祈祷の間
「――この先が祈祷の間となります。既にエルネスタ様は祈祷中ですので、お静かにお願いいたします」
信者の女性の言葉の通り、エスネスタは両膝をついて祈っていた。
祈祷の間は磨かれた石造りのだだっ広い部屋で、壁際に大きな像――おそらくメルンという神だろう――があるくらいで、他には何もない。
かと言って部屋の隅に埃が溜まっているような雰囲気でもなく、それが故に異質な印象を受ける。
「……バージルさん」
少し後ろを歩いていたリーネットが、そっと声をかけてくる。
「どうしたんですか?」
「……なんか、昨夜の空気、おかしくなかったですか?」
眉をひそめているが、それは確信というよりは確認というふうだった。
「俺もそんな気がしました。空気が甘いというか」
「やっぱりそうですよね? 私は魔力がほとんどないので勘違いかと思ったのですが、なにかしらの香でも焚かれているのか……」
「香の可能性は高いだろうな」
セラフィーネも会話に加わってきた。
「私も魔力が強い方ではないが、それでも魔力が含まれているか判別くらいはできる。あれはそういった類ではない」
「じゃあ……私たちが慣れていないだけで、ここでは普通なんですかね?」
「かもしれないが……妙に気持ちが落ち着かなかった」
俺もです、と肯定する。
「身体に害はなさそうだが、用心するに越したことはない。お前ほどの男なら心配の必要もないだろうがな」
「そうですね。バージルさんは規格外ですから」
二人に太鼓判を押されているが、俺自身はそうとは感じなかった。
――昨夜は本当に危なかった。
聖女に選ばれるためには容姿も優れていないといけないのかと考えてしまうくらいには、彼女は美しかった。
加えてあの……胸の大きさだ。
肩にどのくらいの負担がかかるのか分からないほどの爆弾。
鷲掴みにしようものなら手の方が飲み込まれてしまう、底なし沼のような罠。
次、同じようなことが起これば――俺は理性を捨て去ってしまうかもしれない。
「……今はエルネスタさんを観察しましょうか」
話を逸らしたくて俺は言った。
彼女はメルンの像の前に跪き、両手を重ねて祈り続けている。
俺たちの会話どころか、この世界の全てが置き去りにされた時間に過ごしているのだろうか。
まったく微動だにすることもなく、呼吸の音さえ聞こえてこないようだった。
それから二十分ほどが経っただろうか。
エルネスタはようやく動きを見せた。
ゆっくりとした所作で背筋を伸ばし、こちらへ振り返る。
「……あら、皆様方。いらしていたんですね」
「声をかけた方が良かっただろうか。騎士が戦いの前にする精神統一のような雰囲気を感じたので、迷惑かと思ったんだが……」
「いえ、いえ、お気になさらず。声をかけていただいても、反応することができなかったかもしれません。お心遣いに感謝します」
エルネスタは手をヒラヒラと振り、セラフィーネの気遣いを受け入れる。
「反応できないって……大丈夫なんですか?」
リーネットが聞く。
確かに彼女は「反応しない」ではなく「反応できない」と言っていた。
そこに自分の意思は介入しないということだ。
「聖女としての能力なのか、メルン様に祈りを捧げている間、私は違う場所にいるのです」
「違う場所……?」
「はい。なんと申せばいいか……気づくと私しかいないもう一つの世界に立っていて、そこで私の姿をしたメルン様と対話するのです」
「だが、エルネスタ殿は未来を予言するんだったな? 自問自答から推測を導き出すと?」
エルネスタは首を横に振る。
「そうではありません。あれは私ではないのです。私の知らない、けれども温かい存在。その方が――きっとメルン様が教えてくださるのです」
自分の知っていることのみを教えてくれるのは自分だが、知らないことを教えてくれるのは自分ではない。
だから自問自答ではなく神との交信だと、彼女はそう言っているのか。
「しかし、近頃は神に弄ばれていると聞く」
「……そのような言い方は、やめていただけると」
切り込んで見せたセラフィーネだったが、エルネスタは少しの怒りを滲ませながら受け流す。
「……以前とはお告げの重みが変わっているのは事実です。私が処理できる範疇を超え始めているのも」
「マリエル様はそれを恐れている。何か、良からぬことの前兆ではないかと」
エルネスタとて理解はしていたのだろう。
節目がちに返事をする。
「……それがどんな結末をもたらすのか、私には分かりません。ただ、言えることがあるとすれば私は――」
彼女がその後に何を言おうとしたのか、俺たちは聞くことができなかった。
なぜなら、突如として祈祷の間の扉が開け放たれ、焦った様子の信者が入ってきたからだ。
「――イスタロテ派の信者がやってきました!」
月一くらいでは更新しようと思っているのですが、毎回展開を忘れるのでアレなところがあったら優しく教えてください^ ^
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