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異世界の観測者 ~今度こそ、大切に生きていく~  作者: WE/9
選抜大会

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35/60

個人戦 1

俺とアイリンは、大歓声に沸く階段状の観客席を通り抜け、視界の開けた特別席へとたどり着いた。

陽光がアイ琳の横顔に降り注ぎ、その長い青髪を流れるシルクのように照らしている。先ほど商圏で「お腹いっぱい」食べた余韻があるせいか、彼女は今とても活発で、白くて柔らかそうな小さな手が体の両側でゆらゆらと揺れていた。魔法の波動に合わせてリズムを取っているようでもあり、わざと俺の視線を誘っているようにも見える。

その細い手を見て、俺の心はうずうずした。ここは観客席だし、周りに知り合いもいない。俺は大胆に手を伸ばし、環境に乗じて彼女の指の間をそのまま握り込もうとした。

しかし、俺の指先がその温もりに触れる寸前、アイリンは背中に目がついているかのように、指先をひらりと跳ね上げた。雷光のような身のこなしでひらりと避けられ、俺の手は空を切る。

「へへー、捕まえられなーい」アイリンは振り返り、悪戯っぽく舌を出した。海のような瞳に狡猾な光が宿る。

「その反応速度、彼氏の手を避けるために使うのは勿体なさすぎないか?」俺は少し挫折感を感じながら手を引っ込め、恨めしそうに彼女を見た。

「これは防衛本能よ」アイリンは足を止め、手を後ろに組んで、微かに身を乗り出して俺に顔を近づけた。誘惑するような口調で囁く。「シエン、そんなに繋ぎたいなら……賭けをしない?」

「賭け?」俺は眉を上げた。直感が、この小悪魔がまた何か良からぬことを考えていると告げている。

良奈リナの第一試合よ」アイリンは下方で結界の整備が進むリングを見下ろし、口角を上げた。「もし良奈が10分以内に決着をつけられなかったら、これからの三日間、私はあなたのなすがまま! 手を繋ぐのも、抱きしめるのも、それから……ちゅー、とかも……好きにしていいわよ」

彼女は「ちゅー」という言葉を極めて小さく吐き出した。温かな吐息が俺の耳朶をかすめ、鳥肌が立つ。

「でも、もし10分以内に勝ったら、あんたは一週間、私のスイーツ代を全部持つこと。どう?」

俺は深く息を吸い込んだ。良奈の驚異的な瞬発力が脳裏をよぎるが、個人戦の相手が伏兵である可能性も高い。ハイリスク・ハイリターンの賭局だ。目の前の挑戦的な小顔を見つめ、俺は覚悟を決めて不敵に笑った。

「いいだろう、乗った」俺は即座に応じ、頭の中で勝った後の「報酬」リストをシミュレーションし始めた。

「じゃあ、しっかり見ててね」アイリンは楽しそうに席に座り、両手で頬杖をついて下を凝視した。「試合が……始まるわ」

その時、競技場中央の魔法スクリーンが眩しく光り、良奈の冷徹な姿が映し出された。そして彼女の対手も、通路の向こう側からゆっくりと現れた。

競技場のボルテージは最高潮に達し、実況が双方の名前を読み上げる。

「個人戦 第一試合、ストラトス・ヴィア学院代表――イン!」

良奈が静かに会場へ入る。全校で唯一の黒い制服に陽光が当たり、その姿はより一層険しく見えた。背中にはトレードマークの銀色の鞘が横たわり、人を寄せ付けないほど鋭い剣気が前列の観客の息を呑ませた。

「対するは、神秘の国『影の国』から――テリ!」

通路の向こうから現れたのは、良奈よりも幼く見える少年だった。ぶかぶかの濃色のマントを羽織り、天真爛漫な笑みを浮かべている。このリングの上でなければ、戦場に迷い込んだ隣家の弟のように見えただろう。

「試合開始!」

審判の合図と共に、割れんばかりの歓声が沸き起こった。誰もが火花散る激戦を期待したが、その後の展開は予想を裏切るものだった。

一分、二分……。

時間が経つにつれ、会場の熱気は冷めていった。騒がしかった観客席は、八分が経過する頃には、不気味なほどの静寂に包まれていた。

「影の国か……やはり一筋縄ではいかないな」俺は目を細めた。左眼の「観測者」が、場を乱舞するエネルギーの残影を捉えていた。

テリという少年は、肉体を影そのものと一体化させていた。海に落ちた一滴の墨のように、リング上のあらゆる影の中を狂ったように跳ね回り、潜伏している。対する良奈は驚異的な忍耐を見せていた。彼女の「瞬歩」が場に幾重もの残像を描き、着地のたびに影の縁を正確に探るが、決定的な一撃には至らない。

二人は高次元の「かくれんぼ」をしているかのようだった。良奈は影の深淵に飛び込むリスクを避け、テリは必死に時間を稼ぎ、一撃必殺の隙を窺う。

俺は手首の魔法タイマーに目を落とした。口角が自然と、そして狂おしいほどに上がっていく。

「アイリン、あと二分だよ」

俺はわざと耳元に顔を寄せ、少し邪悪で勝利を確信したような低い声で囁いた。緊張で顔を強張らせている彼女を見て、後でどこから「頂く」か算段を始める。

「言っただろ? お前は俺に食べられちゃう運命なんだよ」

「あんた……この変態っ!」アイリンは火をつけられたように後ろへのけぞり、瞳に動揺を走らせた。のらりくらりと円を描き続ける二人の戦況と、俺の勝ち誇った笑みを見比べ、今にも泣き出しそうな声を上げた。「影の国の人があんなに逃げるのが上手いなんて誰が思うのよ! これじゃ戦いになってない……や、やっぱり賭けの撤回はなし?」

「一度決めた賭けだ、反悔は許されないぞ」俺はさらに一センチ距離を詰めて意地悪く笑った。「それより、後でどんな格好で手を繋いでもらうか、考えておけよ」

俺は手首のタイマーを見た。最後の秒数がちょうどゼロへと切り替わった。

「彼女様、時間切れだ」

俺は顔を逸らし、人生で最高に輝かしい(おそらくアイリンの目には最高に邪悪な)笑みを浮かべた。指を振り、会場中央の巨大な魔法時計を指差す。針は無情にも十分の境界線を越えていた。

階下のリングでは、良奈とテリがいまだ数寸の間で残像の化かし合いを続けていたが、今の俺にとってそれはどうでもいいことだった。

「そんなのってないわよぉ……」

アイリンは小動物の断末魔のような悲鳴を上げた。観客席の椅子に体を丸め、両手で制服のリボンをぎゅっと掴んでいる。潤んだ瞳には驚愕と羞恥が満ちていた。じりじりと近づく俺の姿を見て、彼女の顔は今にも滴り落ちそうなほど赤くなり、美しい青髪さえ緊張で微かに震えているようだった。

「シエン……み、みんなの前ではダメだからね……」震える声で懇願するように囁き、不安そうに周囲の観客席を窺っている。

「ほう? つまり……二人きりなら、どんな『食べられ方』をしてもいいってことか?」

さらに顔を近づけると、鼻先が触れそうになった。彼女の体から漂う、朝露と微かなイオンが混ざったような淡い香りが鼻をくすぐり、高鳴る鼓動の熱が伝わってくる。

震える睫毛を見つめ、俺はわざと動作を遅くして、その白くて柔らかい小さな手の上に、ゆっくりと、だが力強く俺の掌を重ねた。

「賭けに負けた以上、お仕置きの覚悟はしておけ」

俺は彼女の細い指の間に自分の指を絡ませ、しっかりと恋人繋ぎにした。彼女の手のひらに滲む薄い汗の感触が伝わる。

「あんた、本当に変態……」アイリンは毒づきながらも、さっきのように逃げようとはしなかった。諦めたように指を微かに握り返し、恥ずかしさのあまり俺の肩に頭を埋めて、周囲の視線から逃げるように顔を隠した。

勝利者の甘美な果実を味わっていたその時、階下の会場から屋根を吹き飛ばさんばかりの驚叫が沸き起こった!

俺が反射的に顔を上げると、良奈の姿が忽然と消えていた。

いや、消えたのではない。残像すら捉えられないほど加速したのだ。

「瞬歩……いや、あれは……」左眼の「觀測者」が激しく脈打ち、極限まで凝縮された剣圧を捉えた。

階下のリングで、空気が一瞬にして爆裂した。

良奈はこの長い「追いかけっこ」にようやく愛想を尽かしたのか、あるいは鋭い直感で、観客席の変態が自分の試合時間を使っておかしな賭けをしていることに気づいたのかもしれない。

テリが影の縁から探るように現れた次の瞬間、面具の下の良奈の瞳に冷たい光が走った。

「捕まえた」

爆発的な魔力によって足元の地面が砕け、彼女は漆黒の雷霆と化した。もはや試みではない。狂暴なまでの正面衝突! テリは顔色を変え影に逃げ込もうとしたが、良奈はその経路を完全に予測していた。気迫に満ちた回し蹴りが凄まじい風圧を伴って叩き込まれ、影の隙間からテリを強引に「蹴り出し」、正午の容赦ない陽光の下へと晒け出した。

「しまっ――!」テリが悲鳴を上げた。

良奈は息つく暇も与えず、影のように張り付く。

キン! キン!

静まり返った会場に金属のぶつかり合う音が鋭く響く。絶望したテリは印を結び、足元の残影から無数の歪んだ漆黒の触手を召喚して壁を作ろうとした。しかし、良奈の銀の刀は空中に完璧な半円を描き、岩をも砕く影の触手は彼女の刃の前では紙よりも脆く、容易に切り裂かれ、霧散した。

この時の良奈の動きは、観客の肉眼では追いきれないほど速く、一振りごとにテリの退路を完璧に封鎖していった。

そしてついに、良奈とテリが交差する。

「砕けろ」

澄んだ音と共に、テリの手の中で影の魔力によって具現化されていた短剣が、良奈の一撃で真っ黒な破片となって飛び散った。

冷たい刃が、テリの喉元から一センチ足らずの場所でぴたりと止まる。刀身には、恐怖と冷汗にまみれた少年の顔が映し出されていた。

「降参だ! 降参する!」

テリは両手を高く上げ、凄まじい圧迫感に声を裏返した。目の前の白い面具をつけた、恐怖の威圧を放つ黒い少女を見上げ、彼は一生「剣客」に対してトラウマを抱くことになるだろう。

「勝者――ストラトス・ヴィア学院、隠!」

審判の宣言が響くと、会場は半秒の静寂の後、津波のような歓声に包まれた。

良奈はゆっくりと刀を納め、「カチッ」と鋭い音を立てた。彼女は歓呼する観客を見るのではなく、微かに顔を上げ、面具を真っ直ぐに俺とアイリンがいる方向へと向けた。これほど離れていても、その面具の奥から「いい加減にしなさいよ」という冷徹な警告が伝わってくる。

「お……終わったわ、シエン」アイリンはその視線を感じ、俺の肩の横でさらに体を震わせた。「良奈、怒ってるみたい……。あんたのせいよ! 10分なんて賭けるから!」

俺は掌の中にあるアイリンの柔らかな感触を楽しみながらも、下で格好良く刀を収める良奈を見て思った。賭けには勝ったが、明日の俺の末路はあのテリよりも悲惨なことになるかもしれない、と。

休息室の重い木の扉を開けると、中の空気は廊下よりも数度低いように感じられた。

「リナちゃーん、来たわよぉ……」アイリンは用心深く頭を覗かせ、明らかに媚びるような声を出した。先ほどの気まずさを笑顔で誤魔化そうとしているようだ。

良奈はベンチに座り、白い布で銀の刀の鞘を丁寧に拭いていた。声を聞くと、彼女はゆっくりと顔を上げた。面具の奥の冷たい瞳から放たれるのは、「軽蔑」と「全てお見通しよ」というメッセージだ。その眼差しは、テリが直面した刃よりも鋭い。

「当ててあげましょうか」良奈は布を置き、抑揚のない声で、だが正確に言い当てた。「私の試合時間で賭けをして、シエンが勝った。そして今、頭の中はどうやってアイリンを弄ぼうかでいっぱい……。そうでしょう?」

休息室の中は、死のような静寂に包まれた。

「ええと……大体そんなところだ」俺は背中に冷や汗が流れるのを感じ、気まずそうに後頭部を掻きながら正直に頷いた。良奈の前で嘘をつくのは、自殺行為に等しい。

「ええっ!? 最後のもそうなの!? この大変態っ!」アイリンは今更気づいたように顔を真っ赤にし、俺の腕を力いっぱいつねりあげた。そして避難場所を求めるように良奈の隣へ駆け寄り、彼女の腕に抱きついた。

良奈は溜息を一つ吐き、刀を鞘に戻した。

「良奈、あんな色ボケは放っておいて。次の相手、すごく怖いらしいわよ」アイリンは慌てて話題を切り替え、表情を引き締めた。「人狼の戦士で、評価がものすごく高いの。戦闘スタイルは極めて狂暴で、あなたと同格の相手だって言われてるわ」

狼人ワーウルフ……」

その言葉を聞いた瞬間、良奈の少し緩んでいた肩が微かに強張った。大陸の戦闘体系において、狼人は肉体の強靭さと鋭い直感で知られ、速さと正確さを求める剣士にとって、最も厄介な相手の一つだ。

「でも、これに勝てば次は決勝戦よ! 頑張って!」アイリンは良奈の肩を叩き、瞳に全幅の信頼を宿した。「優勝すれば、あのバカ隊長に願いを聞かせられるし、借金も全部チャラよ!」

良奈はアイリンの励ましを聞き、俺をじっと見た。面具越しだが、一瞬だけ彼女の中に闘志が宿ったのを感じた。彼女は立ち上がり、制服の裾を揺らした。

「人狼が相手なら……少し真面目にやる必要がありそうね」

良奈は低く呟き、俺を見た。

「シエン、お前の『観測者』を準備しておけ。あの試合では、奴の毛一本一本の動きまで見極めてもらうわよ」

「了解だ、良奈」俺は不真面目な笑みを消し、真剣に応えた。

「アイリン、後で席で会おう。ちょっとトイレに行ってくる」

挨拶をして、選手控室の奥にある洗面所へ向かった。騒動のおかげで空気は和らいだが、次の相手のことを考えると、俺の直感は拭いきれない不安を抱えていた。

トイレで手を洗い、考え込みながら外へ出たその時――

ドォォォォン!!

鼓膜を突き破らんばかりの轟音が、静かな廊下に響き渡った。俺はその衝撃波に足元を掬われそうになり、驚愕して振り返った。俺の背後にあったはずの重厚な木の扉が、紙屑のように無残にひしゃげ、凄まじい力で石壁の奥へと「めり込んで」いた。壁には蜘蛛の巣のような亀裂が走っている。

そして、壁と一体化した扉の前で、一人の巨大な影が背を向けて立ち尽くしていた。

そいつはボサボサの灰色のたてがみを掻きむしり、地響きのような困惑の声を上げた。「あ……しまった、人間の建物はどうしてこんなに脆いんだ……。これ、どうやって戻せばいいんだ?」

彼の襟元で揺れる選手証を見て、俺は高鳴る鼓動を抑えながら、探るように声をかけた。

「あの……参賽選手の方ですよね? 試合が始まりますよ。会場へ行ってください。このドアは……後で僕がスタッフに言っておきますから」

その影が、猛然と振り返った。

一瞬、実体化した血の臭いと狂暴な魔力が俺の顔を叩いた。正真正銘の人狼戦士だ。身長は俺より頭二つ分は高い。広い肩幅は廊下の光を完全に遮っていた。暗金色の瞳には獣特有の凶暴さが宿り、たとえ「やらかした」という気まずい表情をしていても、芯から溢れ出る圧倒的な威圧感に、俺の筋肉は反射的に硬直した。左眼の「観測者」が、膨大な魔力の奔流に狂ったように警報を発している。

「ほう? そりゃ助かるぜ、兄弟」

彼が口を開くと、二列の鋭い牙が白く光った。声は地底から響く唸りのように低い。彼は俺に軽く頷くと、柱のような太い脚を動かした。一歩ごとに床を震わせる重量感を伴って、彼はリングへの通路へと消えていった。

山のような後ろ姿が完全に見えなくなるまで、俺は溜めていた息を吐き出すことができなかった。手のひらはいつの間にか冷や汗でびっしょりだ。

「さ……さっきまで、俺がトイレにいる間、後ろにあんな化け物が座ってたのか?」

壁に十センチはめり込んだ扉と、自分の微かに震える手を見た。あの次元の肉体強度と魔力密度……良奈が言った「真面目にやる」という言葉は、文字通りの意味なのだろう。これはもはや試合ではない。飢えた獣との死闘だ。

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