2.2032年3月某日
書きはじめはなるべくペースを上げたいと思っています。
≪回想≫
2032年3月某日。僕は大学の友達と一緒に沖縄旅行に来ていた。
札幌ではまだ雪が残るほどの気候であるのに対し、北緯26度にあるこの地では、もう半袖のシャツで過ごせるほどであった。
「沖縄と北海道が、同じ日本だなんてね。こうして実際に来てみると、別の国のようだよ」
僕がそう言うと。
「飛行機の中で調べたんだけどさ、沖縄ってエジプトとほぼ同じ緯度にあるらしいぜ」
「ほんとに?」と返事をしながら、僕はカバンの中からスマホを取り出して、札幌の緯度を調べる。北緯43度。
「意外と北海道って、ヨーロッパだとフランスとかイタリアとかと同じくらいの緯度みたいだよ」
「ん?でもあっちは暖かそうじゃない?」
「まあ、きっといろいろあるんだよ。海流とか、気圧とか?たぶん」
適当でも許してほしい。なんて言ったって今は春休みだ。普段大学生として勉学に勤しんでいる身にとって、考えることの休養日を満喫したいものだ。
(もちろん、真面目な学生かと問われれば首を縦に振ることは難しいけどね)
「そういや、凪、就活は順調なんだっけ?」
「まあね、一応第一希望のとこはインターンも行ったし、この前の説明会でも人事の人と話した感じ、僕のこと覚えてくれていたしね」
ぶっちゃけ、そんなに高望みはしていない上に、人当たりの良さには定評がある。この後の採用までの流れを丁寧にこなせば、きっと6月には内定をもらえると踏んでいる。
「徹は教員になるんでしょ?」
徹。前島徹。僕の唯一と言ってもいい親友で、大学では学部こそ違うものの、授業以外で暇な時間が合えばいつも一緒にいる。
「そ。俺はこれからかなー。いよいよ教育実習もあるし、それをちゃんとこなした後に採用試験とかあるしさ」
「高校?中学?」
「一応高校。中学だと免許に必要な単位結構増えるのよ。めんどくさいっしょ?」
「うーん……まあ、そんなもんか?」
人のことを言える立場じゃないから、これ以上の深入りはしない。それよりも今は──
「海だね」
目の前には青い海。いや、一言で「青い」と言ってしまうにはもったいない。砂浜の白黄色から海水の青へのグラデーションは、まさに南の国の絶景というに相応しい。
「海だねって、お前、こんなに綺麗な海を見てそれは、あまりにも語彙力が乏しくない?」
「徹とじゃ別に口説き文句を考える必要はないでしょ?」
少し雪道を歩くときの感覚と似ているな、と思いながら、2人で並んで砂浜を進む。ビーチサンダルを砂が覆い、指の間に流れ込んでくるが、その気持ち悪さも、今はそこまで気にならない。顔を見なくても分かる。この海を前にきっと僕らは笑顔になっているだろう。
「海開きって、来週からなんだよね?」
「いーーや、今からっしょ。もし誰かに怒られたら謝ればいいって」
空々しくも、そんなやり取りをする。事前に「海開き前 海水浴 ダメ?」と検索用AIに聞いたところ、「ライフセーバーや、監視ロボットなどがおらず、遊泳区域も定められていないため、何かあった場合は全て自己責任となります。危険なので、なるべく海開き前の海水浴は避けましょう」と、注意して遊ぶように教えてくれた。
「そんなに遠くまで泳ぐことないし、大丈夫だろ」
「そだね。溺れることなんてないよ」
僕らは、このために沖縄に来たのだ。極寒の冬の間、計画を練りに練って、いよいよはるばる沖縄まで5時間。この旅の主な目的は海。札幌では、海で遊ぶという感覚があまりない。もちろん、家族連れや景色を楽しむ人がいないわけではない。わけではないが、ただ、どうしても、雄大な太平洋と比べると……。
とにかく、泳ぐために沖縄に来た。海開きにはまだ少し早い、それでも、泳がない理由としての抑止力は失われてしまった。
水着の上から羽織っていたシャツを脱ぎ、ビーチサンダルとカバンを、水しぶきがかからないほどの場所に投げ置き、浅瀬に飛び込んだ。全身を水中に浸す。少し冷たい海水が気持ちいい。
(海なんて何年ぶりだろうな……)と、考えながら、次第に慣れてきた水温の心地よさに身をよじる。このままただただ漂っているのも悪くないなと取りとめもなく思っていた。
溺れた。
回想もう少し続きます。