軋み
戦いの後、俺たちはリーネットの待つ広場へと戻った。
火の手はほぼ収まり、騎士団の増援が辺りを見回っていた。
負傷者の搬送、避難誘導、それに取り残された敵の追跡。
街の夜はまだ、完全に静けさを取り戻したわけではない。
だが、広場の一角――リーネットが立っていた場所には、不思議な安堵が漂っていた。
「バージルさん!」
彼女がこちらに駆け寄ってくる。
その顔には涙の跡があったが、それを拭おうとはせず、まっすぐに俺を見つめていた。
「怪我は!? 本当に、大丈夫なんですか……?」
「うん。なんとかね」
肩越しにセラフィーネが静かに歩み寄る。
剣を鞘に収め、その顔にあるのは、誇りと疲労――そして、かすかな微笑みだった。
「……作戦、成功だな」
俺とセラフィーネは軽く頷き合う。
言葉にするまでもなく、互いの健闘を称えていた。
「セラフィーネさんがいなかったら、上手くいかなかった」
「ふっ、演技とはいえ、あの場で動かずにいたのは人生で一番長い一分だった」
セラフィーネは苦笑しながら肩をすくめ、鎧の汚れを軽く払った。
その仕草にも、ようやく訪れた安堵の色が見える。
「それに、リーネットさん。あそこで声をかけてくれなかったら、この作戦は思いつかなかったです」
「まったくだ。リーネット――以前、お前を軽んじていたことを謝罪させてくれ」
セラフィーネは真っ直ぐ、頭を下げた。
「お前は立派な案内人だ」
「――あ、頭を上げてください! わ、私……そんな、ただ思いつきで……でも、役に立てたなら、嬉しいです」
リーネットは恥ずかしそうに俯いたが、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。
「そ、それじゃあセラフィーネ様、もしかして私やバージルさんのことを……」
リーネットが言いかけたその時、セラフィーネは腕を組んだまま、ごくわずかに頷いた。
「あぁ、認めよう」
その声は、風に乗って夜の空気へと溶けていく。
けれど確かに、それは二人に届いていた。
驚いたように目を丸くするリーネット。
バージルもまた、黙って小さく息を飲んだ。
「……しかし」
沈黙を破ったのは、セラフィーネだった。
彼女は腕を組み直しながら、ゆっくりと夜空を見上げる。
その瞳は、どこか遠く、雲ひとつない星空の先を見ていた。
彼女は自らの胸元を軽く押さえる。
その奥で、何かが軋んでいる。答えを出さなければならない。
「バージル」
唐突に名を呼ばれたバージルは、驚きつつも顔を上げる。
彼が返事をする前に、セラフィーネはそっと剣に手を伸ばす。
「バージル。戦ってほしい。ここで、今」
その声音は穏やかで、けれど、冗談ではなかった。




