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異世界の観測者 ~今度こそ、大切に生きていく~  作者: WE/9
世界を理解する

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魔法学院

西世せいせい821年。この「スクウィタン」と呼ばれる大陸で、俺はすでに八年の歳月を過ごしていた。


ここの時間概念は実に興味深い。人々は月の満ち欠けによる正確な日付には無頓着だが、二十四時間の生活リズムは厳格に守っている。「西世」の由来については、村の古い図書館にあるカビ臭い文献によれば、闇から文明を切り拓いた「勇者」を記念したものだという。38歳の魂を持つ俺からすれば、それは宗教的か政治的なプロパガンダである可能性が高いと直感するが、この辺境の村において「勇者」は唯一無二の信仰だった。


そんな神話的な世界で、俺は「異世界人」のロジックを駆使し、あらゆる魔法の流れを解体・構築デコンストラクションすることに励んでいた。


だが、八歳になった今年の庭は、以前より少し寂しく感じられた。


一年前、俺が七歳の時。村の誇りであるレオン兄さんが、その驚異的な魔法の才能を見込まれ、王立軍に正式に徴兵されたのだ。見送りの日、村中の人間が集まり、父さんのカイルも母さんのシニィも、誇らしさと寂しさで目頭を熱くしていたのを覚えている。


レオン兄さんは相変わらず少し古びた革のベストを着て、背中には大げさなほど巨大な剣を背負っていた。出発の間際、彼は大股で俺の前に歩み寄ると、鷲の紋章が刻印された分厚い封筒を、俺の胸に「ドンッ!」と叩きつけた。


「ゴホッ……ゴホゴホッ!」


あまりの衝撃に、危うくそのまま他界するかと思った。旅立つ前にこの「構造オタク」を物理的に解体するつもりか。


「シエン、このクソガキ」


レオン兄さんは屈み込み、雷光の残影を宿した瞳で俺を真っ直ぐに見据えた。その笑みはどこまでも不敵で、自由奔放だった。「いいか、これは大事な手紙だ。暇な時に自分の部屋で開けろ」


そして、無骨な掌で俺の茶髪を乱暴にかき回した。


「いいか、俺は中央都市スウィヤでお前の挑戦を待ってるぜ!」


そう言い残すと、彼は馬に跨り、土煙を上げながら颯爽と去っていった。


その晩、俺はベッドの上で手紙を開いた。そこにはレオンらしい、荒々しくも懐かしい筆跡が躍っていた。


俺の第一弟子、シエン・スライへ


スウィヤの南方、学者の街と呼ばれる**『ストルセヴィア』**。


そこの魔法学院には大陸で最も進んだ図書館がある。


一日中頭の中で変な構造を組み立てているお前のような変人には、お似合いの場所だ。


(封筒の隙間から、魔法学院の推薦状がこぼれ落ちる)


七年後、お前が卒業する時。


俺はあそこで待っている。


それは彼からの最高の肯定であり、俺の心に蒔かれた種だった。それ以来、俺は父さんの建築の仕事を手伝う傍ら、レオン兄さんが遺してくれた魔法の心得を狂ったように解析し続けた。


この世界の正式な入学年齢は、十二歳だ。


午後の陽光が、分厚い木製のテーブルを温かく照らしている。


俺はごく普通の八歳の子供のように、リコと一緒に机に向かっていた。といっても、大半は彼女から地理の常識を教わっている時間なのだが、俺の決意は誰よりも固かった。


俺は**『ストルセヴィア』**へ行く。レオン兄さんの背中を追うんだ。あの伝説の魔法学院には、デザイナーであり転生者である俺が最も渇望する知識がある。英雄として名を馳せるか、あるいは魔法で家を建てるだけの平凡な男で終わるかは分からないが、まずはあの門を叩かなければならない。


ふと、リビングの向こう側にいる父さん、カイルに目をやった。


カイルは俺にとって常に「冷静沈着」の象徴だった。口数は少なく、趣味は木を削ること。時折、忙しく働くシニィにボソッと気の利いたジョークを飛ばし、彼女を赤面させる。現状に満足し、家族を愛する一介の木工職人。彼にとっての世界の広さとは、この木の香りが漂う小さな家そのものなのだろうと思っていた。


だが、今の彼の表情は少し違っていた。


カイルは手にしていた鉋を置き、ズボンの木屑を払うと、その穏やかな茶色の瞳で俺を射抜いた。


「シエン、ちょっと来なさい」


その声は大きくなかったが、拒絶を許さない重厚感があった。俺は算数の教科書を置き、不思議そうな顔をするリコに合図を送って、父さんと共に裏庭へ出た。


裏庭には加工を待つ良質な木材が積まれ、新鮮な木の香りが満ちている。カイルは巨大なオークの木の下で背を向けて立ち、しばらく沈黙した後、ゆっくりと振り返った。


「ストルセヴィアに行きたいんだろう?」


天気のことを話すかのような、静かな口調だった。


「はい、父さん。あそこで本物の魔法の構造を学びたいんです」


俺は正直に答えた。


裏庭を風が吹き抜ける。カイルの言葉は、静かな湖面に投げ込まれた巨石のように、俺の心に波紋を広げた。


「シエン、魔法学院の学費だが……分かっているな?」


俺の心臓がどきりと跳ねた。今世は温かい家庭に恵まれたが、カイルは一介の職人、シニィは専業主婦だ。スクウィ坦大陸において、トップクラスの学院の費用は、一般家庭にとっては極めて重い「構造的負荷」となる。予算の問題で、入学を遅らせなければならないのか?


カイルは俺の強張った顔を見つめ、二秒ほど沈黙した後、真剣な眼差しで言った。


「我が家の貯えで十分足りる。ただ……言いたくはないが、俺たちを失望させるなよ。シエン、お前ならやれる」


それを聞いて、俺は安堵すると同時に、胸の奥が熱くなるのを感じた。カイルは口数こそ少ないが、彼なりのやり方で家の「地基ファウンデーション」を支え、俺が建てたいビルを建てさせてくれようとしている。


「父さん、約束します」


俺は力強く頷いた。


カイルは草の上に腰を下ろし、隣を叩いて俺を促した。タコのできた無骨な手で膝を支え、彼は遠い地平線を見つめた。


「人生には、夢を追うのが待ちきれない時期があるものだ。だがシエン、お前は違う。普通の手の子供とは違う気がするんだ」


ドクン、と心臓が鳴った。三十代の魂を持つ転生者として、最も恐ろしいのは親しい人間に「解体」されることだ。まさか、何か気づかれたのか?


「お前の理解力と魔法への渇望は、誇らしくもあり……どこか見知らぬ誰かを見ているような気分にもさせる」


カイルは自嘲気味に笑い、俺を振り返った。「他の家ではまだ母親に甘えているような子供が、どうしてうちでは火球を操り、魔法の構造を研究しているんだ?」


俺は気まずそうに頭をかき、この世界で最も標準的な「言い訳」を口にした。


「父さん、それは天からの祝福だよ」


俺は少し笑った。これは真実だ。記憶を持って転生できたことは、神様からの最高級のギフトなのだから。


「いいや、シエン」


カイルは笑みを消し、その瞳は比類なき厳格さと温かさに満たされた。「それは天のおかげじゃない。シエン・スライ自身の努力だ。俺は見ていたぞ。真夜中に一人で魔力制御を練習する後ろ姿を。一つの術式を理解するために本をボロボロになるまで読み返す、その執念を」


彼は大きな手で、俺の髪を力強く、だが慈しむように撫でた。


「お前の頭の中に何が詰まっていようが、お前は俺の息子だ。行け。スウィヤへ行き、あの変人たちが集まる場所で、お前の天才を世界に見せつけてこい」


その瞬間、俺は確信した。カイルは俺が「転生者」かどうかなんて、どうでもいいのだ。彼にとって俺は、夢のために努力する息子。それだけで十分だった。


夕闇が室内の木の床を温かなオレンジ色に染めていた。リコが帰った後の家は静かで、キッチンから聞こえる薪の爆ぜる音だけが響いている。


シニィは窓際の椅子に座り、繕い物の手を止めていた。彼女はいつものように忙しく立ち働くのではなく、静かに部屋へ入ってきた俺を見つめた。俺は深く息を吸い、彼女の向かいにある木椅子を引いて座った。人生で初めて、母とこれほど厳粛な対話をするために。


「母さん、僕、魔法学院に行きたいんだ」


魔法の構造理論、将来のキャリア設計、彼女の不安に対する反論……用意していた言葉は山ほどあった。しかし、シニィはただ優しく針を置き、湖のように穏やかな視線を俺に向けた。


「ええ、分かっているわ」


返答は、拍子抜けするほど早かった。


「お父さんと相談したのよ」


シニィは微笑み、俺の額の乱れた髪を整えた。「あなたがどれほど魔法を愛しているか。そして、その瞳の中にこの小さな村には収まりきらない光を宿していることを、私たちは知っている。だから……しっかり準備しなさい。四年後、胸を張ってレオン兄さんに追いつくのよ」


この理解ある両親を見て、「努力」の価値を語ってくれた父と、それを温かく支える母。前世の、数字とリターンばかりを求められる抑圧的な環境を思い出した。あの世界では、「夢を追う」という願いは冷酷な現実に砕かれることが多かった。だが、ここでは彼らが最も堅牢な「構造支柱」となってくれている。


その瞬間、俺のデザイナーとしての理性は崩壊した。因果律の分析などどうでもよくなった。ただ、この両親が愛おしくてたまらなかった。


「……ううっ、母さん……!」


鼻の奥がツンとして、俺はシニィの温かな懐に飛び込んだ。魂はおっさん級だが、八歳の体は正直に感情を解き放った。


「あらあら、急に子供に戻っちゃって。さっきまでは小さな大人みたいだったのに」


シニィは笑いながら俺の背中を叩いた。微かな石鹸の香りが、かつてない安らぎを与えてくれた。


「(へぇ、ヒデヒコ)」


銀の声が、珍しく優しく脳内に響いた。「(涙腺の構造が少し暴走してるみたいだけど、こういう『感情エネルギー』の収束は、君の魔力核コアにはプラスに働くよ)」


俺は心の中で誓った。この信頼を裏切らないためにも、残りの四年間、誰よりも努力しよう。最強の魔導師になるだけでなく、この眼で、この温かな「地基」を完膚なきまでに守り抜いてみせると。


夕日が沈み、丘の上の草波が風に吹かれて揺れている。それは今の俺の不安な心境そのものだった。


西世824年、十一歳。


この一年、俺は意識的に「未来」の話題を避けてきた。五歳の時から一緒に育ち、俺の奇妙な理論に付き合い、汗を拭いてくれた幼馴染に、別れを告げるのが怖かったのだ。十九歳になったリコは、本来なら自分の結婚や家業に忙しいはずなのに、今でも毎日裏庭に現れては、俺というガキの勉強に付き合ってくれていた。


考えに耽っていると、リコの少し鋭く、それでいて温かな声が耳元で弾けた。


「シエン」


振り返ると、リコが隣にいた。十九歳になった彼女のポニーテールが肩に揺れ、その清らかな瞳は俺の魂の深淵に隠した秘密さえ見透かしているようだった。


「あなた……遠くへ、行くんでしょ?」


俺は絶句した。心の中に築いたはずの防衛壁が一瞬で瓦解する。レオン兄さんの手紙をもらったあの日、大人たちはただの近況報告だと思っていたはずなのに。リコには、すべてお見通しだったのだ。


「……うん、リコ。来年の誕生日の後、ストルセヴィアに行く。あの魔法学院へ」


俺は申し訳なさに俯いた。


リコは怒らなかった。理由を問い詰めることもしなかった。彼女はただ晴れやかに笑うと、予兆もなく両腕を広げ、俺を力一杯、温かく抱きしめた。


「えっ……」


体が硬直した。十歳を過ぎてから、「紳士」としての自覚を持って彼女とは距離を置いてきた。男女の別がある。俺はもう、甘えていい子供ではないと思っていたからだ。だが、彼女の胸から漂う微かな草花の香りに、鼻の奥が熱くなった。


「頑張って」


耳元で囁くと、彼女はすぐに腕を解き、颯爽と立ち上がった。そしてスカートの埃を払うと、一度も振り返ることなく丘を駆け下りていった。


彼女の背中を見つめ、俺は拳を握りしめた。


あの抱擁は別れではない。それは、温かな支えだった。



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