男は、いつ何時もーー3
そう、辺りを見回しても、どこにも男がいないのだ。
いるのは、女だけ。老若問わず、女性だけの街。
そしてその全員が、私に視線を向けている。
嫌な意味ではない。むしろ……過剰だ。
興味か驚きか、好奇心か。もっと他のものも含まれている気がするが、それが何か分からない。
とにかく、それらが混ざった濃密な眼差しが、私の全身を撫で回すように集まっている。
なんだ、これは――。
男は、いつ何時も堂々と、毅然と全てを受け止めるべし。
心に刻んではいるが、不安がじわじわと滲み出してくる。
(い、一度この場を離れなければ……)
踵を返そうとした瞬間、視界が遮られる。
目の前に、突然人の頭部が現れた。近い。近すぎる。
息を呑んだ。鼻腔を甘い香りが抜けていき、女性の匂いだと気づいた時、わずかに背筋が硬直する。
「あ、あのっ! いきなりでごめんなさいっ!」
慌てて一歩下がったことで、その全貌が明らかになる。
年は――十七、八ほどであろうか。
制服ではなく、旅装に近い簡素な服を着た少女……既に三十を超えた俺の半分ほどの年齢の子が、勢いよく頭を下げていた。
「は、はい……?」
返事をすると、少女は顔を上げた。
その表情には、驚きと――なぜか、感動に近いものが滲んでいる。
「お、おおお兄さんって今、何されてるところなんですか!?」
勢いに気圧されながらも、私は冷静に言葉を探す。
「今は……その、ええと……」
焦るなバージル。男は、いつ何時も――だ。
「……私は旅をしていて、偶然この街に寄ったんです」
「男性で冒険者を、それもお一人でですかっ!? そんな方がこの世にいるなんて、凄いです!」
漫画の主人公が使っていた誤魔化し方。意外と通用した。
チャンスだ。このままこの街のことを聞いてみよう
「えっと、もしかして、この地域では戦争が起こっているんですか?」
「戦争……ですか? いえ、近隣の国は分からないですけど、この辺りは平和ですよ」
「そう、ですか。それは良いことです」
平和なのは良いことではあるが、てっきり男性が少ない理由は戦だと思っていた。
回りくどく尋ねるのはやめよう。
もう、正直に聞くしかあるまい。
「では、一つお聞きしたいんですが……どうしてこの街には男性がいないんですか?」
「男性が……いない理由ですか?」
「ええ、そうです」
当然の疑問のつもりだった。
だが、少女は目を瞬かせて、小首を傾げる。
まるで、人間はどうして食べ物を食べるのかと、至極当たり前のことを聞いているかのような――。
「――そもそも男性がいないから、ですよね?」
「…………はい?」
「もう、お兄さんったら私を試してますね? そりゃあお兄さんをナンパするくらいには飢えてますけど、ちゃんと勉強はしてます!」
少女は俺の疑問を「試されている」と勘違いしたらしく、得意げに胸を張った。
「男性が産まれる確率って、すっっっごく低いんですよね! しかも、身体が弱いからすぐに病気にかかったり、一人の男性を巡って戦争が起こることもある……でしたよね」
「え、ええと……」
「でも、お兄さんって良い意味で男性っぽくないですよね。背も高いし筋肉もすごくて……もう理想っていうか……はぁっ」
ま、待て待て待て待て。この子はなんて言った?
男の出生率が極端に低い?
しかも身体が弱くて病気にかかりやすい?
一人の男を巡って戦争?
どんな設定の漫画なんだよ。
しかし、彼女が嘘を言っているように見えない。
だからこそ、余計に意味がわからない。世界が退化したとかではなく、根本から違うもののような。
「ちょ、ちょっと失礼するよ!」
「――あっ、お兄さーん! あとで探しに行きますねー!」
少女は悪気があるようには見えなかった。
むしろ、真剣そのものだった。
だからこそ、信じがたい。信じられない。
だが、嘘ではないと分かる。
私は地面を蹴った。
走る。街を駆け抜ける。確かめなければ。
木の看板が目に入った。
立ち止まって見ると、私の知っている文字。
『男性は保護対象です。一人で歩いているのを見かけた場合はリュミナリオス王国の騎士団か都市案内員まで』
見なかったことにして、再び走り出す。
「えっ、男じゃん! なんでこんなところにいるの!?」
「お兄さん何してるのー? ウチらと遊ばなーい?」
「あら、いい男じゃない。私があと二十歳若かったら……」
視線。注目。過剰な好意。
どこを見ても女性しかいない。
あの少女の言葉は誇張でも冗談でもなかった。
(お、俺はどこにいるんだ? もしかして、別の世界に来てしまったのか……?)
あの部屋は、扉は入った場所とよく似た場所に繋がっているだけで、元の世界には戻してくれるわけではないのか?
なら、もう一度扉を――だめだ、あの扉はもう消えてしまった。
考えがまとまらない。足を止めてしまう。
「――あっ、お兄さんいた! もうっ、探しましたよ!」
「ん〜? ちょ、ちょっと待ってなにあの良い男!?」
「あ、あんなに筋骨隆々な男性……想像するだけでも濡れるのに、現実にいるなんてもう……い、イッ――」
四面楚歌、という言葉を肌で感じる機会があったとは。
歩みを止めた俺は、すぐに女性たちに囲まれてしまう。
右も左も、どこを見ても頬を紅潮させた女性しかいない。
それを認識すると、克服したはずの恐怖心が、むくむくと頭をもたげようとしてくる。呑まれてはいけない。
(――落ち着け俺! 大丈夫だ、今の俺は――私は強い。そうだ、自信を持て私! 男は、いつ何時も――)
女性たちはジリジリ距離を詰めてくる。
一人ではない。十人、二十人。
獲物を逃さんとしているのか、形成される包囲網に、もはや隙はない。
だから……だからどうした。私は成長した。
もう虐げられていたバージルはいないんだ。
男は、いつ何時も堂々と、毅然と全てを受け止めるべし。
たとえ女性に、大勢の女性に囲まれているとしても、何故か情熱的な視線を向けられているとしても、人前で情けなく声を上げるようなことは、決してあってはならない。
あってはならな――。
ふと、俺の中で何かが弾けた音がした。
恐怖心はない。それはそうだ、俺は女性への恐怖を克服したからな。
ただ、どうしても、どうしても。
これはさすがに、な。
俺は息を、肺が破裂するくらいに吸い込んで――。
「……な、なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
俺の声は、元の世界と同じ、ムカつくくらい綺麗な青空に消えていった。
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