盗賊
ギルドの扉が開いた瞬間、熱気のような空気が流れ込んできた。
煙と血と――悲鳴。
「っ……!」
リーネットは咄嗟にバージルの腕を掴もうとした。
だが、その手は空を切る。
男の足は、迷いなく外へと飛び出していた。
まるで、この世界を最初から知っていたかのように。
「待って、あなたは男性なんですよ!? 筋肉があるからって、勝てるわけが――」
バージルは振り返らない。
その背に宿った空気が、彼女の言葉を断ち切った。
煙の立ちこめる石畳の路地を抜け、爆発音が響いた方向へバージルは急ぐ。
通りには倒れた衛兵の姿。噴水の前に数人の盗賊――傭兵風の女たちが立っている。
全員が武器を手にし、焦った様子で振り回していた。
「おい、どこかに隠れる場所を用意しろ! そうしなきゃ、お前らを一人残らず――」
言葉が止まる。視線の先にはバージルの姿があった。
何も持たず、ただ真っ直ぐ立っている男。
女に――それも盗賊だというのに、恐れることもない。
その異様な光景に、女たちは笑いながらも眉をひそめた。
「おい、あんた男か?」
「そう見えないか?」
「生意気だな……面白ぇ。まさか、こんなパッとしない街にこんな上玉がいるなんてな」
上玉。元いた世界では、間違っても男には使われなかった言葉を耳に、バージルは怪訝な顔をする。
しかし、盗賊たちはお構いなしに威勢を強めていった。
「騎士団さえどうにかできれば、こいつを攫って大儲けできるなぁ!」
「違いねぇ。売らなくても、私らはこいつで一生楽しめる」
「危ない橋だが……渡らない手はないな。おい、男! 大人しく着いてくるっていうなら、手荒な真似はしない。……どうする?」
バージルは何も言わない。取り巻くようにそれを見ている町人達も。
それが、盗賊の逆鱗に触れた。
「あぁいいさ、だったら皆殺しにしてお前を連れ去ってやる! 泣いても叫んでも、一晩中お前を味わって――」
「――関係のない人々に手を出すのか?」
「……あぁ?」
本来なら、この場にいるすべての人間の中で最も力関係の弱い「男」。
その男が、自分の身の安全ではなく他人を心配している。
盗賊はバージルの反応を「精一杯の強がり」と判断した。
もう少しビビらせれば、脆い心はすぐに陥落する、と。
「殺すだけじゃねぇ。苦痛を与えて、全てを奪ってやるさ」
「――なら仕方ない。男とか女とか言ってる場合じゃないな」
「は、はははッ! 恐怖で頭がイカれちまったのか!? 見てくれを誤魔化したって、お前が私たちに勝てるわけが――」
バージルの右足が、静かに地を蹴った。
盗賊の視界から男が、幻のように消えてしまう。
ぐらり。一人が力無く倒れる。
少し遅れて、盗賊達は仲間が顎を撃ち抜かれたことに気がついた。
「……は?」
周囲の衛兵たち、逃げ遅れた町民、追いかけてきたリーネット。
誰もが、時が止まったように立ち尽くす。
バージルは表情一つ変えず、次の敵に向かって歩み出る。
驚愕と動揺に包まれた盗賊たちが、今度は複数で一斉に襲いかかった。
彼女達の脳内から、相手が男だという認識は消えていた。
殺意のこもった斬撃がバージルに迫る。
だが、彼はそれを避けずに踏み込む。
剣が肩に届く寸前、バージルの膝が先に入り、一人が苦悶の表情を浮かべて倒れ伏す。
彼の動きによって対象を見失ったもう一つの刃は、バージルの続け様の手刀によって地面に落ちた。
「なっ……てめぇ!」
決着は一瞬だった。バージルの右拳が腹に突き刺さり、盗賊は数メートル吹っ飛ぶ。
呻き声だけが響く中、バージルは静かに息をついた。