意外な遭遇
スウィヤの早朝、柔らかな陽光が明るい掃き出し窓から食卓に降り注ぎ、空気中にはマキシ先生が焼いたばかりのトーストの香りと、濃いコーヒーの香りが漂っていた。
本来なら爽やかな朝のはずだが、食卓の空気はどこか微妙だった。
みんなが朝食を食べ終えようとした頃、階段から力のない足音が聞こえてきた。アイリンが珍しく寝坊をして現れたのだ。彼女の輝くような青い長髮は少し乱れ、数本の毛先が頭のてっぺんでぴょこんと跳ねている。彼女は眠たそうに目をこすり、まだ夢の中にいるような様子だった。
俺はその無防備な姿を見ながら、昨夜の指を絡めた時の体温を思い出し、無意識に口角を上げて彼女に目配せをした。
「やあ、アイリン。今日は遅いじゃないか」
少しからかうような口調で言った。
ぼーっとしていたアイリンは、俺の声を聞いてハッと正気に戻った。俺のいたずらっぽい笑みを見た瞬間、昨夜の胸が高鳴る光景が脳裏に蘇ったのだろう。彼女は一瞬呆然とし、すぐにその小さな顔を真っ赤に染めると、毛を逆立てた子猫のように俺を睨みつけた。
「それは、昨日あなたが……ふんっ!」
言いかけ、言葉を飲み込んで重々しく鼻を鳴らし、内心の動揺を隠した。
口では不機嫌そうにしながらも、彼女は習慣的に俺の隣へ歩み寄り、大人しく椅子を引いて座った。トーストを手に取り、夢中で食べているふりをした。だが、赤くなった耳の先端が彼女の正体を物語っていた。
「昨日の修復は順調だった?」
ずっとテーブルに突っ伏し、顔を半分抱き枕に埋めていたセシルが、唐突に顔を上げた。その気だるげな瞳には「すべてお見通し」と言わんばかりの光が宿り、悠然とした口調で尋ねてきた。
俺は拳を握り、体内を自在に巡る、以前よりも純粋さを増した雷魔力を感じながら笑って答えた。
「ああ、順調だったよ。生き返った気分だ。魔力回路もすごくスムーズだよ」
「おいおい、あんまりニヤけるなよ、シエン」
隣でアウグストゥスが眉を上げ、親友特有の冷やかしを込めて俺の肩を強く組んできた。
「その春風満面な様子を見るに、俺たちはこの家の安寧を守るために、一晩中お前たちの『雷鳴』を我慢した甲斐があったってわけだな」
その時、ずっと静かに座っていた白い面の良奈が、ゆっくりと首を傾げて俺たちを見た。面越しに表情は見えないが、その黒い瞳には強い好奇心と……少しだけ言いようのない寂しさが滲んでいた。
「まさか、あなたたちは……」
良奈が静かに口を開く。その声には探るような響きがあり、セシルの言う「修復」が一体どこまでの行為を指すのかを推測しているようだった。
食卓の空気が二秒間、凍りついた。アイリンの口からトーストが落ちそうになり、彼女は石のように硬直した。
「ちょっと待って! 昨夜は何事も起きてないからね!?」
アイリンは尻尾を踏まれた猫のように、勢いよくテーブルを叩いて立ち上がった。緊張のあまり声のトーンが上がり、みんなの冷やかしの視線から主導権を取り戻そうと必死だった。しかし、セシルの「どうぞ続けて」という表情を見た瞬間、その勢いは半分以上崩れ去った。
「ただ……少し……触れただけよ」
彼女は椅子に座り直し、蚊の鳴くような小さな声で呟くと、炒り卵の皿に顔を埋めんばかりになった。
朝食の賑やかな空気も終わり、それぞれが一日の予定に向けて散っていった。俺が背伸びをして、昨夜回復した魔力の流れを整えようと部屋に戻りかけた時、手首に微かだがはっきりとした引きを感じた。
足を止めて振り返ると、いつの間にかアイリンが後ろに忍び寄っており、俺の裾をこっそり掴んでいた。彼女は俯き、青い髪で表情を隠していたが、赤くなった耳がすべてを露呈していた。
「あのこと、もう言わないでね……」
アイリンは顔を上げ、厳格な表情を作って俺を警告しようとしたが、その碧眼は羞恥で揺れていた。「じゃないと……もう二度と繋いであげないんだから!」
アイリンの「全く脅威を感じさせない」警告に、俺は思わず吹き出してしまった。彼女に正対し、眼差しに優しさを込める。
「分かった、約束するよ。人前では絶対に言わない」
そう言いながら、俺は彼女の細い腕に沿って、ゆっくりと手を下ろしていった。
指先が彼女の少し冷たくて繊細な肌に触れた時、彼女が微かに震えるのを感じた。だが俺は止めず、そのまま彼女の掌を軽く握った。
「じゃあ、今は……二人きりの時は、いいかな?」
少し挑発的に首を傾げて尋ねた。
アイリンは俺を見つめ、唇はまだ不満げに尖らせていたが、その瞳はすでに柔らかくなっていた。彼女は俺にお手上げだと言わんばかりに溜息をつき、俺の掌を指先で軽く引っ掻いて、「代償」を提示した。
「繋ぐ一回につき、プリン一個奢ること。買ってくれなきゃ絶交よ」
言い終えると、彼女の柔らかい手は自ら俺の手を握り返し、十指を固く絡ませた。廊下の窓から差し込む陽光が、繋がれた俺たちの手を照らす。その温もりは、昨夜の雷鳴よりもさらに鼓動を速めさせた。
「今日はせっかくの休みだし、バスリン商圏へ遊びに行こうか」
俺は昨日の戦いの疲れをこの軽やかな気分で溶かすように、アイリンを見下ろして言った。
「ええ、いいわね」
アイリンは軽やかに応じ、声には小さな喜びが隠しきれずにいた。
バスリン大通りの街並みは相変わらず賑やかで、青石畳の道に木漏れ日が揺れていた。アイリンは今、とても満足げだった。右手には角の店で選んだ戦利品――焼きたての香ばしいお菓子が詰まった袋を抱え、左手は当然のように俺の手にしっかりと握られ、互いの体温を感じ合っていた。
俺たちは布丁の味について笑い合いながら、何気なく角を曲がった。互いに意識が会話に向いており、向こうから来る影に気づかなかった。
ドン。
俺の肩が、相手の胸板に強く当たった。
「どこのどいつだ? 前見て歩けよ!」
相手の声には聞き覚えのある磁性があったが、同時に何かを邪魔されたような、いら立ちを含んだ乱暴な響きがあった。
「すみません、こちらの不注意で……」
慌てて謝りながら顔を上げると、後半の言葉が喉に詰まった。俺は完全に固まった。
目の前の男は私服を着ていたが、その強靭な「兄貴」の気配は隠せていなかった。そして彼の隣で同じく驚いた顔をしている少女は、象徴的なポニーテールを揺らし、日用品の買い物袋を手に下げていた。
「レオン兄貴……? リコ?」
俺は信じられない思いで口走った。
「シエン? アイリンか?」
レオンの鋭い眼差しも、俺たちを見た瞬間に崩れ去り、極度の困惑へと変わった。
その瞬間、空気が凍りついた。四人の視線は絡まった電線のように、相手の顔からゆっくりと下へ移動し、そして期せずして互いの「握りしめられた手」に落ちた。レオンはリコの手をしっかりと握っており、俺もアイリンの手を離す様子はなかった。
「「お前、付き合ってるのか!!」」
俺とレオンは、ほぼ同時に相手の鼻先を指さして叫んだ。
隣のリコの頬は瞬時にレオンの髪色と同じくらい赤く染まり、気まずそうに顔を背けた。アイリンは突然現れた「兄貴分カップル」に圧倒され、抱えていたお菓子の袋を落としそうになっていた。
茶館の内装は木質で、ほのかな白檀の香りが漂っていたが、テーブルの空気は外の戦いよりも緊張感に満ちていた。四人が向かい合って座り、給仕が熱い茶を運んでくるまで、誰も口を開かなかった。
「シエン、久しぶりね」
沈黙を破ったのはリコだった。彼女は眉を上げ、俺とアイリンの繋がれた手を一瞥した。「しばらく会わないうちに彼女ができてたなんてね、進展が早いわ」
「久しぶり、リコ。俺より、そっちの方が驚きだよ」
茶杯を置き、俺は知的好奇心に満ちた声で聞いた。「レオン兄貴とリコ……一体どういうことだ? いつから?」
リコはレオンを見やり、その鋭い眼差しに珍しく優しさを滲ませて答えた。
「あなたが五歳の時くらいかしらね。レオンが魔法学校から帰ってきた時に、内密に将来を誓い合ったのよ。その後彼がスウィヤで働くようになってからも文通を続けていて、つい最近、家の片付けがついたから私がこっちに来て……今の形になったのよ」
隣に座るレオンは決まり悪そうに髪を掻いた。戦場で火球を捏ね爆ね、電磁砲を放つあの「兄貴」が、今はひどく居心地が悪そうにしている。
「それで、そちらのお嬢さんは?」
リコは向き直り、アイリンを射抜くような鋭い目で見つめた。まるで「義理の弟の嫁」を品定めするような視線だ。
アイリンは一瞬怯んだが、すぐに戦場での気合を出し(顔は赤いままだったが)、大きな声で自己紹介した。
「あ、はい! アイリン・フロモネシュです! シエンの同級生でチームメイトです! 得意なのは雷系魔法です、よろしくお願いします!」
「雷系魔法ねぇ……」
リコは思索するように呟き、深みのある微笑みを俺に向けた。
「シエン、あなたは昔から魔法の構造に詳しかったわね。今こうして同属性の彼女を見つけたのは……研究をスムーズに進めるためかしら?」
その言葉に、俺は茶を吹き出しそうになった。
突如、茶館の喧騒が無形の障壁で遮られたかのように静まり、レオンの表情が真面目なものへと変わった。彼は身を乗り出し、俺たち四人にしか聞こえない低い声で言った。
「シエン、このことは……絶対に秘密にしておいてくれ。俺は部隊では独身を通しているし、プライベートは一切公開していない。リコを軍の権力争いに巻き込みたくないんだ」
レオンの強い保護欲に満ちた表情を見て、俺は理解を示して笑った。彼に倣って距離を詰め、真剣な面持ちで答える。
「了解しました、レオン兄貴。分かっています。だから、俺とアイリンのことも……内緒にしておいてください」
レオンは一瞬呆気に取られたが、すぐに「やるな、お前」という笑みを浮かべた。俺たち二人はその瞬間、男の黙契を交わし、真剣に頷き合った。それは守るべき者のための、男の秘密協定だった。
「さて、それじゃあ二人のデートの邪魔はしないわ」
リコが立ち上がり、優雅にポニーテールを整え、アイリンに年上の女性らしい柔和な笑みを向けた。「私たちは行くわね。シエン、アイリン、またね」
並んで去っていく二人の後ろ姿を見た。レオンの手が自然にリコの肩に回される。あの甘い様子からは、部隊で冷徹に指揮を執るレ昂将領の姿は想像もつかなかった。
「ああ、そうだ!」
レオンは何かを思い出したように、茶館の出口で振り返り、数席離れた俺に向かって叫んだ。
「来月、ストラトス・ヴィア学院で学年の選拔戦があるだろう。お前らも参加するんだろ?」
俺は一瞬虚を突かれ、マキシ先生やクレドの厳しい顔を思い出した。そしてレオンに手を振って返した。
「どうなるかは分かりません、導師たちの手配次第です。でも、出る出ないに関わらず修行は続けます。絶対に怠けませんよ!」
「いい意気込みだ! 任務がなけりゃ、応援に行ってやるよ!」
レオンは快活に笑い、リコと共にバスリン大通りの人混みへと消えていった。
茶館に再び静寂が戻ると、アイリンは大きく息を吐き出し、椅子にぐったりと体を預けた。
「ふぅ……死ぬかと思った。レオン兄貴にその場で黒焦げにされるかと……」
アイリンは胸を撫で下ろし、ふと今の会話を思い出したのか、心配そうに俺を見た。
「シエン、来月の選抜戦……自信はある? レオン兄貴の言い方だと、想像以上に激しい競争になりそうだけど」




