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Blue Jam Colors the World  作者: シムラ ミケ
第二章

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ここでキスして

 11月の夜、紅葉した木々に相反して、公園のベンチは冷たい。

 開人くんの隣に座り、私は少しだけ緊張していた。

 模試でD判定を取って以来、彼は少し自信をつけたようだった。


「いやー、それにしてもさ、D判定だよ?D判定!人生でこんなに、自分の可能性を感じた事は無かったね!」

「そうね。頑張ったみたいね」


 控えめな私の褒め言葉に、彼はもっと言ってほしいと駄々をこねる。

 そういう子供っぽいところも、彼の魅力の一つだと、最近は思うようになった。

 彼の言葉はいつも真っ直ぐで、時に私の心を射抜く。


「でも、余り調子に乗らない方がいいよ。まだ早稲田は遠いんだし。」


 こういう時、望み通り優しい言葉をかけてあげればいいのだけれど、どうしても現実から目をそらすことができない。


「くっ…手厳しい!でも、そういうところも好きだけど!」


 好きだけど。その言葉に、私の心臓がドクンと跳ねた。

 彼は事あるごとに、私の事を好きだと言ってくれる。それは、私が嫌いな部分も含めて、彼が受け入れてくれているということなのだろうか。


 私は開人くんを見つめた。彼の目は、街灯の下でもキラキラしている。

 時々、彼のことを分からないと思う。何を考えているのか、どうしてそんなに能天気なのか。

 私の感覚からすると、理解できないことばかりで、イライラすることさえある。


(こういう、まっすぐなところ。言葉を選ばないで、自分の気持ちをぶつけてくるところ。私にはないものだから…惹かれるのかもしれない。でも、同時に…危なっかしくて、見ていられない。)


 私の心の中の思考回路は複雑だ。彼の魅力と、彼の危うさ。その両方が、私を惹きつけて離さない。

 彼が私の視線に気づき、照れ臭そうにする。


「…な、なんだよ、愛。そんなに見つめて。俺の顔に何かついてる?のりとか?」

「…何もついてないわ。ただ…」


 言葉を詰まらせる私に、彼は先を促す。私は意を決して、自分の正直な気持ちを口にした。


「…⋯時々、開人くんのこと、分からないなって思うの。何を考えてるのか、どうしてそんなに能天気なのか。私の感覚からすると、理解できないことばかりで…⋯」


 少し落ち込んだ様子の開人くん。やっぱり、私たちの間には、埋められない溝があるのだろうか。


「そっか…⋯やっぱり、愛とは違うのかな」

「…⋯でも、開人くんのそばにいると、自分が今まで知らなかった世界があるような気がするの。予測不能で、面白くて」


 彼の能天気さ、思いつきの行動。それは、私の計画的な世界にはないものだ。

 彼のそばにいると、まるで新しい本を読んでいるような、予想外の展開に満ちた世界が広がるような気がする。


「俺はさ、愛のこと、全部分かりたいって思ってるよ。愛が何を考えてるのか、何に悩んでるのか。全部知りたい。そして…⋯愛に、俺の歌を届けたい。この気持ちはあの文化祭からずっと変わらない。東京に行っても、どこに行っても」


 彼の言葉に、胸が締め付けられる。知りたい。隣にいたい。東京に行っても、どこに行っても。

 それは、私が一番欲しかった言葉だった。


 沈黙が流れる。遠くで、猫の鳴き声が聞こえる。ミャ~オ…⋯。少し間抜けな響きだ。


 開人くんが、ゆっくりと私に顔を近づけてくる。私は目を閉じたまま、身を任せた。

 彼の唇の感触。初めてのキス。柔らかくて、少し冷たい。


(⋯⋯キス、ね。意外と、開人くんの唇って柔らかいのね。でも、ちょっと緊張してるのかしら。それにしても、この角度…⋯もう少し右に3度くらいずらした方が、安定するんじゃないかしら?)


 私の心の中は、意外なほど冷静だった。初めてのキスなのに、どこか客観的に分析している自分がいる。

 そして、さっき聞こえた猫の鳴き声が、頭の中でリフレインする。あの猫、オスかしらメスかしら。なぜ、こんな時に、どうでもいいことが頭をよぎるのだろう。


 開人くんが、ゆっくりと唇を離した。顔が真っ赤になっている。ぜぇぜぇと息切れしている。


「…⋯あ、あの…⋯愛…⋯」


 私はゆっくりと目を開けた。何も言わずに、彼の顔を見つめる。


「…⋯今、俺たち…⋯その…⋯」


 彼は、自分たちが何をしたのか、改めて確認しているようだった。


「…⋯キス、したわね」


 私の言葉に、彼は当たり前のことを言われた、という顔をした。


「…⋯うん。そうだね。キスしたね」


 そして、私は思いもしない言葉を続けてしまった。


「…⋯で。どうするの?」


 どうするの?と聞かれた彼の動揺に、私は思わず笑ってしまいそうになった。せっかく甘い雰囲気になったのに…⋯。


「え!?どうするって!?えーっと…⋯これからも、その…⋯キス…⋯する?かな?」


 彼の戸惑った、どこか自信のない答えに、私は小さく「ふふ」と笑った。

 こういうところだ。こういう、彼の不器用で正直なところが、どうしようもなく愛おしいと思ってしまう。


(このズレた反応…⋯。でも、それが開人くんなのよね⋯⋯。)」


 私は彼の目を見て、少しだけ優しく微笑んだ。


「…⋯またね」


 そう言って、私は立ち上がり、歩き出した。彼は慌てて私の名を呼ぶ。


「あ、待って!愛!どこ行くの!?」

「家に帰るのよ。もう遅いから」

「送るよ!」

「大丈夫。一人で帰るわ。…ありがとう」


 彼の顔を見ずに、私は公園を出た。

 

 背後から、「東京!俺、やるぞー!愛のためにも!そして、この微分方程式みたいな複雑な気持ちを、歌にしてやる!」という叫び声と、また猫の鳴き声が聞こえてきた。


 彼は、初めてのキスを、微分方程式と共に記憶したらしい。

 私は、彼の微妙なキスのアングルと、猫の鳴き声と共に記憶した。

 甘いのか、シュールなのか。真面目なのか、ふざけているのか。それが、私たちの関係性なのだと、私は悟った。

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