低電力モードの黙示録
「……う、嘘だろ」
阿久津の顔が、かつてないほど真っ青になった。
スマホの画面右上に表示された数字。それは、どんな魔王の軍勢よりも彼を絶望させるに十分なものだった。
【バッテリー残量が20%以下です。低電力モードに切り替えますか?】
「二十パー……。もう、そんなに……っ!」
「勇者様!? 突然どうされたのです、その世の終わりを見たような顔は!」
ガストンが心配そうに覗き込むが、阿久津はそれどころではない。このスマホが消えることは、女神の神託が消えること。それはつまり、この「勘違い暴走集団」の制御不能な殺意を止める唯一の術を失うことを意味していた。
「(……まずい。節電しないと。画面の明るさを下げて、無駄なアプリを消して……【て】……【停止】……【て】……【点灯】時間を短く……)」
女神ルミナスが、阿久津の焦りに同期して叫ぶ。
「緊急神託です! 『【て】天災を、 【て】停止せよ! さもなくば世界は、 凍りつく!』」
「天災を停止!? 勇者様、天変地異の前触れを察知されたのですか!?」
「世界が凍りつく……。了解だ、不浄な熱源(敵)をすべて排除し、冷却(除菌)しろという意味だな」
シオンが物騒な薬剤を調合し始め、セレナは
「天災より目立つ魔法を撃てばいいのですわね!」
と杖を振り回す。
「(……やめろ、お前ら! 騒ぐな! 振動だけで電池が減るだろ! 【し】……【静かに(しずかに)】しろ! *し】……【消費】を抑えろ!)」
「追加神託! 『【し】死の、 沈黙を! 【し】焦燥を、 煽りなさい!』」
「死の沈黙……! つまり、一言でも発した者は即刻斬り捨てろと!?」
ガストンが自分の口を両手で塞ぎ、周囲の騎士たちにも「喋るな(物理)」と無言の圧力をかけ始める。戦場のような緊張感が漂い、誰一人として呼吸すら満足にできない「死の沈黙」空間が完成した。
阿久津は、静まり返った中で必死にスマホを操作する。
だが、焦れば焦るほど指が震え、意図しない予測変換が爆誕する。
「(……電池。【で】……【電力】が欲しい。……魔法で【で】……【電気】とか作れないのか……。……【か】……【雷】とかさ……)」
「最終神託! 『【で】伝説の、 【で】デッドエンドを! 【か】神の、 【か】雷で!!』」
「伝説のデッドエンド……! 私の最大奥義、『神の雷(神罰)』を放てというのですわね! おーっほっほ、望むところですわ!」
セレナが絶頂の笑みを浮かべ、空に向けて特大の雷撃魔法を放った。
バリバリと音を立てて落ちる雷。それは不運にも、近くの森に潜伏していた魔王軍の斥候部隊を直撃し、文字通りの「デッドエンド(全滅)」をプレゼントした。
「……あ。……あぁ……」
阿久津は、雷の光に照らされるスマホの画面を見つめた。
そこには、無慈悲な通知。
【バッテリー残量 10%】
「(……もうダメだ。……これ、充電器……。誰か、【じ】……【寿命】と引き換えに……【じ】……【充電】させてくれ……)」
「女神の神託! 『【じ】慈悲なき、 【じ】蹂躙を! 【じ】地獄への、 【し】招待状よ!』」
「寿命を引き換えに蹂躙!? 勇者様、ついに禁忌の術をッ!」
仲間たちが勝手に盛り上がる中、阿久津は涙目で確信した。
魔王を倒す前に、自分の胃とスマホが「デッドエンド」を迎えることを。
阿久津は、震える手で「魔力を電気に変える魔道具」という単語を打ち込もうとしたが、無慈悲にも画面がさらに暗くなった。
(阿久津の心境:……セレナ。お前、さっきの雷で俺のスマホを少し帯電させただろ。おかげで一瞬だけ5%増えたけど、心臓に悪いから絶許。……次は魔王の心臓をバッテリーにする方法を検索してやる……)




