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Blue Jam Colors the World  作者: シムラ ミケ
第六章

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18/31

日はまた昇る

 古水樹は、腕を組み、下北沢のライブハウスの最後列で眉間に深い谷を刻んでいた。

 ステージの上では、彼のお気に入りバンドであった、Wind texture multi-headed――通称WTMHが、迷子のような音を鳴らしている。


(ダメじゃ……こりゃ)


 樹の耳は、アンサンブルの歪みを正確に捉えていた。

 ボーカルが抜けた穴は、あまりにも大きい。

 いまだ後釜は見つからず、ギターや、ドラムがマイクに向かって必死に声を出しているが、全く話にならない。

 明らかにアンバランスだ。


 ドラムとベースの前のめりで攻撃的なビートと、ギターとキーボードの軽快なメロディーラインが火花を散らし、そこにボーカルの絶対的な歌声が君臨して初めて、WTMHの艶めかしいジャムセッションは完成するのだ。


 見るたびに痺れたあの興奮は、もうどこにもなかった。

 自身がこれまで渡り歩いてきた数多のバンドが蘇る。

 自分に酔いすぎて暴走するか、予定調和の枠を出られず白けるか。

 いつだってそうだ、大切な事は紙一重のバランス。


 ワシのドラムは大抵、重すぎると言われた。自己満足だと罵られた。

 今のこいつらは……自己満足にも至っておらん。

 樹は自嘲気味に唇を歪め、ライブハウスを後にしようとした。

 だが、ギターソロが始まった瞬間、足が縫い付けられた。

 ボロボロのアンサンブルの中、彼のギターだけが必死に何かを訴え、泣いていた。


(……ああ、この音じゃ)


 樹の脳裏に、これまで自分が潰してきた、あるいは見限ってきた数多のバンドの残像が蘇っては消える。

 才能に溺れたボーカル、リズムを理解しないギタリスト、情熱を失ったベーシスト……。

 ワシの重いドラムは、いつだって奴らの脆さを浮き彫りにし、バンドを内側から破壊してきた。

 もう、諦めとった。

 じゃが、このバンドのギターは違う。ボロボロの演奏の中で、たった一人、傷だらけでアンサンブルの荒波に立ち向こうとしとる。

 あれは、ワシが昔、本当に一緒に音を鳴らしたかった、不器用で、どうしようもなく音楽を愛しとった、かつての相棒たちの音じゃ。


(まだ死んどらん…こいつとなら、ワシはもう一度…)


 その音は、樹の心の奥底で化石になりかけていたはずの、純粋な音楽への渇望を、こじ開けるように揺さぶった。


 安居酒屋は、通夜のような空気に満ちていた。

 ライブを終えたWTMHのメンバーが、今日の演奏について話し込んでいる。

 樹は、そ知らぬ顔で彼らのテーブルの近くに座り込み、その会話を盗み聞いていた。


 全員が不満気な顔を浮かべながら、核心的な部分には触れない、不毛な発言を並べている様に見えた。

 もどかしさと悔しさで、樹は思わず彼らの会話に割り込んだ。


「今日のライブ、正直言ってクソじゃったね。」


 デイブが驚きと怒りが入り混じった顔で、声の主を探しあてる。


「あん?誰よ?」


 堰を切ったように、樹は自身のテーブルを離れ、デイブに近づき話し始めた。


「あんたらがやってる事は、例えるなら新鮮な牡蠣を茹でてマヨネーズかけてるようなもんじゃ。素材殺しの極みよ。」


「Ha?ユーに何が分かる?」


 デイブが睨みを利かせて、ビールを喉に流し込む。

 樹は全く怯むことなく、まっすぐにデイブを見つめて語り掛ける。


「わかる。ワシも、いくつものバンドをやってきたドラマーじゃけ。耳は肥えとるんよ。あんたらのライブも、初期の頃からずっと見とる。言うたらファンじゃ。じゃけ、わしゃ悲しいんじゃ。あの艶めかしいジャムセッション……一体どこに行ったんじゃ。」


「わかってるよ、俺達も、試行錯誤してるんだよ……そこまで忖度なしって事は、何かアイデアがあるとか?」


 開人は間を取り持とうとしているのか、冷静な口調で問いかけてくる。他のメンバーは怪訝そうな顔でこちらを見ている。


「あんたは勘がええのぉ。ワシには答えがある。新生WTMHリブート計画じゃ……はっきり言うぞ。まず、ドラムはクビじゃ。」


「WHAT? ミーが作ったバンドだぞ? いきなり現れたヤンキーに、クビだのフロントマンだの言われて、イエスって言えるかよ!」


 デイヴはグラスに残ったビールを煽り、テーブルに叩きつけた。


「 このバンドのリズムは、ミーが作ってきたんだ!」


 そのプライドの叫びに、樹は静かに、しかし力強く返した。


「そのプライドは本物じゃ。じゃが、あんたはバックスに収まる男じゃない。あんたのその華と、誰よりも前に出たがる衝動は、マイクの前に立ってこそ、本物の輝きを放つ。ワシには見える。あんたは、群れを率いて荒野を駆ける、王になるべき男じゃ」


 樹の言葉に、デイヴの殺気立った目が、一瞬、揺らいだ。王。その言葉は、彼の心の最も柔らかい部分に、深く突き刺さったようだった。 ギラリと目を光らせて思わずニヤけた。


「ミーがボーカルでキング?それやばいっしょ。でも、ドラムは?。」


「わしじゃ。わしの重厚なドラムで、このバンドを新しい景色に連れて行っちゃるけ。」


 樹はここぞとばかりに胸を張り、一人一人の顔を見渡す。

 喧騒に溢れていた居酒屋に一瞬の静寂が訪れた後、デイブが飲み干したジョッキを机にドンッと置き半笑いで言った。


「オーケー。ユーのアイデア、その自信、気に入った。皆はどうよ?」


「面白そうかもー。一度やってみるのはありかも、ね?」


 楽未がケラケラと笑いながら能天気な声を上げ、意見を促すように凪沙の顔を覗きこむ。


「うちは…デイブがええんやったら、ええかなぁ。」


 凪沙はジントニックの底に沈んだレモンをつつきながら、小さな声でつぶやく。


「じゃぁ、一度お試しでセッションしてみますか?早速、明日とかどう?」


 すかさず開人が話をまとめにかかってくる。

 その瞬間、樹は自身がどう立ち回れば、このバンドの最高点に到達できるのか、改めて考え始めていた。


 翌日、スタジオの扉は重かった。疑心暗鬼の空気が充満している。

 樹は挨拶もそこそこに、静かにドラムセットに座り、深く息を吸って皆に声をかける。


「とりあえず、なんか合わせてみよ。キーはAで。」


 そして、ブルースのカウントを叩き出す。

  ズシン、と空気が揺れた。

  樹の放つビートは重い。だが、ただ重いだけではない。

 粘りつくようなグルーヴが、他の楽器隊の音を絡め取り、一つの巨大なうねりへと変えていく。


 フロントでギターを抱えたデイヴのリフが、水を得た魚のように踊りだした。

 凪沙のベースが蛇のように絡みつき、楽未のキーボードが色彩を添える。

 そして、開人のメロディアスなギターが咆哮した。


(やっぱりじゃ……!)


 樹は、スティックを通して伝わってくる振動に歓喜した。

 音の対話。

 これこそが、樹がずっと追い求めてきたものだった。

 およそ10分程度のデモ演奏が終わった瞬間、スタジオは時が止まった様に静まった。


 最初に声を発したのはデイブだった。


「神ってんじゃん!ユー、名前は?」


 樹は静かに目を開き、立ち上がって答えた。


「古水樹です。どうぞよろしくお願いします。」


 次の瞬間、全員の爆笑が弾けた。

 それはまるで新しいWTMHの産声に聞こえた。

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