入学
スウィヤ魔法学院の初日。空気の中には、羊皮紙、錬金薬剤、そして多種多様な種族が放つ魔力が混ざり合った、独特の香りが漂っていた。
俺とアイリンは並んで馬車を降りた。42歳の魂を持つ俺の目には、その光景はまるで超大作のファンタジー映画の中に迷い込んだように映った。ローブを纏った獣人の学生が優雅なエルフと呪文の詠唱周波数について議論し、遠くでは背中に細長い桃色の翼を持つサキュバスたちが、鈴を転がすような笑い声を上げている。
「シエン、実は私も魔族なのよ」
アイリンが不意に俺の袖を引き、二人だけに聞こえる低い声で言った。
「ん? ああ、そうか」
平然を装って応じたが、内心では小さな波紋が広がっていた。「魔族」といえば牙が生え、肌が青黒い怪物を想像していたが、目の前のアイリンは、深すぎるほど紺碧な瞳を除けば、どこからどう見ても綺麗な美少女だ。
「見た目は普通の人間と変わらないな」
俺は理性的、かつ構造的な視点で分析しつつ言葉を添えた。
「でも……周りの人は言うわ。私たちの青い瞳は、いつか災い(わざわい)を映し出すって……」
アイリンは俯き、長いブルーの髪で視線を隠した。その口調には年齢にそぐわない重みが宿っている。世界から拒絶される寂しさが、彼女の魔力構造の中に細かな漣を立てていた。
その落ち込んだ様子を見て、俺はどう慰めるべきか脳をフル回転させた。
「俺は綺麗だと思うぞ、アイリン」
俺は彼女の瞳を真っ直ぐに見据えた。淡々と、だが揺るぎない確信を込めて。
「その青は、俺が今まで見てきたどんな空よりも純粋だ」
「あ……ありがとう」
アイリンが勢いよく顔を上げた。紺碧の瞳が陽光の下で微かに煌めき、憂鬱の象徴だった青が、今は心動かされるような輝きを放っている。彼女は慌てて顔を背け、赤らんだ頬を隠すように歩調を速めた。
礼拝堂へと向かう途中、一人の漆黒で孤高な影が俺たちの横を通り過ぎた。全校で唯一の黒い校服を纏い、顔には白い仮面をつけた生徒。腰には特徴的な銀色の武士刀を差し、その足取りは驚くほど軽やかで安定していた。
その瞬間、俺の左目――【観測者】が不自然に疼いた。
それはアイリンとは全く異なる、冷徹で秘めやかな感応だった。
「日本刀……?」
すれ違いざま、デザイナーとしての職業本能が、その刀に0.5秒だけ視線を釘付けにした。独特の反り、鍔の構造。西欧風の重剣や杖が溢れるこの世界において、それはあまりに突飛で、そして孤高だった。
だが、深くは考えなかった。人種も種族もごちゃ混ぜのこの学院なら、どんな武器があっても不思議ではない。俺はまだ顔を赤らめているアイリンを促し、人混みに紛れて一組の教室へと向かった。
教室の扉を開けると、知性美を漂わせる女性が教壇に立っていた。夜色のような黒い長髪に、魂まで吸い込まれそうな深い眼差し。彼女が俺たちの担任だ。
「皆さんこんにちは。私が幻理先生です」
彼女は微笑んだ。穏やかな口調だが、逆らうことを許さない威厳がそこにはあった。
「さて……無駄話は抜きにして、皆さんの実力を見せてもらいましょうか」
幻理先生が優雅に指を鳴らした。
パチン。
一瞬にして、教室の壁、机、天井が消しゴムで消されたかのように消失し、代わりに地平線の見えない、草の波打つ荒野が広がった。これこそが彼女の能力――【幻影領域】。
「ここでは……魔力は無限です。持てる力を全て示しなさい」
先生が再び指を鳴らすと、空気の中に闇の気配を纏った三頭の狼が現れた。幻影ゆえに姿が揺らめいているが、その咆哮はあまりにリアルだ。「姿は幻だが、最高のサンドバッグになってくれるわ」
「まずは、アウグストゥス君」
指名を受け、銀髪の短髪の少年がゆっくりと前に出た。整った顔立ちは生まれ持った気品と自信に満ちており、ただ歩く姿だけで周囲の女子生徒から吐息と視線を集めている。
獰猛な幻影魔狼の前に立ったアウグストゥスは、口角を優雅に上げ、散歩でもしているかのような落ち着き払った様子だった。彼は焦ることなく、右手を優雅に差し出した。
「今、吾は氷を喚ばん。汝、氷の力を貸し与えよ」
詠唱は極めて速い。最後の音節が落ちるのと同時に彼が目を見開くと、骨の芯まで凍てつくような冷気が彼を中心に拡散した。
「氷度・結」
カチカチカチ――!
冷気が通り過ぎた後、青々としていた草の波は瞬時にクリスタルのような氷晶へと変わった。飛びかかろうとしていた三頭の狼は、悲鳴を上げる暇もなく、人の背丈ほどもある透明な氷柱の中に閉じ込められた。その姿はまるで精巧な氷の彫刻のように、生きたまま固定されていた。
アウグストゥスは額の銀髪を無造作にかき上げると、雷鳴のような歓声を無視し、勝者の余裕を纏って列に戻った。
「次は、シエン君」
名前を呼ばれ、俺は得も言われぬ不快感を覚えた。魂の年齢が42歳の「成熟した大人」として、目の前でキラキラしたアイドル気取りの芝居を見せつけられるのは、どうにも我慢ならない。
(魔力が無限だっていうなら、少し付き合ってやるよ)
俺はゆっくりと場の中央へ歩いた。左目の【観測者】は、すでにアウグストゥスが残した氷の構造を正確に捉えていた。それは魔力で分子の運動エネルギーを強引に奪う、暴力的な冷却だった。
左手を上げると、極限まで濃縮された赤紅色の火球が瞬時に形成された。
「あれは……火球術か?」
横でアウグストゥスが蔑むような鼻笑いをもらした。「あんな下級魔法を……」
その笑いが終わる前に、俺は五指を強く握り込み、火球を強引に握り潰した!
ドォォォン!
爆発の火光は霧散することなく、俺の両手の間に正確に圧縮された。続けて、体内の雷系エネルギーを狂ったように流し込む。紅い火と蒼い雷は掌の中で強引に融合し、禍々しい紫白色の高圧エネルギー球へと変貌した。
「行け」
両手を合わせると、咆哮する巨龍のような二筋の紅光が掌から放たれた! 一筋は空を貫き、幻理先生の作った幻の空に亀裂を入れるほどの衝撃を与え、もう一筋は地を這う扇状の波動となって、先ほどのアウグストゥスの氷層を直撃した。
氷は水になる過程すら省略され、一瞬にして高温で昇華され、辺りは真っ白な霧に包まれた。
凍てついていた会場は、一瞬にして真夏の不快な熱気へと引き戻された。
俺は振り返り、霧が晴れる中で、顔を青くしているアウグストゥスに挑発的な視線を送った。
「おっと、火力が強すぎて、君の『作品』を壊しちゃったみたいだな」
アウグストゥスは俺を凝視した。その優雅さは消え失せ、宿敵に出会ったような険しい表情へと変わった。彼は沈黙の後、自ら歩み寄り、先ほど魔法を放った右手を差し出してきた。
「……フン、アウグストゥスだ」
数多の少女を狂わせるであろうそのイケメン顔を見ながら、俺は適当に握り返した。
「シエンだ」
教室内の気圧が、一瞬で氷点下まで叩き落とされた。
アウグストゥスとの競り合いで生じた熱気は、アイリンが口を開いた瞬間、総毛立つような静寂に取って代わられた。
「喧嘩なら後でしなさい、二人とも」
幻理先生の静かな、だが強力な魔力を帯びた制止が、俺とアウグストゥスの間の火花を強制的に断ち切った。
その後のテストは、いくぶん退屈なものだった。獣人の血を引く生徒が咆哮と共に巨大化して狼を切り裂き、暗殺系の生徒が影に潜んでは判断を誤り、狼に喉を噛まれて不合格を言い渡される。
そしてようやく、幻理先生の視線が俺の隣に止まった。
「次の方。アイリン・フロモネッシュさん」
アイリンはゆっくりと前に出た。アウグストゥスのように優雅な詠唱もせず、俺のようにエネルギーを力任せに捏ねることもない。彼女はただ自分の両手を見つめていた。その紺碧の瞳は、今や雷雲さえ飲み込みそうなほど深い。
「魔力が、無限……」
彼女が小さく呟いた。
その瞬間、俺の左目【観測者】が狂ったように警告を発した。視界の中で、大気中の電子構造が歪み、あらゆる物理法則が彼女に跪いているかのように見えた。
「――『穹』」
ゴォォォォ……ッ!
音はない。だが魂を押し潰すような圧迫感が広がった。俺は硬直し、指先にさっきの電火砲を再現しようとしたが、いつものように呼応するはずの雷元素が、まるで死んだかのように沈黙していた。
見渡せば、クラス中の雷系魔法を持つ生徒たちが恐怖に顔を歪めていた。
これこそがアイリンの神級スキル――【穹】。彼女の領域内において、彼女こそが唯一の雷の神なのだ。
続けて、アイリンは右手を上げ、指先で空間をなぞった。
「――『蒼』」
虚空から裁きの剣が如く、純白の雷光が振り下ろされた。それは一般的な青や紫の電光ではない。高温すぎて透明に近い、純白の雷。クラスメイトたちが苦戦していた三頭の幻影狼は、白雷に触れた0.0001秒後には基本粒子へと分解され、哀鳴を上げることすら許されなかった。
雷が消えた後、草原には直径五メートルの焦げた巨大な穴だけが残されていた。
アイリンが振り返り、俺を見た。青い瞳にはまだ微かな電弧が残っていたが、俺と目が合った瞬間に、いつもの内気な少女へと戻った。
「シエン……できたわよ」
彼女は小さく言った。少しだけ、褒めてほしいような期待を込めて。
俺は驚愕し、言葉を失った。これこそが「災い」と称される青い瞳に秘められた、真の力か。
「……凄すぎるよ、アイリン」
心の底から感嘆が漏れた。
アウグストゥスは呆然と立ち尽くしていた。自分の氷結こそが頂点だと思っていた彼は、アイリンの【蒼】の前では、自分の氷など一秒と持たずに水蒸気になることを悟ったのだろう。
そして教室の隅では、黒い校服を着た白い仮面の生徒が、無意識に銀色の刀の柄に手をかけていた。仮面で表情は見えないが、その闘志が白雷によって点火されたことを、俺は肌で感じていた。
最後に、全ての視線が最後の一人に集中した。
「隠」。彼女は世界から切り離された黒いシルエットのように、一脚の椅子のようにそこにいた。全校で唯一の黒い制服が微風に揺れ、無機質な白い仮面が陽光の下で冷徹に輝いている。
クラスの殆どがその不気味な存在を避けていたが、俺は違った。
俺は、今はもう掛けていない眼鏡を押し上げる仕草をし、瞳を細めた。左目の【観測者】が驚異的な周波数で作動を開始する。神の眼の解析下では、あらゆる偽装は透明に等しい。
・刀を握る手首は白く滑らかで、肌の質感は極めて繊細。
・動きは鋭いが、刀を納める瞬間に指先が微かに震えている。それは極度の内向性が生む、小さな「照れ」の反応だ。
結論:こいつは冷酷な殺し屋なんかじゃない。仮面の下には、おそらくとんでもなく可愛い女の子が隠れている。
「あいつ、一体何しに来たんだ……」
横でアウグストゥスが、魔力の波動を感じさせない彼女を蔑むように吐き捨てた。
「隠」はゆっくりと場の中央へ進んだ。再出現した三頭の狼を前にしても、彼女は構えすら変えない。詠唱もなく、魔力の爆発もない。ただの枯れ木のように静かだ。
狼の群れが心臓を凍らせるような唸り声を上げ、一斉にその細い影へと躍りかかった。
その瞬間――
「シャッ」
極めて短く、澄んだ金属音が草原に響いた。
速い。
あまりに速すぎる。
俺の【観測者】は、一閃の銀色のアークを捉えた。それは魔法ではない。筋肉の構造と力学の法則を極限まで突き詰めた、純粋な剣術だ。彼女はわずか一歩踏み出し、腰の銀色の刀を十センチにも満たない距離、鞘から抜いただけだった。
全員が我に返った時、「隠」はすでに優雅に刀を鞘へと戻していた。
カチッ。
納刀の澄んだ音と共に、宙に浮いていた三頭の狼は、噛み付く姿勢のまま首から上が綺麗に滑り落ちた。切り口は鏡面のように滑らかだった。その後、幻影の体は黒い煙となって霧散した。
全場、沈黙。常に冷静な幻理先生でさえ、微かに眉を動かした。
俺は、黙って隅へと戻っていく「隠」の背中を見つめた。心臓が不自然に鼓動を速める。それは彼女の驚異的な剣術のせいだけではない。
彼女が背を向けたその瞬間、無意識に襟元をクイッと引き上げ、白いうなじを隠そうとしたからだ。その「照れ屋」な仕草は、先ほどの致命的な一太刀と極限のコントラストを成していた。
「……よし、テストは終了です」
幻理先生が手を叩くと、幻影の草原は一瞬で崩壊し、俺たちは教室へと引き戻された。
「どうやら今回の一組には、とんでもない怪人たちが集まったようね」




