1.既視感
遠いようでほんの少し先の未来を舞台とするお話です。
既視感。
体験したことがないはずなのに、どこかで見聞きしたことがあるような違和感を覚えたり、よく知っている出来事だと錯覚してしまう現象である。フランス語では「デジャヴュ」というらしい。
「あれ?この前も同じやり取りしなかったっけ?」とか「初めて来る町なのに、この道知っている気がする……」とか、そういうやつ。
言葉が広がり、ニュアンスが派生した結果、ありきたりで新鮮味がないときに「なんか、デジャヴュだ」という風に使うこともあるそう。
とにかく、その既視感を僕は感じていた。
≪時間は少し戻る≫
午後1時過ぎ。少し長めの階段を上り、地下鉄の駅から地上に出てすぐ、太陽がほんの近くにいるんじゃないかと思うほどの強い日差しに、反射的に目を細める。
まだ6月だというのに、今日の気温は30度を超える。ここ数年の札幌は暑い日が多い。
(本当に北海道なんだろうか……)(気候区分だと冷帯のはずなのに……)なんて心の中で誰あてでもない文句を唱えながら、コンビニで冷たい水を買い、無人のレジで決済を済ませて外に出た。
照りつける日差しを、容赦なくこちらに反射させる歩道を歩き、僕、朝霧凪は、コンビニを出てすぐの動物病院の前で、暑さのことや大学の単位のことを考えながら、信号待ちをしていた。
そこに。
歩道沿いにタクシーが止まる。自動でドアが開く。「ありがとう」と車内前方に言いながら、肩を超えるであろう位の長さの後ろ髪をお団子の形に束ねた、黄色いTシャツに青いスカート姿の女性が降りてくる。
(お礼……いまどき、律儀……なのか?それにこの荷物……)
女性のカバンから視線を動かせずにいると、彼女は僕の視線に気が付いたようだ。
「あ、暑いですね」
「そうですね」
気まずさからつい声をかけてしまった。彼女が戸惑う様子もなく返事をしてくれて幸いだった。それでもなお、気まずさが残る。もう歩行者用の信号は青になっていた。
「お礼、言ってましたけど……」
「ああ、私、なるべく声をかけるようにしてるんです。たとえ相手がAIやアンドロイド、ロボットであっても」
そう。2032年となった今、タクシーにはドライバーがいないことが当たり前になっている。運転席……というべき場所には誰も座っておらず、目的地の設定を行えば、AIがルートを自動で検索し運行してくれる。
「AIの普及、発展のおかげか、ここ何年かでも急激に便利な時代になりましたけど、目に見える誰かがいなくても、ましてや相手が機械の身体であっても、私は嬉しい気持ちになったんだからそのお礼を言いたいんです。それに……」
彼女もお互いの気まずさを察知してか、その両手に旧型の電子レンジほどの大きさのカバンを抱えたまま話を続けてくれた。
「いつかもし、機械たちが人類に反乱を起こしたときに、私だけは見逃してもらえないかって思って」
そういって、少し照れたように、わざとらしく笑う。思わず僕も「なるほど」といいながら笑ってしまった。さっきまで対岸にいた歩行者はもう既にこちらに渡り終えている。
「その猫用カバン、この動物病院に用ですか?」
「あっ、はい。実は飼っているペットの様子がおかしくて……」
この暑さだ。これ以上の立ち話はつらい、と思いながらも、可憐な容姿に惹きつけられてなのか、つい会話を続けてしまった。信号は点滅を始めたようだ。そして。
(ペット……あれ?)
「すみません、もしかして、犬ですか?」
聞いてしまった。聞かなくていいことを。聞いた瞬間にまずいと思ったものの、この、前にも同じような状況があったと思ってしまったから。前にも、犬を飼っている女性とこうして話をした気がしてしまったから。
「……そう、ですけど……」
一瞬にして空気が変わり、彼女の様子に緊張感が見て取れる。なぜ知っているの?という風だ。確かにカバンは外からは中が見えない造りになっていた。誤魔化さなくてはならない。
「いや、すみません、なんかそんな気がしただけですから。深い意味はありません」
「……失礼します」
彼女はそそくさと、カバンを庇いながら動物病院の入口へと向かった。
「いったい、どうしたんだ最近……」
最近、ふとした瞬間に謎の既視感を覚えることがよくある。電車で前に立つサラリーマン。たまたま通りがかった知らないはずの公園。すれ違ったトンボ。収集所のゴミを貪るカラス。
そして、今日はカバンに犬を入れた女性。
思い当たる節は、ある、一応は。この既視感が頻繁に訪れるようになったのは、3月からだ。大学生になって3回目の春休みの、あの出来事がきっかけなのかもしれない。
信号は、赤に変わっていた。
初投稿です。なるべく週に一回の目安で書いてみます。
時間がかかるかもしれませんが、頑張ってみます。よければ次もお楽しみに!