謁見
城門の手前で馬車が止まった。
高くそびえる壁、その中央に開かれた巨大な門。めちゃくちゃかっこいい。
門の前に控えていたのは、またしても鎧をまとった女性騎士たち。
動きの一つ一つから統率が感じられ――よく見るとセラフィーネの部下だ。
ロザリアで盗賊を倒した時に見かけた顔がある。
彼女たち全員が背筋を伸ばし、揃った動きで馬車の前に整列する。
真ん中に立つ一人が、前に出て名乗った。
「神聖騎士団クラリス・フォルティナ。女王陛下の命により、セラフィーネ殿および同行者の入城を認可する」
「ご苦労。引き続き頼む」
セラフィーネが短く返すと、クラリスは深く一礼し、手をかざして門を開く合図を送った。
大扉がゆっくりと音を立てて開かれていく。城内から、外の熱気とは違うひんやりとした空気が運ばれてくる。
クラリス先導の元、馬車はそのまま城の内側へと進み、やがて広い中庭に出た。
整備された芝生と花壇の間をぬけ、馬車が停まる。
「ここからは歩きだ」
「馬車で乗り付けるわけにはいきませんからね」
セラフィーネに言われ、俺は頷く。
リーネットも緊張した面持ちで裾を整えている。
案内役のクラリスが先頭に立ち、俺たちは城の中へと足を踏み入れた。
内部の感想は……まるで宮殿だった。
高い天井、色鮮やかな絨毯、壁には歴代女王だと思われる肖像画が並び、その全員が美しく、そして冷たい目をしていた。
使用人たちもみな女性で、俺を見ると一瞬、驚いたように目を見開き、すぐに伏し目がちになる。
男性の姿など、どこにもない。
長い回廊を抜け、厳かで静かな空間にたどり着く。
石造りの天井には巨大なステンドグラス。七色の光が床に差し込んでいた。
その中央。つまり、玉座の間。
案内役のクラリスが一歩前に出て、厳粛に告げた。
「これより、マリエル女王陛下の御前とする。頭を垂れ、言葉を慎め」
その声とともに、扉が音もなく左右に開いた。
中には、ただ一人――少女のような人物が座っていた。
金の巻き髪が肩のあたりでふわりと揺れている。
ドレスは純白、裾には金の刺繍。意味がありそうな紋章が胸元に輝いていた。
小柄な身体。手足も細く、顔立ちもあどけなさを残している。
けれど――その身体はなんというか、見た目に不相応なものだった。
彼女は何年も女王を務めているらしいし、年齢も三十近いはず。
だが、その見た目は明らかに若く、目のやり場に困る。
セラフィーネの言っていた「小柄な身体だが、絶対的な力を秘めておられる」って、そういうことか……?
俺が困惑していると、透き通るような金の瞳が、まっすぐにこちらを射抜いてきた。
「セラフィーネ……この者が、例の想い人か?」
声は澄んでいてよく通る。けれど感情の起伏がない。
無機質な響きが、逆に重くのしかかる。
「はっ。この者、名をバージルと申します。王都到着の報を聞かれる前に、陛下に直接お引き合わせをと思いまして」
「ふむ……」
マリエルは俺を値踏みするように視線を動かす。
しかし、それはあくまで観察のためで、下心は微塵も感じない。
「……男だとは思えんほどの肉体、妾と目を合わせるだけの度胸。並大抵の存在ではないようだ。セラフィーネが惚れるのも納得だな」
「へ、陛下……」
照れと焦りが混ざったようなセラフィーネの表情。
マリエルは口角をわずかに上げると、今度は視線を俺の背後――リーネットに向ける。
「そして、後ろの……リーネットと言ったか」
「ひゃ、ひゃいっ!」
ピシッと立っていたリーネットが、弾かれたように声を上げて前へ出る。
耳まで真っ赤になり、完全にテンパっていた。
「落ち着け。喰わぬぞ」
淡々とした言葉だが、その声に圧はなく、どこか微かに冗談めいてさえいた。
リーネットが小さく呼吸を整えるのを確認してから、マリエルは静かに言葉を継いだ。
「貴様がこの者――バージルを保護したと聞く。その若さで懸命にと彼を庇い、宿を与え、生活を支えた。妾は、それを評価する」
「えっ、あ……あの、ありがとうございますっ!」
リーネットはパチパチと瞬きをしながら、深く頭を下げた。
「誇るがいい。貴様は誰よりも早く、価値ある者に気づいていたのだからな」
「あぁ、いえっ、あの、バージルさんが優しくて……!」
リーネットがしどろもどろになりながら必死に言い訳をしているのを、マリエルは面白そうに見ていた。
その目はわずかに細まり、冷たさがほんの少しだけ和らいでいる。
「ふふ……面白い者たちだな」
その一言で、場の空気がすこしだけ緩む。
「……して、セラフィーネ。まだ何か、妾に言いたいことがあるようだな?」
「はっ」
セラフィーネはかしづいたまま……信じられない言葉を発した。




