獣
イスタロテの言葉は、エルネスタへと刺さる前に強固な盾に阻まれる。セラフィーネという盾に。
「挑戦してみるといい。鬼神と呼ばれた私を倒せるのならな」
「俺もいます。エルネスタさんは連れて行かせない」
俺の出番はここだろう。
エルネスタやセラフィーネの陰から出て告げるが、異教の指導者は余裕な表情のまま。
「はっ、もう一人用心棒がいたわけか。なるほど、確かに騎士団長様よりも力のありそうな男で――おとこ?」
「えっ?」
イスタロテは表情どころか、全身が石になってしまったかのようだ。
ややあってから、上へ下へと視線を反復させてくる。
「……服の上からでも分かる鍛え上げられた肉体、くたびれているようで妙に色っぽい瞳、そして何よりその声……もしや、あんたが規格外の男か?」
自分で「そうです」というのは憚られる。
「てっきり女王に飼われていると思ったが……愚かだな。これをなんと言えば良いのか……灯台下暗しではない、一石二鳥か?」
「わかんないです」
「いや……もはや彼がいれば我々の目的は遂げたも同然」
計画とか、割と柔軟に考えるタイプのようだ。
彼女の目は驚きから捕食者のそれへと変わっていた。
しかし、その視線を遮るようにリーネットが俺の前に立つ。
「そ、そんな目を向けても無駄ですっ! バージルさんはセラフィーネさんの、そして、わ、私の大切な人なんですから!」
保護官として俺を守ってくれている。
たとえ戦うことができなくとも立ち向かってくれている。
彼女の勝利宣言が気に障ったのか、イスタロテだけでなく、両脇にいる信者たちもが一歩踏み出す。
「……ひっ。ば、バージルさん……!」
「大丈夫ですよ。リーネットさんもセラフィーネさんもエルネスタさんも、全員俺が守りますから」
リーネットを俺の背後に隠し、俺は袖をまくった。
「ふむ……実際に戦ってみせてくれるのか。お前たち! 彼に傷を付けないように、特に股間に!」
「「「承知しました!」」」
信者たちの視線が一斉に俺の下半身に向けられ、さすがに縮こまってしまいそうになる。
しかし、これくらいじゃ俺の力は衰えない。
「セラフィーネさん、ここは俺に任せてください」
「一人で大丈夫か?」
「ここ数日、身体が鈍っているような気分だったんです。運動不足改善ですよ」
腰元の鞘に手を伸ばしていたセラフィーネは、「わかった」と頷くと後ろに下がる。
これなら戦っている隙にエルネスタを拐われる心配もなさそうだ。
「……よし、どこからでも来てください」
そう言うな否や三人の信者が飛び出してくる。
風の抵抗を受けなさそうな格好をしているからか、全員なかなかのスピード。
――目で追える範囲ではあるが。
動きを悟らせないようにか、一人目は俺の手前でいきなり身を低くして、足払いを仕掛けてくる。
その足を片手で掴むと前方――こちらへ走ってくる信者たちに向けて放り投げる。
「――ッ!」
手前は上手くかわすことができたが、後方の信者はモロに衝撃を受けることになり、二人して飛んでいった。
距離を詰めてきた信者の両手に白いグローブのようなものが現れる。
順当に考えるなら魔術、それも聖属性とかそういうのだろう。
打撃の威力を上げる狙いがあるように思える。
テンポよく繰り出される拳の連打を全て手の甲で捌き、軽くショルダータックルをかますと信者は数メートル吹き飛ぶ。
「なっ……なんて強さだ。お前たち、私に合わせろッ!」
こちらの強さを低く見積もっていたイスタロテは焦ったように声を上げ、三人の信者と共に突っ込んでくる。
合計四人。取り巻きの動きは先ほどの信者たちと大差なかったが、やはり指導者ともなれば格が違う。
イスタロテの速度はあの盗賊――ルメリアにも匹敵していた。
彼女は俺のジャブを悠々と躱し、俺の下半身に優しく触れながら股の間を抜ける。
「――デカいッ!」
かなりの美人が、目を見開いてそんなことを言っている。台無しだ。
「ふふっ……お前たちも触ってみるがいい」
その言葉に続いて信者たちが俺に向かってくるが、俺のブツは健康や安産祈願のそれではない。
一人一人の動きが読みやすく、全員の脳天にチョップを見舞って撃破する。
「い、痛い……っ」
「男とは思えない力だ……」
「新しい何かに目覚めそうだ」
この人たち、マジでなんなんだ。
「あの……帰っていただけませんか?」
エルネスタも暇ではない。
おっとりとした彼女には珍しく面倒そうな表情になっているが、イスタロテは引き下がりそうにない。
「それは無理な相談だよ。私はそこの男……ええと、名前は?」
「バージルです」
「いい名だ。バージルを連れて帰らねばならないからな」
彼女は身体が熱を失わないようにトントン飛び跳ねているが、その姿はとても落ち着いている。
揺れるところがないとも言える。
「そう心配するなバージル。私たちは漏れなく経験がないか、想像でなら百戦錬磨。私の動きで骨抜きにしてやるさ」
「それなら……まずは俺を倒さなきゃいけませんね」
「おおっ……自信のある男はこうも魅力的なのか。ますます崇めたくなってきた」
挑発を好意的に受け取られるとは思わなかった。
とはいえ、戦いは続行されるようだ。
彼女は四肢を地面についた、獣のような体勢になる。
「これは――見切れるかッ!」
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