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異世界の観測者 ~今度こそ、大切に生きていく~  作者: WE/9
選抜大会

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33/60

第二回戦 3

戦場の西側では、空気を引き裂く音が絶え間なく響いていた。それは常人の動體視力を超えた、二つの黒い影による極限の攻防だった。

個人戦が始まって以来、良奈リナはこの大会の「天辺てっぺん」の一人と目されていた。鬼魅きみのような足運びと清冽な刀光は、相手が気づく前に終止符を打つ。しかし今、彼女は真の強敵に直面していた。

セイ」の身体は病的なまでに細身だが、その移動は純粋な走行ではない。空間の歪みを伴う「瞬身しゅんしん」だった。

シュバッ!

良奈はサイドステップで滑り込み、手にした刀を虚空へと叩きつけた。青が出現すると予見したポイントだ。しかし、鞘が触れる寸前、青の身体は溶けた墨のように半空で歪み、消散した。次の瞬間、彼は良奈の真上、死角へと不気味に現れる。指先には毒々しい緑の光が宿り、毒蛇が牙を剥くがごとく良奈のうなじを狙った。

「捕まえたよ、子猫ちゃん」青の声は、毛羽立つようなしわがれ声を帯びていた。

面具の下、良奈の漆黑の瞳はなぎのように静かだった。彼女は振り返ることさえせず、左足で強く地を蹴り、物理法則を無視した姿勢で身体を後方へと強引に折り曲げた。

ギィン!

銀の刀身と青の鉤爪が衝突し、目に見えるほどの衝撃波が弾けた。良奈はその衝撃を利用して空中で鮮やかに反転し、着地した瞬間に黒いスカートの裾を墨蓮ぼくれんのようにひるがえすと、すぐさま黒い線となって追撃に移った。

二人は競技場の残骸と石柱の間で、息の詰まるような追跡劇を繰り広げた。

それは純粋な「速度」と「直感」の激突だった。青は短距離の空間跳躍を繰り返し、距離を置いて遠距離干擾を仕掛けようとする。対する良奈は、その足運びの真髄を見せつけた。青の魔力の残照にぴたりと張り付き、彼が虚空から現れるたびに、一ミリ秒の隙も逃さない迎撃を叩き込む。

「貴様……僕の経路が見えているのか?」青の口調に焦りが混じり始める。

良奈は沈黙を貫く。聞こえるのは風に舞う黒紐の烈々とした音だけだ。彼女は空間を見ているのではない。剣客としての極限の感応により、空気中の魔力の微かな揺らぎを捉えていた。

高強度の削り合いだった。青は一度の転移ミスで肩を削られかけ、良奈も相手の退路を断つために青の毒光を腕に受けた。

「シエン、早く……」

交差する一瞬、良奈は視線の端で中央の俺とエンの対峙を捉えた。

彼女は理解していた。この「同タイプ」の削り合いでは、短時間で決着をつけるのは不可能だ。彼女は一流の剣客としての誇りを賭け、一歩も通さぬ鉄壁と化して、この最も厄介な暗殺者を戦場の隅に釘付けにしていた。俺とアイリンの最後の一撃のために、至高の距離を稼ぎ出そうとしていた。

俺は一気に踏み込み、砕けた石畳を蹴って後方へ暴退した。同時にアイリンが察し、狂乱の連鎖雷電を放つ。俺と魘の間に焦熱の雷幕が織りなされた。巨軀の魘は雷光に足止めされ、怒りの咆哮を上げるが、荒れ狂うエネルギーの壁を突破できずにいた。

この数秒の空白に、俺は深く息を吸い込み、【墨淵】を鞘に収めた。

これはストラトス・ヴィアで幾度となくシミュレートした戦術だ。レオン兄さんから伝授された技術と、俺自身の魔力を融合させる。右手の掌に灼熱の紅い光が集まる。不安定で、液状に近い火球だ。それを「パンッ」という音と共に掌の中で強引に握り潰した。

続いて両手を合わせ、体内の残る雷属性の魔力を決壊したダムのように掌へと流し込む。

「墜ちろ!」

電光と烈焔が掌の中で強引に混ざり合い、直径五十センチの蒼い射線へと変貌した。天地を滅ぼす勢いで魘へと咆哮し、電火砲の余波は地面の礫を瞬時に気化させた。その輝きは、観客席のブーイングさえ一瞬沈黙させるほどだった。

しかし、煙が晴れぬうちに、焦土の中から重い足音が響いた。

「ゴホッ……ゴホゴホッ……」

蔓延する硝煙の中から魘が這い出てきた。胸の紫晶鱗は半分以上が砕け散り、どす黒い龍血が滲んでいる。だが、奴は長槍を杖にして強引に身体を支え、あの一撃を耐え抜いたのだ! 金色の瞳は激痛で血走り、その形相はさらに凄まじいものとなっていた。

「ストラトス・ヴィアの……ゴミめ……。この程度で、俺を倒せると思うなよ!」

くそ、龍人の生命力は化け物か。俺は奥歯を噛み締めた。魔力の過剰出力で脳が揺れる。この距離では遠距離攻撃はもう意味をなさない。

「アイリン、下がってろ!」

俺は咆哮し、再び柄に手をかけた。身随意動しんずいいどう――俺自身が茶色の残像となり、再び肉薄する。

魘は両手を振り、長槍の先から紫の龍火球を数発放った。火球は歪な螺旋を描き、空気を焼き歪めながら襲い来る。

左眼がその軌跡を克明に解析した。俺は避けなかった。魔力を刀身に注ぎ、【墨淵】を抜いた瞬間、漆黒の刃が冷徹な円弧を描いた。

シュン! シュン! シュン!

紫の火球は俺の前で鮮やかに両断され、空中で無害な火花となって散った。俺は火の幕を突き抜け、刀尖を魘の砕けた護心鱗へと向けた。

これが、最後の博弈ギャンブルだ。

戦場の西側、激闘は白熱を極めていた。

良奈の足運びは重なり合うほど速く、刃は銀の網を編み上げる。しかし、青の幻影のような空間能力はあまりに奇怪だった。必殺の刃を振るうたびに、相手の裾や残像に浅い傷をつけるのが精一杯で、試合を終わらせる重傷には至らない。

中央のシエンと魘が命懸けの段階に入ったのを見て、良奈の面具の下の瞳に決然とした光が宿った。

このまま膠着こうちゃくすれば、青はいつでも隙を突いてアイリンを襲撃し、あるいはシエンを妨害できる。

次の交差の瞬間、青の爪先が地面に触れ、空間に水面のような波紋が生じた。――再び後方へ転移し、距離を取って毒光を放つ構えだ。

その刹那、良奈は全観客が息を呑む大胆な行動に出た。

高速突進の最中、彼女は事もあろうに右手を離したのだ。命とも言える刀を放り出し、刀は「ギィン」と音を立てて地面に斜めに突き刺さった。

「何……!?」青の瞳孔が激しく収縮する。

武器を捨てた良奈の速度は、さらに一段跳ね上がった。漆黒の稲妻のごとく、零点数秒の隙間に彼女は飛び込み、青の腰を死に物狂いで抱きかかえた。

「この狂い女! 離せ!」青は驚愕の叫びを上げ、毒光を練って彼女を突き放そうとする。

だが遅すぎた。空間移動は一度発動すれば、瞬時に停止させることはできない。青が指定した転移先は、距離を取るためのリング外の半空だった。

フッ――!

激しい空間の震動と共に、二人の姿がリングから消えた。

ドサッ!

二人は競技場外の草地へと無様に転げ落ちた。良奈の捨て身の突撃の勢いにより、青はクッション代わりに地面に叩きつけられ、良奈がその上にのしかかる形になった。

周囲の喧騒が、一瞬にして静まり返った。

インセイ、両者場外! 同時に脱落!」実況の声が震えていた。

草地の上で、青は目を回しながら目を開けた。先ほどまでの陰険な表情は消え失せ、極度の驚愕と戸惑いに取って代わられていた。毒光を放とうとしていたその手は、無意識のうちに良奈の細く柔らかな身体をぎゅっと抱きしめ返していた。

制服越しに伝わる体温、そして良奈の髪から漂う微かな冷香。龍之國の暗殺手練れである青の脳内は、一瞬で真っ白になった。

良奈は彼の胸に突っ伏したまま、衝撃でずれた面具から白く滑らかな横顔を覗かせていた。彼女は肩で息をしながら、脱落したにもかかわらず、その瞳は至って穏やかだった。――最も脅威となる暗殺者を、道連れにすることに成功したのだから。

「君……君ってやつは……」

青は至近距離の良奈を見つめ、少女の柔らかさを感じて、不自然な赤らみが青い肌に広がった。彼は恥ずかしさのあまり視線を逸らし、抵抗することさえ忘れてしまった。

リング外の草地では、極めて奇妙で滑稽な空気が流れていた。

冷酷なはずの暗殺者「青」が、顔を真っ赤に染めている。人を殺めるための手は、今やぎこちなく、それでいて壊れ物を扱うように良奈の身体を抱き寄せている。

良奈の面具は完全に脱落し、芸術品のように精緻な素顔が露わになっていた。青は金縛りにあったように、腕の中の清廉で美しい少女を見つめている。殺気はどこへやら、そこには「満足感」すら漂う羞恥心があり、彼は地面にへたり込んだまま、試合を観戦することさえ忘れていた。

俺は場外の「相打ち」ならぬ「異国奇縁」のような光景を見て、張り詰めていた神経を一瞬緩めた。そして目の前で競り合っている魘に向かって、挑発的で冷徹な笑みを向けた。

「兄さん、あんただけになったな」

声は小さかったが、勝利を確信した余裕があった。

「なめるなよ、ストラトス・ヴィアの雑魚が!」

魘は地響きのような咆哮を上げた。砕けた紫晶鱗から、怒りによって暗赤色の魔力が再び噴出する。彼は黒槍を握り締め、全身の重みと魔力を矛先に込めて強引に押し込んできた。

「あの小娘が青を連れ去ったところで、何も変わりはしない! 龍之國の誇りは、俺一人の手で守り抜く!」

押し寄せる怪力に、俺の足元の石畳が悲鳴を上げて砕け散る。手の虎口が裂け、鮮血が指の間から【墨淵】の柄へと滴り落ちた。

「誇り……?」俺は歯を食いしばり、過負荷で震える奴の喉元と脇下を左眼でロックした。

「そんなもんはな、実力で勝ち取るもんだ。口先で吠えて手に入るもんじゃない!」

長槍の重圧を感じながら、俺は視線の端で後方を確認した。アイリンは両手を握り締め、指先には最も純粋な白い雷光が極限まで圧縮されている。彼女の顔は痛々しいほど青白かったが、その海のように深い青の瞳には、揺るぎない信念の光が宿っていた。

「アイリン! 合図だ!」

俺の咆哮と共に、俺は上方向への抵抗をパッと解いた。槍の押し込みに逆らわず、幽霊のように後ろへ倒れ込みながら魘の側面に滑り込む。驚愕に見開かれた奴の金色の瞳のすぐ横、耳元で深淵の吐息のような冷たい声を囁いた。

「――チェックメイトだ」

魘の瞳孔が収縮した。反撃しようと槍を振ろうとしたが、全ては遅すぎた。

ビキッ! ビビリッ!

鋭い雷鳴が爆発した。それはもはや散乱する火花ではなく、アイリンによって極限まで凝縮された、純白の破滅エネルギーそのものだった。

「が……あああああああッ!」

魘が短く悲痛な叫びを上げた。彼が気づいた時には、アイリンの細く、だが眩い白光を纏った掌が、誇り高き紫晶の防御を貫き、胸中央の魔力核へと真っ直ぐ突き刺さっていた。

強大な電流が魘の全身を駆け巡り、咆哮を強制的に断ち切る。決闘場の防衛機構による強い光が明滅し、魘の巨躯は無数の紫の光の粒子となって消散した。

「……勝ったぁ!」

アイリンの青白かった顔が、興奮で赤らんだ。彼女は体力の限界も忘れ、軽やかな鳥のように俺のもとへ駆け寄ってきた。俺は両腕を広げ、彼女をしっかりと受け止めた。雷電の余熱を帯びた柔らかさが胸に飛び込み、ようやく俺の神経も完全に解き放たれた。

「アイリン、よくやった。本当に、やり遂げたな」

俺は彼女の青い髪を優しく撫で、低く讃えた。

それから、俺は振り返った。視線を刃のように鋭く研ぎ澄ませ、静まり返った龍之國の観戦席へと向けた。罵声と野次に満ちていたはずの場所は、今や針が落ちる音さえ聞こえそうなほど静まり返っている。

俺はゆっくりとリングの端まで歩き、全員の面前で、優雅かつ挑発的に手を振ってみせた。口角を極限まで不敵に釣り上げて。

「さよなら。二チームまとめてお帰り願ったよ。礼には及ばないぜ」

その一言は、煮え返る油に水を注いだかのようだった。一瞬の静寂の後、ストラトス・ヴィアの学生たちから狂喜の歓声が沸き起こり、龍之國側には青ざめた顔と、やり場のない怒りだけが残された。

競技場外の草地では、殺伐とした戦場の余熱が、奇妙な羞恥の空気に取って代わられていた。

青はリング上で消滅した「魘」を呆然と見つめていた。シエンとアイリンの凄まじい最後の一撃に圧倒され、自分の今の状況を完全に忘れていたのだ。

「……いつまで抱きついているつもり?」

清涼だが、明らかな震えと羞恥を含んだ声が、針のように青の呆け面を刺した。

青はハッと我に返り、視線を落とした。そこでようやく、良奈の細く柔らかな身体を、自分が死に物狂いで抱きしめたままであることに気づいたのだ。激しい追撃と落下のせいで良奈は肩で息をしており、その白い横顔は至近距離にあり、温かな吐息が彼の首筋を微かにくすぐっていた。

「あ? ああ! ご、ごめんっ、悪かった!」

青は火に焼かれたように手を離し、よろけながら数歩後退した。危うくまた転びそうになるほど狼狽している。彼の青い龍の顔は、今や黒ずむほど真っ赤になり、必死に弁解しようとするが、言葉が全く出てこない。

良奈は黒い制服についた草を払い、再び白い面具を装着した。その下の紅潮を隠すように。ただ、激しく上下する胸元が、彼女の内面の動揺を物語っていた。

リングの上では、アイリンが完全に力尽き、俺の肩にぐったりと寄りかかっていた。俺は彼女の腰を支え、崩れそうな身体を支えながら立っていた。

屋根を揺らすほどの歓声と叫び声の中、俺たちは凱旋する英雄のように、ゆっくりと、だが確かな足取りでリングを降り、光と影の交錯する選手用通路へと向かった。

通路に入り、外の喧騒が遠のいた時、黒い影が冷たい石壁に寄りかかっているのが見えた。

良奈は腕を組み、面具の下の瞳に疲労を滲ませていたが、それ以上に安堵の色が強かった。彼女は俺を見つめ、それから俺の腕の中で眠りかけているアイリンを見て、静かに口を開いた。

「いい戦いだったわ、シエン」

俺は安堵の苦笑を浮かべ、アイ琳が眠りやすいように姿勢を整えた。

「お前こそ。重裝戦士を正確に仕留めて、最後はあんな無茶な手で一番厄介な暗殺者を片付けるなんてな……」

「無茶じゃない。あの状況での唯一の最適解よ」

良奈は冷静に言ったが、視線は無意識に通路の出口へと向けられていた。あの「青」が追ってきていないか確認しているようだった。

「でも、あの『隠』が刀を捨てる日が来るとはな」俺はからかった。「それに、あっちの戦果は……単に相手を脱落させただけじゃなさそうだな?」

良奈の肩が僅かに強張った。彼女は少し逆上したように顔を背けた。

「……うるさい。控室に行くわよ」

急ぎ足で去る彼女の背中を見ながら、俺は確信していた。今日の戦いで勝ち取ったのは、単なるスコアだけでなく、何か予想外の「副産物」だったのだと。

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