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6.屋敷探検

クラウスさんに導かれ、私は初めて自分の部屋以外の場所へと足を踏み入れた。どこまでも続く大理石の廊下。壁にかけられた巨大な絵画。その全てが現実離れしていて、まるで美術館の中を歩いているかのようだった。


彼の背筋はまっすぐに伸び、その歩みには一切の迷いがない。やがて私たちがたどり着いたのは、息をのむほど広大なホールだった。吹き抜けの天井からは巨大なシャンデリアが吊り下がり、正面には左右に分かれる大階段が、まるで客人を誘うかのように緩やかな曲線を描いて下の階へと続いている。


「こちらは、セントラル・ホールにございます。」


彼は階段の手すりに彫られた精緻な彫刻に、白い手袋をはめた指先を滑らせる。


「夜会にお出ましの際は、いつもこの階段をお使いになられておりました。…最も美しく着飾ったお嬢様がこの階段から現れると、ホールにいる誰もが息を呑み、その視線を独り占めになさったものです。」


淡々とした口調だったが、その言葉には、かつての「アレクシア」がどれほど華やかで、注目を浴びることを好んでいたかが、ありありと描き出されていた。彼は私の反応を窺うように、静かに続けた。


「まずは、お客様をお通しするお部屋からご案内いたしましょう。こちらへ。」


彼は私を促して階段を降りると、ホールに面した大きな扉の一つへと向かった。重厚なマホガニーの扉を静かに開けると、その先には光に満ちた、華やかな空間が広がっていた。


「こちらは、ソラリウム・サロン。主に、親しいご友人方を招いての、昼間のお茶会にお使いになるお部屋でございます。」


部屋の一面は天井まであるガラス窓になっており、陽光が燦々と降り注いでいる。白を基調とした壁には金色の繊細な装飾が施され、猫脚の優美なソファやテーブルが置かれていた。隅々まで磨き上げられ、一点の曇りもない。


「以前のお嬢様は、週に三度はここでお茶会を催されておりました。王都で流行りの菓子を取り寄せ、令嬢方と夜までおしゃべりに興じておいででした。…最近は、あまりお使いになっておりませんでしたね。」


「…週に、三度も…。」


記憶を失う前の彼女が、友人たちと華やかな噂話に花を咲かせている様子が目に浮かぶ。


毎日仕事に追われていた前世の私からすれば、信じられない生活だ。…この世界の貴族って、一体何をして生きているんだろう。


ソラリウム・サロンの華やかさに少し気圧されながらも、私はクラウスさんに促されるまま、次の部屋へと向かった。先ほどとは違う、静かで荘厳な空気が漂う廊下を進む。やがて、ひときわ大きく、重厚な彫刻が施された観音開きの扉の前で、クラウスは足を止めた。


「こちらが、図書室でございます。」


彼が静かに扉を開けると、そこには私の想像を遥かに超える空間が広がっていた。吹き抜けになった高い天井まで、壁という壁が全て本棚で埋め尽くされている。びっしりと並んだ背表紙は、まるで緻密なモザイク画のようだ。古い紙と革の、心地よく知的な香りが鼻をくすぐる。部屋には机と椅子も置かれており、窓から差し込む光が、空気中を舞う微かな埃をキラキラと照らしていた。


「ヴァイス公爵家が代々受け継いできた、王都でも有数の蔵書を誇る図書室にございます。公爵様は、政務の合間にこちらで読書を楽しまれます。」


彼はそう説明した後、一瞬、言葉を選ぶように間を置いた。


「…率直に申し上げて、お嬢様がこの部屋に足を踏み入れられることは、これまでほとんどございませんでした。『埃っぽくて退屈なだけ』と、常々仰せでしたので。」


彼の皮肉めいた説明も、今の私の耳には全く入っていなかった。私は吸い寄せられるように、部屋の中へと足を踏み入れ、その圧倒的な蔵書を見上げていた。


(…すごい…。…ここなら、この世界のことが分かるかもしれない…!)


それは、私の生存戦略における最大の光明だった。この世界の情報。それが、今の私にとって最大の武器になる。


「あの、クラウスさん。」

「クラウスで構いません。…私は使用人ですので。」


彼が名前の呼び方を訂正する。私は慣れないながらも、改めて続けた。


「では、クラウス。ここの本は、私が読んでもいいものなのでしょうか?この国の歴史とか、地理について書かれた本があれば、読んでみたいのですが…」


私のその言葉に、クラウスはほんのわずかな時間、沈黙した。彼の青い瞳が、好奇心に輝く私の顔をじっと見つめている。それは、まるで未知の生物を観察するかのような、真剣な眼差しだった。


「……もちろんでございます、お嬢様。」


やがて、彼はいつもの落ち着いた口調で、しかし以前よりも心なしか丁寧な響きで答えた。


「この屋敷にあるものは全て、お嬢様のものです。いつでも、ご自由にお入りください。歴史書でしたら、あちらの区画にまとまっております。後ほど、ご興味のありそうな本を何冊か、お部屋にお持ちいたしましょうか?」


彼は完璧な執事として、私の要望に即座に対応してみせた。その申し出は、私にとって望外の喜びだった。


「!…はい、ぜひお願いします!…それから、もし可能ならノートとペンも用意していただけると助かります。…色々と、まとめておきたいので。」


私の追加の要望に、クラウスの無表情が、ほんのわずかに揺らいだ。彼の青い瞳が、私の顔を値踏みするように、あるいは何かを見定めようとするかのように、鋭く見つめている。


「……かしこまりました。」


数秒の沈黙の後、彼はいつも通りの落ち着きを取り戻し、深く一礼した。その所作に乱れはないが、彼の内面で何かが高速で回転しているのが、空気の張り詰めるような感覚で伝わってくる。


「ノートとペン、でございますね。本をお読みになる際に、要点を書き留めておかれると。…なるほど、記憶を補う上で、それは非常に賢明な方法かと存じます。」


彼は私の意図を完璧に汲み取り、それを記憶喪失という状況に結びつけて、論理的な行動として解釈してみせた。


「では、歴史書などをいくつか見繕い、後ほどお部屋へお持ちいたします。羽ペンとインクでよろしいでしょうか?」


「はい、それでお願いします。」


「承知いたしました。」


彼は短く答えると、再び私に視線を向けた。


「…さて。書斎は以上でございます。次にご案内するのは、ピアノ室でございます。お嬢様が以前、最も好んでいらっしゃったお部屋の一つですが…ご興味はございますか?」


(……ピアノ室!)


私が前世で好きだったもの。私は期待に胸を膨らませながら「ええ、ぜひお願いします。」と答えた。

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