1.午后の授業
感覚は武器だ。
――――――いやいや、比喩とか抜きに。
この世界において、『感覚』は膨大な力で、器官が刺激を受け取るたび、それは己にも見えずして、魔力にも似たエネルギーに変換される。
これを魔法とは言わず、『不可視技』と呼んだ奴のネーミングセンスにゃあシビれるぜ。
キーンコーンカーンコーン…
「きおつけー」
「れーい」
「「「おねがいしまーす」」」
そんな事を考えているうちに、五分休みは終わってしまっていたらしい。やべっ…授業準備してないな。
それに、学校なんてたまにしか行けない。授業の内容も飛ばし飛ばしだから、最早ただただ永遠に念仏を聞かされているようだ。
何より、俺は勉強がニガテかつキライだ。
ふぁぁぁ…眠くてしょうがない。脳が休息を求めては、太い首が前後にカクン、カクンと倒れる。
「―それでは、味覚技術の種類を答えられる人はいますか?」
「はい!」
指されたクラスメートは、自信が無いのも押し殺す勢いで立ち上がって、滑舌の悪い早口で答える。どうだどうだ?
「え、えと!塩味技、甘味技、辛味技、酸味技、です!」
ガタンと頬の赤いそいつが座る。
おお、合ってそうだぞ?ほんの少しばかり、自分の巨体を机に突っ伏しながら感心した。しかし…
「そこまで学習したのは素晴らしい。ですが惜しくも不正解です。」
「教科書の193ページを開いてください。」
ペラリ。
「近年のことですが、ヒト科の研究者が新たに、うま味という感覚を発見し、国王様が栄誉賞を贈られました。ですから、味覚技術は、先程のものにうま味技を加えた計五種類となります。」
「ヒト科は感覚の弱い種ですが、嗅覚、触覚を応用した比較的細やかな味覚を持ちます。他にも、ネコ科は聴覚が優れ、タカ科は高い視力を持ち、ミツバチ科は紫外線を感じ取れる…と言ったように、我々生物は種によって感覚の優劣が存在し、不可視技術の向き不向きもそれに左右されます。」
「つまり、その研究者のように、自らの種に適した不可視技を究めることに努め、ゆくゆくは戦場に赴く。お国の為、国王カルカロ様の為に力を捧げる義務があるのです。」
「良いですね?」
はい!と大きく返事をするクラスメート達は、目をキラキラと輝かせて頷いているらしい。全くの真面目共だ。机から頬が離れない俺は、完全に睡魔に意識を持っていかれ…
「良いですか?」
「むにゃ…かあちゃん、もうたべられないよぉ…」
「良いですか?!リッシンくん!」
…はっ!
目を開けると、眼鏡のレンズがキラリと光る、先生の悍ましい顔が、真正面のド近くから、据えた両の目で睨んでいるじゃないか!控え目に言って大ピンチ、何か言い訳をしなければ…!
「いやいや先生!俺はちょっとこう…目を瞑ってただけです!」
「では、味覚技術の種類はいくつですか?」
「そっ、それは…。」
(クスクス)(ケラケラ)
「寝るのはご自由に。成績を下げるのもご自由に。」
お、恐ろしや…この女教師。本当、氷の女王だぜ。俺の高めの体温が冷や汗と共に一瞬で逃げていった。
「では皆さん、己が不可視技術を究めるための第一歩として、今から塩味技の実技を行っていきます。」
「番号順に…と行きたいところですが、先の罰として、まずはリッシンくんにお手本を見せてもらいましょうか。」
な、何?!まだ引きずんのかよ!ちょ、マジで頼むから、不可視技だけは…
「それでは、実技用の食塩を一粒舐めて、的に向かって塩味技を放ってください。」
ええい!どうにでもなれってんだ!
覚悟を決めよう。ペトリ皿の上の塩をひとつまみ、口の中に放り込む。
半透明の小さな立方をコロリと舌の上で転がせば、純粋な塩味がほんの少しの痛みを伴いながら、味蕾を刺激してくる。
それと同時に、俺の中に何らかのエネルギーが溜まりゆくのを感じる。力が漲った。電源が入ったように、体の歯車と歯車がかみ合って回り、掌を的へ向けさせた。丸っこい指先に力が篭っていく…
あれ?そういえば昨日、しょっぱいものを食ったような。確かそう…あ!一晩置いたカレー!まろやかなしょっぱさで美味しかったな。もっかい食べたいなあ。流石に二日目のカレーは…
「あ!待ってそんな場合じゃなかった!」
べちゃ…。的には茶色の液体…それと橙、黄土、白の混合物、そして何より、腹の空く匂い。
まごうことなく、カレーライス。そう、昨日食ったカレーを意識しすぎて、威力のないただのエネルギーを放ってしまったのだ。
「…。」
しばしの沈黙。
「…プッ」
…打ち破るは笑い声。
「ぎゃはははは!」「何じゃあそりゃあ!」「冗談はそのメタボ体型だけにしとけよ!」
「デブじゃねえし!!ぽっちゃりって言えよ、このモヤシ野郎!」
パチンと手を叩く音。先生が怒鳴った。
「貴方達!授業中の私語は慎むように。」
ち、ち、ちくしょおおおおおお!!
―――――自己紹介が遅れたな。俺はリッシン。勉強と不可視技が苦手な、しがないヒト科の学生だ。
チャームポイントはぽっちゃり体型。デブとかメタボとかって意見は無視させてもらう。
そして、ここまでのクソ長い前置きを読んだあなたに。
これから幕を開けるのは、ヘンテコな出会いと、俺の、ほんのちょっぴりの、心の成長の話。
『マゴコロ第一主義!』




