9.未来の記憶
仕事をしているだけなのに赤警かわいそう……(いまさら)
「せっかくお客さまが増えたと思ったのに、あんなに派手に壊してしまったのでは、この美術館にとっての損害賠償が発生しますよ」
いつものように、丁寧な口調でこちらを誹る。アイリスは顔に皮肉めいた表情の笑みを浮かべている。
「もともと廃業しているんだから、そんなものはないはずだよ、アイリス。それより、さっきの提案のことだけど……」
赤警が地球儀の液晶の下敷きになってから、30分後。僕と白河さん、そしてショウ君は地下のアイリスのところにいた。
直撃を受けた赤警は、損傷のためか全身を麻痺させていた。その隙に後頭部首元、人間でいうところのうなじのあたりにあった緊急停止ボタンを押すことで、完全に活動を停止させることができた。
(どっちかって言うと、赤警に対しての仕打ちのほうが、マズいことをしたと思うんだけど……)
「ミズハさんがそれでも良いとおっしゃるのならば、私には拒む理由はありません。提案を承諾しましょう」
アイリスは白河さんに向かって話す。提案とは、ショウ君をこの、元・市立未来美術館の地下で保護するというものだ。
「私も、それで……それが一番だと思います。一人暮らしの私が部屋で飼い続けるよりも、アイリスさんと一緒のほうがこの子もさみしく無いと思いますし、それに……部屋でこっそり飼っていても、また急に吠え出したりすると困るし……」
白河さんは両手を握りしめてそう答える。口元は笑っていても、その瞳は少しさみしそうだ。
「それにしても、ナギ。見事な気転でしたね。直接攻撃するのではなく、天井の物体を利用するなんて、珍しく格好良かったですよ」
「ホントです!よく思いつきましたね!」
「まあね……」と僕は答える。でも実は、ひらめいたんじゃない。知っていたんだ。あの地球儀が崩れるということを……。
赤警に追われて最初に地下に行ったとき、そこで得た、既視感。それは、ちょうどその場面に対しての既視感ではなく、ホールの地球儀が崩れ落ちる映像、つまり、まだ見ていないはずの光景だった。
(にわかには信じられなかったけど、ただの思い過ごしではなかった……)
その、”少し先の未来の記憶”のおかげで赤警との決着をつけることができたものの、僕は、事件解決の安心感と、自分にも分からない謎の現象への懸念との狭間で、釈然としないでいた。
「あれ?でも、そう言えばアイリスさんってどうしてホールでのこと知ってるんですか?」
「簡単なことです。私はこの美術館のセキュリティに侵入できますから、監視カメラを通して見ていたのですよ。もちろん、ナギがあなたに格好つけているところもすべて、です」
アイリスがからかう。
「ちょっと!別に僕はそんなつもりじゃ……」
「ふふ。でも、今日はほんとうに助かりました。改めてお礼を言わせてください。……凪さん、ありがとうございました」
僕に向き合って、彼女は言う。
「……どういたしまして。白河さん」
「瑞波、でいいですよ」
「じゃあ、瑞波さん。今日はもう帰りましょうか」
もう午後6時になる。外は暗くなり始めている。
「それじゃあ、アイリスさん、さようなら。ショウ、またね」
彼女の声に、ショウ君は「ワンッ!」と返事をする。アイリスは器用にお辞儀をして見せた。
「また来るよ、アイリス。ショウ君をよろしく」
アイリスは一度目を閉じて、そしてまた、その綺麗な青い瞳をこちらに向けて微笑んだ。その、あまりにも真っ直ぐで力強い目は、まるで僕の悩みを見抜いているようにも思わせられる。
「期待していますよ、ナギ。あなたが……」
彼女が何か言ったようだったが、僕には聞こえなかった。
外に出ると、日中あんなに暑かったのが嘘みたいに、冷たい風が、僕らの身体を撫でた。ふと、今日彼女と出会ったことが、この先の僕の人生を大きく変える。なぜだろう、そんな胸騒ぎが、心の奥でくすぶっていた。
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「M.N.E.M.E.本部へ、監視No57の経過報告。現在、クロニクルへの過干渉と思われる行動はありません。しかし、断続的に、異常による影響は発生している模様です。引き続き、監視を継続します」
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ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
ひとまず第一章って感じで区切りになります。
物語の中心となるであろう起草の登場人物を紹介しつつ、事件解決って感じで、いかにも動き出したって感じです!!
これからもどうぞ、よろしくお願いいたします!!!!