左遷された悪魔執事は青いバラに包まれる
「やってくれたね。ラナ・ヴァルトリーネ……」
執事服を着た私は書斎の真ん中で起立する。
机の前に座っている主人が私の名、ラナ・ヴァルトリーネを呼びながら溜息する。
一度、深く呼吸した後、眉間にしわを寄せて鋭い視線を向けた。
「ここに呼ばれた理由は流石にわかるよね?」
「はい、ご主人様。あの男性の件ですね?」
主人から聞かれてようやく口を動かせる。
彼と共にパーティーに向かった私はある男に絡まれた。
嫌な顔は出さず、適当にあしらっていた。
だが男は突然、私の体に触れ、反射的に突き飛ばしてしまった。
その件のことを言われている。
「そのことについては──。ただ、アレはびっくりしてやってしまっただけです」
「それが問題なんだ。君が突き飛ばしたのは王族の三男なんだぞ。しかも壁にめり込ませるなんて……。彼は君に興味を持っただけで、いきなり攻撃されたと言っている」
「興味とは、この尻尾のこと、ですか?」
腰から生えている細い尻尾を器用に動かし、照明の下に晒す。
しならせるそれは日頃の手入れで黒い艶を帯びている。
人ならざる者の証はこれ以外にも、白髪のミディアムショートから二本の角が生えていた。
生まれる子が突然変異で異種族へと変化する病が蔓延って数年が経つ。
原因は昔に討伐された魔王の呪いだと囁かれている。
この角も尻尾も、私が望んだものではない。
「珍しい悪魔型とはいえ、異種族はこの国では身分が低い。本来なら重い処罰を受けなければならないが……私の力でなんとか左遷で済ませたよ」
「……申し訳ありません」
「君の育て親、グランにもそれを言うんだな。彼には世話になった」
グランの名を聞いて、奥歯を噛みしめる。
両親から捨てられ、路上の隅で生きてきた私を拾ってくれたのは老執事のグランだった。
私を拾った理由がどうであれ、彼の元で『人』として過ごすことができた。
目の前の主人に仕える執事は老衰で亡くなったが、その道に迷うことなく私も進んだ。
だが彼の──、ヴァルトリーネの名を引き継いた矢先にこの始末だ。
「君はこれから北にある辺境の地に行ってもらう。君はグランの子でもあるし優秀だ。戻ってこられるように手をまわしておく。だから、この騒動が冷めるまでその主に仕えていろ」
「はい……」
こうして私、ラナ・ヴァルトリーネは荷物をまとめ、ここから出ていくことになった。
◇ ◇ ◇
王国の北側。秋空を見ながら道を歩いていく。
片手にはアンティーク風のトランクケースを握り、逆には地図と手紙を広げている。
(新しい主の名はリアナ・カークス。名家の生まれがこんな辺鄙な場所にいるなんてね)
これから仕えるカークス家は魔王討伐に大きく貢献した大貴族である。
足を動かしながら手紙から視線を外す。
周りを見渡しても草原が広がる風景だけで変わることはない。
地図を見ながらさらに歩き続けて数刻──、ようやく景色は変わる。
緑の葉が次第に黄色に帯びている森の中に目的の屋敷があった。
(……寂れてるな)
到着して最初の感想はそれだった。
大貴族の屋敷というのもあってか、門の外からわかる範囲でもかなり広い。
しかし、飾られた装飾品はうす汚れ、壁には植物が這っている。
「人の気配が全くしない……。警備すらいないのか……? もしかして道を間違えたんじゃ……」
トランクケースを置き、両手で地図を広げてまじまじと確認する。
地図に示された場所が間違っていないことに乾いた笑いが出た。
「……入ってみなきゃ、わからないか」
門を開けると金属の擦れる音に嫌な顔をしながら中へと入る。
内側にある庭園も手入れがないせいで荒れ放題。
そのまま屋敷の前まで向かい、扉を開けた。
ぎぃっ……と、擦れる音。屋敷の中は暗く、明かりすら付いていない。
「あの、どなたかいませんか?」
扉の手前で尋ねても、自分の声が空しく反響するだけ。
実は留守にしているだけなのでは──。
そう考えたときに横から動くものが見えた。
「あっ──」
ドレスを着た女の子が私のほうを、ぽけーっとした顔で見ている。
ロングストレートの明るい茶髪。そよ風に靡く様子は絹のよう。
服に施された家紋の刺繍を見て確信する。
この子がリアナ・カークスだと。
「あなたがリアナ・カークス様ですね? 初めまして、私は──」
「ラナ・ヴァルトリーネさん、ですよね? どうぞ、こちらに」
相手もこちらのことを知っていたようで、私の姿を見ても特に反応を示さない。
(まぁ、変に怯えられるよりはやりやすいか)
そう思っているとリアナに手で促される方向は庭のほうだった。
(……そっち? でも、中は埃だらけだったな)
私は開けていた扉を閉めると、足元で埃が小さく舞う。
手招きをされて向かった場所は庭の端っこ。
小屋と、その近くに小さなテーブルが一つ。
椅子は別にあるようで、貴族が座る椅子を懸命に運んでいる。
「あの、私がやりますよ」
初日から主の手を煩わせるわけにはいかない。
すぐに動いて彼女の代わりに軽々と運んで設置した。
「どうぞ、こちらに」
椅子を引き、座るように手で促す。
「ありがとうございます……」
私は対面に席をついて、とりあえず一息つく。
しばしの沈黙……風が吹き、少し肌寒さを感じると彼女の口を開いた。
「ごめんなさい。お茶の用意はなくて……」
「いえ、大丈夫です……。その、一つ聞いてもいいですか?」
「はい。なんでしょう?」
「他の人はいないのですか?」
この場において尤もな質問を投げてみる。
手紙では屋敷の詳細は書かれておらず、彼女の名前しかわからないからだ。
「それは……もしかして知らないのですか?」
「何がです?」
「私……病に罹っているんです。お医者さん曰く、伝染するものらしくて……」
それを聞いて僅かに目を見開いた。
この子は伝染病で隔離されたのだと。
「だから、ここは私以外には誰もいないんですよね。週に一度、門の前に食糧を持ってきてくれるだけで。屋敷は埃っぽくなっちゃったんで今はここで暮らしてます」
庭師の小屋──。大貴族の身分に合っていないが、一人で暮らす分には十分そうだ。
「あの……。そういうことだからラナさんも、この屋敷から早く離れたほうが……」
「そうでしたか。でも安心してください。私の身体は見ての通り丈夫なので」
私は胸を前に出し、手を当てる。
「で、でも……」
「リアナ様」
それでも不安そうな彼女に私は少しだけ前に乗り出し、柔らかい口調で話す。
「私はここにいる新しい主に仕えるために来ました。ですから私の意思でそうすることはできません。ただ、そうしろと命令するのであれば仕方がないですが……」
「そ、それは、その……」
「それにですね。仮にその病がとても珍しいもので、私にすら罹るとしたら、すでにもう手遅れです。今、私はリアナ様と楽しくお話してしまいました。つまりこの時点で私はお終いです」
「あぅ……」
「冗談ですよ。ですがようやく、お顔が柔らかくなりましたね」
「……!」
顔を見つめながら指摘されたリアナの頬に熱が入る。
「それでは、今日より私の主はリアナ様です。どうかよろしくお願いします」
「は、はい。お願いします」
私の言葉にリアナの返事はどこかぎこちない。
思い悩む顔に吹かれる秋風は淋しさを感じさせた。
◇ ◇ ◇
この屋敷に訪れて一日が経過し、庭の小屋で私たちは過ごしている。
小屋の内装は小さなベッドと机、冬に備えた暖炉しかない。
自分の体を休めるときは部屋の隅を借りているが時折、ベッドから視線を感じていた。
(主従の関係上、一緒の部屋で過ごすのはあまりよくはないな)
朝起きて、ベッドの上にちょこんと座るリアナを見ながら決意する。
新しい主のために今の私がやるべきこと。それは──
「まずは掃除、ですかね」
「掃除……」
「さすがに屋敷の状態があれでは……。あの小屋では冬も厳しそうです」
「でも、暖炉はあるし大丈夫かも。こっちでも結構、落ち着きますよ」
「それでもです。貴方はカークス家の者なのですから、ふさわしい場所にいなくては」
トランクケースの中からエプロンと三角巾を取り出し、テキパキと身に着ける。
そんな私に視線が刺さる。
リアナの目がキラキラと光らせていた。
「わぁっ……」
「……? どうかなされましたか?」
「ふふっ、ちょっとおかしな恰好だなって」
ほほ笑みながらそう言われたので、改めて自分を見てみる。
両手には箒とはたきが握られ、執事服の上から模様のついたエプロン姿。
頭に巻いている三角巾は角のせいでちょっとカクばっていた。
「メイドの服ならもっと似合いそうなのに」
「それは……、ごほん。とにかく掃除してきます。お昼にはまた戻ってきますので」
今まで男装で過ごしてきた私にメイドのような服は似合わない。
でも、少し期待に満ちた彼女の目を見た後だと、ふわふわな恰好の自分を思い浮かべてしまった。
(……っ、いかんな。こんなことを妄想してる場合じゃないのに。それにしても思った以上に屋敷が大きいな)
小屋から出た私は黒い布を口元に巻いて屋敷内に入る。
屋敷という建物は見慣れたものだと思っていたが、一人だと想像以上に広く寂しい。
歩くたびに足音が不気味に響いて、嫌な気分にさせる。
仮にここが汚れていなくても、あの狭い小屋のほうが落ち着くと言っていた気持ちがなんとなくわかった。
「だからといって、いつまでもあそこにいさせてはいけない。お嬢様のためにも、さっさとやらないとな」
独り言が暗い屋敷に冷たく反響し、掃除道具を握る手に力が籠る。
まずは屋敷中に溜まった埃を落とすことから始めた。
いくつもの部屋があり、一室も十分に広い。
全体を綺麗にするには使用人を多く雇わなければ時間は掛かるだろう。
幸いにも、私は異種族で体力には自信がある。
「二階もあるが、今日はしなくていいな。まずは一階を終わらせよう。……独り言が止まらないな」
窓を拭いている最中、次は何をするべきかをいちいち口にしてしまう。
自分だけしかいない屋敷で独り言を吐かないと、あの頃の記憶が思い出されるからだ。
冷たい路上で独りぼっち。
僅かな温もりを逃がさないように膝を抱えて縮こまるしかなかった。
ここに暮らしている彼女も同じ気持ちなのだろうか?
太陽が真上に差し掛かると、一階の窓を拭き終えた私は庭にいるリアナに会いに行った。
「そろそろお昼ですね、お嬢様」
「あっ、ラナさん。もう終わったのですか?」
「一先ず一階のほうは。さすがに広いので二階は明日ですね。ところでお嬢様は何を……?」
庭の隅っこで膝を曲げている彼女を後ろから覗き込む。
草の中に一輪の花が咲いていたもの。
少し萎びている青いバラだった。
「青いバラ……珍しいですね。こんなところに咲くなんて」
「そうなんですか? でも、ちょっと元気がない?」
「魔力を多分に含んだ場所でしか見られない花ですから」
「へぇ~! 知らなかった~!」
希少な花に目を輝かせているリアナ。しかしこちらは少し困ってしまう。
魔力が濃い地域は魔の生物がよく住んでいる。
最初からこの地がそうなのかはわからないが、何はともあれ警戒するに越したことはない。
「さて、お昼ご飯にしましょう。食糧の中にパンと野菜がありましたね。今日はサンドイッチにしましょうか」
「サンドイッチ! ラナさんは何でも作れるんですね!」
「もちろん」
そうは言ったが、実は軽食ぐらいしか作れない。
こういう事はシェフ、もしくは担当するメイドたちの仕事だったからだ。
小屋に戻って食糧の入った袋を覗き込む。
中にはたくさんのパンと葉野菜にトマト、チーズなんかも入っている。
備え付けられたナイフで、具材になるものを食べやすい大きさにカットしていく。
割いたパンにそれらを挟み、最後に自分の手で全体を包む。
私は熱を操る力がある。
それを利用してパンとチーズをふっくらと温めた。
「出来ました。どうぞ」
小屋の外、天気の良い下で二人だけの昼食。
ほかほかのサンドイッチを手渡された彼女は目をまん丸にしている。
「いただきます」
小さな口でパンを少しずつ齧っていき、頬がぷくりと膨らむ。
「もっ……、もっ……、もっ……」
(……リスみたい)
もぐもぐと笑みを浮かべて食べているリアナ。
彼女の様子に、私もサンドイッチを口にしながら昔を思い出す。
グランがまだ生きていた頃、幼かった私にいろんな料理をよく振舞ってくれた。
シェフがいても料理の技術は要ると言っていたが、あの頃の私にはわからなかった。
でも、彼女の幸せそうな表情を見ている今なら、グランの言っていたことがわかったような気がする。
(料理のレパートリーも、増やさないとね……)
◇ ◇ ◇
リアナとお昼を一緒に過ごした後、私は屋敷の屋根にいた。
吹かれる風に髪を靡かせながら、透き通るほど青い秋空を見上げる。
「この感じ、しばらくは雨の心配はないかな。といっても、点検はしておかなきゃ」
息を大きく吸い込み、冷たい空気を体に取り込んでいく。
つんとした刺激に気を引き締めると、目を光らせながら歩いていった。
立派な屋敷とはいえ、長い間放置されている。
空模様を見るに雨の心配はなさそうだが、秋という季節は気分屋だ。
せっかく綺麗にしている屋敷に雨漏りがしていたら台無しになってしまう。
屋根の状態をチェックしているときにふと、門のほうから音が鳴った。
「ん……?」
金属が擦れる高い音。少し遠慮して動かしたことが鳴ったときの聞こえ方でわかる。
屋根上から外の方向に目を凝らしてみると、リアナが門から出ていくのが見えた。
「お嬢様?」
病気である彼女がどうして外に出ていくのか?
疑問が頭に過っていると、小走りでどこかに行ってしまった。
「どういうこと?」
すぐに屋根から飛び降りて、門の外へと駆け寄る。
膝を曲げて地面を鋭く見ると、瞳が細くなる。
土に残った微かな熱の光。人間の目には見えない足跡が私にはくっきりと感知できる。
彼女が向かった先は──。
「森の方……?」
町に続く道に足跡はない。
彼女が向かった先は鬱蒼とした森を示している。
今は日差しがあるが、太陽は少しずつ傾き始めている。
「追わなきゃ……!」
すぐに立ち上がり、足跡を追跡するように森の中を駆けていく。
葉が黄色くなる木々を通り過ぎていくと、すぐに彼女に追いついた。
森を抜けた先、青いバラが咲き広がる所にリアナはいた。
「ここは……。それに青いバラがこんなに……?」
庭で見た青いバラ。本来はあまり見つかることのない希少な花。
見渡すほどに咲き誇る青い絨毯。
誰にも知られることのなかった秘密の花畑があった。
「……痛っ」
咲いている青いバラの傍にリアナは座り、そのうちの一本を採ろうとして反射的に手を引っ込めている。
「お嬢様っ」
自分を呼ぶ声に振り向くリアナ。
私はゆっくりと彼女に近寄ってしゃがみ込み、引っ込めた手を握り取る。
白い指先から赤い血を滴らせる。
「これは、その……ちょっと刺されちゃって……」
「……よかった、深くはないですね。止血するので少々お待ちを」
ポケットからハンカチを取り出し、細い指を丁寧に巻いていく。
「これでよしっ……。しかし、まさかこんなに咲いている場所があったなんて……」
「ちょっと前にここを見つけたんです。今日はどうしてもここに行きたくて……」
「なぜです? 森の中は危ないですし、こういうことは私に言ってくだされば──」
「プレゼント、したかったのです」
リアナの一言に私は目を丸くする。
「この青いバラを貴方に。ですが、庭に咲いているのは少し元気がないでしょう? だからここの一本を……」
「そうでしたか。でしたらお嬢様、頂けるバラは先ほどのでよろしいでしょうか?」
「あっ、待って。やっぱり、もうちょっとだけ選びたい」
彼女の意思を尊重し、私に送る青いバラを一緒に探していく。
普段からぽけーっとしている彼女だが今は違う。
横から見える表情。じっくりと選ぶ姿は真剣そのもの。
「う~ん……」
悩み続けた結果、少し小さめの青いバラに指を向けたのをみて、私はそれを摘み採った。
「プレゼントありがとうございます。大事にしますね」
「よかった」
「それじゃあ、屋敷に戻りましょう。もう日が傾いています」
茜色に染まりつつある空を見上げた後、彼女が動いていないことに気づく。
青いバラ畑を背にして、スカートの裾を握って俯いていた。
「あのね、実は──」
言葉は静かに続いていく。
「私、多分だけど──、病気じゃない」
私は黙って、頷いた。
「伝染病っていうのは大人が言った嘘だと思う。私の名、リアナ・カークスもそう。すべてはでっち上げ……」
「…………それは、どうしてそう思うのです?」
「ずっと小さいときの記憶だけど、両親の顔が今と昔で違う気がしたの。初めはそうじゃないって思っていたけど……両親がその話してるところ聞いちゃったの。私はカークス家の子じゃないって。しかもそれは、もっと高貴な血筋らしくて……」
リアナの瞳は揺れ、言葉が途切れそうになる。
「ある日ね、家に変な人たちが来て、私は病に罹ってるって言ったの。それであの屋敷に連れてこられた。誰もいないし、お医者様も来ない。でも食べ物だけは送られる……それって“何かの為”なんだと思う。ラナさんは良い人だからそれに巻き込まれるのは嫌なの……だから……」
「……──なるほど……。そういうことでしたか……」
私は静かに息を吐いた。
貰った青いバラを胸ポケットに入れ、彼女の目線に合わせるように屈む。
「お嬢様、失礼を承知で一つお聞きします。貴方の名前は何です?」
こちらの質問に戸惑い、目を逸らしてしまう。
小さく震える体。
まずは彼女を落ち着かせるために肩を優しく触れた。
「……リ、リアナ・カークス……」
か細い声。でも、私の目を見ながらちゃんと言ってくれた。
「なら、私はその主に仕える者です。それが私の使命ですから。貴方が何者であっても、私の目には一人の女の子、リアナお嬢様にしか見えません」
リアナの揺れていた瞳が鎮まる。
「それに──」
今度は私の瞳が彼女を見つめる。
「お嬢様は私のことを『人』として見てくれました」
主はたくさんいる。
だが、異種族をそのような目で見てくれる者はほとんどいない。
「なら、貴方に仕える以上、この青いバラに誓って何があっても守ります」
胸ポケットのバラを見せながら彼女の前に膝をつき、手袋を外す。
黒色の皮膚が手の甲まで伸びている。
それを裏返して、残された人の柔肌を手を差し伸べた。
「…………こんな私でも、これからも一緒に、いてもいいの?」
「もちろん、そのために私はここに来たのです」
お嬢様の白色の手が私の黒い手にそっと包み込まれる。
僅かでも力を入れれば、壊れてしまいそう。
小さな瞳から雫が零れる。
握った手から力が抜けていく。
「さて、そろそろ帰りましょう。もう空が赤いですし、少し急ぎましょうか。この時期は暗くなるのが思った以上に早いですから」
「──うん!」
互いの手を握りながら一緒の歩幅で青いバラ畑を去っていく。
赤い秋空の下、黄金色の木々の中を二人で帰っていった。
◇ ◇ ◇
あの出会いから数年──。
屋敷の外にあるポストに一通の手紙が届く。
差出人は前に仕えていた主からで私、ラナ・ヴァルトリーネ宛だった。
手紙の中身を見ると、他愛のない内容の最後にこう続いている。
『君の件についてようやく落ち着いた。あの三男も、君の前に現れることはもうないだろう。手配をするからタイミングを見てこちらに戻ってきてほしい』
(今更そんなこと言われてもな……)
書かれていた文字を見て、手紙を掴む手からシワが走る。
私にとってすでにアレは過去の出来事。
ちょっかいを出してきたあの王族がどうなったかなんて、もう興味はない。
広げた手紙を閉じて雑にポケットに入れると、後ろから何かに抱き着かれる。
「ラ~ナさん!」
背中から伝わる彼女の身体。
リアナが私の首の後ろから両腕を回してきた。
「お、お嬢様……、このようなことはいい加減やめてほしいのですが……」
「え~? でも他に誰かがいるわけでもないしね?」
「それはそうですけど……」
顔を振り向き、見上げた先にリアナの顔が映る。
あの後、小さかった彼女は成長した結果、私の身長をあっという間に追い越してしまった。
出会ったときはこっちの方が高かったのに。
今では私のほうが一回り小さく、子供みたいだ。
(人間は凄いな。ここまで成長が早いのか……)
「う~ん、いい匂い」
「ちょっ、髪を嗅がないでくださいよ……」
「ん~? 嗅いでるのは角飾りのほうだよ?」
私の頭には、あの時の青いバラが角飾りとして彩られている。
その匂いを嗅いでいるらしいが、後ろ髪に顔を埋められた感触でむず痒さがある。
彼女の絡める腕に両手で触れるが、解くほどの力は出せない。
リアナはそれをわかっているからこそ、こちらの反応を楽しんでいるようだった。
「そういえば、ここで何してたの?」
「別に、何でもありません。それよりも今日の晩御飯は何がいいですか?」
「う~ん、何でもいいかなぁ?」
「なら今日は具沢山のスープにしましょう。お肉と野菜がたくさんありますから」
「いいねぇ。もうそんな季節か~」
二人で見上げる空。
角に飾られている青いバラと同じ色。
幾度も迎えた黄金の秋が今年もやってきた。
読んでくれてありがとうございます。
視野を広げるためにこういったジャンルをやってみました。
どんな批評も受け入れますので、よろしければ感想をお願いします。




