3.九死に一生
春休みの回想、続きです。
僕と徹は浮かれていた。二つの意味で。ダブルミーニングで。
沖縄の海というロケーション。ホテルからタクシーで10分ほどのビーチ。自分たち以外に誰もいないというシチュエーションと、春休みの解放感と、長時間移動の我慢のせいで、僕らは浮かれていたんだ。
準備体操をしていれば違ったのだろうか。それとも、海開きをしていないというのに入ってしまったことで、海の神様を怒らせてしまったのだろうか。(沖縄にそんな神様がいるのかは知らないけど)
目を覚ましたらそこは知らない天井だった。お気楽にも、なんとまあ昔からよくある展開だなと思った。
「まったく……ほんとに溺れなくてもいいっしょー」
からかい気味に、それでいて内心は起こっているようにも見える。きっと心配させたのだろう。「ごめん」と、徹に謝る。
どうやら、かなり本格的に溺れてしまったようで、目が覚めたあとすぐに診察してくれた病院の先生も、「海水を結構飲み込んでいたから、当分は肺に負担のかかることは避けてください」と言っていた。同時に、「たまに海開き前にはしゃいで溺れる馬鹿な大学生がいるんですよ」とも言っていた。
「あのさ、あんまりどうなったのか思い出せないんだけど……」
病院からの帰り道、響く頭痛に右手を頭に当てながら徹に声をかけた。
「……最初は、お互い浅瀬で潜ってたんだよ。で、そのうち派手な色の魚が1匹泳いでいるのを俺が見つけてさ。それを教えたら、お前、どんどん沖の方へ泳いでってよ……。追いかけている途中に足をとられたのか、急に沈んじゃって」
ぼんやりと思い出してきた。海の色よりも澄んだ青さの、それでいてオレンジ色との対比がきれいな、手のひらほどの大きさの魚に見惚れてしまったんだった。なぜか心を惹くその魚を、無性に、追いかけたくなった記憶がじわじわと呼び起こされる。
「あまりにも静かに沈んだもんだから、ふざけてんのかと思ったさ。でも、徐々にバタバタしてきたようにも見えたし、まさか、と思ったときには足のつかない所まで流されてて……」
「じゃあ徹が助けてくれたんだ。ありがとう」
僕は徹にお礼を告げた。しかし、返ってきたのは意外な言葉だった。
「いや、それが、波がさ、来たんだよ。でっかいの」
「波?」
「そう。どうしようかと焦ってたら、そのきれいな魚が泳ぎ去った方で急に海面が揺れたんだよ。そしたら、それまでのより数倍強い大きな波が来て、その波によせられたお前の身体が返ってきたのさ。浜辺に引き上げた時には、水を飲んで気を失ってたけどな」
溺れて気絶した。助かったのはたまたま波の流れがよかっただけ。そう考えると、まさに九死に一生を得るとはこのことかなと思った。その波が来なければ、こうして話している自分は、きっといなかったのだから。
「でもよかったよ。急いで救急車呼んで病院に連れてったけど、死ぬんじゃないかと思ったもんな」
無事でほんとうに良かった。安心した。と繰り返す徹に、ごめん以上の言葉は見つからなかった。
夕方の道路を、タクシーに乗りながらホテルへの帰路に着いた。予定を台無しにしてしまった罪悪感と、下手をしたら死んでいたかもしれないという恐ろしさから、僕はただ、窓の外に向かって夕日を眺めていることしかできなかった。
≪回想終わり≫
あのあと結局、めぐる予定だったいくつかの観光地の散策と、国際通りでの買い物を普通に楽しんだ僕たちだった。これ以上の事件もなく、2日後にはまた、5時間かけて札幌にもどってきた。
ただ、沖縄で溺れてから時々訪れる既視感のせいで、何か脳に異常が残ったのではないか、自分の頭がどこかおかしくなってしまったのではないかという不安に、時折苛まれる日々を送っていた。
一話ごとの長さはどれくらいが読みやすいのでしょうか……。
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