客室
これが聖女なのか……? 本当に?
言葉にできない衝撃が、視線を固定させる。
神様が人間界に降り立つ時に、間違えてエロ漫画を参考にしたんじゃないかというミスマッチさ。
マリエルが言っていた「暴力的」はこれか。
セラフィーネといいマリエルといい、この世界では「エロい」を「暴力的」と表現するのか?
「……お前が考えていることは分かるし、私はそのくらいで目くじらを立てるような妻ではない。ただ、エルネスタにはバレないようにしろ」
横から差し込まれたセラフィーネの言葉に、どうにか意識を強く保つ。
ちなみに、ふとリーネットの顔を見ると、言いようのない敗北感と驚愕が前面に出ていた。
「――ようこそ、バージル様、セラフィーネ様、リーネット様。お会いすることができて光栄にございます」
その声は、囁くように柔らかく、それでいて背筋を撫でるように艶やかだった。
言葉遣いこそ丁寧だが、言葉の節々に熱を感じる。
目の奥はぼんやりしているのに、声だけが妙に生々しい。
「わたくしは神託を預かる身――エルネスタ・フォルメシアと申します」
名前を名乗った瞬間、堂内に飾られていた像の瞳が、反応したように鈍く光った。
「……なんという神気だ」
隣のセラフィーネが、無意識のように口にする。
それを意に介していないのか、聞いていないのか、エルネスタは反応を示さない。
「皆さま長旅でお疲れでしょう。礼拝堂内には、ささやかですが客室がございます。どうか、身をお休めくださいませ」
そう言う彼女の声は、やはり柔らかすぎて現実味がなかった。
夢の中で聞く言葉のようだった。
奥から再び白装束の侍女たちが現れる。
動きに無駄はなく、全員がエルネスタの指先一つで命令を理解しているかのようだった。
「セラフィーネ様とリーネット様には東の客室を。バージル様には――」
そこまで言ったところで、彼女の言葉が一瞬止まった。
しかし、すぐに静かに微笑み直す。
「――西の、個室を」
「……あの。やっぱり男の俺がいるのは、迷惑ですか?」
俺が尋ねると、エルネスタは小さく首を傾げた。
「いえ、いえ。お気になさらないでくださいませ。私は神に身を捧げていますので、男性に対して何か邪な感情を持つことはあり得ません。ただ、男性をお迎えするのは初めてでして」
セラフィーネがすっと前に出て、警護のようにエルネスタの前に立った。
「問題があれば、私が責任を持って対処します。バージルは礼を重んじる者です。無用な混乱は起こしません」
その言葉に、エルネスタは小さく頷いた。
だが、目はまだこちらを見ていた。
「……わかりました。では、どうかお気を楽に。お部屋には沐浴の用意もございます。お好みに合わせて香も調合できますので……」
リーネットが小声で俺に囁く。
「バージルさん、警戒されてるんですかね」
「まぁ、そうですよね」
聖女という超越した自制心を持つ者なら心配はないが、他の信者はどうか。
または、俺が何かしでかす可能性があると思われているのだろう。
考えながら視線を戻すと、エルネスタがまだこちらを見ていた。静かに、微笑みながら。
俺たちは案内されるまま、礼拝堂の奥の回廊へと進んだ。
通路の壁には薄く光る装飾が施されていて、夜でも自然と視界が保たれるようになっている。
途中で分岐点に差し掛かり、セラフィーネとリーネットは東の客室へ、そして俺は侍女のひとりに案内されて西の一室へと向かうことになった。
扉の前で案内役の侍女が静かに頭を下げる。
「こちらが、バージル様のご滞在部屋でございます」
礼拝堂の一部とは思えないほど整った、上質な木造の扉。
控えめな金装飾があしらわれている。
ドアノブをひねると、抵抗感なく滑らかに開いた。
中は、思っていたよりも、ずっと落ち着いた空間だった。
白を基調にした静かな設えで、簡素ながらも丁寧な家具が並んでいる。
窓からは礼拝堂の中庭が見渡せ、空がすでに夕暮れに染まり始めていた。
ベッドも十分に広く、片隅には洗面台と衣類棚。
そして、部屋の奥には丸く深い湯船が据えられていた。
「……本当に客室って感じだな」
神殿に泊まるとなると、もっと堅苦しいものを想像していたが、これは居心地が良い。
扉を閉めて、ベッドに腰を下ろすと、身体を包み込む柔らかさ。微かに桃のような香り。
「今日は……もう何にもないんだよな」
滞在は数日から一週間ほどの見込みで、今日残っている予定は晩飯だけだ。
立ち上がって、奥の沐浴室を見やる。
蒸気がほんのりと立ち昇り、香草の甘い香りが空間を満たしていた。
とりあえず、汗と疲れを落としておくか。
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