新入生
アイリンがまだ熱心に頬をぷにぷにとつまみ、体重を気にして葛藤している可愛い姿を見ていると、俺の中に積もっていた陰鬱な不安も、この午後の陽光にすっかり癒やされていくようだった。
俺は材料店に入り、色が透明で内部に微細な電光が流れる高品質な雷魔石をいくつか選んだ。この「観測者」の眼は素材選びには格別に役立つ。どの石のエネルギーが最も純粋か、俺の目にはまるで光り輝いているかのように見えるからだ。
店主に礼儀正しく会計を済ませて店を出ると、入り口に背を向け、体を小さく丸めているアイリンがいた。彼女は手の中にある甘い香りの漂う小洒落た紙袋を大事そうに抱え、「悪いことをしている」という後ろめたさ全開の様子だった。
「いい匂いだね、イチゴ味かな?」
俺はそっと後ろに回り込み、ニヤリと笑って声をかけた。
「わっ! 足音立てなさいよ!」
アイリンは驚いて袋を放り出しそうになり、相手が俺だと分かると慌てて袋を背後に隠した。顔を赤くしてブツブツと呟く。
「そ、そうよ。角にある超有名なスイーツ店で買ったの。いい、絶対に、絶対マキシ先生には言わないでね。これ結構高かったんだから。お使いのお金をこれに使ったなんて知られたら、絶対小言を言われるもん……」
「わかった、秘密にしておくよ」
俺は腰の墨淵をポンと叩いて安心させ、「でも、秘密にする代わりに、後で半分分けてもらうよ?」と付け加えた。
「ちぇっ、火事場泥棒なんだから! 一個だけ、一個だけよ!」
俺たちはそんな風に言い合いながら、陽光の降り注ぐ石畳の道を歩いて家路についた。
バスリン商圏の喧噪が遠ざかり、街道沿いの桃色の魔法陣が夕暮れの微光の中で柔らかな光を放っている。未知の「勇者」や不気味な悪夢が俺を待っているとしても、今の俺の左手にはマキシの頼んだ雷魔石があり、右手にはアイリンが分けてくれた温かなイチゴタルトがあった。
官邸の大きな扉を開けると、そこには本を読むマキシや、装備を手入れするアウグストゥスがいると思っていた。
「ただいま戻りました、先生……って、レオンさん?!」
言葉が喉に詰まり、魔石を落としそうになった。そこには、記憶にある通りの頼もしく強大な影が、冒険者の栄光を象徴するマントを傍らに置いて、堂々とソファに座っていた。
「よぉ、シエン! しばらく見ないうちにデカくなったな!」
レオンさんは俺を見るなり、あの馴染み深い豪快な笑い声を上げた。数歩で駆け寄ると俺を力一杯抱きしめ、大きな手で茶髪をめちゃくちゃに掻き回した。その力強さに圧倒されそうになったが、確かな体温と馴染みのある魔力の気配が、昨夜の不安を瞬時に吹き飛ばしてくれた。
「レオンさん……どうしてここに?」
俺は驚きと喜びで、自然と顔がほころんだ。
レオンさんは手を止め、俺の隣でイチゴの袋を隠そうと必死なアイリンに視線を移した。彼は片方の眉を上げ、男同士ならわかるニヤけた視線を向けてくる。
「ほう? そっちは……お前の彼女か? なかなかいい趣味してるじゃねぇか。元気そうな嬢ちゃんだ」
「えっ……いやいや! ただの友達です! 仲間ですよ!」
俺の顔は一瞬で耳の根まで赤くなった。慌てて手を振って否定したが、心臓の鼓動はレオンさんに会った時よりも速くなっていた。
「た、隊長さん、こんにちは! アイリンです! フロモネシュ家のアイリンです!」
アイリンも突然現れた「大物」に圧倒されたのか、スイーツを隠すのも忘れて直立不動で敬礼した。イチゴの香りに包まれて顔を赤くしている彼女は、レオンさんの前で一層生き生きとして見えた。
レオンさんはその様子を見てガハハと笑い、俺の肩を叩いた。
「シエン、この嬢ちゃんの雷元素は凄まじいな。ここでの生活も退屈しなさそうだぜ!」
この温かな光景を見ながら、俺は銀のヒントを思い出していた。「スウィヤは安全だ」。レオンさんの登場で、その安心感はより確かなものになった気がした。
二階からマキシと良奈がゆっくりと下りてきた。階段が微かに軋む。
「仲がいいですね。家族のような絆は、スウィヤではなかなか見られない光景ですよ」
マキシは背後で手を組み、相変わらず掴み所のない穏やかな微笑を浮かべている。
隣の良奈は静かだった。彼女は銀色の刀を壁に立てかけ、外での鋭い気配を解いた。俺たちの隣に静かに立ち、言葉は発しなかったが、レオンの手が俺の肩に置かれているのを見た瞬間、その黒い瞳が微かに揺れた。相手の意図を確かめるかのように。
「当たり前だ!」
レオンは豪快に笑い、俺の肩を力強く叩いた。
「こいつが五歳で鼻水垂らしながら木刀を振ってた頃から、俺は師匠兼兄貴分なんだ。シエン、将来お前が偉くなって大物になった時は、この隠居間近のオヤジを養ってくれよな!」
「レオンさん、俺と十三歳しか変わらないんだから、年寄り扱いしないでくださいよ」
肩が痛むほど叩かれながらも、俺は笑ってしまった。この世界に対する疎外感が、また少し消えていくのを感じた。
「じゃあ……これからも、この不肖の弟子をよろしくお願いしますね」
俺は思い出したように、袋から数粒の透き通った雷魔石を取り出した。
「あ、マキシ先生、頼まれていた魔石です。高品質なものを厳選しました」
魔石を差し出した瞬間、左眼の「観測者」が、マキシが受け取る指先に走った一筋の桃色の流光を捉えた。
マキシは魔石を受け取り、指先でその表面をなぞりながら、どこか含みのある口調で言った。
「素晴らしい選び方だ、シエン君。師匠自ら登場となれば、これからは僕が思っていたよりもずっと面白くなりそうだね」
客室に流れる空気は温かかったが、レオンの情熱とマキシの深慮が、狭いリビングで奇妙な均衡を保っていた。
「さて、アウグストゥスも呼びなさい。伝えておくことがある」
マキシは眼鏡を押し上げ、二階に視線を向けた。
数分後、階段から引きずるような足音が聞こえてきた。ひどく疲れ、やつれた様子のアウグストゥスが下りてきた。朝はあんなに元気に言い合っていたのに、わずか一午後の間に、高強度の魔力研究で絞り尽くされたような姿になっていた。
「全員揃ったな」
レオンは先ほどまでのふざけた笑顔を消し、背筋を伸ばして腕を組んだ。兄貴分としての親しみやすさは消え、軍人としての厳粛な気配が場を支配する。
「今日はシエンに会いに来ただけじゃない。お前たちに通知があるんだ」
レオンは俺たちを見渡し、真面目なトーンで話し始めた。
「……何があったんですか? レオンさんがわざわざ来るなんて」
俺は無意識に墨淵の柄を握りしめた。アイリンも菓子の袋を開ける手を止め、緊張してレオンを見つめている。
「今日、ストラトス・ヴィア学院から、ある十二歳の天才が卒業した」
「卒業? 俺たちみたいな早期卒業か、飛び級実習ですか?」
俺たちは十分異例な存在だが、さらに上があるのだろうか。
「いや、ただの飛び級じゃない」
レオンは首を振り、その「怪物」への敬意を込めて言った。
「彼女は、学院の全課程を完全に修了し、最高等級の試験をパスした。国はこの才能を腐らせたくないと判断し、マキシが率いるこの特殊部門に正式に組み込むことに決めたんだ」
彼は一度言葉を切り、俺、アイリン、良奈、アウグストゥスを見回した。
「そして……チームの中で年齢が最も近く、助け合えるのがお前たちだ。だから来週から、彼女はこの官邸に引っ越してくる。お前たちと共に生活し、共に行動することになる」
リビングは静まり返った。俺とアイリンは顔を見合わせ、冷静な良奈さえも眉を動かした。十二歳で完全卒業した天才……。
「……付き合いにくそうな奴だな」
アウグストゥスが腕を組み、嫌そうに吐き捨てた。疲弊した顔には「平穏な生活がかき乱される」という拒絶反応が露骨に出ていた。
「安心しろ、俺が先に会ってきた」
レオンはアウグストゥスの様子を見て豪快に笑い、肩を叩いて慰めた。
「彼女は……かなり気さくだ。いや、気さくすぎるくらいだな。寝るのを邪魔しなければ、衝突することもないだろうよ」
「気さくすぎる……?」
俺はその言葉を繰り返し、眼鏡をかけてリビングで寝落ちしている黒髪の少年の姿(勝手なイメージ)を思い浮かべ、これからの生活が「賑やか」になるだろうと予感した。
「よし、伝達事項は以上だ!」
レオンは鮮やかに翻り、冒険者のマントを羽織って手を振った。
「軍の方で雑用が山積みなんだ、もう行くぜ。シエン、俺が教えたことを忘れるなよ。アイリン、良奈、それから死にかけてるアウグストゥス、またな! バイバイ!」
「さよなら、レオンさん!」
俺は去っていく背中に向かって大声で叫んだ。
官邸の扉が重厚な音を立てて閉まった。リビングに静寂が戻ったが、この平穏があと一週間のカウントダウンに入ったことを、全員が理解していた。
「十二歳の天才卒業生かぁ……」
アイリンがまだ手つかずのイチゴの袋を抱え、ぼんやりと呟いた。
「シエン、リビングのソファ、もっと柔らかいのに替えたほうがいいかな? あの子が来たら、ソファ占領されちゃいそうだし」
深夜、シエンの部屋。窓の外のスウィヤの街は夜の闇に沈み、枕元の微かな魔導灯が四人の影を長く交差させていた。
俺はカーペットの上に胡坐をかき、アウグストゥスは疲れを見せながらも背筋を伸ばして椅子に座っている。アイリンと良奈はベッドの端に並んで座っていた。この深夜会議の空気はどこか重い。何しろ、「十二歳の天才」が、俺たちが築き上げてきたバランスに介入してくるのだ。
「会議の議題は明確だ」
俺が沈黙を破り、声を潜めて言った。「新入生の部屋割り、それから……この謎の人物にどう対応するかだ」
「それについては、廊下の突き当たりにある空き部屋に住まわせることを提案する」
アウグストゥスが冷たく言い放ち、指先で肘掛けを叩いた。
「性別も性格も、名前すら不明な相手だ。廊下の端に隔離するのが、全員にとって最も安全な距離だろう」
「ダメだよ、アウグストゥス。それはあんまりだ」
俺は眉をひそめて彼を見た。「あそこは日当たりも悪いし、みんなから遠すぎる。卒業したばかりでそんな扱いじゃ可哀想だよ。お前の部屋の向かいにも空き部屋があるだろ? あそこの方が環境がいい」
「断固拒否する」
彼は迷いなく拒絶した。「私は家の実務をこなすために絶対的な静寂が必要だ。隣に正体不明の『天才』が住むなど御免被る」
「……新入生、私の隣にする?」
良奈が突然、静かに意見を出した。その深い瞳は微光の中で落ち着いて見え、膝の上に置いた白い面を無意識に撫でている。
「本当に実力が高いのなら、近くにいれば魔力の波動をいつでも監視できる」
良奈の言葉には武人としての慎重さと、リスクを引き受ける優しさが同居していた。
「本当にいいの? 良奈は可愛いし優しいんだから、新しく来る奴が変態だったらどうするのよ!」
アイリンは心配そうな顔で、良奈の腕をギュッと掴んで離さない。脳内で勝手に良からぬ脚本が出来上がっているようだ。
良奈は振り返り、必死に自分を守ろうとするアイリンを見て、冷ややかだった瞳に温かな笑みを浮かべた。彼女はアイリンの手を優しく叩き、凪いだ湖のように静かな声で言った。
「大丈夫だよ、アイリン。もし何かあれば……すぐに知らせるから」
淡々と言った彼女だったが、俺は見逃さなかった。膝に置かれた良奈の指先が微かに動いたのを。それはいつでも刀を抜ける予備動作だ。もし新入生が本当に「変態」だったら、良奈は俺たちに知らせる前に、銀色の武士刀で物理的に「冷静」にさせるつもりだろう。
アウグストゥスは鼻を鳴らし、渋々ながらも「危険地帯」の隣に住む志願者が現れたことで矛を収めた。心の中で自室の扉に防音と防御の結界を追加することを決めたようだが。
「じゃあ、決まりだね」
俺は手を叩き、会議を締めくくった。「来週から、新入生はアウグストゥスの正面、つまり良奈の隣の部屋に住むことになる」
立ち上がり、性格はバラバラだが肝心なところで信頼し合える仲間たちを見て、俺の心に確かな実感が湧いた。
「みんなお疲れ様。ゆっくり休もう。あの『天才』がレオンさんの言う通り、気さくな奴だといいな」
灯りが消え、三人が次々と部屋を出ていった。廊下から微かな足音とドアの閉まる音が聞こえる。俺はベッドに横たわり、天井を見つめた。耳の奥で、アイリンが言った「可愛いし優しい」という言葉がリフレインしていた。
『……良奈は、確かに可愛いよな』
面を外した時の彼女の表情を思い出し、慌てて首を振って目を閉じた。
スウィヤの深夜に静寂が戻る。だがその平穏の下で、一つの嵐がストラトス・ヴィアの山を越え、俺たちのもとへ向かおうとしていた。




