プロローグ
第二章開始です
ロザリアを出発して三日。
舗装の甘い街道を、三頭立ての馬車がゆっくりと進んでいた。
「ええと……地図によると、もうすぐ見えてくるはずです」
リーネットが手元に目を落としながら告げる。
朝露の残る草原の向こう、遠くにそびえる白亜の城壁が見えてきたとき、俺はようやく実感した。
(あれが……リュミナリオス王国)
雲を背にして浮かぶように見えるその城壁は、まるで神話に出てくる神殿のようで、地に根ざした現実のものとは思えなかった。
巨大な塔、規則正しく整備された防壁、空を舞う白い鳥たち。
俺がいた世界の方が文明レベルが高くとも、ここまで荘厳な城を建てるのは難しいだろう。
少なくとも、リュミナリオス王国は近隣地域の中心。
そして今日、俺はその中心に乗り込もうとしている。
「ふふっ、緊張しているのか?」
横に座るセラフィーネが、横目で俺を見ながら問いかけてきた。
彼女はいつも通り背筋を伸ばし、馬車の振動にも微動だにしない。
相変わらず絵に描いたような騎士様だ。
「まあ……なにせ女王陛下に紹介されるって状況なんで。緊張しないほうがおかしいです」
「そうか。私は胸が高鳴っている。私が尊敬してやまない方に、私が愛してやまない男を紹介できるからな。お前が、どれだけ素晴らしい男かを」
セラフィーネは薄く微笑んだが、その横顔には凛とした誇りが浮かんでいた。
対して俺は照れてしまい、まともに言葉を返すこともできない。
自分に甘いと言われそうだが、照れるのも無理はない。
彼女の美しい顔に、瞳に見つめられて鼓動を早めない男はいない。
「……でも、女王陛下ってどんな人なんですか? セラフィーネさんの主君ってことは、やっぱり……怖い感じ?」
俺の問いかけに、セラフィーネはほんの一瞬だけ視線を遠くに向けた。
風が吹き抜ける。揺れる馬車の幌越しに、かすかに街の喧騒が聞こえ始めていた。
王都が近い証だ。
「マリエル陛下は、確かに恐ろしい存在かもしれない。だがそれは……恐怖を与える者という意味ではない」
彼女はゆっくりと手を組み直し、まっすぐ前を見たまま続ける。
「小柄な身体だが、暴力的な力を秘めておられる。その言葉一つで、百の兵士も千の貴族も黙らせる」
語る声には、畏敬と微かな緊張が滲んでいた。
「私は剣で人を従わせてきた。だが、マリエル陛下は違う。彼女は知性と信念だけでこの国を導いている。お前がこれから見るリュミナリオスの城、街、軍、法。宗教以外の全てが彼女の手で整えられたものだ」
「名君とは聞いていましたけど、そんなにすごい人なんですか……?」
リーネットが思わず漏らした声に、セラフィーネが頷く。
「私が騎士であり続けられるのは、あの方が女王でいてくださるからだ。誇張ではない。本当にそう思っている」
それがセラフィーネにとっての忠誠なのだと、俺はその横顔を見てはっきりと感じた。
「じゃあ、なおさら……そんな人に紹介されるの、俺でいいのかなって思いますよ」
「いいかバージル。あの方は無能を嫌うが、謙虚が過ぎる者をもっと嫌う。堂々とすればいい。嘘をつかず、自分の言葉で語れ。……それができれば、お前が認められないはずがない」
セラフィーネの声が少しだけ柔らかくなった。
馬車が坂を越え、ゆるやかな下り道に差しかかる。視界の先に、石造りの街が広がりはじめていた。
道端には鎧をまとった近衛の女性たち、荷車を引く女商人たち、神官服の修道女たち――どこを見ても、歩いているのは女性ばかりだった。
この国でも男は生まれない。
あるいは、生まれても生き残らない。
王都・リュミナリオス。
俺は今、たった一人の異分子として、その場所へと足を踏み入れようとしている。
黄金の尖塔が、真昼の陽を受けてきらめいていた。
ストックがなく、別作品の合間に執筆する形になりますので週1投稿になると思います
反応が多ければ投稿スピードも上がりますので、ぜひお願いいたします
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