模擬戦2
「だ……だめだめだめだめ! セラフィーネ様、待ってください!」
リーネットが驚きの声を漏らした。
バージルの隣に駆け寄り、彼の前に腕を広げるようにして立ちはだかる。
「わ、私は都市案内人です! バージルさんを保護する義務が――」
ただの街案内の役人に過ぎない彼女が、神聖騎士団の最上位たる人物に物申すことなど、通常であればあり得ない。
貴重な男性を保護する必要があるのも、それが彼女の仕事なのも、セラフィーネは理解していた。
しかし、セラフィーネは彼女を一瞥もせず、ただバージルだけを見ていた。
まるで、周囲の喧噪など雑音にすぎないとでも言うように。
「この者の言葉と力が真実であるか、あるいは。リュミナリオス王国神聖騎士団の名において、私がそれを見極める」
「……わかりました」
バージルは、ゆっくりとリーネットの肩に手を置き、静かに後ろへ下がらせた。
「バージルさん……」
「大丈夫です。これで認めてもらえれば、なんていうか、いい感じになるかもしれない」
あまりにも軽い口ぶりに、リーネットは目を丸くする。
「い、いい感じって……何がですか? 相手はあのセラフィーネ様ですよ!? 鬼神と呼ばれる方ですよ!?」
「鬼神……かっこいいな」
バージルが小さく漏らしたのを聞いて、呆れたリーネットはそれ以上の足掻きをやめ、行く末を見守ることにした。
数メートルを隔ててセラフィーネの正面に立つバージル。
鬼神は笑みを浮かべる。
「お前はなんの武器を使う?」
「武器……ですか?」
「あぁ。盗賊の時は、切迫した状況で武器が使えなかったのだろう? 私の部下のもので良ければ、好きなものを使え」
「じゃあ……あなたと同じような――それを」
バージルの言葉に、セラフィーネはわずかに眉を上げ、リーネットが驚きの声を上げかけた。
彼が指さしたのは、大剣だった。
「こ、この大剣を!? 重さだけで言えば、成人女性の二人分は――」
「まぁまぁ、カッコいいじゃないですか」
騎士の一人が戸惑いながら、控えていた訓練用の大剣を差し出す。
それは明らかに、バージルの体格には釣り合わないサイズだった。
「一応伝えておきますが、この大剣は訓練用です。団長が本来の獲物を軽々と振るえるよう、意図的に大きくしているもので――」
「よっと」
次の瞬間、バージルはまるで木の棒を拾うかのように、大剣を片手で担いでいた。
「――うん、悪くないです。ちょっとバランス取るのが難しいけど、慣れればどうにかなりそうだ」
「こ、これが……男なのか……?」
小さく呟いたのは、近くにいた中級騎士の一人。
それも無理はない。あの大剣は、セラフィーネですら片手で持ち上げることができない代物なのだ。
セラフィーネの目が鋭く光る。瞬時に理解した。バージルの腕と肩のライン、腰の重心、呼吸――そのすべてが、「扱える者」の動きだった。
「ならば、文句はないな」
彼女は自らの大剣を両手で構え、周囲が一歩ずつ距離を取るのを確認すると、再びバージルを見据えた。
「ルールは……そうだな。私はお前の身体には当てない。騎士団の責務に背く気はない。だが、お前は私を殺すつもりで来い。でなければ、つまらないからな」
周囲の空気がさらに張り詰める。
リーネットが小さく息を呑む音が、静まり返った空気に混じった。
だが――バージルは一切動じなかった。
彼は、静かに剣の柄を握り直し、呼吸を一つ、深く吐く。
そして、柔らかく笑った。
「……では、お手合わせ、お願いします」
その一言に、セラフィーネの目が鋭く細められる。
彼女の視線は、バージルを射抜こうとするように、鋭い。
「私を失望させるなよ」
その言葉を最後に、セラフィーネの姿が消えた。