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『理解ったろ?』

オカ研の部室に行って、いつもの連中を巻き込んでクソ映画見たり、宇宙人がいるかいないかで論争をしたり、心霊写真が本物かどうかの議論をしたり――

 

それがいつもの俺の放課後だった。

 

けど、今日は違う。


授業が終わる鐘が静かに鳴った。


準備はもうできてる。

無音カメラは既にダウンロード済、充電が切れそうな時のためのモバイルバッテリーもある。

理央には『用事があるから先に帰っててくれ』と伝えてある

あとは、あいつを監視するだけだ。


斜め後ろをちらり見る。

黄泉坂と理央が並んで、今日もあのヒーローの話をしている。


興奮して、身振りを交えて話す理央。

そしてそれをじっと、見つめる煉の姿に――

悠斗はゾクリとした。


まるで、何かを''信仰''しているかのような眼差しだった。

やがて部活の時間がやって来たのか、理央は煉に別れを告げ、教室を出ていった。


――さぁ、黄泉坂。お前はどう動く?


煉はしばらく窓の外を眺めていた。

その横顔からは、感情を読み取ることができないほど無表情であった。

ついさっきまで、理央を前に熱の篭った眼差しを浮かべていたとは思えない。――まるで別人だ。


(切り替えが分かりやすい⋯)


――きっと理央のことを本気で神様かなにかだと思っているのだろう。じゃないとあの顔はできない。


数秒後、煉は立ち上がった。

音もなく椅子を引き、カバンを手に取ると何事も無かったかのように教室を出ていった。


(動いた⋯!)


悠斗はスマホを握りしめると、立ち上がって、煉の背中を追った。

廊下を真っ直ぐ歩く。

煉は背筋を伸ばし、左右にも振り返らず、一定のペースで進んでいく。


距離を保ちながら、足音をなるべくたてないように気をつけて悠斗は着いて行く。

煉は階段を下り、昇降口に向かうと靴を履き替え、校舎の外へ出る。


(この方向は――まさか)


そのまさかだった。

煉の背中は迷いなく、理央の部活が行われているグラウンドの方へと向かっていた。

そして校舎の脇を抜け、人気の少ない植え込みの陰に身を潜める。


(⋯やっぱりここか)


それを見張るように悠斗は少し離れた物陰からその様子を窺う。

煉はカバンからスマホを取り出すと、手馴れた動作でカメラを起動しグラウンドにピントを合わせている。

恐らく――いや、間違いなく、その先には理央がいる。


(気持ち悪い⋯)


激しい嫌悪感が喉元まで込み上げる。

それは煉の行動に対してなのか、それとも今から自分がすることに向けられているのか、わからない。


(どっちも、だろうな……)


スマホを強く握る。手が汗ばんでいるのがわかる。

その手で煉にカメラを向ける。そして、撮る。

 

――うん、撮れている。


画面の中の煉は、微笑みながらスマホをグラウンドに向けている。


指が震える。とんでもないものを写してしまったような気がして、吐き気がしてきた。


(どうして、そんな顔ができる――!)


改めて撮ったものを見返す。

愛おしげに、本当に視線の先の人物が好きで好きでたまらないというような顔だ。

顔だけ見れば、そこに写っているのは――ただの恋をしている少年だ。

誰かを真っ直ぐに思い、遠くからしか見ることができない、そんな健気な少年。

 

それがアンバランスすぎて恐怖さえ感じる。


(顔だけ見たら、恋してるやつで⋯でもやってることは気持ち悪いストーカー行為で!!俺が止めないといけないからこんなことやってるのに!⋯⋯クソ!!こんなの、俺が悪者みたいじゃないか!!)


頭を抱える。どうしようもない苛立ちと吐き気が混ざって胃がキリキリする。

けれど、それでも、やらなきゃいけない――


(俺しかいない⋯今この瞬間!俺しかあいつが何をやっているか知っているんだ!そして、チャンスが巡ってきている!やらなきゃ、理央がやられる――!)


心臓がバクバクとうるさい。この音で居場所がバレるんじゃないかとすら思う。


(落ち着け⋯落ち着くんだ⋯)


深く、静かに息を吸い、吐く。けれど肺に入ってきた空気はひどく浅くて、息苦しさが増す。


目の前の煉は動かない。スマホを構えたまま、グラウンドをじっと見つめている。

視線の先にはもちろん――理央がいる。

理央は誰かと話している。相手が冗談を言ったのか理央が腹を抱えて笑う。


その瞬間――

煉の顔が変わる。


嫉妬に歪み、怒りで殺せるんじゃないかというほどの、醜い顔。奥歯を噛み締め、冷徹に、睨んでいた。

 

――いじらしささえあった''恋をする少年''は、一瞬にして崩れていた。


だが、数秒後にはまた表情が変わる。


歪んでいた眉が緩み、唇が震える。

目元が潤み――まるで今にも泣き出しそうな顔になっていた。


(えっ⋯?)


悠斗は思わず息をのむ。


まるで、失恋でもしたかのような表情だ。

理不尽に、大切な人を失ってしまったみたいに――

とても、辛く、寂しそうな顔を浮かべていた。


(なんだよっ⋯!その顔!!)


怒鳴りたくなる衝動を必死に喉の奥に押しやる。

苛立ち・嫌悪、そのどれでもない得体の知れない感情が悠斗の胸に渦巻いている。


(気持ち悪いはずなのにっ⋯!)


手元を見る。その手はさっきよりもずっと、汗ばんでいた。


(なんで、そんな顔をするんだよ⋯お前はストーカーで、理央に危害を加えるやつで、そばにいてはいけない人間なのに⋯)


――どうして、情けなく感じるんだ。


一瞬だけ、ほんの一瞬だけ同情にも似た何かを抱いてしまった。

笑う理央を遠くから眺め、微笑んで。誰かと笑っているのを見て嫉妬を覚える――

そんな感情を自分も知っているから。

わかってしまったのだ。あの、どうしようもない惨めで、浅ましくて、目を背けたくなる感情を!!


(あんなやつに、共感するなんて⋯)


頭の中に、ぽつりと言葉が浮かぶ。


『理解るよ』


自分でも驚くほど自然に出た言葉にゾッとする。

声が続く。


『理解るよ、俺にもある。』

 

『俺には友人が少ないけど、理央には大勢いる』

 

『だから、時々誰かと楽しそうに話しているのを見ると嫉妬する』

 

『嗚呼、俺以外にも友達がいるんだなって』


(――やめろ)


聞きたくない、認めたくない――

だけど声は止まらない。


『そういうの見ると辛くなる』

 

『俺、いなくてもいいんじゃないかなって』

 

『でも、最後には俺のところに理央が来るんだ』

 

『それがとっても嬉しくて』


(――っ、やめろよ!!)


『やめねぇよ、お前の本音だろ?』


もう一人の俺がそう囁く。


『なにあいつと違うなんて思ってんだよ』

 

『一緒だろ?』

 

『本当のところは、理央を取られたくないだけだ』

 

『正義感振りかざしたところでやってることはあいつと同じだ』


(違う、違う違う違う!!)


心の中で否定を叫ぶ。けど、声にはならない。


『お前さ、理央のこと大好きじゃん。』

 

『だって、小さいとこからずーっと隣にいたもんな』

 

『だから』

 

『誰かと笑っているのが耐えられない』

 

『あんなヒーローに共感して話してくれるヤツなんていないとタカをくくってたろ?』

 

『でも、いた。後悔しても遅いんだよ』


(っ、うるさい)

 

『だってそうだろ?』

 

『あんなヒーローの話聞いてやるのは俺しかいないって思ってたんだし』

 

『楽しかったよなぁ、「なんだそれ」って言うと「ひどい!」って反応が返ってくるの』

 

『――このやり取りは俺だけのものだって』


(でも、違った)


(俺じゃなくても、よかったんだ)


(だって、あんなに楽しそうに笑ってる)


(本当にあいつが欲しかったのは―― 一緒に語ってくれる友達だったなんて、気づいてたのに)


(それから目を逸らしていた――)


(認めたくなかったから)


(あいつの一番近くで、くだらない冗談を言って、バカにして、笑い合って――)


(あいつを理解してるのは俺しかいないって思ってた)


『なぁーんだ、''理解って''んじゃん俺。』


(――けど、俺は黄泉坂とは絶対違う)


『へぇー⋯』


(俺は、理央に幸せになって欲しい)


(たとえ、俺がボロボロになっても)


(誰かから馬鹿にされても)


(それでも、理央が笑顔ならいいんだ)


(その隣にいるのが俺じゃなくてもいい)


『本当に?』


(⋯言わせんな、悔しいよ)


(でも、そんな俺だから隣にいられたんだ)


『⋯ふーん、覚悟決まってんじゃん』


(覚悟なんて、そんな大それたもんじゃねぇ。理解れよ。)


『――そうか、頑張れよ、俺。』


(あぁ⋯ありがとうなんて言わねぇけど)


すぅーっと迷いが消えた。

いつの間にかあたりは茜色になっていた。

グラウンドの向こうで、理央がボールを蹴っている。

それを見つめる煉の姿は、変わらず植え込みの陰にあった。


――守らないと、俺が、理央を。


黄泉坂はあったかもしれない俺だ。

だから、俺が責任を取らないといけない。


煉にカメラを構える。

そこには迷いがなく、覚悟を決めた少年の姿がいた。

本編読了ありがとうございます。


ーーもし、ほんの一歩踏み外していたら


『なぁお前にもあるだろ?』

『友達が取られたって』

『そういうときお前はどうする?』

『嫉妬でおかしくなるよな』

『そいつがいなくなればいいのにって思うよな』

『理解るよ』

『だからさ、消しちゃおうぜ』

『そうすれば俺だけが特別になれる』

『二人だけの世界が完成する』


浅ましく、心の奥底から響く。

これはーーありえたかもしれない、もう一人の俺の声。

ほんの一歩、踏み外したら、なっていたかもしれない俺の未来。

そして、今目の前にいる''彼''が辿るかもしれない未来。

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