卒業式
薄いカーテンを透かして朝陽が差し込み、寮の姿見の前に斑な光を落としている。
俺は鏡に向かってネクタイを整え、見慣れているようでどこか新鮮な自分を見つめた。この白い正装は裁断が極めて鋭く、絞られた腰のラインが、この数年間の鍛錬で手に入れた引き締まった体躯を際立たせている。いつもは無造作な茶髪も、今日は丁寧にバックに流して額を出した。
「ふむ、なかなか様になってるな」俺は思わず鏡の中の自分に口角を上げた。柄にもなく凛々しい面構えに、左眼の「観測者」さえも共鳴するように、淡い白光を瞳の奥に宿している。
扉を開けると、廊下の清々しい空気が俺を迎え、そこには見慣れた、それでいて対照的かつ調和の取れた二つの影があった。
「ちょっと、待ちくたびれたわよ、シエン!」
アイリンとリナが、隣の部屋のドアに寄り添って並んでいた。その瞬間、廊下の光がすべて彼女たちに吸い寄せられたかのような錯覚に陥った。
アイリンは、活発な冒険者風のローブを脱ぎ捨て、深い紺色のオフショルダードレスを纏っていた。ストラトス・ヴィアの深夜の星空のようなその色は、彼女の滝のような青い長髪を完璧に引き立てている。露わになった鎖骨のラインは優美で、首元の魔石が柔らかな光を放っていた。
そして隣に立つリナは、驚いたことにあの黒い制服を脱いでいた。彼女が選んだのは、雲のように軽やかな純白のドレスだ。顔には相変わらず白い仮面があったが、白いドレスに包まれた彼女は、冬の日に静かに咲く雪蓮のような、聖潔で不可侵な冷艶さを放っていた。
「……どうかしら?」
アイリンは浮かれた小鳥のようにドレスの裾を摘み、俺の前で可愛らしくくるりと回った。深い紺色の裾が広がり、満開の曼荼羅華のように揺れる。海のような大きな瞳を輝かせ、期待に満ちた眼差しで俺を見つめた。
「シエン、似合ってる?」
隣のリナは言葉を発しなかったが、胸の前で落ち着かなげに組まれた指先や、仮面の下の少し荒い呼吸が、彼女もまた肯定を求めていることを雄弁に物語っていた。
俺は深く息を吸い込み、少女へと脱皮した二人の仲間を見つめた。胸の奥から、得も言われぬ誇らしさと感動が湧き上がってくる。
「ああ、似合ってる」俺は一歩踏み出し、自分でも驚くほど優しい声で言った。
「二人とも最高に綺麗だ。綺麗すぎて、今日一日、全校生徒の男どもの目が釘付けになるのが心配なくらいだよ」
それを聞いたアイリンの頬に瞬時に紅潮が差し、花が咲いたような笑顔がこぼれた。リナも仮面越しではあるが、強張っていた肩の力が抜け、彼女の周囲に喜びの魔力波動が漂うのを感じた。
「準備が整ったなら、行こうか」俺は左右の手を差し出し、軽く腰を曲げた。「行こう、二人の準卒業生諸君」
出発しようとしたその時、廊下の向こうから急き立てるような、不遜な革靴の音が響いてきた。
「おい! 待てよ、俺たちを置いて主役を独占するつもりか?」
アウグストゥスが袖口を整えながら早足でやってきた。認めざるを得ないが、こいつの鼻持ちならない傲慢な気質は、金縁の黒い正装と合わせると、どこか古い王室の継承者のような気品を漂わせている。いつも通りの厭世的な顔さえも、不思議と魅力的に見えた。
だが、俺たちの息を飲ませたのは、その隣にいた小さな影だった。
「あら? セシル!」アイリンが驚きの声を上げ、瞳を輝かせて駆け寄った。「珍しくお洒落してるじゃない! そのドレス……すっごく可愛いわ!」
普段はぶかぶかのマントを羽織って寝不足面をしているセシルが、淡いレモンイエローのティアードレースドレスを纏っていたのだ。耀く金髪は丁寧に編み込まれ、肩の片側に垂らされている。幼さの残る、だが人形のように精緻な顔立ちが際立っていた。瞳には相変わらず気怠げな色が混じっていたが、その佇まいはまるで繊細な陶器の芸術品だ。
「ふん……」セシルはアイリンに頭を撫でられ、気まずそうに顔を背けた。白い頬が淡いピンク色に染まる。
「こんな場所……ちゃんとした格好をしないと、ゲンリ先生に幻術で目覚まし時計に変えられちゃうから……」
彼女は小さな手でぎこちなくドレスの裾を整え、アイリンの腕を急かすように突いた。
「ほら、早く行くわよ。遅れるわ……遅刻して全校生徒に注目されたら、その場で寝てやるんだから」
集まった四人――深い紺のエレガンスなアイリン、純白で聖潔なリナ、黒い貴気の漂うアウグストゥス、そして淡い黄色の可憐なセシル。これが俺が育ててきたチーム、未来の「幻光」だ。
「全員揃ったな。それじゃ、出陣だ」俺は隊列の先頭に立った。背後から四つの強大な魔力が一つに溶け合うのを感じる。
寮を出ると、ストラトス・ヴィアの朝の風がドレスを揺らした。大通りはすでに生徒や保護者で溢れかえっていたが、俺たちの一団が現れた瞬間、喧騒は目に見えない刃で裂かれたように静まり、左右へと道が開いた。礼堂へと直通するその空路を、俺たちは堂々と進む。
無数の驚嘆、嫉妬、憧憬の視線が俺たちに突き刺さるのを感じた。
「シエン、手が震えてるわよ?」アイリンが俺の耳元で悪戯っぽく囁いた。
「お前が近くに寄りすぎるからだ。誰かに決闘を申し込まれないか心配なんだよ」俺はポーカーフェイスで返したが、視線は開かれようとしている礼堂の巨大な扉を見据えていた。
礼堂の重厚なオークの扉が開き、管弦楽の壮大な旋律とともに光が押し寄せた。俺たち五人の影が長く伸びる。
正直に言えば、足を踏み入れた瞬間、胸の奥に懐かしい酸っぱさが込み上げてきた。「感動」という名の感情だ。この世界において、魔法教育は十二歳から十六歳までのわずか四年間。前世のような中学、高校、大学といった微睡むような積み重ねはない。つまり、この式典が、この少年少女たちにとって唯一の、そして人生で最後の青春の幕引きなのだ。
周囲を見渡せば、普段はだらしない制服でふざけ合っていた連中が、今日は皆ぴしりとした正装に身を包んでいる。幼さが消え、未来への憧憬と不安が混じったその純粋な空気感に、前世の魂を持つ俺さえも、遠い昔の校園の記憶を呼び起こされずにはいられなかった。
案内され、俺たちは最前列、二列目の「プラチナシート」へと進んだ。そのすぐ目の前には、特邀ゲストとして招かれた二つの背中があった。――クレドとマキシだ。
普通の生徒なら「勇者級」の人物を前にして呼吸さえ忘れるだろう。だが俺たちにとって、この二人は単なる雲の上の強者ではない。共に戦い、共に酒を飲み、醜態すら見せ合った「師であり友」だ。俺はクレドに挨拶しようか、それともマキシに会釈しようか迷ったが、彼らが必死に「威厳ある長輩」を演じて背筋を伸ばしているのを見て、思わず内心で吹き出してしまった。
「シエン……」アイリンが机の下で俺の正装の裾を握りしめた。布越しに伝わる彼女の体温。横を見ると、彼女は深呼吸して震えを抑えようとしていた。
リナは雪の彫像のように背筋を伸ばし、セシルはすでに「式が終わるまでの時間」を計算するように頭を傾け、アウグストゥスは眼鏡の奥で深い眼差しを湛えていた。
その時、教壇に立った校長が声を上げた。魔術で拡声されたその老練な声が、礼堂の隅々にまで響き渡る。
「……式を、開始する」
その四文字とともに、全場が静寂に包まれた。
校長の磁気はあるが退屈極まる演説が続く中、俺は「観測者」の左眼で周囲のエネルギー流動を眺めていた。各系の教師たちが嘉賓席に戻ってくるのが見える。
すると、一本の細く神秘的な黒い気配が視界をよぎった。クレドの隣に、いつの間にか艶やかな影が座っている。
ゲンリ先生だ。
今日は深紫色のイブニングドレスを纏い、熟成された優雅な曲線を完璧に描き出していた。周囲に漂う幻影の魔力が、彼女を現実離れした存在に見せている。
「勇者様、ごきげんよう」
彼女が唇を開いた。声は極めて低く、しかし普段は絶対に出さない、少女のような緊迫した羞恥を含んでいた。長く伏せられた睫毛が、瞳の奥の熱い光を隠している。その姿は驚くほど淑やかで可憐だった。
「おお、ゲンリ先生か。久しぶりだな」
クレドは相変わらず大雑把に挨拶を返した。野性味溢れる端正な顔に爽やかな笑みを浮かべ、無造作に髪を掻く。隣の女性の胸中にどれほどの嵐が吹き荒れているか、彼は微塵も気づいていない。
俺はその光景を見て、吹き出しそうになるのを必死で堪えた。
俺の位置からは、ゲンリ先生が手を不安げに弄り、視線を泳がせているのがよく見えた。一歩踏み出したいのに必死で抑制し、優雅さを保とうとして「隙だらけ」になっているその姿は、昨夜舞台裏で見た神秘的な導師とは別人のようだった。
「シエン、何笑ってるのよ」隣のアイリンが小声で突っ込んできた。
「いや、何でもない。ただ……」俺は口角を下げる努力をしながら囁いた。
「この学校最強の幻術の天才でも、運命の『天敵』に出会うと、普通の女子生徒と変わらなくなるんだなと思ってさ」
アイリンも俺の視線を追い、すぐに全てを察した悪戯っぽい笑みを浮かべた。
そんな滑稽で温かい一幕の間に、演説が終わった。校長が俺たちの方を見る。
「……続いて、卒業生代表。シエン・スライ、アイリン・フロモネシュ、隠、アウグストゥス、セシル・ロトランンス、教壇へ」
指名を受け、俺たち五人は一斉に立ち上がった。数千人の視線がスポットライトのように俺たちを射抜く。俺を筆頭に、アウグストゥスとセシル、そしてアイリンとリナが並んで壇上へと進む。
壇上に並ぶと、俺たちの放つ強大な魔力の圧によって、空気が張り詰めた。そこへ、記録用の水晶球を持ったスタッフが申し訳なさそうにリナに近づいた。
「隠さん、あの……卒業証書の映像記録と公平性の観点から、仮面を外していただけますか」
その言葉に、リナは凍りついた。動作が完全に「フリーズ」し、白い手は胸元でドレスのレースを握りしめたまま、極度の羞恥心で震え出した。仮面越しでも、彼女の頭の中が真っ白になっているのが分かった。
観客席の男子生徒たちがざわめき始め、嘉賓席のクレドまでが興味津々に身を乗り出している。
「リナ」俺は少しだけ体を向け、仲間にしか聞こえない声で囁いた。優しく、しかし力強い声で。
「時が来たんだ。お前はもう影に隠れる『隠』じゃない。『幻光』のリナだ。俺を見ろ、お前ならできる」
リナの仮面が俺を向いた。二秒ほどの沈黙。やがて彼女は決死の覚悟を固めたように、震える手を耳の後ろの留め具へと伸ばした。
「カチッ」という小さな音が響き、白い仮面がゆっくりと外された。
その瞬間、世界の時間が静止した。
「わああああ――!」
「……っ!」
刹那の死寂の後、屋根を突き破らんばかりの驚嘆と歓声が爆発した。
遮るもののないその美貌は、息を呑むほどだった。黒く艶やかな長髪が滝のように流れ、羞恥で真っ赤に染まった頬を引き立てている。水のように清らかな瞳は足元を見つめ、長い睫毛が不安げに震えていた。冷傲さと嬌羞が混ざり合った究極のギャップが、会場にいた全員の心臓を撃ち抜いた。
「か、可愛すぎる……!」
「あれが隠? 本当にあのアタッカーの隠なのか!?」
男子生徒たちは狂ったように咆哮し、興奮のあまり立ち上がる者さえいた。嘉賓席のマキシは驚きに眉を跳ね上げ、ゲンリ先生は「やっぱりね」と言わんばかりの得意げな笑みで俺に頷いた。
リナはその騒ぎに怯え、今すぐ刀を抜いて空間を切り裂いて逃げ出したい様子だったが、アイリンが素早く彼女の腰を抱き寄せ、誇らしげに壇下に手を振って牽制した。
校長は数多の修羅場を潜ってきた男だが、まさか仮面一つでここまでパニックになるとは思わなかったらしい。彼は苦笑いしながら二、三度咳払いをし、騒ぎが収まるのを待ってからようやく再開した。
「……卒業生、答辞。アイリン・フロモネシュさん」
アイリンの名前が呼ばれると、熱気は冷めるどころか、油を注がれたようにさらに激しく燃え上がった。アイリンは深く息を吸い、深い紺色のドレスを揺らしながら、優雅かつ自信に満ちた足取りで中央へ進んだ。
彼女の呼び声はリナに引けを取らない。リナが秘蔵しておきたい神秘の雪蓮なら、アイリンはこの学院で最も眩しく、侵略的なまでの美しさを誇る雷霆の薔薇だ。青い髪が魔法の光を反射して眩惑的な光沢を放っている。
俺は教壇の脇に立ち、熱狂する男子生徒たちを見て内心でほくそ笑んだ。勝ったな、と思った。全校生徒の注意力の九割は、リナの美貌とアイリンの覇気に占拠されている。今のアイリンなら、マイクに向かって「甘いものが大好きです」とだけ言っても、名言として語り継がれそうな勢いだ。
アイリンは壇上に手を置いた。落ち着いているように見えるが、俺の「觀測者」は彼女の魔力が興奮で跳ねているのを捉えていた。
スピーチが始まった。声は清らかで、リズム感に溢れている。だが、言葉の合間に、彼女の青い瞳が落ち着きなく俺の方をチラチラと見る。それは俺にしか分からない、手柄を自慢するような茶目っ気と、肯定を求める依存の混ざった視線だ。
俺も視線を返した。励まそうと思ったのだが、スピーチの動作で彼女が少し前傾姿勢になったり、息を吸い込んだりするたびに、オフショルダードレスが強調する曲線があまりにも眩しすぎた。
耐えきれず、俺の視線は彼女の長い首筋から滑り落ち、呼吸に合わせて揺れる胸元をしばらく見つめてしまった。白い正装とライティングに映えるその生命力に溢れた起伏は、あまりにも……扇情的だった。
アイリンは明らかに俺の視線の「逸脱」に気づいた。
厳粛に語っていた彼女の声が、半秒ほど微妙に詰まった。見る間に耳の付け根まで真っ赤に染まっていく。彼女は俺を睨みつけた――それは怒りではなく、「この変態、後で覚えてなさいよ」という甘い抗議だった。
だが直後、彼女は俺の注視に発破をかけられたように、さらに胸を張り、演説のトーンをより激しく、威厳に満ちたものへと変えていった。
前列に座るクレドが俺たちの微妙な空気を感じ取ったのか、振り返って「若い奴は元気だな」という揶揄うような視線を送り、親指を立ててみせた。
「こいつ……どこ見てんだよ」俺は気まずく咳払いし、慌てて真面目に聞いているふりをして視線を逸らした。
俺がアイリンの曲線美に見惚れ、オフショルダのデザインがいかに「成熟」と「少女らしさ」を完璧に調和させているかを分析していた時、壇上の声が止まった。
「……答辞、終わります。ありがとうございました」
アイリンが流れるような動作で優雅に一礼し、割れんばかりの拍手が沸き起こる。しかし、頭を上げた瞬間に彼女の表情は「崩れ」た。羞恥と得意げな色が混じった瞳で、早足で俺の方へやってくる。
その急ぎ足が香りを運び、ドレスの裾が揺れて彼女の足の長さが際立つ。俺の横に来るなり、彼女は周囲には聞こえない、歯を食いしばったような低い声で囁いた。
「シエン、この大エッチ! さっきどこをどれだけ見てたか、全部覚えてるんだから! 今日奢ってもらうケーキ、一秒につき一個追加よ! 一個でも足りなかったら、あんたの拠点の設計図にカメの落書きしてやるんだから!」
赤らんだ頬でそんな脅し文句を吐く彼女は、どこまでも愛らしかった。
「わかった、わかったよ」俺は甘やかすような声で返した。「一秒一個どころか、バスリン通りのスイーツ店を全部買い占めてやってもいい。なにせ……さっきのは『観測者』が美しいものに惹きつけられてしまった、不可抗力の本能だからな」
「も、もう! 変なこと言わないでよ!」アイリンの顔がさらに赤くなり、肘で軽く小突かれたが、そこには全く力がこもっていなかった。
逆側では、再び仮面を被ったリナが俺たちのやり取りを見て、髪の隙間から見える耳まで赤く染めていた。アウグストゥスとセシルは「早く終わらせろ」と言わんばかりの顔で、すでに壇を降り始めていた。
「行くか。大役御免だ」俺はアイリンの肩を叩いた。「次は証書の授与だ。お前の『伝説の瞬間』はまだ終わってないぞ」
式典のボルテージは最高潮に達した。
意外なことに、最高栄誉ゲストであるクレドが、席で待つのではなく、自ら儀典兵から分厚い金縁の証書を受け取り、俺たちの方へ歩み寄ってきたのだ。
彼は全卒業生に平等に接してはいたが、その巨大で圧倒的な存在感が俺たちの前で止まった時、その意味が他とは違うことを俺は確信した。共に戦い、指導を受けてきた俺たちにとって、これは単なる紙切れではない。継承と、認可の儀式だ。
「シエン・スライ君」クレドが俺の前に立ち、その瞳に深い慈しみと笑みを湛えた。
「はい、勇者クレド様」
俺は背筋を伸ばし、初めて公式な場で日頃の気安さを捨て、最上の敬称で応えた。それは、人類を平和へと導いた英雄への、心からの敬意だった。
「卒業おめでとう、シエン」彼は赤いリボンで結ばれた証書を俺の手に渡し、節くれだった大きな手で俺の肩を力強く叩いた。その瞬間、温かい魔力が流れ込んできた。それは無言の伝承のように感じられた。「マキシからもプレゼントがある。式が終わっても、すぐに帰るなよ」
「ありがとうございます」俺は頷いた。
続いて、クレドはアイリン、リナ、アウグストゥス、セシルへと順に証書を授与していった。リナの前では少し足を止め、仮面を外した勇気を称えるように微笑んだのが印象的だった。
席に戻ると、アイリンはやっと重荷を降ろしたように活気を取り戻し、証書を握りしめて隣の連中に壇上の様子やリナの衝撃的な美貌について喋り倒していた。俺はその生命力溢れる姿を眺め、ようやく張り詰めていた神経を緩めた。
だが、式典が幕を閉じようとしたその時、壇上のクレドが再び拡声のマイクを取った。
「証書の授与は終わった。……さて、これからの重荷を少しだけ脇に置いて、この四年間を思い出そうじゃないか」
その時、前列に座っていたゲンリ先生が優雅に立ち上がった。彼女は俺たち卒業生に向け、神秘的で優しい微笑みを送ると、虚空に向かって軽やかに指を鳴らした。
パチン、という乾いた音が響いた瞬間、礼堂の光が柔らかな暗闇に飲み込まれた。
次の瞬間、周囲の空間が激しく歪んだ。隣にいたアイリンもリナも消え、そこには絶対的な静寂と、純粋な個人領域だけが広がっていた。
目の前に、シャボン玉のような無数の映像が浮かんできた。
四年前、村を出たばかりで、不安と迷いを抱えながらストラトス・ヴィアの門を潜った、一人の茶髪の少年が見えた。
校舎の隅で初めて「観測者」を練習した時の、瞳に宿る未熟な白光。
アウグストゥスとの出会いの口論、馬車で出会ったアイリン、影の森で仲間と背中を預け合った死闘の瞬間……。
これは単なる幻影ではない。ゲンリ先生が極致の魔力を用い、一人ひとりの四年にわたる記憶の断片を再編したものだ。俺は隣を見ることができなかったが、分かっていた。アイリンも、リナも、すべての卒業生が今、独りで自分の時間の流れの中に立ち、かつての青臭く、努力し、泣き虫だった自分自身と再会しているのだと。
俺は手を伸ばし、「幻光」の雛形が形作られた頃の映像に触れた。目尻がいつの間にか熱くなっていた。
「……俺たち、こんなに遠くまで来たんだな」
暗闇が引き、礼堂の明かりが再び灯った時、会場は奇妙な静寂に包まれていた。その後、堪えきれない啜り泣きと感嘆の声が四方から沸き起こった。誰もが今の魂を揺さぶる時間旅行の余韻に浸っていた。
「さっきの……入学した日の私だったのかな」アイリンが鼻をすすりながら、真っ赤な目で笑っていた。
しかし、その奇跡の主であるはずのゲンリ先生は、壇上でかつてないほどの「決意」を瞳に宿して立っていた。一方、儀式の開始を告げたはずの勇者クレドは、茫然自失といった様子で教壇を降り、平地でよろめくほど動揺していた。
「げ、ゲンリ……?」クレドが頭を掻いた。魔王を前にしても退かなかった伝説の男が、困惑と驚愕に顔を歪めていた。「どうして……俺が見た幻影だけ、みんなと違うんだ? 思い出じゃなくて、あれは……」
「クレドさん」
ゲンリ先生が彼の言葉を遮った。彼女は一歩踏み出し、優雅な神秘性を粉砕して、燃えるような情熱を露わにした。八十四年を生き、世界の繁栄を見届けてきた勇者の前で、彼女は僅かに背伸びをした。
俺は息を止め、「観測者」を起動させた。先生の周囲の魔力が、極限まで圧縮された感情の爆発によって激しく律動しているのが見えた。
彼女はクレドの耳元に口を寄せた。その声は、強化された俺の聴覚でも捉えられないほど微かだった。
唇が動き、優雅な貌はドレスの色さえ霞むほど紅く染まっていた。それはおそらく、数多の光影と年月を越えて秘めてきた、彼女の「告白」だったのだろう。
クレドは石のように固まった。
一世紀近くを生き、数多の浮名を流し、俺でさえ「既婚者だ」と聞いている伝説の勇者が、初陣の新兵のように狼狽えていた。宙に浮いたままの手が何度か空を切り、そして全校生徒が息を呑んで見守る中、彼は長く、複雑な感情の籠もった溜息を吐いた。
彼はゆっくりと手を伸ばし、細い深紫の影をその太い腕の中に抱き寄せ、力強く抱擁した。
俺の位置からは、彼の表情は見えない。その耳打ちで約束を交わしたのか、それとも抱擁によって優しく拒絶したのか。ただ、ゲンリ先生が彼の厚い肩に顔を埋め、肩を微かに震わせているのだけが見えた。
「わぁ……」アイリンが横で絶句していた。「先生、本当にいっちゃったわね」
「八十四歳のじじいだぞ」アウグストゥスは眼鏡を押し上げたが、その目には敬意が混じっていた。
俺はスポットライトの端で抱き合う二人を見て、万感の思いが去来した。結果がどうあれ、先生もまた、俺たちの卒業の日に自身の「卒業儀式」を終えたのだ。
マキシの広い背中が、前方で繰り広げられる「勇者と導師」のトレンディドラマを遮った。彼は振り返り、その端正な顔に晴れやかな笑みを浮かべた。そして懐から精緻な羊皮紙の巻物と、魔法の銀光を放つカードを取り出し、俺の手に押し付けた。
「クレドのあの一幕は、見なかったことにしてやろう」マキシは戦友を揶揄うように鼻を鳴らし、真面目な顔に戻った。
「ギルドを組むんだろう? 申請なんて面倒な手続き、お前たちにやらせてたら来年になっても開業できやしない。前置申請と信頼担保は、俺が全部済ませておいたぞ」
俺は手に残るカードの重みに呆然とした。
スクウィタン大陸において、正式なギルドの設立ハードルは極めて高い。莫大な資金はもちろん、名声ある強者たちによる政治的、実力的なダブル担保が必要だ。卒業後にどれほどの時間を事務手続きに奪われるかと危惧していたが、先生が裏でその最も険しい道を舗装してくれていたのだ。
「そのカードはギルドの暫定ライセンスだ」マキシは俺の肩を、脱臼しそうな力で叩いた。
「戻ったらギルド名とメンバーを記入して、スウィヤなり公式機関なりに提出しろ。あの街じゃ、俺とクレドの名前は多少は効くからな」
「せ……先生、ありがとうございます!」
俺は深く息を吸った。この卒業祝いの重みを噛み締める。これは単なる書類じゃない。俺たちの実力への最終的な認可であり、俺たちを戦場へと送り出す力強い背中押しだ。
「俺だけに礼を言うなよ」マキシは豪快に笑い、遠くで手を振っているレオンを指差した。
「レオンの兄貴分も相当動いてくれたぞ。中央都市での顔の広さは俺以上だ。お前たちのために、役人を相当突き回したらしいからな。今度会ったら、ちゃんと礼を言えよ」
見れば、レオンが礼堂の柱に寄りかかり、俺の視線に気づくと指先で小さな火球を捏ねて爆発させ、「アニキ」らしい不敵な笑みを浮かべていた。
アイリンが寄ってきて、カードを覗き込んだ。「シエン、これが……俺たちの『幻光』なの?」
「ああ」俺はカードを握りしめ、期待に満ちたリナ、アウグストゥス、セシルを振り返った。「俺たちのギルドだ。この瞬間から、俺たちはただの学生じゃない。俺たちは――『幻光』だ」
卒業式の喧騒が遠ざかり、礼堂の音楽がかすかな背景音へと変わる。
女子三人は、重いドレスを着替えて夜の祝賀会に備えると言って、更衣室へと消えていった。その隙に、俺とアウグストゥスは校舎の屋上へと登った。
ストラトス・ヴィアの山間を吹き抜ける風が心地よく、正装の襟を揺らす。俺は石造りの手すりに体重を預け、連なる群山と緑に隠れた学者の街を見下ろした。
「……なぁ。俺たち、本当に卒業したんだな」俺は沈黙を破った。実感が追いつかない。
「ああ。これからは学校も先生も守ってくれないな」アウグストゥスは眼鏡を直し、夕陽を反射させた。珍しくリラックスした口調だ。「明日からはすべての選択と結果を、自分で背負うことになる」
俺は彼を横目で見た。彼はふと思い出したように、壇上での完璧な演説について笑いながら尋ねてきた。「ところで……あの答辞、アイリン本人が書いたんじゃないだろう? あんな格調高い文章、あいつらしくない」
「当然だろ。俺が書いた」俺はさも当然のように答えた。
「ふふ、よくあの場で『幻光ギルド、メンバー募集中!』なんて広告を入れなかったな」アウグストゥスが揶揄う。
「考えなかったわけじゃない」俺の頬が引きつった。「だが、もしアイリンにそんなことを言わせたら、式が終わる前に俺は『蒼』で黒焦げにされてただろうよ」
二人の視線が合い、同時に笑い声が弾けた。その笑い声が、別れの寂しさを吹き飛ばしていく。
俺はこの男を見つめた。この四年間、彼は常に俺の少し後ろに立ち、冷酷なまでに冷静な頭脳で情勢を分析し、窮地で俺の手を引いてくれた。
「アウグストゥス、ありがとうな」俺は笑いを収め、真摯に言った。
「お前がいなけりゃ……アイリンと復縁できたかも怪しいし、龍の国からも生きて帰れたか分からない。四年間、本当に感謝してる。これからも……よろしく頼むぜ、副会長」
アウグストゥスは一瞬虚を突かれたようだった。彼は顔を背け、遠くの地平線を見つめたが、髪に隠れた耳がわずかに赤くなっているのが見えた。
「……藪から棒に何を言ってる」彼はしばらく沈黙した後、低い声で続けた。
「いいか、顔を上げろ。そんなに畏まるな。礼を言うなら俺の方だ。お前みたいな厄介な奴に巻き込まれなかったら、俺の四年間は……退屈すぎて、ずっと寝て過ごしていただろうからな」
彼は手を伸ばし、拳で俺の肩を軽く突いた。
夕陽が二人の影を長く、長く伸ばし、一つに重ね合わせた。俺たちは分かっていた。これが一つの時代の終点であり、同時に「幻光」という伝説のスタートラインであることを。




