1人目その2
昼食後、俺はセラフィーネやリーネットと共に、街からそう離れていない平原を訪れた。
空気は清らかで、木立を通り抜けた風が頬を撫でる。
そんな静寂を破るように、鋭い掛け声が飛んだ。
「足を止めるな! あと十合!」
視線を向けると、剣を振るうセラフィーネの姿があった。
団長の彼女が最前線で模範を見せ、周囲の騎士たちを鼓舞している。
規律、統率、力強さ。すべてが噛み合ったその姿に、
思わず見惚れしまう。
「すごい……ちゃんと騎士団長してるな……」
その呟きが、届くはずのない距離から――セラフィーネに届いてしまった。
「……バージル」
「へ?」
「ちょっとこっちに……来てもらえるか?」
訓練場の中央から、ぴたりと止まった団長が手招きをする。
周囲の騎士たちはそれを見て空気を読んだのか、一斉に視線を逸らし、訓練を装って距離を取る。
俺は首を傾げながらも、言われるがままにセラフィーネのもとへ歩いていく。
「どうしたんですか?」
「いや、何もないさ。ただ――」
そこまで言って、セラフィーネは突然声を大きくする。
「――お前たち、練習だからと言って弛んでいるんじゃないのか! 今からバージル殿で、正しい剣の持ち方を示す!」
訓練場の空気が、ピリリと一変した。
一斉にこちらへと視線が向く。
「え、俺?」
「そうだ。模範となってもらう。文句はあるか?」
「あります! あるに決まってるでしょ!? 俺、まだ折れてるんですよ!?」
セラフィーネは俺の言葉に満足げな笑みを浮かべると、さっと腰に下げた剣を手に取った。
「大丈夫、私がお前を支えてやる。たとえどんな苦境が待っていても、な」
「いやあの、まず俺の代わりに剣をですね――」
「それでは始める!」
完全に聞いてないなこの人……。
呆れている間に、セラフィーネは後ろから俺の腰へ手を伸ばし、模擬剣を握らせる。
そのまま――。
「え、ちょ、ちょっと待ってください! 近い近い近い近い!!」
背後からぴたりと身体を寄せ、俺の両手に自分の手を添える。
まるで後ろから抱きつくような格好だ。
がっちりとした鎧が当たる音が、耳にまで届く。
「まずは、構え方からだ。肩の力を抜け。腰はもう少し落とせ」
「い、いやいやいや……なんで囁いてるんですか!?」
「耳元で大声を出しては困るだろう? 何がおかしい?」
セラフィーネの声は至って冷静なのに、熱を帯びていた。
耳元で囁かれるたび、脳が焼かれるようだ。
これじゃあ、指導というより拷問だ。
「……この角度で振れば、敵の脇を制することができる。んっ、こうだ……」
ぎゅっと、背後から手を導かれる。
距離感はゼロ。吐息が首筋に触れる。
しかも、いい匂いがする。さっきまで動いてたよな?
「だ、大丈夫です! みなさんもう覚えましたよね!?」
騎士団の面々は何も言わずにニヤニヤしている。
誰も助けてくれない。
「こ、これ以上は無理です! いろいろ崩壊しそうです!」
俺は模擬剣を放り出し、後ろに飛び退いた。
セラフィーネは、少しだけ驚いたように目を瞬き、それから――。
「――そうかぁ。その反応も、悪くないなぁ」
言い方を選ばずに言うと、かなり気持ち悪い笑みを浮かべていた。
「さて、模擬戦だ。私が相手をするから、バージルは五人選んでくれ」
「情緒大丈夫ですか?」
俺のツッコミを意にも介さず、セラフィーネは、剣を手に取る。
そこに集まる騎士たちは慣れているのか、誰も驚かない。
適当に指を刺すと、みんな嬉しそうに頷いた。
模擬戦とはいえ、セラフィーネと戦うなんて正気じゃないんだが。
ともかく、模擬戦が始まるようだ。
「来い、五人がかりでも容赦はしない」
「はい、団長!」
号令と共に、五人の精鋭が襲いかかる。が、次の瞬間。
「遅い!」
セラフィーネの剣が空を裂き、最初の一人を弾き飛ばす。
風圧で地面が抉れ、土煙が上がる。
「いやいや……訓練で火花散ってるのおかしくない!?」
「これは強くもなりますよね」
隣に座っていたリーネットが、のんびりお弁当を広げながら言う。
模擬戦が進むたびに、セラフィーネの剣閃は冴えわたり、相手が一人、また一人と倒れていく。
その背には、風を背負ったような気迫と、どこか誇らしげな空気があった。
(……あれ、なんか俺に向かってるよな)
顔をそらそうとしたが、遅かった。
視線がぶつかる。
ほんの数秒、しかし確かに、彼女の瞳は「見ていてくれ」と語っていた。
「ぐっ……団長……もう、動けません……!」
五人目の騎士が倒れ、模擬戦終了。
「ふぅ……悪くない動きだった。次は、もう少し前重心を意識しろ」
「は、はい……!」
指導を終えると、セラフィーネは汗ひとつかかぬ顔で、俺のもとへ歩いてきた。
「どうだった?」
「え……ああ、いや……最高に、かっこよかったです……」
褒め言葉がやっとのことで口から出る。
すると、セラフィーネは少しだけ口角を上げ、わずかに笑った。耳がほんのり赤い。




