刃7
その問いに、ルメリアの唇が吊り上がる。
獣が餌を前にしたような顔。
「当たり前だろ……こんな逸品、そうそういない。だから、絶対に逃がさない。壊してでも手に入れる」
その一歩が、バージルとの距離をまた縮めた。
「そうか……なら、力で屈服させてみろ」
バージルは、にやりと笑った。
足を引きずるように、ほんのわずか――半歩後退する。
ルメリアは、獲物が弱ったと確信していた。
弱った男――強い男が最後に見せるプライドだと。
「面白ぇ……なら、こいつをブチ込んでやるよ」
ルメリアが左手を握ると、頭上に火球が現れる。
路地の狭さに大きさを合わせているが、破壊力は申し分ない。
一撃でバージルを倒すことができる。
「はいはい、そうやってもうちょっと後ずさって――いいよぉ、そこだよぉ。そこでもう、分からせてやる」
ルメリアは、バージルを自分のものにするべく踏み出した。
蜘蛛の巣に絡めとられた蝶。
しかし、次の瞬間――追い詰められたのは自分だったことに気付く。
夜目が効く盗賊は、しかし自分の足元までは見えていなかった。
突如として、自分の足が沈む。身体がぐらりと揺れた。
「――セラフィーネさん!」
男は、その場にいないはずの者の名を叫ぶ。
直後、鈍い衝撃音。
足元の石畳が、まるで地震のように震えた。
「な……んだ、これ……!」
ルメリアの足元が砕け、亀裂が走る。
彼女の両脚が、ズブリと石の間に沈み込む。
ようやく理解する頃には、もう遅かった。
石畳の先――その上に、息を荒げながらも剣を構えるセラフィーネの姿があった。
「私を脳筋と侮ったな? 逃げたのも、倒れたのも、全部……お前をここに誘い込むための演技だよ」
『――足を、足を取るんです!』
リーネットの言葉を受け取ったバージルは、思い出した。
先ほど、自分が彼女を担いで走った道の途中には、沈んだ地形があったと。
ここに誘い込むことができれば、ルメリアの機動力を削ぐことができるかもしれない。
いや、意識を逸らした上で地面に特大の一撃を与えてやれば、あるいは――。
「――もう一度!」
バージルが言い放ち、大剣を持ち上げるのと同時に、セラフィーネの剣が振り上げられる。
「――はぁぁああッ!」
剣が風を裂き、雷鳴のような音を立てて地面へと叩きつけられる。
狙いはルメリアの足元。
かつてリーネットが「地形が沈んでる」と言った一帯。
二本の剣がもろくなっていた石畳を砕き、地下の空洞まで一気に叩き割る。
轟音と共に、大地が崩落する。
石が砕け、亀裂が走り、真下にぽっかりと空いた深い穴が露わになる。
「ッ……な――ッ!」
ルメリアの叫びが、地鳴りにかき消される。
踏み出した足が、空を踏んだ。
身体が傾く。
あまりに突然の落下に、ルメリアはバランスを崩し、まるで地面に吸い込まれるようにして崩落の淵へと滑り落ちた。
加えて、先ほどまで二人を苦しめた火球が、今回は味方した。
火球は発射の命令を与えられるまで、ルメリアの頭上を追従する。
ルメリアが体勢を崩し、崩れゆく穴に落ちるなら、それは――。
「あんたら……そういうのが一番面白ぇんだよ……」
火球は暴走し、彼女の後方で空気を割って爆ぜた。
炎と土煙が一気に立ち昇る。
地面の亀裂が更に広がり、細い路地そのものが崩れかける。
「バージル、下がれ!」
セラフィーネが叫ぶと同時に、バージルは大剣を杖にして身を引いた。
崩落の縁を滑るようにして、なんとか踏みとどまる。
煙が晴れた時、そこには、ぽっかりと空いた穴と、折れた石畳だけが残されていた。




