謁見2
「バージルは、この世で最も素晴らしい男です。……彼と世継ぎを作ってみてはいかがでしょうか」
「…………はい?」
女王の前だというのに、思わず情けない声を漏らしてしまった。
そして何よりも、マリエル女王陛下の動きが、ほんの一瞬だけ止まった。
玉座に座る小柄な女王が、ゆっくりとセラフィーネの方へ顔を向ける。
その視線は冷たいわけでも、怒っているわけでもなかった。
だが、明らかに理解が追いついていない。
「……いま、なんと?」
マリエルの声は静かだった。
「以前、陛下は『この世には軟弱な男しかいない。だから妾は子を成す気はない』と仰っていました」
「それは……そうだな」
陛下は、どこか困ったように認めた。
セラフィーネはまったくブレていない。
玉座の前で、跪いたまま、まっすぐな声で続けた。
「しかし、私は見つけてしまいました。敗北を理解させられてしまいました。なれば……きっと、陛下も子を持つ気になるかもと」
「い、いや……セラフィーネよ」
「はっ」
少しだけマリエルの冷静さに綻びが見える。
背筋を伸ばしたまま、セラフィーネは毅然としていた。
その姿は恋する少女ではなく、戦場で命を懸ける騎士そのものだった。
「お前は……バージルを、愛しているのだよな?」
「はい。陛下とバージル、どちらかを選ばねばならぬとしたら――」
言葉の節々が、まるで刃のように、場の空気を切り裂いていく。
「私は、自害を選ぶでしょう」
お、重い……。
「陛下に育てていただき、目をかけていただいた私が……そのご厚意に背くのです。恩知らずと罵られて然るべきです。それでも……私は愛してしまったのです。心で、本能で、魂で」
セラフィーネの拳が、ぎゅっと握られた音が聞こえた気がした。
「この発言、無礼。命で償えと言われれば――」
そこまで言ったところで、マリエルが、ようやく口を開いた。
「ああいや、ちょっと待て。お前に対してそのようなことを思う妾ではないのだが……」
マリエルの声が、かすかに揺れる。
「……その、自分の愛する男が他の女と寝るのは……嫌ではないのか?」
すごい。この世界に来てから初めてマトモな意見を聞いたぞ。
「戦場でのバージルは凄まじい強さですが、夜はもっと……獣なのです。私やリーネットだけでは、彼を満足させることはできません」
「それほどとは……」
それほどとは、じゃないです。
彼女の買い被りで、俺は普通の男です。
「または、その……陛下と共にバージルに向き合う事で、その……私たちの絆も深まるかと」
「……なるほど」
あぁ、やっぱりこの人もマトモじゃなかった。
「一理あるな」
さっきまであんな冷静だったのに、一理認めちゃったよ。
そして、マリエルは玉座からすっと立ち上がった。
想像以上に小さな身体。そのまま階段を一段、また一段とゆっくり降りてくる。
誰も音を立てない。ただ彼女の小さな足音だけが響いていた。
そして――ほんの数歩前まで歩み寄ったその少女は、俺の前でぴたりと止まり、顔を上げて言った。
「二つ、問題がある。今は立場など忘れて申してみよ!」
彼女の視線に、ほんの少しだけ赤味が差している。
これからどんな言葉を言われようと、ここが正念場だろう。
男は、いつ何時も――だ。
「妾のことを――女として、どう思う! 正直に答えよ、バージル!」
「――えっちだと思いますッ!」
アホみたいな言葉が空気を震わせ、室内に響く。
マリエルは表情を崩さないが、露出の多いドレスから溢れ落ちそうな胸が、大きく揺れた。
「……これほど力強い言葉を信じないのは、失礼にあたる」
セラフィーネがわずかに息を呑んだ。
「では――」
「――しかし!」
セラフィーネの言葉を、マリエルの声が鋭く断ち切る。
それは、女王としての決断の声だった。
「妾はもう一つ、考えねばならぬ。お前が認めた男だ、疑っているわけでもない。しかし、だ――」
彼女は細く小さい指を、ビシッと俺に向けて指した。
「本当にお前が信頼に足るものなのか、妾に示してみせよ、バージル!」
マリエルの瞳からは、さっきまでの動揺がすっと消え、国家を背負う女王の色が戻っていた。
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