初体験2
「ど、どうだ……これが段階というものなのだろう? 理解すると、その、なんだ……恥ずかしいな」
こちらからはよく見えないが、きっと、セラフィーネ様の顔は自信と羞恥の狭間で揺れ動いているのだろう。
そして、彼女はゆっくりとバージルさんに近づいていく。
(――い、いやいやいやいやいや!)
夜の散歩中に、偶然近くを通ったものだから、一応様子を見にきてみた。
外観チェックだけのつもりだったのに、扉が半開きだったのだ。
もしかしたら、彼に危険が迫っているのかもしれない。
そう思い、抜き足差し足で様子を見にきたのだが……。
(ど、どどどどうしよう!? めっっっっちゃいい雰囲気!)
さっきからバージルさんの声が甘い。
セラフィーネ様の声はもっと甘い。
何かとろけてる。空気がとろけてる。なんだこの密度!
(ち、違うの。私は心配して見に来ただけで――覗き見なんて――)
全身から湯気が出そうだ。けど、目が逸らせない。
セラフィーネ様が距離を詰める。
指先が、彼の頬にそっと触れる。
「バージル。私を、受け止めてくれるか?」
自分の喉が、ごくりと鳴るのが分かった。
「……はい。たぶん、ちゃんとはできないと思いますけど……でも、頑張ります」
「ふふっ、そういうところが、好きだ」
(い、言ったぁぁぁぁぁぁあぁあぁあ!)
そのまま、二人は顔を近付けていき――。
(だ、だめだ。これ以上は見てはいけない)
そうだ、ここからは二人だけの時間。
まぁ、私は一応はバージルさんの妻候補だけど、本当は違う。
だからこれは浮気でもなんでもないし、むしろ喜ぶべきことなんだ。
胸が少し痛むのはきっと、性行為を経験できるセラフィーネ様が羨ましいからだ。
しかし、それはアプローチを重ねた彼女に与えられた、ご褒美のようなもの。
私が邪魔をするわけにはいかない。
扉の向こうからは口付けの音が聞こえてくるが、今すぐ聞かなかったことにして帰――。
「――誰だッ!」
セラフィーネ様の鋭い声が飛ぶ。一気に戦闘モードだ。
(あ、あぁああああ……! ばれたぁぁあ!)
全身から冷や汗を噴き出す。
まるで大罪を犯した罪人のように、私は扉の影に張り付いたまま凍りついていた。
隠れてはいるが、バレるのは時間の問題。
(ど、どうすればいい!?)
このまま素直に出て行ったらどうだろう。
きっと、二人は私を見て――。
『煮るか。いや焼くか――』
『焼きましょう』
――そんな会話が交わされる未来が、はっきりと脳裏に浮かぶ。
だからと言って、どれだけ走っても逃げ切れるわけがない。身体能力が違いすぎる。
(なら、私はどうすれば――)
追い詰められた思考の隙間に、ふいにひらめきのようなものが落ちてくる。
それはまるで稲妻のように――いや、もっと妙な、ズレた確信として胸の奥に染み込んできた。
(私も……混ざればいいんだ……)
意味がわからない。きっと、私以外の全ての人はこう言うだろう。
突拍子もない思考。
言葉にしてしまえば、冗談だとしか思えない。
でも、でも――この状況なら、あるいは。
だって、よく考えてほしい。
部屋の中の二人は、どちらも経験が浅い。むしろない。
今の雰囲気だって、理性の境目をふらふらしてるような危うさだ。
そこに突然、敵ではない、むしろ味方である私が加われば。
(この混沌。混乱。判断力の低下……いける。いけるかもしれない……!)
もちろん、成功する保証なんてない。
むしろ失敗すれば、さっきの「焼きましょう」の未来が確定する可能性すらある。
それでも成功すれば、私も初体験できるというリターンがある。
(やる価値は……ある!)
私の脳裏に浮かんだのは、勝者の笑みを浮かべたセラフィーネ様と、ぼんやり顔を赤らめるバージルさん、そしてその間にちゃっかり座っている私の姿。
……理性が引き返せと叫んでいる。
でも、それ以上に――本能が、行けと言っている。
私は深呼吸すると、姿を見せると同時に叫んだ。
「わ、私も――混ぜてくださぁぁぁぁぁぁい!」




