鎖鉄球 対 投擲斧
満月が深い影を作る。
新緑に覆われた森の中、影の合間を縫うように、南へ駆ける何かがあった。
女だ。しかし、足の速さが人間のそれではない。
ぎい、ぎい、と、金属が擦れる音がした。黒いローブの中、女の体に巻き付けられた鎖が、かすかに音を立てている。
あまりに硬く巻き付けられたそれは、まるで重厚な鎧のように、上半身を覆っていた。
木々の合間を、速度を落とさずに通り抜ける。その足取りには、少しの迷いも見られない。まるで、目的地が定まっているかのようだ。
昨日雨が降ったせいだろうか、あたりには、冷たい霧が立ち込めていた。
霧の中を駆ける。倒木を飛び越え、草を踏みつけ—————
止まった。女が足を止めた理由は単純だ。何者かの気配を感じた。
女は、ゆっくりと———彼女にとっての「ゆっくり」だが———南への道から逸れる。
その間も、気配は女を追う。着かず、離れず、姿を見せずに。
やがて、女の視界が開けた。崩れた小屋と、荒れた畑が並ぶ場所。
このご時世珍しくもない、廃村である。
村の中央、広場だったのだろうか。そこに女は歩みを進めた。
瞬間、風を切る音ともに、なにかが女の背中に投擲される。
それが女の腕に当たり、鈍い金属音とともに弾かれる。カラン、と音を立て地面に落ちたそれは、金属で作られた細い手斧だった。
首を少し傾け、背後に視線を送る。
そこには、一人の男が立っていた。
帽子の周囲に伸びる長いつばが、男の顔を隠す。ボロボロのケープから覗く、腰に下げた数本の手斧が、月光を反射していた。
女が振り向く。
女の鎖は黒く塗られ、光を反射しない。男は、女の体に鎖が巻き付いているなど思いもしなかった。せいぜい、薄い金属鎧だろうと。
そのせいか、男の反応は一歩遅れた。
気づけば、女は人間とは思えない速度でこちらに突進している。あと3秒もしないうちに、女の間合いに入るだろう。
両手に手斧を持つ。後手に回るのは、この細い手斧では不利だ。
男は後方に跳躍しつつ、斧を一つ、弧を描くように投擲した。大したダメージは期待していない。女の足を少しでも止め、背中に隠した剣を抜きたかったのだ。
回転しながら、手斧が女の頭の高さに飛んでいく。男の狙い通り、女は失速し、姿勢を低くして———————
黒い鉄球を投げた。
ブゥン、という轟音を響かせ、地面を這うように、低空を突き進む。
後ろに鎖を残しながら飛ぶそれは、さながら黒い大蛇のようにも思えた。
完全に予想外の動きに、男は一瞬、動揺する。
その一瞬は、鉄球が男の片足を削り取るのに十分な時間だった。
男の背後で、空気を震わせながら、太い樹木に鉄球がめり込んだ。バランスを失った男は、よろめき、片膝をつく。
同時に、自分の足元を通る、黒い鎖が目に入った。
男も素人ではない。ましてや、投擲武器を得物としている。鎖につながれた投擲武器が、次にどういった動きをするのか、簡単に予測できた。
反射的に左へ転がる。ほぼ同時に、引き戻された鉄球が、男がもといた地面を削りとった。
ギャリギャリと重い金属音が響く。それは鉄球が地面にぶつかる音なのか、それとも女の鎖が擦れあう音なのか。男にはわからなかった。
男にとって幸いだったのは、鉄球が持ち主のもとに戻る間、背中に手を伸ばす時間があったことだ。
素早く鞘から剣を抜く。曲がりくねった刀身が、月下に姿を現す。流れる河のようにうねり、大きく波打った刃は、到底ものを斬る形状とは思えない。
剣の柄を力強く握る。直後、刀身が青白い光をまとい始めた。
不穏な気配を感じ取った女は、再び距離を詰める。次こそ、確実に頭を潰すために。
その小さい頭と鉄球をすげ替えてやる。そう考え、男の頭上に飛び上がった。右手に鉄球を構え、力の限り投げつける。
投げつける、はずだった。
片腕の感覚が失われる。ちぎれた鎖が視界に映る。
女の右腕と鉄球は、月光によって貫かれ、宙を舞っていた。
月光は男の持つ剣から放たれていた。
その剣は物を斬るものではなく、月光を収束し、放つための武器だったのだ。
空中で姿勢を崩した女が落下していく。まとっていたローブが風に飛ばされ、胸のあたりを覆った鎖があらわになった。
苦痛に顔を歪ませながらも、残った手足でどうにか着地しようと試みる。
しかしその試みは失敗に終わった。むき出しになった彼女の腹に、手斧が突き刺さる。
男はすでに剣を投げ捨て、女に向かって手斧を投擲していた。
どさり、と鈍い音を立て、女が地面に落ちる。手斧が刺さった腹からは、どくどくと血が流れ出していた。
口からも血を吐く。女の白い髪が、赤く染まっていく。
動かなくなった女を見て、男は安堵のため息を吐いた。
すでに手斧を使い切り、後がない状況だった。あと一本少なかったら、殺されていた。
男はボロボロのケープをちぎり、足の傷跡に巻いてゆく。
傷の処置が終わった男は、背後の森林を這いずり、適当な枝を拾って杖とした。
ぎこちない動きで、女のもとへ歩み寄る。片腕を失い、腹を切り裂かれた女は、細く、不規則ではるものの、まだ息をしていた。
男の右腕が、女の髪をむんずとつかむ。冷たくなっていく女を引きずりながら、片足の男は森の中へ戻っていった。
戦闘描写を書いてみたかったので書きました。楽しかったです。




