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Blue Jam Colors the World  作者: シムラ ミケ
第四章

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12/31

traveling

 横須賀千鶴は知っている。

 人生ってのは、だいたい思った通りにいかないし、思った以上にドラマチックでもない。

 けど、たまーに、ほんのたまーに、「マジか!?」って展開が待ってるもんだ。

 その為には、新しい場所へ旅立つ事を躊躇してはならないと。


 2015年3月、茨城の片田舎から東京に飛び出して早1年が経っていた。自慢のハスキーボイスは、まだ誰の心にも響かず、忙しない街の雑音に溶け込むだけの日々だった。


 宇多田ヒカルみたいな歌い手になりたい。その一心で、今日も路上ライブでカバー曲を披露する。だがしかし、足を止めるのは酔っ払いか、鳩くらいなもんだった。

  駅の柱に掲示された広告には、北陸新幹線が開通した事がしきりにアピールされている。


(ったく、こんな電車なんかじゃなく、ワタイのこの歌声こそ、広めてくれないかな⋯…)


 そんなやさぐれた気分で歌っていた千鶴の前に現れたのが、黒羽デイヴと名乗る、見るからにチャラい男だった。

 ハーフぽい顔立ちのイケメン風だが、胡散臭さが鼻につく。


「ヘイ、ユー!ミーのハートにズッキュン来たぜ!」


(…⋯は? 何語? そしてその死語チョイスは何なの?)


 千鶴はガン無視を決め込もうとしたが、デイヴの目は妙に真剣だった。


「ミーとバンド組まない? 世界、獲れるぜ、マジで!」


 そう言って自身がドラムソロを演奏する動画を見せてきた。


(世界、ねぇ…⋯)


 千鶴は改めて、デイヴを上から下まで舐めるように見た。


「…⋯口でなら、なんとでも言えんだよ。アンタのビート、今ここで聴かせてみなよ。スマホの画面越しじゃ、ワタイの心は1ミリも動かないかんね」


 挑発的な千鶴の言葉に、デイヴはニヤリと笑うと、おもむろに自分のカバンからドラムスティックを取り出した。

 そして、通行人が訝しげに見つめる中、鋼管やアスファルトを利用して、超絶技巧のビートを刻み始めたのだ。そのリズムは正確無比で、何より、底抜けに楽しそうだった。


(…⋯こいつ、ただのチャラ男じゃねえな)


 千鶴がデイヴという男を少しだけ認めた瞬間だった。

 何よりも世界という言葉に、ほんの少しだけ、心が動いたのは否定できない。



 数日後、高円寺の古びたカラオケボックスに呼び出された。

 そこにいたのは、デイヴと、彼が「最高のギタリスト」と豪語する小橋開人という男だった。

 見るからに人の良さそうな、ちょっと頼りなさげな男。


(ふーん。こいつがねぇ…⋯)


 千鶴は腕を組み、ふてくされた顔で二人を値踏みした。


「チーッス! 千鶴ちゃん、こいつがこの前話したギタリスト!」


 デイヴが馴れ馴れしく下の名前で呼んだことに腹が立つ。


「…⋯ワタイの歌と合わせるって? 冷やかしならもう会わないかんね?」


 千鶴の挑発的な言葉に、小橋は一瞬怯んだように見えたが、すぐにギターケースに手をかけた。その手つきが、やけに堂に入っている。


「じゃあ…⋯早速、セッションでもしますか?」


 小橋の提案に、デイヴが


「いいね! ジャムっちゃおう!」


 と間の抜けた声で合いの手を入れる。


(セッションねぇ…⋯まぁ、いいけど)


 千鶴はまずは様子を見ようと、耳を澄ますと、小橋が爪弾いたリフは、想像以上にソウルフルだった。


(…⋯ふぅん、やるじゃん)


 千鶴は、試すように、宇多田ヒカルの難易度の高いフレーズをアドリブでぶつけてみた。ただのアマチュアなら、この音階について来れないはずだ。

 だが、小橋のギターは、まるで「待ってました」とでも言うように、千鶴のハスキーな歌声にぴたりと寄り添い、さらに高みへと誘うようなオブリガートを重ねてきた。


(⋯…こいつ、ワタイのメロディを聴いてやがる!)


 違う。聴いているだけじゃない。ワタイの歌声が次にどこへ行きたいのかを、完璧に理解している。

 千鶴がフェイクを入れれば、ギターもそれに合わせてブルージーに咽び泣く。千鶴がシャウトすれば、ギターもディストーションをかけた獣のような唸り声を上げる。


 これは、会話だ。言葉はいらない。音と音だけで、魂が裸で対話している。

 千鶴は目を閉じて息を吸い込むと、もう何も考えず、衝動のままに声を放出した。カラオケボックスの安っぽいスピーカーがビリビリと震える。

 小橋のギターが、千鶴の剥き出しの感情に呼応するように、狂ったようにうねり出す。呼応してデイヴがタンバリンとテーブルで刻むリズムも、複雑なビートを連ねている。

 歌い終わった時、千鶴は少し息が上がっていた。


「…⋯悪くないじゃん、アンタ」


 少しひねくれた言葉が口をついて出た。小橋は、意に介さず、子犬みたいに目を輝かせて言った。


「君のハスキーボイスこそ、最高だったよ!」


(⋯…わかってんじゃん)


 千鶴の口元が緩むのを見て、デイヴが興奮気味に叫んだ。


「いやぁブルージャムだね! こりゃキタぜ! バンド名は、そうだな…⋯Wind texture multi-headed! どうよ!?」


「「…⋯長くない?」」


 千鶴と小橋の声が見事にハモった事に、二人は笑い合う。


「千鶴ちゃんの風のような歌声と、俺たち二人の頭脳を組み合わせて⋯⋯」


名前の由来について説明し出したデイヴを横目に、千鶴は久しぶりに胸が高鳴るのを感じていた。


(こいつらとなら、何か面白い音楽ができるかもしんない)



 後で聞いた話だが、その日は小橋が、最愛の彼女のイギリス留学が決まった直後で、その寂しさの全てを音にぶつけていたらしい。

 千鶴はそんなこと露ほども知らなかったし、正直どうでもよかった。

 ワタイの人生には小橋の恋愛なんて関係ねーし、と思っていた。そう、この時はまだ。

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