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Blue Jam Colors the World  作者: シムラ ミケ
第六章

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19/31

光と影の季節

 樹が次にWTMHに提言したことは、バンドにマネージャーを迎える事であった。

 信頼できるマネージャーの存在が、バンドの成長を加速させるための強力な武器となる事は、数多のバンドを渡り歩いた経験から知っていた。


 適当な人材を探していたところ、開人のバイト先の社員だという有谷大輔という人物が、本業の傍ら引き受けてくれることになった。

 有谷はプロキーボーディストを目指していた過去があり、音楽への造詣も深く情熱も感じた。

 欠点は10歳近く年上にもかかわらず、空回り癖が見られる事であった。


「このフライヤー見てよ!オレっちが考えたキャッチコピー、『ポスト・ネオ渋谷系サウンドスケープ!坂本龍一もきっと頷く!』どうこの画像も、映えてるっしょ!」


 スタジオ練習の休憩中に、有谷が勢い任せに話し出す。

 配られたフライヤーを見たメンバー全員が、微妙な顔で黙り込む中、樹は冷静にツッコんだ。


「坂本龍一は、たぶん頷かんじゃろね……」

「ポストSMAPにする?」

「もっとないじゃろね……」


 こんな感じのやり取りが日常茶飯事であった。

 ただ、次の日には坂本龍一の名前が消されていた様に、有谷の良さは、柔軟かつ、その手を止めない事であった。


 次から次へと繰り出される、彼のアクションにメンバー全員が何かしらの影響を受けている様に見えた。

 樹も例外では無く、このバンドの為に自身ができる事を精一杯やろうと、心の底から誓いを立てていた。


 ある日の練習後、樹がスタジオの裏でタバコを吸っていると、デイヴが隣にやってきた。


「ユーは今までどんなバンドにいたの?」


 珍しく真面目な問いだった。樹は煙を吐き出しながら、ぽつりと過去を語った。

 熱くなりすぎる自分のドラムが、どのバンドでも浮いてしまったこと。理解されず、孤立していったこと。


「……ワシのドラムは、どこに行っても重すぎると言われた。誰もがわしのビートに吸い込まれていくようじゃった。」


するとデイヴは、ニヤリと笑って言った。


「ミーは好きだぜ、ユーの重たいビート。異常に、安心する。」

「あんたがどっかに飛んで行ってしまわん様に、ワシが錨になろうかね」


 本気混じりのトーンでそう話すと、デイブは驚いた顔をしつつ、おどけながら手で飛ぶ仕草を見せて去っていった。

 派手な見た目と裏腹に、その顔には時折、深い孤独の影が差す。

 彼が震災孤児で天涯孤独の身であるという話を、樹は思い出していた。

 普段は決して見せない彼の痛みに、少しだけ触れた気がした。

 

 凪沙は、そんなデイブに好意を寄せているのが見て取れた。バンド結成当初よりリズム隊として呼応している内に、人知れず特別な絆を築いてきたのかもしれない。

 無表情で口数が少ない彼女ではあったが、発せられる言葉は、ほぼデイブを慮る言葉で占められていた。

 フロントで歌うデイブの右横で、この上なく正確で無慈悲なベースを轟かせながら、彼を見つめるその目は、間違いなく恋する女のそれであった。

 下世話だとは知りながら、凪沙と二人きりになった時、その話を切り出した。


「デイブの事、いつから好いとるんか?」


 凪沙はじっと樹の口元を見つめ、珍しく微笑んだ。


「恋愛感情って事?」

「決まっとろうが」

「ないなぁ。うちに無いものめっちゃ持ってるから、尊敬してるし、感謝もしてるけど……なんで?」

「あんたの気持ちは、あんたのもんじゃ。自由にしたらええ。ただ恋愛で崩壊したバンドを一杯見てきたから、心配しただけじゃ」

「そんなん、わかってるわ」


 凪沙は相変わらずの無表情でそう答えた。必死に隠していたが、二人はもう深い仲になっているのかもしれない。

 今のところバンドメンバーの関係性に支障は来たさない様ではあったが、そうならないようにコントロールする必要があると考えていた。


 もう一人の女性メンバー楽未は、凪沙と正反対の性格であったコ

 スタジオ練習中も歌ったり踊ったり、ケラケラと高笑いする彼女がいるだけで、その場の雰囲気が盛り上がった。

 このバンドが得意とする即興的なパート『BLUE JAM』も、彼女がぶっ飛んだメロディを差し込むことにより、大きく羽ばたくことが多かった。

 彼女には、樹が持ち合わせていない根っからの陽気さが備わっており、性格はまるっきり違っていたものの、気が合うと思う事も多かった。

 懸念点は、衝動的かつ刹那的な素養が見受けられる事であった。

 凪沙とは別の意味で、人間関係を破壊する過ちを起こさせないように、ワシが注視しておく必要がある。

 樹はバンドが生ものであるという事を何度も味わっていたが故に、腐敗を未然に防ぐ術がある事も知っていた。


 バンドの太陽、開人は、近頃その光に陰りを落としていた。就職活動中の恋人、甲谷愛との将来。プロのミュージシャンになるという夢の不確かさに悩んでいるようだった。

 ある夜、樹と開人で酒を飲んでいた時だ。

 音楽の技術的な話が白熱してきた頃、おもむろに開人が話を切り替えた。


「愛の大学の同級生にさ、高岸って奴がいて。そいつは来年から文部省で働くんだと。」


 開人は羨望の眼差しを見せ、目の上で敬礼のポーズを取った。


「で、言われたんだ……。僕だったら必ず愛さんの事を幸せにできる。でも愛さんはお前の事を選んだ。だから必ず幸せにしてくれ。絶対に結婚して僕を式に呼べよって」


 そして頭を抱えながらこう続けた。


「ああ任せとけって見栄を切ったんだけど……。全然リアルじゃ無くって。俺達、いつプロで売れるんかね……」


 珍しく弱音を吐き、子供のように困り顔を浮かべる開人に、樹は言葉を探した。

 気の利いた慰めなど、生憎と持ち合わせていない。


「……開人さん、自分を信じろ。ワシのドラムと、あんたのギターがあれば、どこへでも行ける。迷うなら、ワシのビートの上で泣け。踊れ。叫べ。あんたは、このバンドのフロントマン。愛さんも含め、音楽で人を幸せにするんじゃろうが。」


 不器用な檄だった。だが、開人の瞳に、微かだが野生の光が戻るのが見えた。

 それでええ。この不安定で、愛すべき太陽が落ちんように、ワシが最後の一打まで支えちゃる。

 樹は覚悟を決めるように、残った酒を喉の奥へと一気に流し込んだ。

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