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Blue Jam Colors the World  作者: シムラ ミケ
第六章

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20/31

ON THE ROAD

 有谷はマネージャーとして、空回りすることもあったが、その存在はバンドに欠かせない物になっていた。

 そんな彼が持ってきた話が、フジロックフェスティバルの新人向けステージ『ROOKIE A GOGO』へのオーディション参加だった。

 過去に有名なバンドを輩出しているこのオーディションは、現在のWTMHにとって程よく高いハードルであった。


 明確な目標がメンバーをさらに結束させ、一か月を用いて音源作りに没頭した。

 手応えはあった。現在のWTMHの全てを抽出したといっても過言ではなかった。

 仕上がった音源データを、パフォーマンス映像、メンバー写真と併せて、有谷が慎重に応募フォームへアップロードしていく。

 全員がその後ろで手を合わせて祈っていた。


 その結束の祈りから2か月が経ち、WTMHはライブ出演頻度を増やし、新たなファンの拡大を模索していた。

 開人は、恋人の愛が出版社への就職を決めた影響か、プロデビューを盛んに訴えるようになり、曲作りのペースも増していた。

 デイブはボイストレーニングの成果もあり、格段に高音域の伸びが増した。

 凪沙は作詞、楽未は作曲に取り組むようになり、バンド全体で音楽を作るという意識が高まっていた。

 その影には、有谷の様々な働きかけがあった事は言うまでもない。


 そんなバンドの好ましい空気を胸に、樹は自分史上類を見ないほど有頂天になっていた。

 今年の空梅雨も自身のおかげかもしれない。

 そんな馬鹿げた妄想をしていた時、有谷からグループラインでメッセージが来た。


 真っ先に「落選」の二文字が目に入った。『ROOKIE A GOGO』 オーディションの結果であった。

 やはり人生は思った通りには行かないものだ。

 驚きや落胆の気持ちが無かったわけでは無い。それよりもその理由を知りたくなった。

 矢継ぎ早に合格者達の情報を集め始めた事は、樹の最も優れた能力なのかもしれない。


 降りしきる雨の中、WTMHのメンバーは、有谷が運転するハイエースで苗場へ向かっていた。

 自分たちに何が足りなかったのか、選ばれた者との差は何だったのか、その確認のために『ROKIE A GOGO』を見に行こうと提言したのは樹だった。

 そして、3時間強をかけてたどり着いた、熱狂のステージで、本物の「怪物」を目の当たりにした。


『King Gnu』


 その音は、もはや音楽というより、一つの巨大な生命体だった。

 ドラムとベースが地を揺るがし、ギターが空間を切り裂き、二つの声が天と地を繋ぐ。


(他の演者とは次元が……違う)


 樹は表現者として、その圧倒的な実力差に打ちのめされた。

 絶望。嫉妬。そして、心の奥底から湧き上がる、途方もない目標を見つけたことによる武者震い。

 隣を見ると、他のメンバーも同じように、言葉を失い立ち尽くしていた。


 雨が降りしきる帰り道の関越自動車道。車内は、敗者の沈黙で満ちていた。

 カーステレオからは、さっきステージで聴いたばかりのKing Gnuの曲が流れている。有谷があえて流したのか、それとも消す気力もなかったのか。

 トンネルのオレンジ色の照明が、規則的にメンバーの沈んだ横顔を照らしては消えていく。


 誰もが俯く中、最初に口を開いたのは開人だった。


「……食うぞ」


 低く、地を這うような声だった。樹はその声に反応し後ろを振り返った。

 開人は、座席を強く握りしめ、前方の闇を睨みつけていた。


「落ち込んでる場合じゃねえ。あいつらのヤバさも、俺たちの悔しさも、全部食って……俺たちの音にするんだよ! 東京戻ったら即スタジオだ。あいつらをぶっ飛ばす曲を作る!」


 その瞳に宿っていたのは、負け犬の涙ではない。飢えた獣のような、野生の光だった。


(……そうじゃ)


 樹は、ふっと口元を緩めた。


(こいつはバカじゃが、太陽じゃ。泥臭くて、不格好で、沈んでも必ず昇ってくる太陽。じゃが、この太陽となら、ワシはどこへでも飛べる)


「……上等じゃ!」

「やってやるよ! ミーが世界一だって証明してやる!」


 樹の呟きに、デイヴが吠える。凪沙が静かに頷き、楽未が涙を拭って笑い、有谷がハンドルを握り直してアクセルを踏み込んだ。


 絶望の帰り道は、いつしか次なる戦いへの滑走路に変わっていた。

 樹は、二本指をスティック代わりに、目の前のダッシュボードを叩いた。


 ドンッ、ダンッ、ドッドッダンッ。


 ワイパーのリズムを無視して、ワシらの心臓の音を上書きしていく。

 夜明けはまだ遠い。だが、世界へ向けた宣戦布告のビートは、確かにここから鳴り始めたのだ。

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