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Blue Jam Colors the World  作者: シムラ ミケ
終章

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31/31

キラーチューン

 日本一高いタワー、スカイツリーに羨望の眼差しを向け、北斎通り沿いには多数のビルが建ち並んでいる。

 その一角のカラオケ店で、小橋開人は『丸の内サディスティック』を歌っていた。

 2022年9月22日。開人による愛への告白からちょうど10年が経った、その記念すべき日。

 変わらぬ愛への気持ちを込めて、二人の思い出の曲を歌いたかったのだ。


 曲のエンディングを聞き終わり少しの余韻に浸った後、開人は壁際に立てかけていた自身のスマホを操作した。自身が歌う姿を撮影していたのは、愛に変わらぬ自身の想いとして届ける事を企図してのものだった。


「小橋さん、めっちゃ歌上手いですね。聞き惚れましたわ」


 神吉の感嘆の言葉に、開人は照れながら軽く会釈し、思い出したかのように切り出した。


「そうだ、神吉さんさっきの動画、もう1回見せてくれる?」


 神吉から嬉々として差し出されたスマホを受け取り、小橋は彼女の推し動画を丹念に見返した。

 画面に映し出されていたのは、『Blue Jam Colors the World』 というタイトルのYouTube動画 。


 一体だれがなんの為にアップロードしたんだろう?と思いながら投稿者の情報を見て、再び笑いが止まらなくなった。


「だから何が面白いんですか?」


 神吉があからさまに怒ったような顔を見せる。


「いやぁ、悪い悪い……ぶっちゃけるとさ、これ、俺の結婚式の映像なんだよ」


「へっ!?……ええええええええ!?」


 神吉の素っ頓狂な声が、室内に響き渡る。

 開人はそのリアクションに、さらに笑いが溢れてしまう。

 神吉は、驚きと興奮で言葉を失いつつ、状況を無理やり飲み込み、尊敬の眼差しで聞いてきた。


「なんで結婚式の演奏がバズってんのん……そもそも、あなた何者なんですか?」


 その問いに、開人は少しだけかっこつけて遠くを見つめ、グラスに残った氷を口に含むと、穏やかな笑みを浮かべた。


「……聞きたい?この『Bule Jam』に至る、俺と愛の話を」


 そこから開人が語ったのは、音楽に彩られた小橋開人と甲谷愛の成長物語だった。


 昇のベースに未熟な背中を押された、高校文化祭の告白。

 照井先輩の鬼のようなレッスンに食らいついた、大正大学の部室。

 千鶴の圧倒的な歌声と出会い、バンドが初めて一つになった、高円寺のカラオケボックス。

 樹の重いビートが、バラバラになりかけたバンドを繋ぎ止めてくれた、新宿のスタジオ。

 そして、有谷さんの奔走がなければ、決して見れなかった、結婚式のステージ。


 語りが終わる頃には、神吉は壊れた蛇口のように涙を流していた。


「うー! そんな過去があったんですか! やから、この曲を歌ってたんか……愛が深すぎます!」


「はは、大げさ。でも本当にこの10年、愛に、そして仲間たちに支えられてばっかりだったんだ」


 そう言って笑う開人の表情は、驚くほど穏やかで、深みに満ちていた。



 甲谷愛は、リビングのソファで、読みかけの本を閉じた。

 窓の外を見ると、スカイツリーが変わらず希望に満ちた色で輝いている。

 壁の時計は、午後10時を指そうとしていた。


 あの体育館で、不器用な告白を受けてから、ちょうど10年。


『ちょっと歌ってくる』

 彼からのラインの返信メッセージを見返す。


 高校の文化祭で熱唱していた開人の姿を思い浮かべ、愛は小さく微笑んだ。

 『丸の内サディスティック』が、彼の不安定で、どうしようもないほどのロマンチシズムを象徴しているのだとしたら、私は、いつだってこの曲だった。

 スマホで『幸福論』を選曲すると、音楽が溢れ出す。


♪あたしは君のメロディーやその 哲学や言葉 全てを守り通します 君が其処に生きてるという真実だけで幸福なんです♪


 愛は立ち上がると、寝室のクローゼットの奥にしまってある、小さな木箱を取り出した。

 中には、二人の思い出の品々が入っている。

 その中で思い入れの強い物の一つがiPod。

 開人が贈ってくれた、たくさんの自作曲で、プレイリストが埋まっている。

 ロンドンで一人寂しかった時、彼の歌声のおかげで強くいられた。


 そしてもう一つが、少しだけ皺の寄った手紙だった。

 あの、フラッシュモブという名の公開処刑の後、距離を置きたいと言った私に、彼が渡してくれた、本当のプロポーズの手紙。

 愛は、封筒から便箋を取り出し、そっと開いた。


愛へ

どうしても気持ちを伝えたくて、手紙を書きました。

どうか最後まで、読んで下さい。

まずは、この前のこと、本当にごめん。

あのフラッシュモブプロポーズ、今思うと、本当に最低だった。

俺、自分のことばっかりで、愛の気持ち、全然考えてなかった。

ただカッコつけて、喜ばせたいっていう、独りよがり、それだけだった。

本当に、自分勝手で、子供だった。傷つけて、ごめんな。

バンドを辞めたこと、愛をがっかりさせたと思う。

「夢を簡単に捨てた」って言われた時、何も言い返せなかった。その通りだと思ったから。

でも、少しだけ、聞いてほしい。

俺の夢は、武道館に立つスターになることだった。

でも、バンドがなくなって、ギターを弾くのも辛くなって、空っぽになった時、ずっと考えてたんだ。

俺は、なんで音楽をやってたんだろうって。

答えは、いつだって愛だった。

高校の時、愛に振り向いてほしくてギターを弾いた。

大学の時、愛に胸を張れる男になりたくて、一杯ギター練習した。

バンドをやってる時も、愛に見合った男になりたいって、メジャーデビューを目指した。

俺のエネルギー源は、いつだって、愛だった。

だから、俺の夢は「世界的なスターになること」よりも、「愛に見合った男になって、音楽で世界を幸せにすること」なんだって、気づいたんだ。

音楽を奏でる事も素晴らしかったけど、誰かの人生のBGMになるような、最高の音楽との出会いを手伝う。それも、素敵なことなんだって、今は本気で思ってる。

形は変わっていくかもしれないけど、俺なりのやり方で、これからも音楽と一緒に生きていく。

だから、夢を捨てたわけじゃないんだ。

そして、どんな時も、隣にいてほしいのは愛なんだ。

俺がめちゃくちゃな時も、どうしようもない時も、いつも隣で信じてくれたのは愛だった。

カッコ悪いところも、ダメなところも、これからもいっぱい見せると思う。

でも、これだけは約束する。

俺は、いつまでも愛の隣で鳴り響いてる。

俺と、結婚してください。

返事は、いつでもいい。

でも、できれば、直接会って聞かせてほしい。

開人より


 何度読んでも、胸の奥が温かくなる。素朴で心のこもった文面。

 私の愛した人は、砕け散った夢のカケラから、新たな希望を見出し、確かな音楽を奏でている。

 温かくて強い、私の太陽。


 愛はそっと手紙を木箱に戻すと、スマートフォンを手に取った。

 トーク画面を開き、少しだけ呆れた、それでいて愛情をこめたメッセージを打ち込む。今、この瞬間の、正直な気持ちを。



 テーブルに置いていた開人のスマートフォンが、ブーッと短く震えた。

 画面に表示されたのは、愛しい妻の名前。


『まだ帰ってこないの? そろそろ会いたくなってきたんだけど』


 開人はそのメッセージに思わずにやけてしまう。


「あ、やべ、こんな時間」


 腕時計の針は10時を越えていた。


「神吉さん! 俺、帰るわ」


「ええー!私の歌も聞いてくださいよぉ」


 今までにない甘えた声で神吉は愚痴った。唐突な帰宅宣言に、思わず抵抗したくなったのかもしれない。


「ごめん、また今度な!ここは奢るから」


 心からの謝罪後、開人はカラオケ代金を神吉に渡し、急いで愛への返信を打ち始めた。


 指が思わず、さっき撮影したばかりの歌唱動画ファイルをタップしそうになる。

 今すぐに、この動画を届けたくてたまらない衝動。だが、その指を寸前で止めた。


(……いや、違うな)


 これは、ただのデータじゃない。

 10年分の感謝と、これからも変わらない愛を誓う、今の俺の気持ちだ。こんな風に、無機質に送るものじゃない。


 開人はにこりと微笑むと、別の言葉を打ち込んだ。


『ごめん、今から帰る! 帰ったら見せたいものがあるから、楽しみにしといて!』


 送信ボタンを押すと、既読の文字がすぐにつく。

 きっと愛は、呆れながらも、「また何を企んでるの?」と、微笑んでいるに違いない。

 その顔を思い浮かべるだけで、胸の奥が温かくなる。


「お先!ありがとうね」


 気持ちよさそうに『群青日和』を熱唱している神吉に手を振り、開人は足早に部屋を出た。


 タワーが輝く夜の街へ。


 世界で一番大切な人が待つ、温かな我が家へ。

最後までお読みいただき、有難うございました。

読みにくい点、多々あったかと思います。

率直なご意見、ご感想をお待ち致しております。

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