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鎖鉄球 対 投擲斧

作者: SS
掲載日:2025/11/19

 満月が深い影を作る。

新緑に覆われた森の中、影の合間を縫うように、南へ駆ける何かがあった。

女だ。しかし、足の速さが人間のそれではない。

ぎい、ぎい、と、金属が擦れる音がした。黒いローブの中、女の体に巻き付けられた鎖が、かすかに音を立てている。

あまりに硬く巻き付けられたそれは、まるで重厚な鎧のように、上半身を覆っていた。


 木々の合間を、速度を落とさずに通り抜ける。その足取りには、少しの迷いも見られない。まるで、目的地が定まっているかのようだ。

昨日雨が降ったせいだろうか、あたりには、冷たい霧が立ち込めていた。

 霧の中を駆ける。倒木を飛び越え、草を踏みつけ—————

 止まった。女が足を止めた理由は単純だ。何者かの気配を感じた。

 女は、ゆっくりと———彼女にとっての「ゆっくり」だが———南への道から逸れる。

 その間も、気配は女を追う。着かず、離れず、姿を見せずに。


 やがて、女の視界が開けた。崩れた小屋と、荒れた畑が並ぶ場所。

 このご時世珍しくもない、廃村である。

 村の中央、広場だったのだろうか。そこに女は歩みを進めた。


瞬間、風を切る音ともに、なにかが女の背中に投擲される。

それが女の腕に当たり、鈍い金属音とともに弾かれる。カラン、と音を立て地面に落ちたそれは、金属で作られた細い手斧だった。

首を少し傾け、背後に視線を送る。

そこには、一人の男が立っていた。

帽子の周囲に伸びる長いつばが、男の顔を隠す。ボロボロのケープから覗く、腰に下げた数本の手斧が、月光を反射していた。


 女が振り向く。

 女の鎖は黒く塗られ、光を反射しない。男は、女の体に鎖が巻き付いているなど思いもしなかった。せいぜい、薄い金属鎧(プレートアーマー)だろうと。

 そのせいか、男の反応は一歩遅れた。

気づけば、女は人間とは思えない速度でこちらに突進している。あと3秒もしないうちに、女の間合いに入るだろう。

 両手に手斧を持つ。後手に回るのは、この細い手斧では不利だ。

男は後方に跳躍しつつ、斧を一つ、弧を描くように投擲した。大したダメージは期待していない。女の足を少しでも止め、背中に隠した剣を抜きたかったのだ。

回転しながら、手斧が女の頭の高さに飛んでいく。男の狙い通り、女は失速し、姿勢を低くして———————

黒い鉄球を投げた。

ブゥン、という轟音を響かせ、地面を這うように、低空を突き進む。

後ろに鎖を残しながら飛ぶそれは、さながら黒い大蛇のようにも思えた。

完全に予想外の動きに、男は一瞬、動揺する。

その一瞬は、鉄球が男の片足を削り取るのに十分な時間だった。

男の背後で、空気を震わせながら、太い樹木に鉄球がめり込んだ。バランスを失った男は、よろめき、片膝をつく。

同時に、自分の足元を通る、黒い鎖が目に入った。

男も素人ではない。ましてや、投擲武器を得物としている。鎖につながれた投擲武器(てっきゅう)が、次にどういった動きをするのか、簡単に予測できた。

反射的に左へ転がる。ほぼ同時に、引き戻された鉄球が、男がもといた地面を削りとった。

ギャリギャリと重い金属音が響く。それは鉄球が地面にぶつかる音なのか、それとも女の鎖が擦れあう音なのか。男にはわからなかった。

 男にとって幸いだったのは、鉄球が持ち主のもとに戻る間、背中に手を伸ばす時間があったことだ。

素早く鞘から剣を抜く。曲がりくねった刀身が、月下に姿を現す。流れる河のようにうねり、大きく波打った刃は、到底ものを斬る形状とは思えない。

 剣の柄を力強く握る。直後、刀身が青白い光をまとい始めた。

 不穏な気配を感じ取った女は、再び距離を詰める。次こそ、確実に頭を潰すために。

 その小さい頭と鉄球をすげ替えてやる。そう考え、男の頭上に飛び上がった。右手に鉄球を構え、力の限り投げつける。

 投げつける、はずだった。

片腕の感覚が失われる。ちぎれた鎖が視界に映る。

女の右腕と鉄球は、月光によって貫かれ、宙を舞っていた。

月光は男の持つ剣から放たれていた。

その剣は物を斬るものではなく、月光を収束し、放つための武器だったのだ。

空中で姿勢を崩した女が落下していく。まとっていたローブが風に飛ばされ、胸のあたりを覆った鎖があらわになった。

苦痛に顔を歪ませながらも、残った手足でどうにか着地しようと試みる。

しかしその試みは失敗に終わった。むき出しになった彼女の腹に、手斧が突き刺さる。

男はすでに剣を投げ捨て、女に向かって手斧を投擲していた。

どさり、と鈍い音を立て、女が地面に落ちる。手斧が刺さった腹からは、どくどくと血が流れ出していた。

口からも血を吐く。女の白い髪が、赤く染まっていく。

動かなくなった女を見て、男は安堵のため息を吐いた。

すでに手斧を使い切り、後がない状況だった。あと一本少なかったら、殺されていた。

男はボロボロのケープをちぎり、足の傷跡に巻いてゆく。

傷の処置が終わった男は、背後の森林を這いずり、適当な枝を拾って杖とした。

ぎこちない動きで、女のもとへ歩み寄る。片腕を失い、腹を切り裂かれた女は、細く、不規則ではるものの、まだ息をしていた。

男の右腕が、女の髪をむんずとつかむ。冷たくなっていく女を引きずりながら、片足の男は森の中へ戻っていった。


戦闘描写を書いてみたかったので書きました。楽しかったです。

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― 新着の感想 ―
戦闘描写がシリアスながらも細かくて臨場感溢れていて好きです。 月光を放つ剣が浪漫あふれていてすごく好きです……! 鎖鉄球と投擲斧のバトルが気になって読みに来ましたが見つけてよかったです。 ありがとうご…
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