表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Blue Jam Colors the World  作者: シムラ ミケ
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/31

TOKYO

 新年が明けると、あっという間に、早稲田大学の受験日がやってきた。

 金沢駅から特急電車に乗り込み、東京へ向かう。開人君は朝から落ち着きがなかった。


「うわー!東京!東京行くんだ!特急はくたかだよ!なんか、俺たちの夢を乗せて飛んでるるみたいだぜ!あれ、スカイツリーじゃない?」

「まだまだ見えないわよ。指定席、間違えないようにね」


 私の冷静なツッコミにも、彼は耳を貸さない。電車の中でも、窓を開けようとしたり、座席を回そうとしたり。


 そして挙げ句に、受験票が見当たらないと騒ぎ出す。彼の膝の上に乗っている受験票を指さしてあげると、彼は安堵のため息をつき、その瞬間に妄想したドラマチックなシチュエーションを語り始めた。


 受験票を忘れたのに、試験官に熱意でアピールして受けさせてもらえたらしい。


(そんなドラマ、誰も見たくないわよ…。)


 心の中でそう呟く。

 彼は参考書を開くが、文字が音符に見えると言い出し、自分のことを歌にし始める。彼の頭の中は、常に妄想と音楽で満ちているらしい。


 隣で黙々と参考書を読んでいる私を見て、「愛、すごいねぇ。全然集中できるんだもんな。俺なんて、頭の中、東京のことと、受験のことと、愛のことと、あの夜のことでいっぱいだよ!」と言う。


 あの夜のこと。

 少し顔が熱くなるのを感じた。でも、すぐに冷静さを装う。


「…受験のことだけに集中しなさい」


 東京駅に到着してからは、興奮状態に拍車がかかる。

 満員電車に押しつぶされそうになりながら、彼は「モッシュみたいだな!俺、今、時代の波に乗ってるぜ!」と興奮している。

 ただの満員電車なのに、彼のフィルターを通すと、全てが冒険になるらしい。


 高田馬場駅に到着し、人の流れに乗って早稲田大学に辿り着く。重厚な建築物に、彼も少しだけ圧倒されているようだった。

 でも、すぐに「テーマパークみたいだな!早稲田ランドへようこそ!」と叫び出す。

 人生がかかっている受験会場なのに、彼は本当に…⋯。


 それぞれの試験会場へ向かう時間になった。私の会場と、彼の会場は違う棟だ。

 別れ際、彼は少しだけ不安そうな顔をした。


「…愛。頑張ってね。やれば、できるんだから」


 私が以前、彼に言った言葉を、彼は覚えていてくれたらしい。その言葉に、彼の背中を押したいという私の気持ちが少しでも伝わっていたなら、嬉しい。


「…うん!頑張る!開人くんもね!」


 彼は私の手を握った。温かい、少し汗ばんだ手。


「よし!この手の感触を覚えておく!試験中、心が折れそうになったら、この手を思い出すぜ!愛のパワーを注入!」


(私の手は、パワースポットじゃないわよ…。)


 心の中でそう思いながらも、彼の真っ直ぐな瞳を見つめ、私は小さく微笑んだ。そして、しっかりと前を向いて、自分の試験会場へと向かった。


 背後から、彼が気合いを入れ直す声が聞こえる。そして、方向を間違えて違う方へ歩き始めたことに、私は気づいていた。

 この期に及んで、まだ方向を間違えるなんて。呆れと同時に、ほんの少しだけ、心配になった。


 彼の人生は、いつもこうなのだろうか。予測不能で、どこかズレていて、それでも、何か大きなものに向かって突き進んでいく。


 数週間後。石川の自室で、私は早稲田大学の合格発表サイトを開いた。


 指先が少し震える。淡々と受験番号を入力し、エンターキーを押す。画面が切り替わり、「合格」の二文字が表示された。

 安堵のため息が漏れた。努力が報われた。東京に行ける。早稲田に行ける。夢への一歩を踏み出した。


 すぐに、開人くんの結果が気になった。ラインで連絡をとり、結果の確認をする。

 頭が真っ白になった。彼の顔が浮かぶ。あの屈託のない笑顔が、絶望に染まっている姿を想像して、胸が締め付けられた。すぐに彼の家に向かった。


 ドアを開けると、彼はうつむいてギターを抱えていた。部屋には重たい空気が漂っている。


「…⋯落ちた。早稲田…落ちた。愛と一緒のキャンパスライフが…⋯」


 掠れた声で彼は言った。東京で、彼と隣にいる未来が、少し遠ざかった気がした。


「…⋯私、早稲田、受かったわ」


 私の言葉に、彼は顔を上げた。彼の目に、複雑な感情が宿っているのが分かった。安堵、そして、自分自身の不甲斐なさ。


「…⋯そっか。おめでとう。愛は、すごいな。俺は⋯…やればできなかったみたいだ…⋯」

「すごくないわ。ただ、頑張っただけ。開人くんも、頑張ったじゃない。E判定からD判定になったんでしょ?」


 私は、彼が少しでも自信を取り戻せるように、以前の彼の成果を口にした。でも、彼は自嘲気味に笑う。


「その先がなかった…⋯。Dで止まった…⋯デッド…⋯」


 私は、彼のお母さんから聞いた、滑り止めで受験した別大学の合格通知を思い出した。


「ねえ、開人くん。大正大学。受かってるんでしょ?」


 彼は驚いた顔をした。そして、その事実を思い出したのか、急に立ち上がった。


「そうなんだよ!大正大学!表現学部!これぞまさしく、天は俺に『お前は表現者になれ!』って言ってるんだ!」


 彼の突然のテンションの急変に、私はまた置いてけぼりを食らう。志望大学に落ちたのに、なぜそんなに前向きになれるのだろう。彼の思考回路は、私には理解不能だ。


(落ち込んだと思ったら、急にポジティブになるの、やめてくれない?感情のジェットコースターか…。)


 彼は部屋中を歩き回りながら、大正大学が早稲田から近いこと、それは神様が彼に「愛のそばで表現しろ!」と言っているのだ、と熱弁する。


 神様、そんな具体的な指示、出してないと思うけど…⋯。彼の突飛な解釈に、心の中でツッコミを入れる。


「よし!決めた!俺は、大正大学で、東京でドでかい表現者になって、愛を唸らせてやる!」


 そして、ギターを掴み、歌い始めた。不格好な、でも力強い歌。歌詞は意味不明だけれど、彼の想いは伝わってくる。

 特に「あの夜の~キスを~、忘れな~い~!」という歌詞には、心臓を直撃された。


 この人は、本当に…⋯。

 何をどう転んでも、最後はこうやって自分を納得させて、前向きになる。そして、恥ずかしいことも平気で口にする。

 呆れるけれど、彼のその強さ、どんな状況でも希望を見出そうとする姿勢には、救われるような思いがする。


「…⋯そうね。大正大学、開人くんには合っているかもしれないわね。表現、頑張ってね」


 私の言葉に、彼は安心した顔をした。自分の気持ちを表現するのが苦手な私が、こうして彼の背中を押す。それが、彼にとってどれだけ意味があるのかは分からないけれど、彼のためなら、私はそうしたかった。


 3月末日の金沢駅のホームは、いつもより感情が渦巻いている様に見えた。

 それぞれの大きな荷物を抱えて、私たちは立っている。いよいよ、東京へ行く日だ。

 家族との感動的な別れを終えた後も、開人くんは変わらず、フワフワしている。


「いやー、いよいよ上京か!なんかワクワクするな!東京だよ、東京!夢と希望の街だよ!」


 私の緊張とは裏腹に、彼は東京行きの期待に胸を膨らませている。


「…そうね。でも、気をつけてね。色々な人がいるから。特に開人くんは、騙されやすいから。」

「えー!そんなことないって!俺、意外と人を見る目あるんだぜ?」


(三角関数を音楽で理解しようとする人に、人を見る目があるとは思えないけど…。)


 心の中でツッコミながら、私は彼の能天気な言葉を聞いていた。東京行きの特急電車がホームに入ってくる。


「よし!愛、行こう!東京へ!俺たちの新たな旅の始まりだ!」


 東京。大きな街。そこで、私たちはそれぞれの道を歩む。

 開人くんの無邪気さ、私の完璧主義。その違いは、どうなっていくのだろう。

 電車の扉が開いた時、私の人生の扉も同時に開いた様な、そんな気がした。



 アルバムから顔を上げると、リビングには静寂が満ちていた。東京での生活が始まってからは、早いもので8年が経った。


 あの頃の不安は、完全に消え去ったわけではない。

 大学生活、新たな友人、就職。色々な出来事を乗り越えて、私は今ここにいる。在るのはその事実だけ。


 アルバムをゆっくりと閉じる。


 彼は今何をしているのだろう?

 10年前の今日の、あの告白を思い出したりするのだろうか?

 ふと思い立ち、スマホでメッセージを送ってみる。


『今何してるの?』


 きっと、彼はこのメッセージを見ても、すぐに「飲んでるよ!」とか「歌ってるよー!」とか、能天気な返信をしてくるのだろう。


 メッセージは中々、既読が付かない。

 私は、彼からの返信を待ちながら、夜が更けていくのを感じていた。

 窓の外を見ると、遠くの方で東京スカイツリーが背筋を伸ばして輝いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ