ふくふくなキミと
「ほら、煉、あーん!」
「えっ⋯あの、皆が見て⋯」
「ほら!あーん!」
「っ、あ、あーん?⋯」
昼休み、教室の隅。
理央が差し出す弁当を、顔を真っ赤にしながら煉は受け取る。
「あの二人付き合ってるの?」
「えっー!理央くんに彼女⋯いや彼氏?⋯ができるなんてショック!!」
「惚気けやがって⋯」
「マジかよ、あの黄泉坂が相手?信じらんねー」
ひそひそと囁かれる声が、煉の耳にも届く。
顔がますます火照り、体を縮こませる。
「さ、佐々川くん⋯」
「理央だよ、煉。」
「り、理央⋯くん⋯」
「なに?」
にこりと理央は微笑む。
煉は心配になるほど更に顔を赤らめる。
「ひ、一人で食べれますから⋯」
「えー!だって、こうしてると胸がドキドキするんだよ?⋯これが、恋なのかなーって実感できるんだ」
「うぅっ⋯」
煉は俯いて、膝の上でぎゅっと拳を握った。
「だからって!なんで⋯こんな⋯恥ずかしいことするんですか!」
「えー、なんでだろ?⋯なんか煉にはこういうこと、したくなっちゃうんだよなー」
理央は楽しそうに笑って、煉の反応をじっと見つめる。
「うっ、うぅ⋯り、理央くんって⋯そんなこと言う人でしたっけ?」
理央は、ほんの少しだけキョトンとした顔をしてから、ふっと笑う。
「え?⋯うーん、確かに⋯でも煉といると甘えさせたくなるんだよなぁーなんでだろう?」
そう言って、理央はふと視線を上に向けた。
まるで空中に言葉を探すように、ぼんやりとした表情で。
「うーん⋯⋯あ、そうだ!」
パッと顔を明るくして、目を輝かせて言う。
「煉にいっぱい食べてもらって、ふくふくしてほしいんだよ!!」
「ふ、ふくふく?」
困惑――煉の頭の中がそれでいっぱいになる。
――ふく、ふく?え、それって何?ほんとに、わかんない⋯
「そう!だって、煉!キミいつもお昼何食べてたの?」
「えっと、スティックパンを⋯」
「それって、一個だけでしょ?」
「⋯⋯はい」
「栄養が偏りすぎてる!」
理央の声が大きくなる。
「前も言ったじゃん、それじゃあ体に悪いって!」
――そう、言われたのだ。
◇
――数日前のこと、煉は理央にお昼ご飯を食べようと誘われた。
『え?それだけ?』
理央は目を丸くする。目の前の煉の机の上にはスティックパンが一つあるだけだからだ。
『はい、節約してて⋯』
『節約?』
『母が生活費として一ヶ月一万円を渡してくれるんですけど、毎月やり繰りが大変なんです。』
煉は、なんでもないように淡々と語る。
『せ、生活費⋯一万円?それって、食費も、文房具代も含めて⋯?』
『全部ですよ?それに今月はモバイルバッテリーを買ったからカツカツなんですよね』
『モバイルバッテリー⋯?』
『理央くんを撮影してるとき、スマホの充電が切れそうになることが多くて買ったんです。結局、バレてからは用済みになりましたけど』
『⋯⋯そうなんだ。え?それで食費削ってるの?』
『はい、朝と夜は冷蔵庫にあるものをつまめばいいんですけど⋯昼は自分で調達しないといけないから大変なんです』
『だから⋯スティックパン一個だけ?』
『はい、一袋六個入り百円でお昼に一個だけ食べたら、一食約十七円だからいい節約になるんですよ』
煉は誇らしげに言う。まるで褒めて欲しいと言ってるように。
理央は笑えなかった。
――そんなの、節約じゃない。我慢だ。
生きるためだけに必死に足掻いているだけだ。
あの日、煉を抱きしめた時、何故か違和感を感じた。
その理由が今わかった。
――細すぎたんだ。
骨が浮き出た背中。力を込めたら壊れてしまいそうな肩。その軽さが、ただただ痛かった。
(どうして、気づかなかったんだ⋯)
悔やんでも悔やみきれない。
『⋯煉、俺の弁当半分あげるよ』
『え?でもそれじゃあ理央くんの分が⋯』
『いいよ、俺の弁当めちゃくちゃ多いから』
そう言うと、得意げにドンっと机の上に弁当を出す。
二段重ねの弁当箱だ。縦にも横にも広く、食欲旺盛な男子高校生が食べるにしても大きすぎるぐらいだ。
『こ、こんなに食べるんですか?』
『うん!部活やってると、どうもお腹が減るんだよねーだからちょっとぐらい大丈夫!』
理央は笑いながら言う。その目はいつになく真剣だ。
『え、でも⋯』
『ダメだよ、そんなの体に悪い!!いつか本当に倒れるよ!』
理央は語気を荒げる。
『さぁ、食べよう!これとか俺が作った卵焼きだよ、美味しいよ!!』
『そ、そこまで言うなら』
煉はおずおずと箸を手に取り、弁当箱にある卵焼きを口に運んだ。
口の中でふんわりと優しい甘みが広がる。
『美味しい⋯』
思わずこぼれ出たその言葉に、理央はぱあっと顔を輝かせる。
『⋯!!でしょー!!もっと食べて!ウインナーにブロッコリーの胡麻和えも!あ、これ自信作、鶏の照り焼き!!』
『はい⋯』
すすめられるがまま、煉は一つ一つを味わった。
どれもこれも美味しかった。
けれど――
『も、もうお腹いっぱいです⋯』
箸を置いて、申し訳なさそうに言う。
『えぇ!!?一個ずつしか食べてないじゃん』
『ご、ごめんなさい⋯』
『今までの食生活で、胃が小さくなってるんだな⋯でも大丈夫!胃は伸び縮みするからこれを続ければ食べれるようになる!!』
『続けるって⋯』
『明日もやるよ!!』
◇
――それ以来、理央はせっせと煉に弁当を作り、食べさせることが日常と化していた。
「そう、これが''ふくふく計画''⋯煉の体重を適正にして幸せになってもらうんだ」
「だからって、あーんをする意味がわかりません⋯」
「俺がやりたいからって言ったら怒る?」
「⋯⋯そんなの、ずるいです」
「ふふーん」
「何やってんだよ、バカップル共」
呆れた声が横から飛んできた。
パンを片手に、悠斗が立っている。頬張りながらも目は鋭くこちらを見据えていた。
「昼からキモイんだけど。俺への当てつけか?」
「あっ、悠斗も食べる?今日は時間なくて冷凍物が多いんだけど――」
「⋯おい、無視か?」
「無視してないよ。悠斗も一緒に食べよ」
「はぁ?ふざけんな!誰が好き好んでお前らの間に入るんだよ」
「でも、俺らに近づいてきてるじゃん」
「⋯⋯うるせぇ、クラスを代表して俺が忠告しようとしてんだよ。加減しろ、ここ学校。」
「クラスを代表して?悠斗そんなキャラだっけ?」
「周りを見ろ。誰もお前らに近づかないから、俺が来てんだよ」
そう言われ、理央は辺りを見渡す。
確かに周囲の机には誰も近づかず、遠巻きにクラスメイトがこちらをチラチラと見ている。
「あー⋯⋯ね?」
「なにが''ね?''なんだよ」
悠斗は嫌そうに眉をひそめる。
「いやー、まさかこんな遠巻きにされてるとはなー」
「⋯⋯お前止める気ないな」
「うん!!」
「はぁー⋯おい、黄泉坂」
「は、はい!!」
「こいつの手綱ちゃんと握っとけよ、こんな理央初めてだから、なにするかわかんねぇーんだから」
「え⋯は、はい。頑張ります!」
「⋯⋯元気いいな」
呆れながら、けれどどこか楽しそうに悠斗は笑う。
「じゃあ元気よく!あ〜ん!!」
理央が箸を構えて、身を乗り出す。
「えぇ!!?」
煉は後ずさる勢いで目を見開く。
「頑張るんだろ?」
理央が満面の笑みで追い討ちをかける。
「そ、そういうことで頑張るんじゃ⋯」
顔を真っ赤にしながら抗議する煉を見て、悠斗はパンをかじりながらぼそっと呟いた。
「⋯⋯うっざ。俺、これにあと何回付き合うんだよ?」
悠斗はため息をつきながらも、結局その場を離れようとしなかった。
(まぁ、親友様が幸せならいいか)
――今日もまた、ちょっと騒がしい昼休みが続いていく。