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異世界の観測者 ~今度こそ、大切に生きていく~  作者: WE/9
スウィヤ編

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24/60

任務完了

俺與良奈は肩を並べ、腐敗臭の漂う黒い入り口へと飛び込んだ。

足を踏み入れた瞬間、視界が大きく開けた。そこは巨大な地下空間で、岩壁には血管のように脈打つ黒い物質が張り巡らされ、吐き気を催すほど空気が粘りついていた。

「隠れているぞ! アイリン、中に入って加勢しろ!」

後方からマキシ先生の鋭い指示が飛ぶ。

直後、白い雷光が走り、アイリンもこの空間へと跳び込んできた。彼女の手に凝縮された雷球が、周囲を惨白さんぱくと照らし出す。

「逃がすか!」

俺は低く叫び、左眼の**「観測者」を瞬時に切り替えた。視界の中、中央で跳ねる黒い物体はもはやただの影ではない。狂ったように絡み合い、混濁したエネルギーを撒き散らす「源泉」だ。俺は一気に踏み込み、体内の火属性魔力を漆黒の刀身――「墨淵」**へと注ぎ込んだ。

「――燃えろ!」

墨淵が重低音の振動を上げ、火光が柄から切っ先まで駆け抜け、熾烈な炎の刃を形成する。俺は高く跳躍し、重力加速度を乗せて、その脈打つ黒い肉塊へと渾身の横一文字を叩き込んだ!

パギィィン――!!

耳を刺す破裂音と共に、墨淵は正確に標的を切り裂いた。しかし、予期していた「消滅」は起きなかった。黒い物体は衝撃を受けると同時に爆彈のように弾け飛び、四散した残骸が空中で静止。次の瞬間、無数の鋭い黒晶のとげと化して、俺たち三人を射抜こうと飛来した。

「くっ、分裂形態の自己防衛か!」

俺は瞳孔を収縮させた。これは崩壊ではなく、反擊だ。

「シエン、どけ!」

後方からアウグストゥスの怒鳴り声が響いた。

直後、俺たちの周囲に幾層もの厚い氷壁が突き出し、凍結音を響かせながら、雨あられと降り注ぐ黒晶の刺を辛うじて防ぎ止めた。氷の破片が飛び散り、防衛を維持するアウグストゥスの顔は極限まで蒼白になっていた。

この数秒の猶予に、俺は**「観測者」**をフル稼働させた。

目まぐるしく入れ替わる混濁したエネルギーの中で、極めて細く、透明に近い「暗紫色の流光」を捉えた。それは正面衝突を巧みに避け、岩壁の隙間を縫うように移動し、周囲の黒い脈絡と同化しようとしていた。

「見つけた……」

俺は深く息を吸い、墨淵を鞘に収めた。右手に熾烈な火球を凝縮させ、五指を揃えてそれを力任せに握り潰す! 狂暴な火元素が掌中で圧縮され、同時に左手の雷電が指の隙間を縫うように絡みつく。

俺は両手を合わせ、すべてのエネルギーを右手の指先に集中させると、何もないはずの岩壁を狙い定めた。

ドォォン!!

青と赤が交錯する閃光――「電磁砲」が咆哮を上げ、圧倒的な勢いで壁面を穿ち、巨大な煙塵と砕石を巻き上げた。だが、煙が引いた後の壁面は焦げ付いているだけで、変化はない。俺の心に焦りが走る。

「くそ……核心コアを外したか。すばしっこすぎる!」

右手の痺れを感じながら、俺は隣の良奈とアイリンに叫んだ。

「本体は極めて小さい! 広範囲魔法じゃ効率が悪い。物理的な切斷か、高密度の雷電で貫くしかない!」

俺は追擊の雷箭らいせんを放つが、流光は石の隙間を自在にすり抜け、距離は開く一方だ。

「距離がありすぎるわ……私の雷は拡散が早くて、精密に貫けない!」

アイリンが歯を食いしばり、額に汗を滲ませる。

「私たちが道を作る。ついてきて」

良奈が低く言った。銀刀を握りしめる彼女の瞳は、底知れぬ深淵を湛えている。

「シエン、アイリン、離れないで。チャンスは一度きりよ」

崩壊寸前の坑道を俺たちは駆け抜けた。足元からは黒い触手が這い出し、空中からは汚染されたつぶてが流弾のように降り注ぐ。

「追いつくぞ、そこだ!」

「観測者」の視界の中で、紫色の小さな点が耳を刺すような鳴き声を上げ、狂ったように逃げ回っている。

「アイリン、先回りして阻止しろ! 追うぞ!」

俺は叫び、突如として足を止めると、岩壁の傍らで片膝をついた。追跡を止め、深く息を吸い込むと、両手を粘着質な物質に覆われた濡れた黒い壁に直接押し当てた。

吐き気を催すほどの冷たさと滑り。だが構わず、体内で強引に圧縮した雷属性の魔力を、この一瞬にすべて解放した。

「――止まれぇぇ!!」

バチッ! バチバチッ!!

眩い青の電光が俺の両手を中心に、湿った岩壁と地面の水分を伝って狂ったように蔓延はびこり、半径十メートルの空間を瞬時に網羅した。敵を倒すためではなく、超広範囲の「電撃麻痺」を引き起こすためだ。

岩の隙間にいた紫の光点が激しく明滅し、不意の強電流を受けて、その動きがコンマ数秒だけ凝滞ぎょうたいした。

「今だ! アイリン!!」

体内の魔力が空っぽになる虚脱感が襲う。だが、目は離さない。

前方へ躍り出ていたアイリンが、俺の信号に驚異的な反応を見せた。彼女は猛然と振り返り、両手を天に掲げた。体内の「蒼」が凝縮され、眩い白光を放つ数個の光球と化す。

「くたばりなさい!」

アイリンの叫びと共に、その白い光球は闇を払う聖なる輝きを纏い、精密誘導弾のごとく壁面の紫の点へと一直線に貫通した。

ズドォォォン!!

凄まじい悲鳴と共に、白い雷電が接触点で炸裂し、汚穢おわいの源を完全に蒸発させた。

汚染源が消滅すると、周囲を覆っていた粘りつくような黒霧は潮が引くように消え去り、岩壁の触手も枯れ果てた残骸へと変わった。坑道は静寂を取り戻す。

「ふぅ……」

俺は重い体に耐えきれず、片膝をついて激しく肩で息をした。魔力を一瞬で使い果たした空虚感で、脳がズキズキと痛む。

「シエン、大丈夫?」

黒い影が寄り添い、良奈が隣にしゃがみ込んだ。面越しだが、彼女の瞳に深い懸念があるのが分かる。彼女は手を伸ばしかけ、迷うように空中で止めた。

「ああ……大丈夫だ」

俺は虚弱な微笑みを返し、ふらつきながらも立ち上がろうとした。

「シエン、やったわね!」

アイリンの弾むような声が響き、彼女は帯電した微風のように駆け寄ってきた。

「ああ、アイリン、さっきの雷撃は本当に……うおっ」

言い終わる前に、温かく柔らかい感調が胸に飛び込んできた。アイリンがなりふり構わず俺を抱きしめたのだ。雨上がりの森のような清々しい香りが、洞窟の死臭をかき消していく。

「シエン、あんな無茶な魔力の使い方はしないで。体に毒よ」

アイリンは離れる様子もなく、整った顔を俺の耳元に寄せた。彼女の吐息を感じるほどの距離で、頬を膨らませながら、本気で心配そうに俺を叱った。

俺は苦笑し、彼女の背を軽く叩いた。

「分かったよ……次からは気をつける。心配させてごめん」

良奈は隣で静かにそれを見ていた。表情は読み取れないが、銀刀を握る指先がわずかに強張ったように見えた。

やがて坑道の入り口からマキシ先生と、相変わらず抱き枕を抱えたセシルが入ってきた。マキシ先生は俺たちの様子を見て口角を上げた。

「初陣にしてはいい連携だった。だが、シエン、魔力制御はまだ課題だな」

「帰るぞ」

マキシ先生の言葉に従い、俺はふらふらと馬車に乗り込んだ。積もり積もった疲労が津波のように押し寄せ、柔らかいシートに座った瞬間、瞼が鉛のように重くなった。

「少し……寝る……」

意識が遠のく中、セシルの幼い声が聞こえた気がした。

「アイリンお姉ちゃん……シエンお兄ちゃん、魔力回路がボロボロだよ。そのままじゃ明日、体が痛くて動けないよ。夜に、ちゃんとお姉ちゃんが『修復』してあげてね」

「え? 修復? どういうこと?」

「同属性ならね、直接触れて導いてあげればいいんだよ。そうすれば……」

その後の囁きは聞こえなかった。ただ、アイリンの短い悲鳴のような声が聞こえ、俺の意識は深い闇へと沈んだ。

目が覚めたとき、夕日が車内に差し込んでいた。馬車はいつの間にかストラトス・ヴィアの家門の前に着いていた。

「……着いたのか?」

「ようやく起きたか、この豚」

アウグストゥスが悪態をつきながら、俺の墨淵を渡してくれた。

マキシ先生は、「巴斯林バスリン商圈で美味いもんを買ってくるから、お前らは先に風呂に入って休んでろ」と言い残して去っていった。

俺が家に入ろうとすると、後ろを歩くアイリンの顔がなぜか真っ赤で、俺と目を合わせようとしない。最後尾のセシルだけが、目を細めて意味深な微笑みを浮かべていた。

夕食は豪華だった。バスリン商圈の名店の料理がテーブルを埋め尽くし、アイリンはいつものように「食べ物収穫機」と化してガツガツと肉を頬張っていた。

しかし、俺は食欲が湧かなかった。魔力枯渇の副作用で、指先はまだ痺れ、脳の奥がズキズキと痛む。

「シエン、食べないのか?」

セシルがチーズを齧りながら、気だるげな笑みで言った。

「サラダじゃ『電気』は補充できないよ。部屋に戻ったら、ちゃんと『治療』を受けてね」

隣のアイリンが、ジュースを吹き出しそうになって激しくむせた。

深夜の官邸。俺は自室のベッドで、服を脱ぐ気力もなく倒れ込んでいた。

コン、コン、コン。

「……入ってくれ」

ドアが開くと、薄手の水色の部屋着に着替えたアイリンが現れた。風呂上がりなのか、それとも緊張からか、彼女の頬は熟したリンゴのように赤い。

「シエン、その……大丈夫?」

彼女はドアを閉め、落ち着かない様子でベッドの端に座った。

「セシルが言ってたの。雷属性同士なら、直接触れることで魔力回路を修復できるって。私の『蒼』で、あなたの滞った流れを整えてあげる……」

「えっ……?」

困惑する俺をよそに、アイリンは震える手で俺の手をそっと握った。掌の熱が、肌を通じて伝わってくる。

「目を閉じて、リラックスして……私を、あなたの魔力の流れに入れて」

アイリンの柔らかい手が、俺の震える手を包み込む。彼女の手も汗ばんでいるのが分かった。

「いくわよ……」

バチッ……

微かな電流と共に、俺の経絡の中に、俺自身のものより力強く、それでいて驚くほど優しいエネルギーが流れ込んできた。それは痛みではなく、枯れた大地を潤す春の雨のようだった。アイリンの「蒼」が俺の体内を巡り、歪んだ魔力の糸を一本ずつ丁寧にほぐしていく。

「くぅ……」

思わず心地よい溜息が漏れた。重圧が消えていく。

「シエン……少しは良くなった?」

至近距離にアイリンの碧眼があった。睫毛が震えているのが分かる。俺は無意識に、彼女の手を握り返した。

「ああ……ありがとう、アイリン」

俺たちはベッドに並んで座り、雷電よりも心を焦がす静寂の中にいた。

「……今度私が動けなくなったら、助けに来てね」

アイリンは少し茶化すように言ったが、その瞳は真剣だった。

「ああ、約束する」

俺は彼女の手を離さず、指を絡めて十指を固く結んだ。

「『蒼』だけじゃない……俺も、お前を守る」

その言葉がとどめだった。アイリンの顔は耳の付け根まで真っ赤になり、俯きながらも俺の手を強く握り返した。

「……約束を破ったら、『キュウ』で黒焦げにするからね」

月光の下、潤んだ瞳で俺を見つめる彼女を、抱き寄せ、唇を重ねたいという衝動が突き上げた。だが、理性がそれを踏みとどまらせた。

「おやすみ、シエン」

彼女は逃げるように部屋を飛び出していった。

一人残された俺は、天井を見上げながら、甘酸っぱくも、ほんの少しの悔しさを噛み締めた。転生者として冷静でありたいが、彼女の純粋な「直球」には、どうしようもなく翻弄されてしまう。

体内の雷魔力は以前よりも従順に、そしてどこかアイリンの「蒼」の純粋さを纏って、静かに脈打っていた。

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