡは管制室へ向かって甲高に宣言した。


『ガルーダⅠが〈ナイトメア〉を撃墜! 繰り返す! ガルーダⅠが〈ナイトメア〉を撃墜しました!』


 管制室に怒号にもに似た歓声が広がった。


 指令室の二人の議員も嬉しそうに肩を抱き合っていた。


 誰もが聖夜の悪夢の撃墜を喜び合っていた。



 パラシュートを開いて、空を流れるガルーダⅠは撃墜した『ナイトメア』の姿を思い出しながら、首を捻った。

(あれは、戦闘機でもUFOでもない)


 ガルーダⅠは確かに見たのだ。

 『ナイトメア』に人型のシルエットが椅子のようなものに腰かけていたところを。

(あれは、一体何なのだろう……)


 そう考え込もうとすると、目端に海面に残骸と共に浮かび、大きく手を振る人物が映った。


 それは『ナイトメア』に撃墜されたイーグルⅠだった。

 ガルーダⅠは大きく手を振り返し、その無事を確信して、安堵した。

 そうしているうちに、『ナイトメア』の正体への疑問を忘れてしまった。


 世間へはこの一件はテロ組織の飛行機が領空侵犯し、さらには攻撃を仕掛けて、戦闘機が墜落したため、止むを得ず攻撃したと発表された。



 翌年から、航空自衛隊は安心して聖夜を過ごせると思っていた。


 しかし。


 翌年以降も、聖夜の悪夢、『ナイトメア』は日本の空へ現れ続けると、この時は誰も予想していなかった。


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