名だたる魔法使いの探し物
あの招待状が見つからない。
どこを探してもないったら、ない。
格調高い紙に、繊細な箔押しの金が美しく映える招待状だった。
国王と王妃の間に待望の王子が生まれた。
誕生を祝って名だたる魔法使いが祝宴に招待されることになったらしい。
僕もその名だたる魔法使いの末席に身を置いていたので、ご招待にあずかったのだ。
その招待状には魔法が施されていて、それなしでは王宮に入れない。
日取りは覚えている。次の満月の日だ。
なのに、僕はその大事な招待状をなくしてしまったのだ。
最後に見かけたのは、書斎の机の上だ。引き出しにしまっておけば良かったと後悔しても後の祭りだ。
部屋中をくまなく探してみたけれど、やっぱり見つからない。
こんな時、失せもの探しの魔法が使えたら良かったのにと思う。けれど、魔法なんてそんなに都合よく使えるものじゃない。
僕が得意なのは、誰かにうまく成りすますことができる魔法だ。
その魔法のお陰で、結果的に国王の命をお救いすることがあった。それが名だたる魔法使いと称される要因だ。
僕の魔法で誰かに成りすまして、王宮に入り込めばいいという単純な話ではない。国王暗殺未遂事件の後、王宮への出入りは厳重になった。
許可証と魔鏡を使って本人認証されなければ入城は叶わない。今回、許可証の代わりとなるのがなくした招待状だった。
いっそ、欠席してしまおうか――と考えたものの、欠席の場合は招待状を送り返すようにと記載されていた。
正直に、失くしてしまったと報告すべきか……いや、それは今後の信用にかかわる。
幸い次の満月の日までまだ間がある。何とかして見つけよう。
もしかしたら、書斎以外の場所にあるかもしれない。でも、僕だけで探すのは骨が折れる。
「ポンヌ。ポンヌ」
身の回りの世話を助けてくれる使い魔を呼んだ。ポンヌは子犬によく似た魔獣で、魔石の力で人型にもなれる。
魔石は力のある魔法使いから買い求める。金額に応じて能力や形に付加価値がつけられる。
僕のポンヌは、人型になっても子供サイズで元々の能力以上の力は付与していない。
もっと僕が大金持ちだったら、ポンヌの能力も上がったことだろう。けれど、今のままでも十分役に立ってくれている。
そのポンヌは何度呼んでも答えない。
そういえば……僕は朝食のことでポンヌの機嫌を損ねてしまっていたことを思い出した。
その腹いせに僕の大事な招待状を隠したのかもしれない。
家中探したけれど、ポンヌの姿はなかった。
僕は仕方なく一人で探し始めた。夕方になってもポンヌは現れず、招待状探しも捗らなかった。
夕食を自分で用意して一人で食べた。夜になってもポンヌは姿を見せない。心配になってきたけれど、僕はポンヌの分の食事をテーブルに並べたまま、大きな声で叫んだ。
「ポンヌ! いい加減にしろよ!」
反応はなかった。
夜遅くまで、招待状探しを続けたけれど、さすがに疲れたので眠ることにした。ポンヌは相変わらずいない。
次の日になって、テーブルの上の食事がきれいに平らげられていたので、少し安心した。
ポンヌもいなければ探し物も見つからない。僕は投げやりな気分になっていた。
こうなったら――
僕は失せもの探しが得意な友人を訪ねることにした。最初からそうしていれば良かったのかもしれない。
ただ彼の家までは距離がある。
乗合馬車の駅まで1時間歩いて、そこから馬車で1時間、さらに乗り継いでもう1時間。最後は馬車ではいけないから歩いて2時間。
考えていたら気が重くなってきた。
そうは言っても、このままではらちが明かない。友人に招待状とポンヌを探してもらったほうが確実だ。
僕はポンヌに置手紙を書いて出かけることにした。
夕方には友人の家に着いた。
「ガゼル。いるか?」
声をかけると奥で何か物音が聞こえた。
「ガゼル?」
もう一度呼ぶと返事が返ってきた。
「はいはい、おりますよ。ちょっとお待ちください」
少ししてエプロン姿のガゼルが出てきた。
「なんだ、ナックじゃないか。珍しいなお前が訪ねてくるなんて」
僕の顔を見るとガゼルはちょっと意地悪に笑った。
「出不精のお前がここまでくるとは余程のことだな。何があった?」
答えようとしたら、ガゼルがそれを遮った。
「いまちょうど夕飯の支度をしていたんだ。今日は帰るつもりはないだろ?飯を食べて泊まっていけ」
僕は部屋の中へ通された。
奥の台所から、ガゼルの使い魔のミイがお茶を持って現れた。
「ナック様ご無沙汰しております。お茶でも飲んでおくつろぎください」
にっこりと笑うミイは二十代くらいの人型だ。気が利いてよく働いてくれる使い魔だ。僕のポンヌよりも高価な魔石を使っているのだ。
ガゼルとミイが用意した食事を堪能して、僕は依頼の件を切り出した。
大事な招待状を紛失したことに呆れられ、ポンヌが機嫌を損ねて姿を消したことにも呆れられ、不甲斐なさを感じた。
名だたる魔法使いの冠を返上したくなってきた。
ガゼルのほうが余程人の役に立っている。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、ガゼルは失せもの探しの術の準備にそそくさと取り掛かった。
もっともらしい魔法陣が描かれた紙をテーブルに広げ、何か呪文を呟く。蠟燭に火を灯し、その炎越しに僕をまじまじと見つめる。
沈黙が続いたかと思ったら、ガゼルがけたたましく笑いだした。
「私に免じて……ゆるして……やっては……くれないか?」
堪えきれない笑いの合間に言葉を繋ぐガゼルに、僕はいぶかしげな視線を向けた。
「ゆるす?」
何が何だかさっぱりわからない。
「なあ」
僕の方へ穏やかな視線を向けるガゼル。
「もういいだろ?」
「ガゼル。わかるように説明してくれ」
勿体ぶるようにガゼルが人差し指を立ててみせた。
「その前に聞かせてくれ、ポンヌに謝りたいと思っているのか?」
突然話の方向が変わって僕は戸惑いながら考えた。
そもそもポンヌが姿を見せなくなったのは朝食の時に、味が薄いと僕がケチをつけた後だった。
ポンヌは僕の体を思って薄味にしたと言っていたけれど、僕は反論した。
言い合いになってそのあとは……
「ポンヌの気持ちも考えずに、僕は文句ばかり言っていた。申し訳ないと思っている」
うなだれる僕を見つめながら、ガゼルが口を開いた。
「こうして反省しているようだから、ゆるしてやってほしい。な、ポンヌ」
僕は鳩が豆鉄砲を食らったよりも驚いた。
「ポンヌ?」
慌ててポンヌの姿を探す。
僕のちょうど真後ろの壁のあたり、じんわりとポンヌの姿が浮かび上がってきた。手にはあの招待状が握りしめられていた。開いた口がふさがらなかった。
「ま、まさか……」
盲点だった。僕はポンヌの持つ能力を忘れていたのだ。
言い訳するなら、普段役に立つことのない能力だからすっかり頭から抜け落ちていた。
ポンヌは周りの景色に同化することができるのだ。つまり姿を見えなくすることができる。
「ポンヌはずっとお前の傍にいたみたいだぜ」
ガゼルが腹を抱えて笑い出した。
「ポンヌ。お前、心配させやがって。お前のことだから危険な目には遭わないだろうとは思っていたけど、気が気じゃなかったんだぞ」
ポンヌは僕の言葉を無視して目をそらした。
「ポンヌ、悪かったよ。僕が言い過ぎたんだ。ごめん、許してくれ」
僕の懇願にようやくポンヌが頷いた。
勝ち誇ったような表情だった。
かくして僕は無事に祝宴に参加することが出来たのだった。




