12.真っ白
何気ない(?)日常(??)回です。
『この度は、弊社にご応募いただき誠にありがとうございました。慎重に書類選考を重ねました結果、誠に残念ながら今回については……』『先日の面接を踏まえ、社内にて厳正な選考を行った結果、 誠に残念ですが、今回は採用を見送らせて頂くことに……』『この度は、弊社求人にご応募いただき誠にありがとうございました。今回のご応募に関して、慎重に書類選考を重ねました結果、誠に残念ながら……』『厳正なる審査の結果、誠に残念ではございますが、今回は採用を見送らせて……』『慎重に選考を進めさせていただきましたが、誠に残念ながら今回はご希望に添えない結果……』
僕が就職活動で応募した企業の中から、エントリー後1次の選考を突破したものは9社。そのうち、既に最終面接まで受験していたものが4つ、途中の書類選考まで終え、最終面接の案内待ちだったものが5つだったが、それらすべての企業からの不採用通知、いわゆるお祈りメールが届いた。
全身に力が入らない。というより、地面が僕の身体を支えることを放棄したようだ。ほとんど崩れ落ちるように、僕はその場にへたり込んだ。
「ナギ。その様子だと、相当ショックなことがあったと見受けられます。まさか、先ほどの私の言葉がその通りになったのではありませんか?」
アイリスは言う。僕はすぐに返事することができず、なんとか少しの息を吸って、それを吐くのが精一杯だった。
「……その、まさかが現実になるかも知れないよ……。今からまた振出しに戻るだなんて……」
6月で内定がもらえないことは、決して珍しい話ではない。世間的に、就職活動をしている学生のうち、2割近くはまだ内定が出ていないだろう。
しかし、僕の現状は状況が状況である。まだ内定が出ていない、というのと、すべてにおいて選考から外れた、というのは天と地ほどの差がある。もう一度、企業の募集に対して、応募をするところから始めなくてはならないのだから。
「でもどうして……。もちろん全部でうまくいくとは思っていなかったけど、好感触だったところや、保険で受けていた、ほぼ内定がもらえると踏んでいたところまで……。まるで……示し合わせたように……」
気が付くと、さっきまで部屋の隅で寝ていたショウ君が、僕のもとへ来ていた。僕の膝に乗り、顔を近づけてくる。僕は顔を引っ込め、とっさに躱したあと、そのまま後ろへ倒れ、大の字に寝転がった。Tシャツ越しに床の冷たさを感じる。
「あ!凪さん!こんにちは」
僕の頭の上側から、おもむろに声をかけられた。
「瑞波さん……こんにちは」
カーキ色のワンピースに身を包んだ瑞波さんが、僕のことを笑顔で見ていた。しかし、僕の表情を読み取ったのか、心配そうな表情に変わる。
「えーっと……どうかしたんですか?」
僕と、アイリスを交互に見ながら問う。そして僕が答えるより先にアイリスが答えた。
「どうやらフられたそうです。それも一気に9人から」
「え?!」と驚く彼女に、僕はすかさず訂正を入れる。
「アイリス、人聞きの悪いことを言うなよ。僕は9股もするような奴じゃない。……実は、就活がうまくいかなくてね……9つも不採用になっちゃって、しかも同時に」
「そんなことが……」
瑞波さんは言葉に困っているようだ。それもそうだろう、彼女にとって僕はまだ知り合ってばかりの人間なんだから。
「そう言えば」
僕は身体を起こしながら言った。
「瑞波さんって、どうやら大学一緒みたいだね。友達から聞いたよ。生物学科なんだって?」
「そうです!私は3年生ですけど、凪さんは、就活ってことは4年生ですよね?」
ショウ君が瑞波さんのところへ駆け寄る。瑞波さんは少し大きめのトートバッグを肩に掛けたまましゃがんで、ショウ君の身体を両手でワシャワシャと撫でる。
「うん。その友達ってのは生物学科4年生の前島って言うんだけど、瑞波さんのことを、勉強熱心な人だーって言ってたよ」
可愛くて、というのは省いた。どこか恥ずかしかった。
「前島……さん……。もしかしたら、教職のための授業で同じかもしれません!発表しているのを見たことがある気がします!」
「多分その前島だよ。前島徹。っていうか、瑞波さんも学校の先生志望なの?」
別に珍しいことではない。教育学部でなくても、理系の、特に生物や化学という学部学科から教員になる人は、むしろメジャーな選択肢とも言える。
「あ、いえ。私は一応念のためというか、とりあえず資格として取得することを目標にしているだけで、卒業してすぐ先生になろうとはしてないんです。研究も続けてみたいし……」
「そうなんだ。いいね、選択肢が広くて」
「ふふ。ナギも、可能性は無限大です。真っ白ですからね」
その言葉に、もはや笑うしかないという感じの僕。笑ったら悪いと思いながらも、抑えきれないという様子の瑞波さん。
お構いなしに、楽しそうなショウ君。
僕は、とりあえず今は、こうして何気ない会話をしていたいと思っていた。
負けるな凪……がんばれ凪……!