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異世界の観測者 ~今度こそ、大切に生きていく~  作者: WE/9
スウィヤ編

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18/60

マキシ先生


馬車は最後に、純白の大理石で築かれた壮大な広場の前で止まった。ここの地面は塵一つないほど磨き上げられ、スウィヤの澄み渡る青空を鏡のように映し出している。

「時間通りだな、ガキども。新しい指導官に挨拶しろ。マキシだ」

レドノ將軍の屈強な姿が前方から步み寄ってきた。傷跡のある臉孔は相変わらず威嚴に滿ちているが、その口調には後輩を気遣う響きがある。彼の紹介に合わせ、一人の青年が將軍の影からゆっくりと步み出た。

「えーっと……。どうも、マキシです」

マキシと呼ばれたその男は、ふわふわとした輝くような金髮をしていた。年齢はクレドさんと同じくらい、二十四、五歳といったところか。だが、烈火のごとく傲慢で、一舉手一投足に「救世の英雄」としての霸氣を纏っていたクレドさんとは違い、マキシは極めて低姿勢で穩やかだ。俺たちのような「天才少年」を前にして、どこか照れくさそうにさえしている。

「君たちが成人するまで、僕が……その、保護を擔當します。同時に、スウィヤでの諸々の指導もね」

マキシは頭を掻きながら、溫和な微笑みを浮かべた。體にフィットした輕裝を纏っているが、過度な裝飾はなく、深水のような落ち着いた印象を与える男だ。

俺は彼を見つめ、無意識に左眼を微かに見開いた。驚いたことに、マキシの體内のエネルギー流動は異常なほど平順で滑らかであり、一滴の漏れもなかった。考えられる可能性は二つ。彼が魔力を持たないただの一般人か(中央軍ではあり得ない)、あるいは、魔力制御が極限の域に達しているかだ。

「よろしくお願いします、先生」

俺たち四人は揃って一禮した。アイリンは興味津々にこの「穩やか版クレド」を觀察し、アウグストゥスは制服のディテールをチェックしている。良奈りなは相変わらず面の下に隱れたまま、小さく會釈した。

「そんなに畏まらなくていいよ」

マキシは身を翻すと、背後にある陽光に照らされた、庭園の噴水が音を立てる高級官邸を指差した。

「ここが君たちのこれからの住まいだ。荷物は家僕かぼくが運んでくれるから」

彼は俺たちを振り返り、すべてを見通すような優しい眼差しを向けた。

「まずは新しい家を見ておいで」

マキシが重厚な彫刻の施された大扉を押し開くと、官邸内部の豪華さと採光の良さは俺たちの想像を超えていた。空氣には淡いモミの木の香りが漂い、高い吹き抜けの掃き出し窗から差し込む陽光が大理石の床に反射している。足を踏み入れただけで、自然と緊張が解けていくのが分かった。

俺たちはレッドカーペットが敷かれた階段を上って二階へ行き、並んだドアを眺めた。先ほどまでの疲れは一瞬で吹き飛び、「部屋割り合戰」の興奮がそれに取って代わった。

「僕は廊下の突き當たりの部屋にする。これだけは讓れないよ」

アウグストゥスが優雅な足取りで進み、獨立したテラスを持つ一番奧のドアを指差した。その表情は極めて真劍で、まるで部屋選びではなく、領土の主權宣言でもしているかのようだ。

「安心しろ、そんな端っこの部屋、誰も取り合わないから」

俺はいつものようにからかった。隅っこを命のように大事にする彼の性質は、スウィヤに來ても変わらないらしい。

「それじゃ、俺はアウグストゥスの隣にしよう。階段にも近いしな」

俺は背中の「墨淵ぼくえん」を軽く擔ぎ直し、さらりと言った。

俺が言い終えるやいなや、アイリンが青い旋風のように俺の部屋の向かい側へ躍り出た。両手を腰に當て、高らかに宣言する。

「じゃあ、私はシエンの向かい側! これで夜中にこっそり夜食を食ベに行きやすくなるもんね!」

「……お前、夜食のために場所選んだだろ?」

俺は呆れて彼女を見た。

ずっと後ろで沈默していた良奈は、アイリンの宣言を聞いて、一瞬だけ氣配を亂した。彼女は俺を見、それからアイリンが占領した場所を見つめると、最後には小さく咳払いをし、冷靜を裝ってアイリンの隣の部屋の前に立った。

「……じゃあ、私はアイリンの隣にするわ」

良奈は低く呟いた。その手は無意識にドアノブを撫で、視線はどこか落ち着かなげに俺の部屋を掠めていた。

こうして、二階の配置が確定した。廊下の突き當たりには孤獨と優雅を愛するアウグストゥス。次に俺とアイリンが「向かい合わせ」になり、その隣に良奈が控える――。アイリンの「夜食突擊」を監視しつつ、俺の部屋からも數步という、極めて絶妙な距離感だ。

マキシは俺たちが素早く領地を分け合う様子を見て、困ったような、けれど溫かい笑みを浮かべ、手すりに寄りかかって感嘆を漏らした。

「若いっていいねぇ。荷物は後で各部屋に屆くから、三十分で片付けなさい。三十分後、スウィヤ名物の――『繁華のはんかのこころのランチ』へ案內するよ」

「あ、そうだ。……シエン・スライ君、ちょっといいかな?」

マキシは立ち去ろうとしたが、何か重要なことを思い出したかのように足を止め、聲に隱しきれない興奮を滲ませた。

「あ、はい。今行きます」

俺は少し不思議に思いながら、階段を駆け下りた。二階の角からはアイリンと良奈が好奇心に滿ちた顔を覗かせていたが、すぐに荷解きのために部屋へ戻っていった。

リビングに入ると、マキシは高價そうな革張りのソファに座っていた。俺が近づくと、彼はまるで別人のようになった。先ほどまでの穩やかな氣配が消え、代わりにアイドルを追いかけるファンのような期待の眼差しを向けてくる。

「君が……君があの伝説の、レオン隊長の第一弟子なのかい?」

マキシは早口になり、目を輝かせて俺を見つめた。

「部隊にいた時、毎日聞いていたんだ。隊長が君のことをどれだけ優秀かって自慢するのを! 百年に一度の雷火雙修らいかそうしゅうの體質で、五歳にして彼を驚かせるエネルギー構造を練り上げたって!」

「えーっと……」

俺は顔が熱くなり、頭を掻きむしりたくなった。あの豪快で、少し目立ちたがり屋なレオン兄貴のことだ。軍隊で酒を飲みながら「俺には天才の弟子がいるんだ」と吹聽している姿が容易に想像できる。間違いなく、俺を自分の「教育の賜物」として見せびらかしていたんだろう。

「はい、軍に入る前のレオンさんの最初の弟子です」

俺は正直に頷き、苦笑した。「でも『優秀』なんて言葉は、アルコールのせいでかなり誇張されていると思いますよ」

「いやいや、隊長は滅多に人を褒めないんだ!」

マキシは激昂したように立ち上がり、きまり悪そうに襟元を整えた。

「実を言うと、僕はレオン隊長に育てられた副官なんだ。君が彼の弟子なら、ある意味……君は僕の『兄弟子』だよ!」

目の前にいる、明らかに十歳ほど年上で、底知れない実力を持ちながら、敬虔な面持ちで俺を「兄弟子あにでし」と呼ぶ金髮の男を見て、俺の内面は激しく混亂した。轉生者である俺ですら、この世界の変化の速さにはついていくのがやっとだ。

「それに、知っているかい? 僕も雷と火の屬性なんだ!」

マキシは興奮気味に身を乗り出し、俺との距離を詰めた。

(おいおい、雷と火ってそんなに安売りされてる屬性なのかよ?)

俺は心の中で激しく突っ込んだ。前世の創作なら、雙屬性なんて萬に一人の天才設定のはずなのに、この世界に來てからというもの、レオン兄貴に続き、適當に派遣された指導官まで同じ構成だなんて。

「でも、僕は少し特別なんだ」

マキシは神秘的に微笑んだ。その溫和だった瞳が一段と輝きを增し、瞳孔の奧で星々が跳ねているように見えた。

「僕の雷と火は、完全に融合ゆうごうしているんだ」

「……融合?」俺は絶句した。

俺の知識(そして学校での教え)では、雙屬性とは左手で火を練り、右手で雷を引き、その不安定な二つのエネルギーを無理やり衝突させて瞬發的な爆發力を生むものだ。それは「組み合わせ」であって、「融合」ではない。

「そう、屬性は融合できるんだ。難易度は極めて高いけれど、一度そのしきいを越えれば、生じる質變はいかなる単一屬性をも超越する」

マキシはゆっくりと右手を差し出し、掌を上に向けた。

次の瞬間、リビングの空気が微かに震えた。火の熱気も、雷の彈ける音もない。代わりに、極めて純粹で、溫かく、神聖さすら感じさせるエネルギーが滿ちた。白金色の光球が彼の掌の中に凝縮され、薄暗いリビングを照らし出す。その光は、一點の不純物もないほど柔和だった。

「融合した結果、それは――光屬性ひかりぞくせいになった」

彼は静かにその言葉を紡いだ。穩やかだが、圧倒的な説得力を持った響きだった。

俺はその光球を見つめ、左眼の【觀測者】をフル稼働させた。俺の視界の中で、本来なら激しくぶつかり合うはずの紅い火の粒子と蒼い雷の粒子が、見たこともない螺旋構造で完璧に噛み合い、恐ろしいほどの高周波で回転しながら、無色透明の、けれど凄まじいエネルギーを秘めた流動へと変換されていた。

「光……」

俺は獨りごちた。スクウィタン大陸で「光」という屬性を目にしたのは、これが初めてだった。

マキシは俺の呆然とした表情を見て、少し照れくさそうに光球を消し、頭を掻いた。

「だから、レオン隊長が僕を寄越したんだ。君の潜在能力は彼以上だ。彼の二番煎じで終わるのはもったいない。僕に、雷火雙修の終着点がどこにあるのかを見せてやってくれってね」

「まあ、訓練は後回しだ。今は――スウィヤの市街地へ『校外學習』に行こうじゃないか!」

マキシが話を切り替えると、先ほどまでの底知れない強者のオーラは霧散し、代わりに活気あふれる親しみやすさが戻ってきた。彼は膝を叩いて立ち上がり、いたずらっぽい笑みを浮かべた。まるで、卒業したばかりで遊びに行きたくて仕方がない学生のようだ。

言い終えるのと同時に、二階から一斉にドアが開く音が響いた。

良奈、アイリン、アウグストゥスが、まるでタイミングを計っていたかのように部屋から出てきた。どうやら上の方で、ずっと下の様子を盜み聞きしていたらしい。

アイリンは旅の汚れがついたローブを脫ぎ捨て、輕やかなスカートに紺色の制服マントを羽織ってリフレッシュしていた。良奈は相変わらず白い面をつけているが、足元のブーツは街步きに適した柔らかい革のものに変わっている。アウグストゥスに至っては、この三十分の間に髮型を整え直し、襟元に精巧な金のブローチまで飾っていた。

「出發進行! 美味しいものいっぱい食べるぞー!」

アイリンが両手を突き上げ、階段を駆け下りてきた。その瞳には「魔法のスイーツ」への果てしない渴望が宿っている。

「マキシ先生のお誘いとあれば、学生である我々が斷る理由はありませんね」

アウグストゥスは優雅に手すりを伝って下りてきた。口調こそマキシを立てているが、その足取りの軽さは、スウィヤの高級酒藏ワインセラーへの憧憬を隱せていなかった。

良奈は黙って俺の隣に步み寄った。面越しではあるが、道中ずっと張り詰めていた彼女の肩が、ようやく解けたのが分かった。彼女は俺の腕を軽く小突き、俺にしか聞こえない聲で囁いた。

「シエン、行きましょう」

「ああ、出發だ!」

俺は笑顔で應えた。胸に渦巻いていた「実力への焦り」はこの瞬間、どこかへ消え去った。光屬性がどうとか、特訓がどうとかは後だ。陰謀と挑戰に滿ちた軍の體系に正式に組み込まれる前に、今の俺たちはただ、この繁華街に好奇心を抱く冒険者に過ぎないのだから。

マキシを先頭に官邸の門を押し開くと、外には正午の眩い陽光を浴びたスウィヤの街並みが広がっていた。

「ここは世界一の商業の中心地であると同時に、魔導技術においてはストラトス・ヴィアに次ぐ第二の都市だ」

マキシは有能なガイドのように步き、優雅な手つきで街道の両側を指し示した。

俺は彼の導きに従って視線を走らせる。左眼が無意識に熱を帶びた。

スウィヤの街道には、街灯の柱や建物の角の至る所に**「魔力センサー」**が埋め込まれていた。精緻な結晶體は微かな青い光を放ち、常に空氣中の魔力濃度や環境溫度、さらには通行人のエネルギー構造さえも記録している。俺たちの学校があった山岳地帯に比べ、ここの魔導設備は驚くほど密集していた。

街道の両側の商店も目移りするほどだ。ウィンドウには自動で色を変えるシルクを飾った仕立て屋や、改良型の魔導回路パーツを扱うセレクトショップが並んでいる。

「そして……その中でも最も栄えているのが、バスリン大通りとバスリン商圏だ」

マキシに連れられて広い街角を曲がった瞬間、自称・優雅なアウグストゥスを含めた全員が、息を呑んだ。

そこは、距離感を失うほどに廣大な白い大通りだった。地面には滑らかな白晶石はくしょうせきが敷き詰められ、午後の陽光を反射して、神聖なまでの輝きを放っている。

「こ、これがバスリン……」

アイリンはマントの縁をぎゅっと握りしめ、目を丸くした。口角のよだれが今にも決壊しそうだ。

「あっちの……飛んでるケーキ、売ってるの?」

彼女の視線の先には「浮遊スイーツ・ハウス」という店があり、魔法の浮力によって數十個のデコレーションケーキが小鳥のように店の周りを旋回していた。

アウグストゥスは大通りの反対側にある「逸品陳列館」に目を奪われ、巡禮者のような敬虔な眼差しを向けている。良奈は相変わらず靜かに俺の隣を步いているが、面の下の瞳は、精巧な髮飾りや鋼の暗器を扱う店の間を忙しなく動いていた。

「マキシ先生、ここはストラトス・ヴィアに次ぐ都市だと言いましたけど……」

俺は足元の魔力回路を觀察しながら、靜かに尋ねた。

「學術的な香りの強いあそこよりも、こっちの方が『商業的な活力』や『生命力』が強く感じられますね」

「鋭い觀察眼だね、シエン」

マキシが振り返る。夕陽のような金髮が風になびいた。

「ストラトス・ヴィアが『夢を創る』場所だとするなら、バスリン大通りは『夢を実現し、それに値段をつける』場所なんだよ」

彼は神秘的な微笑を浮かべ、商圏の中心にそびえ立つ円形の高層建築を指差した。

「さあ、あそこでランチにしよう」

俺は周囲の、SFに近いほど発達した魔導設備を見渡し、心の中で感嘆した。

前世で読んだファンタジー小説の魔法世界といえば、泥だらけの道に薄暗いオイルランプ、遅れた通信が定番だった。だが目の前のスウィヤは、魔法文明が極致まで押し上げられた頂点の都市だ。

どうやら、この世界に大規模な戦争がない平和な状態が八百年続いたことで、魔導技術は俺の想像も及ばない高度な進化を遂げたらしい。

「龍の国では災難だったね。軍がまだ交渉と処理を続けているけれど、面倒な報告書は大人たちに任せておけばいい」

マキシは軽やかな足取りで、商圏の中央にそびえ立ち、外壁に無數の反射結晶が埋め込まれた壯大なビルを指差した。

「今の僕たちの最優先任務は、食事をすることだ」

ビルの中へ足を踏み入れると、ロビーは息を呑むほど廣く、足元の大理石からは淡い溫もりが伝わってきた。マキシは慣れた様子で、ロビーの奧にある銀の銘文が刻まれた円形のプラットフォームへと俺たちを導いた。

(これ……エレベーターか?)俺は心の中で驚いた。

見た目は精巧な木製のテラスのようで、周囲の欄干には優雅な紋様が刻まれている。だが俺の左眼の「觀測」によれば、プラットフォームの下には重力相殺陣列がびっしりと隱されていた。

「しっかりつかまって。揺れないけれど、初めての人は少し耳鳴りがするかもしれないから」

マキシが笑いながら注意を促す。

案の定、俺の予想通りだった。ブンという微かなエネルギーの起動音と共に、足元の板がゆっくりと浮き上がった。

これは單純なロープによる吊り上げではない。純粹な魔法の浮力だ。高度が上がるにつれ、繁栄を極めるバスリン商圏の景色が足元で急速に縮んでいく。街道の通行人は色とりどりの点になり、遠くの地平線にはスクウィタン大陸の壯大な輪郭が姿を現した。

アイリンは驚きに滿ちた顔で欄干から下を覗き込み、感嘆の聲を漏らしている。アウグストゥスは平然とした顔で袖口を整えていたが、それは高所移動が日常であるかのように振る舞っているだけに見えた。そして良奈は、何も言わなかったが、無意識に俺の制服の袖を摑んでいた。浮遊感が伝わってきた瞬間の、彼女の微かな緊張が伝わってくる。

「ふぅ……」

軽い振動と共に、プラットフォームはビルの最上階で靜止した。

木の扉がゆっくりとスライドして開くと、そこには全面がクリスタルで構成された環狀のレストランが広がっていた。ここではスウィヤの雲海と陽光が、まるで手の届く場所にあるかのようだった。

レストラン内は賑やかで豪華な雰囲気に滿ち、テーブルには食欲をそそる料理が並んでいた。アイリンは自動で回転する發光スイーツを不思議そうに突っつき、アウグストゥスは優雅にグラスを揺らし、すでにこの都市の恩恵に浸っている。

その時、マキシが食器を置き、微かに俺の方へ身を寄せた。その聲には試すような響きがある。

「シエン、下を見てごらん。君の觀察力は非常に高く、常人には見えない『流れ』が見えるそうじゃないか?」

俺はフォークを置き、言われた通りに窗の外を見た。今、俺たちはバスリン・タワーの頂上にいる。街全体が精巧なジオラマのように縮小されて見えた。俺は深く息を吸い込み、意識を左眼に沈める。どこか懐かしい清冷な感覚が湧き上がり、觀測者が正式に起動した。

世界は瞬時に鮮やかな色彩を失い、純粹なエネルギー構造へと変貌した。しかし、そこで目にした光景に、俺の心臓は激しく跳ね、瞳孔が收縮した。

「これは……」

俺の視界の範囲内、この壯大なスウィヤの街全体が、想像を絶するほど巨大な「桃色の魔法陣」に完全に覆われていたのだ。その魔法陣の紋様は極めて複制かつ精緻で、糸のように細い魔力の線が大地と建物の間を蜘蛛の巣のように走り、溫和ながらも重厚な桃色の光を放っている。それは半透明のオーロラのように、そこにいる一人一人、一棟一棟の建物を優しく包み込んでいた。

「魔法陣……?」俺は思わず小さな驚き聲を漏らした。

「……ああ、君は本当にすごいね、シエン」

俺の驚く顔を見て、マキシは滿足げな笑みを浮かべた。

「常人なら高階魔道師の域に達していても、せいぜい空氣中の魔力が濃いと感じる程度だ。一目で完全な術式構造を見抜いたのは、君が初めてだよ」

彼は顔を向け、桃色の光の影を深い眼差しで見つめた。

「それが、スウィヤの繁栄の真実だ。この術式は西世五十年頃――つまりこの平和な時代の起点に、すでに存在していた。巨大な盾のように高階魔物からこの地を守り、同時に磁場のように人々を惹きつけ、安住させ、感情を穩やかにさせる」

マキシの聲は非常に低く、俺たち二人にしか聞こえなかった。

「だからここは文明の中心になれた。けれどそれは、この魔法陣に一筋の亀裂でも入れば、八百年維持された『幸福な夢』が、一瞬にして崩壊することを意味しているんだ」

左眼の能力を解くと、眼前の世界は日常に戻った。繁華街は相変わらず喧騒に滿ち、人々は輝くような笑顔を浮かべている。だが俺は知ってしまった。この街の最も神聖で、かつ最も脆い骨組みを。

「……そんなに重要なものなら」

俺は拳を握り、マキシを見つめた。

「俺たちの仕事は、これを守ることなんですか?」

「そうだよ。どこから來たのか、誰が設置したのかも分からないけれど。……まあ、こんなものを作れる人は、さぞかし『勇者』と呼ばれていたんだろうね?」

マキシは輕やかに茶化すと、手元の水を一口飲んだ。その瞳は陽光の中で少しだけ彷徨っているように見えた。

俺は窗の外への視線を戻し、あの巨大で神聖な桃色の陣を記憶の深層へと仕舞い込んだ。

顔を上げると、レストラン内の溫かくも騒がしい日常が再び視界を埋め尽くした。

向かいに座るアイリンは、今や形振り構わず生クリームたっぷりのケーキを口に放り込み、両頬をリスのように丸く膨らませている。俺の視線に気づくと、彼女はモゴモゴと何かを呟いた。

「シエン、これ……すっごく美味しい! 一口食ベる?」

隣のアウグストゥスは優雅にナイフとフォークを操り、一切れの肉を完璧な大きさに切り分けていた。アイリンの食ベ方に呆れているようだったが、彼女が喉を詰まらせそうになると、極めて自然な動作で果汁の入ったグラスを差し出し、口では「貴族の礼儀」についての説教を垂れ流している。

若良奈,她雖然依舊帶著面具,但我能從她起伏的領口看出,她正安靜且專注地享用著眼前的海鮮燉飯。一口運ぶごとに、彼女の體から少しずつ力が拔けていく。人を寄せ付けないようなあの鋭さは、美食を前にして、少女特有の柔和さへと解かされていた。

その光景を見ながら、俺の手は無意識に椅子の横に立てかけた「墨淵」に触れた。

前世の内裝設計士時代には決して味わえなかった責任感が、今、この上なく明確に胸に宿っていた。八百年続いたこの平和、街を覆う桃色の魔法陣,以及……這群性格迥異卻能交付生死的夥伴。

あの桃色の陣が誰の遺産であろうと、未来の影にどのような「龍王」や惡意が潛んでいようと。俺が刀を握り、エネルギーの流れを見通せる限り、この美しい夢を壊させはしない。

「シエン? 何ぼーっとしてるの。早く食ベないと、冷めちゃって美味しくないよ!」

アイリンがようやくケーキを飲み込み、力いっぱい手を振った。

「分かってるって、今食べるよ」

俺は自信に滿ちた笑みを浮かべ、カトラリーを手に取った。

スウィヤでの最初のランチは、穩やかで眩い陽光の中で続いていった。


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