聖女エルネスタ
王宮から礼拝堂までは、馬車で半刻ほどの距離だという。
その少しの時間で、俺は聖女エルネスタについての疑問を口にしていた。
「一体……どんな人なんだろう」
かつての世界での知識を当てはめるなら――めちゃくちゃおっとりしていて、悩める信者の全てを包み込むような母性を感じさせる人、だろう。
しかし、俺が引っ掛かっているのは、王の間を出発する時にマリエルが言っていた言葉。
『気を引き締めていけ……彼女は妾を遥かに超える、暴力的な力を宿している』
神気というやつだろうか。
あまり戦いそうなイメージの湧かない聖女という職業だが、もしかすると、とんでもなく強いのかも。
「私たち全員、聖女様の信仰するメルン教の信者じゃないですしね……受け入れられる気がしません」
「それに関しては心配ないだろう」
セラフィーネが腕を組みながら言う。
「聖女と言われるほどの人物だ、受け入れてくれるだろう。そもそも、私たちは陛下の使い。腹の底でどう思っていようと、それが表に現れることはない」
確かに、と納得する。
街の中心部を抜け、王都の聖域と呼ばれる区域へ入ったのか、急に空気が変わった気がした。
外を確認すると、思わず目を奪われる。
建物はすべて白石と金属装飾で統一され、通りには香のような香りが漂っている。
見上げれば、尖塔がいくつも空を貫くように立ち並び、その最も奥に目的地があった。
「……あれが、礼拝堂……」
俺は思わず息を呑んだ。
巨大なドームを戴いた建物。外壁はまるで磨き抜かれた大理石のように滑らかで、神聖な文様が幾重にも彫り込まれている。
天頂には金色の円環が浮かび、その中心には――おそらく――神に関係のある紋章が。
美しい。それと同時に、どこか不気味でもあった。
「……空気が重いですね」
隣のリーネットが、そっと囁く。
彼女の表情には明らかな緊張が滲んでいた。
「何か……冷たい目に見られてる気がします」
「まるで神に品定めされているようだろう? この圧がなんなのか、私にはわからない」
セラフィーネが低く言った。
表情は変わらないが、彼女も微かに警戒しているのが伝わってくる。
馬車が礼拝堂の前で止まり、白装束の侍女たちが無言で扉を開けてくれた。
彼女たちも全員女性で、目を合わせることはなく、動きは機械的だ。
馬車を降りて視界がひらけた瞬間、俺たちの前に現れたのは――神殿というより、まるで山だった。
天を仰ぐほどの階段。まっすぐに天へ向かって伸びるそれは、軽く百段を超える。
段差は決して緩やかではない。ひとつひとつが深く、踏みしめるたびに膝が持ち上がるような感覚。
「ここ……登るの?」
つい、口に出してしまった言葉に、リーネットがそっと苦笑する。
「行って戻ってくるだけで一苦労ですね」
「本当にね……セラフィーネさんは朝飯前ですか?」
「……朝飯? 今朝の分だけじゃ足りなかったか?」
と、とぼけた顔で俺を見たセラフィーネだったが、すぐに口の端を釣り上げる。
「冗談だよ。段の高さ、重圧を感じさせる神気、流石の私もキツい」
「でも……登るしかないんですよね」
マリエルのこともあるし、頑張って登ろう。
俺は深く息を吸い込み、最初の一段へ足をかけた。
最後の一段を踏みしめた瞬間、足元の石が乾いた音を立てた。
視界がぐっと開ける。息が乱れているのは、単なる登坂の疲労ではない。
やはり、通常の空気とは身体にかかる重さが違う。
リーネットは息を抑えながらも、きちんとスカートの裾を整えている。
セラフィーネはキツいと言っていたものの、表情一つ変えず、静かに警戒の目を周囲に走らせていた。
俺たちの正面には、礼拝堂の大扉がそびえていた。
神が持つ盾と言わんばかりの、厚く重々しい扉。
左右の壁面には、意味ありげな天使や聖獣の彫像が並び、その視線が登ってきた者を無言で出迎える。
「この中に……」
俺が呟いたとき、重厚な扉が、音もなく内側へと開き始めた。
中から漏れ出したのは、薄く甘い香と、多くの人間が織りなす祈りの声。
静寂と荘厳が入り混じり、導かれるまま、俺たちは礼拝堂の内部へと足を踏み入れた。
広大な空間。天井のステンドグラスから差し込む七色の光が、床に神聖な模様を描いている。
そして――その中心。
祈りの場にふさわしい厳粛な空気を、あっさりと裏切るような存在がそこにいた。
「ようこそ、おいでくださいました」
……俺は、思わず言葉を失った。
歓迎の言葉にではない。スッと身体の中に入り込むような透き通る声にでもない。エルネスタの容貌にだ。
立っていたのは――ピンクの髪の女性だった。
柔らかな桃色の髪が、肩より少し下までさらりと流れている。
その髪色は、神々しさというよりも甘美と呼ぶにふさわしい色合いで、光に照らされるたびに艶やかな輝きを放っていた。
顔も整っている。儚げな瞳。白磁のような肌。
けれど、その目はどこか焦点が合っていないように感じる。
意識がどこか、こちらの世界にないようだ。
だが、それよりも否応なく視線を奪われたのは――その身体だった。
礼服と称するには布面積が少なすぎる。
布地は薄く、身体にぴったりと張り付き、その下のラインをほとんど隠していない。
腰のくびれ。豊かという言葉を超越した胸。細すぎる脚。
俺は悟った。これから、脳からダイレクトに言葉が出てしまうと。
「…………これで聖女は、無理があるだろ……」
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